「そうですね……。紅茶ではなくてシャンパンの方がもっと合うかと思います。
あ、良いです。私が注ぎます」
後半はウエイターの人に向けた言葉だった。
このホテルは斉藤病院長を始めとする病院関係者ご用達のようだったので――いくらホテルマンの口の堅さを信じているものの――軽率な言動は慎むべきだろう。
第二の愛の巣とも呼ぶべき大阪のホテルではかなり大っぴらに振る舞ってはいたものの、それはホテル側が「二人の関係」を心得ているという安心感が根底にある。
「有難う」
酸っぱさと塩味が精緻なバランスで同居するこのピクルスにもシャンパンは良く似合う。
「しかし、病院長選挙に出るのは至極ご尤もなので――内田教授にでも唆されたとかで。あの先生も革命家としてのカリスマは持ち合わせていると判断していますが、教授職のキャリアとか、病院内外の知名度から言えば貴方の方がより上を行くのは明白なので、敢えて譲るという選択肢を選んだと勝手に考えていました――何の疑問も抱いていなかったのですが、そして貴方が教授職にあまりにも自然に就いていらっしゃるのでそれ以上のことはあいにく考えが及ばなかったです。
生粋の病院育ちなのに、見抜けなかったことが何となく悔しいです」
「悔しい」と言いながらも祐樹の輝く瞳とか太陽よりも眩しい笑みを見ていると、このタイミングで知って貰った方が良かったと思う。
そして、祐樹がフルートグラスを空中にかざした。
「未来の医学部長に」
「未来の田中教授に」
視線と共にクラスも熱く涼しい音が絡まり合った。
その後に飲みほしたシャンパンが殊更に咽喉を冷やすような、そして焼くような不思議な感触だった。
「お母様の具合はどうだった?」
先程は清水氏が居たので詳しく聞けなかった一番の懸念を聞いてしまう。昼間のシャンパンはキスよりも甘く熱く理性を解くようだったし。
それにこの程度は聞いても良い質問だと朧に霞んだ理性が告げている。
「ああ、母ですか……。元気そうでしたよ。何でも久米先生に実の母は『絶対に』切れない絆が有るけれども、奥さんは逃げられたら終わりの赤の他人だと思って接しなさいとか言っているらしいです。
何だか久米先生も感銘を受けたようで……そんな話しを私にしてきました。
別にそんなことを一々言わなくてもこちらは一向に構わないのですが、ね」
口ではそんなことを言っているが久米先生のことを実の弟のように可愛がっているのは知っているのでむしろ微笑ましい。
「確かに奥さんは離婚したら、赤の他人になるのも事実だが?」
祐樹のお母様を褒めた積もりだった。
「私は生涯の伴侶と思い定めた人を逃がすような馬鹿げた真似は絶対しませんが……。
だから……」
「覚悟して下さい」と唇が告げている。
その輝く瞳や言葉に射られたように頬が上気してしまう。ただ、シャンパンを呑んでいるので不審には思われないだろうが。
了解という意味を込めた眼差しの煌めきを送った。
「…………明日のパーティの時に、お母様の体調不良に気を配って貰うのは森技官が良いだろうか?それとも呉先生に頼むか?」
二人とも割と話しやすいという理由から同じテーブルに配置したが、呉先生は精神科医としては卓越した能力を持っているものの、高度に細分化した大学病院では外科と精神科は異世界と言っても過言ではない。
それに森技官は病院に査察のため派遣されると聞いていたが、どこぞの大学病院の病院長だかに「皮膚科ではないと紹介状は書けない」と言われたと本人が言っていた。
皮膚科でもガンなど放置すればマズい病気もあるものの、数日程度の猶予は有るので専門医に相談してからでも充分間に合う。救急救命医としての資格も持ち合わせている裕樹などは一分の遅れが文字通り致命的になるような場所に居合わせることもないのだろう。
「究極の二択というか……、消去法に消去法を重ねた場合には、ですけれども……呉先生の方が無難ですよ。
医師としての力量ではなくて、病院内部の人なので、ウチの医局の……それこそ久米先生にでも事前に会わせておけばより完璧だと思いますが……。斉藤病院長が呼んだ然るべき人々に悟られずに立食パーティのスペースに行けるでしょう?」
確かに医局員はテーブル席ではなくて控えの間っぽい立食の場所に居るようになっている。
ただ立食の方が目立たないので、そっと退席したとしてもそう目立たないだろう。
「久米先生が窓口になってくれれば母の最新のバイタルなどを把握しているのでより一層心強いです。
あんな――まあ、背負っているものが異なるからかもしれませんが清水先生とは精神年齢が大人と子供ほど違う――人ですが、医師としての腕は確かです」
大人と子供……、確かに病院長レベルの人事まで見通している視野の広さは持ち合わせていないが……祐樹の親しみのこもった憎まれ口を薔薇色に泡立つ心で受け止めると、心の中がよりいっそう煌めく紅さに染まっていく。
「大人と子供……それは言い過ぎだろう。七年程度ではないか?」
シャンパンが全身を紅く染めていくような気がした。祐樹の眼差しの優しげな輝きも相俟って。
「七歳異なるというと男女の性差のようですね。
ただ、13歳と20歳だったら、七年の違いは有る上に大人と子供と言えますよね?
それはともかく、久米先生だったら他の救急救命の医師も即座に呼べますし、適役かと思います。
どうせそこいらに医師が居るので彼も心強いでしょう」
口ではまだまだ祐樹には敵わないと――と言っても勝つ気はそもそも無かったが――唇が笑みを深くしてしまう。
アルコールのせいではない薔薇色の陶酔が身体中に浸透していくような気がして、この時間が続けば良いという思いと、早く明日が来てほしいというワガママかつ贅沢な心を持て余してしまっていた。
あ、良いです。私が注ぎます」
後半はウエイターの人に向けた言葉だった。
このホテルは斉藤病院長を始めとする病院関係者ご用達のようだったので――いくらホテルマンの口の堅さを信じているものの――軽率な言動は慎むべきだろう。
第二の愛の巣とも呼ぶべき大阪のホテルではかなり大っぴらに振る舞ってはいたものの、それはホテル側が「二人の関係」を心得ているという安心感が根底にある。
「有難う」
酸っぱさと塩味が精緻なバランスで同居するこのピクルスにもシャンパンは良く似合う。
「しかし、病院長選挙に出るのは至極ご尤もなので――内田教授にでも唆されたとかで。あの先生も革命家としてのカリスマは持ち合わせていると判断していますが、教授職のキャリアとか、病院内外の知名度から言えば貴方の方がより上を行くのは明白なので、敢えて譲るという選択肢を選んだと勝手に考えていました――何の疑問も抱いていなかったのですが、そして貴方が教授職にあまりにも自然に就いていらっしゃるのでそれ以上のことはあいにく考えが及ばなかったです。
生粋の病院育ちなのに、見抜けなかったことが何となく悔しいです」
「悔しい」と言いながらも祐樹の輝く瞳とか太陽よりも眩しい笑みを見ていると、このタイミングで知って貰った方が良かったと思う。
そして、祐樹がフルートグラスを空中にかざした。
「未来の医学部長に」
「未来の田中教授に」
視線と共にクラスも熱く涼しい音が絡まり合った。
その後に飲みほしたシャンパンが殊更に咽喉を冷やすような、そして焼くような不思議な感触だった。
「お母様の具合はどうだった?」
先程は清水氏が居たので詳しく聞けなかった一番の懸念を聞いてしまう。昼間のシャンパンはキスよりも甘く熱く理性を解くようだったし。
それにこの程度は聞いても良い質問だと朧に霞んだ理性が告げている。
「ああ、母ですか……。元気そうでしたよ。何でも久米先生に実の母は『絶対に』切れない絆が有るけれども、奥さんは逃げられたら終わりの赤の他人だと思って接しなさいとか言っているらしいです。
何だか久米先生も感銘を受けたようで……そんな話しを私にしてきました。
別にそんなことを一々言わなくてもこちらは一向に構わないのですが、ね」
口ではそんなことを言っているが久米先生のことを実の弟のように可愛がっているのは知っているのでむしろ微笑ましい。
「確かに奥さんは離婚したら、赤の他人になるのも事実だが?」
祐樹のお母様を褒めた積もりだった。
「私は生涯の伴侶と思い定めた人を逃がすような馬鹿げた真似は絶対しませんが……。
だから……」
「覚悟して下さい」と唇が告げている。
その輝く瞳や言葉に射られたように頬が上気してしまう。ただ、シャンパンを呑んでいるので不審には思われないだろうが。
了解という意味を込めた眼差しの煌めきを送った。
「…………明日のパーティの時に、お母様の体調不良に気を配って貰うのは森技官が良いだろうか?それとも呉先生に頼むか?」
二人とも割と話しやすいという理由から同じテーブルに配置したが、呉先生は精神科医としては卓越した能力を持っているものの、高度に細分化した大学病院では外科と精神科は異世界と言っても過言ではない。
それに森技官は病院に査察のため派遣されると聞いていたが、どこぞの大学病院の病院長だかに「皮膚科ではないと紹介状は書けない」と言われたと本人が言っていた。
皮膚科でもガンなど放置すればマズい病気もあるものの、数日程度の猶予は有るので専門医に相談してからでも充分間に合う。救急救命医としての資格も持ち合わせている裕樹などは一分の遅れが文字通り致命的になるような場所に居合わせることもないのだろう。
「究極の二択というか……、消去法に消去法を重ねた場合には、ですけれども……呉先生の方が無難ですよ。
医師としての力量ではなくて、病院内部の人なので、ウチの医局の……それこそ久米先生にでも事前に会わせておけばより完璧だと思いますが……。斉藤病院長が呼んだ然るべき人々に悟られずに立食パーティのスペースに行けるでしょう?」
確かに医局員はテーブル席ではなくて控えの間っぽい立食の場所に居るようになっている。
ただ立食の方が目立たないので、そっと退席したとしてもそう目立たないだろう。
「久米先生が窓口になってくれれば母の最新のバイタルなどを把握しているのでより一層心強いです。
あんな――まあ、背負っているものが異なるからかもしれませんが清水先生とは精神年齢が大人と子供ほど違う――人ですが、医師としての腕は確かです」
大人と子供……、確かに病院長レベルの人事まで見通している視野の広さは持ち合わせていないが……祐樹の親しみのこもった憎まれ口を薔薇色に泡立つ心で受け止めると、心の中がよりいっそう煌めく紅さに染まっていく。
「大人と子供……それは言い過ぎだろう。七年程度ではないか?」
シャンパンが全身を紅く染めていくような気がした。祐樹の眼差しの優しげな輝きも相俟って。
「七歳異なるというと男女の性差のようですね。
ただ、13歳と20歳だったら、七年の違いは有る上に大人と子供と言えますよね?
それはともかく、久米先生だったら他の救急救命の医師も即座に呼べますし、適役かと思います。
どうせそこいらに医師が居るので彼も心強いでしょう」
口ではまだまだ祐樹には敵わないと――と言っても勝つ気はそもそも無かったが――唇が笑みを深くしてしまう。
アルコールのせいではない薔薇色の陶酔が身体中に浸透していくような気がして、この時間が続けば良いという思いと、早く明日が来てほしいというワガママかつ贅沢な心を持て余してしまっていた。
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◆◆◆お詫び◆◆◆
今後もこのブログは不定期更新しか無理かと思います……
ただ、アイパッドで隙間時間OKのこちらのサイトでは何かしら更新します。
下記サイトはアプリで登録しておくと通知が来るので便利かと思います。
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勝手を申しましてすみません!!
◆◆◆宜しくです◆◆◆
ツイッタ―もしています!
更新時間が本当にバラバラになってしまうので、ヤフーブログの更新を呟いているだけのアカですが、ぶろぐ村や人気ブログランキングよりも先に反映しますので「いち早く知りたい」という方(いらっしゃるのか……???)はフォローお願い致します。
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最近はブログ村の新着に載らなかったり、更新時間も滅茶苦茶になっているので、ツイッターアカウントをお持ちの方は無言フォローで大丈夫なので、登録して下されば見逃さずに済むかと思います!!宜しくお願いします。
◇◇◇お知らせ◇◇◇
あと、BL小説以外も(ごく稀にですが……)書きたくなってしまうようになりました。
本業(本趣味)はもちろんBLなのですが。
本業(本趣味)はもちろんBLなのですが。
こちらでそういった作品を公開していきたいと思っています。
「下剋上」シリーズは一人称視点で書いていますので、他の人がどう考えているのかは想像するしかないのですが、こちらはそういう脇役がこんなことを考えているとか書いています。
今は、久米先生が医局に入れてハッピー!な話とかですね。
今は、久米先生が医局に入れてハッピー!な話とかですね。
スマホで読んで頂ければと思います。その方が読み勝手が良いかと。
落ち着くまでは私ですら「いつ時間が空くか分からない」という過酷な(?)現実でして、ブログを更新していなくてもノベルバさんには投稿しているということもあります。
なので、お手数ですが「お気に入り登録」していただくか、ツイッターを見て頂ければと思います。
なので、お手数ですが「お気に入り登録」していただくか、ツイッターを見て頂ければと思います。
更新出来る時は頑張りますが、不定期更新となります。すみません!!
すみません、ただ今職場とクリニックのハシゴ&(しょぼい)相続会議紛糾中でして、心身共に疲れ果てています。
不定期更新に拍車掛かりますが何卒ご了承ください。
こうやま みか拝