こんなに強い日差しの中でも幸樹の雰囲気は涼しげな冷気を感じさせる。これは幸樹が薄情だという意味ではなくて、端整な容貌とスラリと引き締まった身体つきのせいだろう。
さっきまで有吉さんを励ましていた親身な感じはすっかり消えている。ただ、やはり眉間には憂いを帯びた曇りを感じる。
「だってさ、もし昨日遼とキスをしていなかったら、よりによって、ずっと片思いだと思い込んでいた遼の前に有吉さんとキスをするハメになっていたのだぜ?しかも、遼の目の前でさ。それもファーストキス。絶対、遼とするか、遼が彼女さんが出来て泣く泣く諦めるまでは、誰にもこの唇を触れさせないと自分に誓っていた」
幸樹の静かな口調に、並々ならぬ決意のほどを感じて、昨夜の――とても、時間が経っているように思えたのだけれども、実際は違う――星の降るような高原の清涼な空気の中で、眠るような口付けを交わしたんだっけ。
そう思うと、涙で濡れた頬にさっと血が上る。
「有吉さんの方が美人だもんね……」
俺は、現実逃避も兼ねて軽口を叩く。
誰も歩いていない高級住宅街の道には百日紅の花が暑苦しそうに咲いている。
「ばーか。オレが遼を好きになったのは、入学式の日からだ。一目惚れしたって言っただろ?
それに、有吉さんには悪いし、今まで犠牲になったゼミの皆にも罪悪感はアリアリだけど、遼の手品のお蔭で、上野教授のワケの分からない薬を飲まされなかったコトは事実だ。それに遼だって、オレが入眠剤との相互作用が怖くて上手く誤魔化しただろ?今の段階では、俺達二人は北の独裁者の得体の知れない薬を飲まされていない。
ただ、どうやって解毒剤を手に入れるかが問題だよな……。遼ほどではないにしろ、他のゼミの、『まだ』大丈夫なヤツの命は救いたいし」
幸樹は、眉根を寄せた眉間に長くて男らしい指を添えて考えている。
「ねえ、西野警視正って、厚労省の麻薬取締課――通称、「マトリ」とか言うんだろ?――そこに出向していた時期が有ったって、以前聞いたコトが有るよ。西野警視正なら、お医者さんの知らない北の独裁者の国のワケの分からない薬について詳しいコトを知っているような気がする」
幸樹は愁眉を開いた。
「ああ、その手が有ったか……あんまり身近すぎて、却って盲点だった。遼って、オレと違って、思い付きが冴えているよな」
嫌味っぽい口調ではなく、純粋に褒めてくれる幸樹の口調と感心した笑顔に、涙が止まった。
「幸樹、これから、K署に行って、西野警視正に相談してみようか?」
「そうだな……ただ、一回、遼の家にお邪魔して、思いっきりオレの胸で――心行くまで泣いて欲しい――だって、有吉さんへの励ましとか、遼の性格からして、魂の奥底から悲しんで、そして、自分の感情を殺して、本当に、純粋に有吉さんのコトを慮ってのことだろう?
有吉さんへの同情だけで遼が何かを言うのなら、絶対に泣いていた。
それに、オレが有吉さんの部屋で、彼女を慰める――といっても、遼が心配するような、または嫉妬するようなコトは誓ってしていない。ただ、彼女の『妄想』というか、『心の闇』が生み出した生々しい事実を聞いていただけだ。彼女は俺が遼をずっと好きなコトも知っていたし、遼が怖がりだということも分かっていた。だから、彼女の悲惨な『妄想』をただ聞いていただけだ」
俺が聞いた有吉さんの「妄想」よりも、もっと怖い「闇」に有吉さんは苛まれていたのだろう。
それでも、気丈な彼女は、恋敵である俺を気遣って、俺には心のキャパを超える『闇』については、言わずに居てくれた。俺と幸樹が彼女の部屋に居る時は、彼女の「心の闇」を赤裸々には語らずに、そういう話には耐性の有りそうな幸樹だけに彼女の有りのままの恐怖の体験を打ち明けてくれたんだろう。
「あ、スマホが振動している」
幸樹はジーンズの後ろのポケットからスマホを取り出した。
画面を見て、眉根を寄せる。
「A市の市外局番だ。きっと国見君のお母様からの御礼と、そして、口止めの電話だろう」
昨夜から、幸樹のスマホは、スピーカー機能を使用していて、会話は全て聞き取れる。
「もしもし、高寄ですが?」
「息子の死を教えて下さって有り難う御座いました。ただ、ウチの病院から塩化カリウムを持ち出したことが漏れれば、マスコミの恰好の餌食です。主人とも相談したのですが、死因は別の診断書を書くと申しておりました。お薬の件は口外しないで戴けると、とても有難いのですが……」
悲しみに沈んだ声だったけど、口調はしっかりしている。そして、息子の死を受け入れて、そのやり場のない憤りをも感じさせる声だった。
幸樹もその雰囲気を感じたのだろう。解決策を見出したような瞳の光が真剣みを帯びた。
「ええ、口外はしません。ただ、国見君が最期に掛けて来た電話には、不可解な点も有るのです。もし、交換条件を呑んで下されば、他言はしませんが、呑んで下さらないとなると、マスコミにリークします」
断固とした口調で幸樹が言った。
何を言い出す積りなのか、俺はハラハラしながら幸樹の唇や瞳を凝視してしまった。
さっきまで有吉さんを励ましていた親身な感じはすっかり消えている。ただ、やはり眉間には憂いを帯びた曇りを感じる。
「だってさ、もし昨日遼とキスをしていなかったら、よりによって、ずっと片思いだと思い込んでいた遼の前に有吉さんとキスをするハメになっていたのだぜ?しかも、遼の目の前でさ。それもファーストキス。絶対、遼とするか、遼が彼女さんが出来て泣く泣く諦めるまでは、誰にもこの唇を触れさせないと自分に誓っていた」
幸樹の静かな口調に、並々ならぬ決意のほどを感じて、昨夜の――とても、時間が経っているように思えたのだけれども、実際は違う――星の降るような高原の清涼な空気の中で、眠るような口付けを交わしたんだっけ。
そう思うと、涙で濡れた頬にさっと血が上る。
「有吉さんの方が美人だもんね……」
俺は、現実逃避も兼ねて軽口を叩く。
誰も歩いていない高級住宅街の道には百日紅の花が暑苦しそうに咲いている。
「ばーか。オレが遼を好きになったのは、入学式の日からだ。一目惚れしたって言っただろ?
それに、有吉さんには悪いし、今まで犠牲になったゼミの皆にも罪悪感はアリアリだけど、遼の手品のお蔭で、上野教授のワケの分からない薬を飲まされなかったコトは事実だ。それに遼だって、オレが入眠剤との相互作用が怖くて上手く誤魔化しただろ?今の段階では、俺達二人は北の独裁者の得体の知れない薬を飲まされていない。
ただ、どうやって解毒剤を手に入れるかが問題だよな……。遼ほどではないにしろ、他のゼミの、『まだ』大丈夫なヤツの命は救いたいし」
幸樹は、眉根を寄せた眉間に長くて男らしい指を添えて考えている。
「ねえ、西野警視正って、厚労省の麻薬取締課――通称、「マトリ」とか言うんだろ?――そこに出向していた時期が有ったって、以前聞いたコトが有るよ。西野警視正なら、お医者さんの知らない北の独裁者の国のワケの分からない薬について詳しいコトを知っているような気がする」
幸樹は愁眉を開いた。
「ああ、その手が有ったか……あんまり身近すぎて、却って盲点だった。遼って、オレと違って、思い付きが冴えているよな」
嫌味っぽい口調ではなく、純粋に褒めてくれる幸樹の口調と感心した笑顔に、涙が止まった。
「幸樹、これから、K署に行って、西野警視正に相談してみようか?」
「そうだな……ただ、一回、遼の家にお邪魔して、思いっきりオレの胸で――心行くまで泣いて欲しい――だって、有吉さんへの励ましとか、遼の性格からして、魂の奥底から悲しんで、そして、自分の感情を殺して、本当に、純粋に有吉さんのコトを慮ってのことだろう?
有吉さんへの同情だけで遼が何かを言うのなら、絶対に泣いていた。
それに、オレが有吉さんの部屋で、彼女を慰める――といっても、遼が心配するような、または嫉妬するようなコトは誓ってしていない。ただ、彼女の『妄想』というか、『心の闇』が生み出した生々しい事実を聞いていただけだ。彼女は俺が遼をずっと好きなコトも知っていたし、遼が怖がりだということも分かっていた。だから、彼女の悲惨な『妄想』をただ聞いていただけだ」
俺が聞いた有吉さんの「妄想」よりも、もっと怖い「闇」に有吉さんは苛まれていたのだろう。
それでも、気丈な彼女は、恋敵である俺を気遣って、俺には心のキャパを超える『闇』については、言わずに居てくれた。俺と幸樹が彼女の部屋に居る時は、彼女の「心の闇」を赤裸々には語らずに、そういう話には耐性の有りそうな幸樹だけに彼女の有りのままの恐怖の体験を打ち明けてくれたんだろう。
「あ、スマホが振動している」
幸樹はジーンズの後ろのポケットからスマホを取り出した。
画面を見て、眉根を寄せる。
「A市の市外局番だ。きっと国見君のお母様からの御礼と、そして、口止めの電話だろう」
昨夜から、幸樹のスマホは、スピーカー機能を使用していて、会話は全て聞き取れる。
「もしもし、高寄ですが?」
「息子の死を教えて下さって有り難う御座いました。ただ、ウチの病院から塩化カリウムを持ち出したことが漏れれば、マスコミの恰好の餌食です。主人とも相談したのですが、死因は別の診断書を書くと申しておりました。お薬の件は口外しないで戴けると、とても有難いのですが……」
悲しみに沈んだ声だったけど、口調はしっかりしている。そして、息子の死を受け入れて、そのやり場のない憤りをも感じさせる声だった。
幸樹もその雰囲気を感じたのだろう。解決策を見出したような瞳の光が真剣みを帯びた。
「ええ、口外はしません。ただ、国見君が最期に掛けて来た電話には、不可解な点も有るのです。もし、交換条件を呑んで下されば、他言はしませんが、呑んで下さらないとなると、マスコミにリークします」
断固とした口調で幸樹が言った。
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このお話は旧ブログで更新していた(そして諸事情で止まっていた)小説の再掲です。
流石に長いのでリンク貼るだけでは読んで頂けないかと、こちらにお引越し致します。
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最後まで読んで頂いて有難う御座います。