腐女子の小説部屋

創作BL小説を綴っています。ご理解の有る方【18歳以上】のみ歓迎致します 申し訳ありませんが書く時間を最優先にしたいのでリコメは基本的に致しません。 要望・お礼などは「日記」記事でお応えしますが、タイムラグがあることも多いです。

気分は下剋上 不倫騒動の後

気分は下剋上 叡知な一日 30

「祐樹……、この二人だけの愛の空間……。本当にこの屋上が最も高いのだな……。祐樹の高校の屋上もこんな感じだったのか?」
 キスの合間に紡がれた、艶やかな中にも無垢さを含んだ言葉が紡がれている。最愛の人の高校時代も教室から出ることもなく読書をしているか、定期テストが近づいてきた時に「教えて」と言ってきた生徒に懇切丁寧に何でも教えたということは聞いていた。体育で運動場や体育館に、または理科実験室などには移動しただろうが、授業に関係のない屋上には近づかないタイプだったような気がする。
「だいたいこんな感じでしたよ」
 最愛の人の瞳に宿る色が変わった。欲情の紅いルビーではない。それはむしろ、祐樹の過去に触れたいという探求心が具現化したようなダイヤモンドのように透き通った、知の煌めきだった。
「――だったら、祐樹と見て回りたいな……、祐樹が執刀医として術前カンファレンスに臨む時、祐樹はロングの白衣を着るだろう?あの姿は風を纏ったように白衣が揺れて、祐樹の歩みはほとんど舞うようで……目を奪われてしまう」
 祐樹と絡め合わせている最愛の人の視線が不意に逸れた。
「……私も術前カンファレンスに向かう途中だったのだが、ついつい祐樹の空を舞うような歩みと翻る白衣に見惚れてしまっていたことが何度もあるのだ……」
 誇らしさと、わずかな自責の念を帯びたようなその声が、屋上の風にさらわれて消える。まるで何かを許してほしいと告げるような、けれども、やはり誇りを隠し切れない眼差しだった。祐樹は何も言わず、繋いだ指をスライドさせて最愛の人の指先を握った。その手は、かつてメスを持つときに見た時よりも静謐で、揺らがないものだった。
「貴方ほどではないですが、私も白衣が板につくというか……、馬子にも衣裳、という感じは、少しだけ薄れてきたかもしれません。貴方こそ白衣を颯爽と翻して歩く姿は……なんというか……本当に映画のワンシーンみたいで。BGMがついていないのが、不思議なくらいです」
 最愛の人と指の付け根まで絡ませて、そして彼が顔を上げるたびにキスをしながら歩くだけで、なんの変哲もない屋上の風景が、まるで薔薇園のように感じられる。それはきっと愛という魔法のせいなのだろう。
「そうか……。ちなみに何の曲なのだろう?モーツァルトのレクイエムでないことを祈るのだけれど……」
 最愛の人の柔らかな笑い声がまるで花火のように、夜の闇を一瞬照らして溶けていくようだった。
「クラシックはあまり知らないのですが……、強いて言うならドビュッシーの『月の光』でしょうか。私が第一助手を務めていた時の、貴方の手術前には、クラシックではないですが『パリは燃えているか』が流れているような気がしましたよ。あの旋律に、貴方の手が乗っていたように感じたことが……何度もありました。今となっては、懐かしい思い出です」
 最愛の人は何も言わず、指の力を強くした。まるで静かに火が燃えていくような、あの旋律と最愛の人の手技。その両者が重なっていた記憶は、祐樹の中で今も消えていない。
「あ!祐樹、『大』の字がかろうじて見えるな……」
 しなやかな長い指が弾むように山へと向けられる。
「ああ、大文字の送り火の時の……」
 祐樹は無神論者だし、大文字焼きの日は人混みが物凄いので苦手だった。
「祐樹、この鍵はいつまで借りられるのだろう?」
 明らかに期待に弾んだ声だった。
「具体的な時期は杉田弁護士に聞いてみないと分からないですが、大規模な修繕工事らしいですので数か月はかかるらしいです」
 隣を歩む最愛の人は白薔薇のような笑みを浮かべている。
「建築業界のことはよく知らないのだけれども、お盆は工事も休みなのではないか?」
 最愛の人の怜悧な声が温度を上げているような感じだ。
「祐樹さえよければ、杉田弁護士に頼んで『送り火』の日もここに来ないか?(さかずき)に『大』の字の炎を写して飲めば、無病息災や長寿・厄除けなどが約束されるらしい。私一人で長生きする意義はまったく見出せないが、祐樹と二人ならずっとこうしていたいので――祐樹も知っているだろう、私の住んでいたアパートは。あそこからだと全く見えない。といっても別に見たいとも思わなかったのだけれども。ただ隣のお婆さんが、病に臥せる母と私だけの暮らしを気にかけて、煮しめや白和えを届けがてら『火を盃に写して飲むんやで』と教えてくれたのだ。当時は母にその(さかずき)に写したお酒を飲ませたいと思っていた……」
 最愛の人のお母様思いは知っていた。幼い頃の無念さも理解できる。
「分かりました。『送り火』の日に、またここで――誓いのキスを」
 祐樹がフェンスにもたれかかると不穏な音がしてギョッとした。




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気分は下剋上 叡知な一日 29

「――先に答えを言ってしまったら、興が削がれるでしょう?」
 最愛の人の薄紅色の唇を祐樹の唇で封印した。そしてサマーセーターを着ていても先ほどピーチフィズを零したせいで可憐に尖った胸を指先で弾いた。愛の交歓の前奏曲としてはちょうどいいだろう。このエレベーターの監視カメラの死角は把握済みだった。その上、このビルは祐樹を含め客層がいいとはいえないためにカメラの画角が狭くなるように設置されている。最愛の人は、そういった裏事情まで知らないだろうが。
「ん……っ」
 まるで咲きかけの薔薇のような嬌声がたまらなくいい。
「ゆ……祐樹。カメラがあるので……」
 口では抗いながらも肢体は、祐樹の指をもっと欲しがるように、綺麗な弧を描いて祐樹に身を寄せた。その様子もたまらなく淫らで、そして美しかった。理性を手放しかけて情欲の衝動に身を任せつつある最愛の人は、花咲く寸前の芍薬のようだった。ピーチフィズの甘い残り香が二人の間の緊張をさらに甘く、濃くしていく。ガタン……と金属が軋む音とともに、エレベーターはゆっくりと上下の動きを止めた。
「黙ってついて来てくださいね……」
 この階は営業している店がないらしく、非常口と書いた緑色の灯かりだけが頼りだった。祐樹は最愛の人の手を取り、指の付け根まで絡み合わせた。
「このビル全体が廃墟みたいな印象を受けますね。二人して世界から取り残された、そんな印象です」
 最愛の人は祐樹の指を強く握った。
「祐樹と一緒なら、廃墟だろうと、人類が滅びても……私としてはどうでもいいと思える」
 最愛の人の紡ぐ愛の言葉はいつでも祐樹の心を直撃する破壊力を持っている。静謐な声だったが夜空に凛と咲くクリーム色の花のような感じが滲んでいた。「Staff Only」と書かれたドアの前に着くと祐樹は杉田弁護士から預かっていた鍵を取り出した。
「え?いつの間にそんなカギを入手したのだ?」
 ドアを開けて賓客をエスコートするように――いやそれ以上に丁寧に、祐樹は最愛の人の背にそっと手を添え、屋上エリアへと導いた。
「実は杉田弁護士から鍵を預かったのです。先ほどのエレベーターからも分かるようにビル全体が老朽化していて、大規模改修工事をするらしいです。このビルのオーナーはもう八十歳を超えていて、すべて顧問弁護士でもある杉田弁護士に任せているようです。そのお陰で私にこの鍵を貸してもらえました」
 白く艶めいた首が納得したような感じで微かに揺れた。ただそれだけの動作なのに、祐樹には銀の粉をまいたような錯覚をしてしまう。
「祐樹は覚えていてくれたのだな?学校の屋上で話したり……そして抱き合ったりするのが憧れだったという私の言葉……」
 最愛の人はまるで胸の奥に隠していた紅い薔薇が、そっと花弁を綻ばせたような――そんな美しさだった。他人には決して見せない柔らかさ、それを祐樹だけが見ることを許されていると思うと、ただ静かにその姿を見つめていたくなる。最愛の人の中に咲くその花の熱が、ひどく愛おしかった。
「ご存知のように京都は建築物の高さに制限がありますよね。屋上の雰囲気も味わえるかと思います。また大阪のホテルと異なって私たちの愛の交歓に耽っている姿を誰かに見られる不安はないです。私も屋上に来たのは初めてですが、高校の屋上もこんな感じでした。何の飾り気もないのに、どこか意味ありげな空間。私もそれほど高校の屋上に行ったことはないのです。たいていは煙草を吸うようなヤンキーがたむろっていましたから」
 祐樹の出た高校は、京都府の日本海側にある公立校だった。京都市内ほど学力で明確に振り分けられるような厳しさはなかった分、色々な生徒がいた。当然のように、屋上で煙草を吸うヤンキーもいたし、正直、教師も見て見ぬふりをしていた気がする。
「そうなのか?屋上といえども学校で煙草を吸う生徒がいたのか?」
 最愛の人の瞳がふいに見開かれる。その奥には、夜明け前の星のように透き通った煌めきが宿っていた。世俗の汚れにまだ触れたことのない光――祐樹は、その眼差しがひどく眩しい。もっと眺めていたいような、そしてすぐにでも艶めいた光を灯したいという二律背反の気持ちだった。祐樹はドアを背にして立っており、最愛の人はその横に佇んでいる。
 そして、最愛の人の雄弁な眼差しが、「エレベーターの中の続きを――」と密やかな愛の信号を祐樹に送ってきた。この屋上に誰も入って来られなくなるように、金属製のサムターンを回した。重厚な金属音を立てた、その二人きりの合図が愛の交歓を告げる音のように聞こえた。
「これで、完全に二人きりですよ、聡」
 最愛の人の耳朶まで愛撫するかのように掠れた低い声を注ぎ込んだ。その言葉で彼の愛用している柑橘系のコロンの香りがふっと濃くなったような気がした。




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気分は下剋上 叡知な一日 28

 確かにその通りだろうなと思った。脳外科のアクアマリン姫こと岡田看護師と付き合ったことで、久米先生はゲームという二次元から普通の恋愛にシフトしていて、以前ほどのめり込んではいない。しかし、顔は清楚なのに胸が異様に大きい美少女のセーラー服を一枚一枚脱がしていくというゲームを課金してまで楽しんでいる久米先生だって、どんなイケメンだろうと男性の服を脱がすゲームは絶対にしないだろう。
 祐樹はゲームよりも最愛の人の服を乱すほうがよほど大事なのでゲームなど興味はない。ただ久米先生が美少女の服を脱がすゲームを趣味として楽しんでいるぶんには、特に問題も感じていない。しかし、久米先生お気に入りの、綾小路ひより(?)というゲームキャラに課金までして、順調に脱がせていったというのに、もしその「ひより」が実は男だったと知ったら、久米先生は烈火のごとく怒るだろう。そして、「俺のひよりちゃんがいなくなった……。お金と時間返せよ……」と悄然と丸い肩を落とし、休憩室の壁に向かってぶつぶつ言うに違いない。
 DEIの「多様性」という理念に照らせば「ひより」というゲームキャラが男性であっても何も問題はない。しかし、課金までして彼女のヌードを拝みたがっていた相手が実は男性だったと知ったら、久米先生は落胆するのも当然だろう。
 救急救命室の休憩の部屋でトドのように横たわり、クレカを握りしめてスマホに向かって「ひよりちゃん、セーラー服のリボンだけなんてあんまりだよ……」とほざいていたのを祐樹は目撃し、生暖かい目でその「雄姿」を見ていた。だから、そんな「ひより」が実は男だったと知れば、なおさら怒り出したり落胆したりするだろう。久米先生にしてみれば、「『多様性』?そんなの知ったことか!!俺のひよりちゃんは可憐な女の子なんだ!!その脱がす楽しみを奪うな!!」とでも言うに違いない。
 ナツキの友達は久米先生よりも本格的にゲームをしていると聞いたので、ゲイのキスシーンに「俺はいったい何を見せられているんだ」という思いはさらに強かったに違いない。それこそ杉田弁護士が言っている「裏切り」という言葉がストンと腑に落ちた。
 ただ、それは個人の感想なので、制度的な問題ではない。だからこそ人権派の弁護士も介入できないのだろう。
「人権派の先生では、その苛立ちに触れることすら出来ないと断言できる。だから私のような体制派の弁護士……といっても、別に法廷で争うわけじゃないんだが、この店の常連としては、ナツキ君みたいな悩める青年を導くのも私の役割だと思っている」
 杉田弁護士が珍しく真剣な表情を浮かべている。
「宜しくお願いします」
 最愛の人が深々と頭を下げている。「グレイス」のスタッフが黒衣のような所作で背後に現れ、革の書類挟みを彼へと示した。金額など見るまでもないと言うように、最愛の人は明細書をちらりと見ただけでためらいもなくサインを走らせた。その筆跡は、何度見ても祐樹の胸を打つほどに優雅だった。
「香川教授、ごちそうさま」
 杉田弁護士は軽くお辞儀をしている。
「いえ、本日は本当に勉強になりましたのでそのお礼です。ナツキさんの件はくれぐれも宜しくお願い致しますね」
 まるで憂いを帯びた青薔薇という風情の最愛の人が念を押している。きっとナツキのことが気に掛かっているのだろう。デートの支払いは、二人の間では持ち回りになっている。今夜は最愛の人の番だったので、祐樹は軽く会釈だけしてその好意を受け取った。
「あ、杉田弁護士、実は詐欺に遭ったかも知れなくて、そのご相談に……」
 エレベーターから出てきた男性は縋るような眼を杉田弁護士に向けている。詐欺ともなれば、警察への対応や裁判など杉田弁護士の専門分野だ。それに杉田弁護士が「グレイス」に足を運んでいるのは大人の会話を楽しむためだが、営業も兼ねていると聞いていた。
「私達は、お邪魔ですよね。さっさと退散します」
 軽いジャブを打ったつもりだったが、杉田弁護士は生クリームを見つけたチェシャ猫のような笑みを浮かべている。
「二人の愛のお愉しみの時間に邪魔をしたのはむしろ私だろう。山本さん、お話はゆっくり聞きますので、店内に入ってお待ちください」
 中年の男性は安堵めいた表情を浮かべて店内へと消えていった。
「二人にとってお愉しみの時間……、是非とも覗きたいのはやまやまだが、そんな無粋なことは止めておくよ」
 最愛の人は薄紅の細く長い首を優雅に傾げている。どうやら、祐樹が杉田弁護士から託された物を見ていなかったのだろう。尤も見ていたところで何が何だか分からなかっただろうが。
「スタッフに預けておけばいいのですよね?」
 杉田弁護士は営業モードに入ったのか頷きながらネクタイのわずかな乱れを直し、ジャケットのボタンを留めながら頷いている。
「今宵、貴方と『グレイス』に赴いた主目的なのですが……」
 エレベーターに乗って四階のボタンを押した。
「上階に何があるのだ?」
 エレベーターの中の最愛の人の横顔には、まだ咲ききらぬ芍薬のような表情が浮かんでいた。柔らかな期待と、不意の冷風に身をすくめるような慎重さが、静かに交差していた。




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気分は下剋上 叡知な一日 27

 うっかり布地越しとはいえ、胸の尖りを晒してしまった最愛の人のリアクションも非常に気になった。そういう情事に触れられると、普段の最愛の人は顔を紅色に染めて目を伏せていた。しかし今夜はそうではなかったので内心、意外だった。
 祐樹と二人きりの時には、大輪の紅い薔薇が乱れ咲くように奔放に振る舞う最愛の人も、第三者の前では蕾のように慎みを纏うのが常だったのに、心境の変化でもあったのだろうか?もしあったとすればナツキの影響としか考えられない。
「そうですか。私達の時とは何だか隔世の感がありました。私はご存知の通り両親も既に鬼籍ですし、どうやら親戚もいないようです。少なくとも『例の地震』関連でテレビに出ても誰も名乗り出なかったということは亡き両親が親戚とトラブルを起こしたのか、一族が皆死に絶えてしまったのだと思います」
 杉田弁護士がチェシャ猫のような表情から意外そうな表情へと変わった。
「貴方の個人的なことは、杉田弁護士にも話していないのです。相談したのは……、『貴方とどう付き合うべきか?』とか、『これって身体だけの関係か?』などでした」
 祐樹の補足説明をする声は今の「グレイス」に相応しく、氷の解ける音よりも穏やかだった。今宵の「グレイス」はバカ騒ぎをする客も、そして良い男の目に留まろうとする高く艶めいた声を上げる人もいなかった。まるで、ロンドンの貴族が招待制で集う紳士クラブのようで――知る人ぞ知る愉しみを、言葉少なに分かち合うためだけの静謐な大人の社交場といった今夜の雰囲気だからこそかもしれない。
 最愛の人は、僅かに視線を逸らし、そしてゆるやかに頷いた。その頬に浮かんだ微笑は、カウンターに灯る間接照明のように静かで、しかし抗いがたい熱を秘めていた。祐樹が自分との関係に名を与えようとしたことや、それを杉田弁護士に語っていたという事実に、心の奥底から火がともるような悦びを感じている。そんな官能の(だいだい)色が、静かな炎のように、その瞳に、素肌に、ゆっくりと染み渡っていくのが祐樹には分かった。「グレイス」に来る前にマンションで愛の交歓をしたとはいえ、先ほどの交歓の余韻が肢体をじわりと溶かしたのではなく、祐樹が杉田弁護士に相談をしていたということを知ってからの反応のような気がした。
「――いえ、私の身の上話などは些細なことです。良く知りもしない親戚が名乗り出てくると、私の遺産が祐樹に渡らなくなりますから、むしろこのままでいいのです」
 静謐な声が大輪の白薔薇のように凛と響いた。
「遺産って……。私はむしろ、貴方よりも先に亡くなって、涙にくれる姿を見届けてからあの世に行きたいと思っています。しかし、それよりも、定年後は海辺のクリニックを二人で経営し、気が向いたら今は行くことが出来ないマチュピチュやウユニ塩湖といった場所に行くことを楽しみにしています。それら全てを貴方と二人でゆっくりと訪れたいですね」
 最愛の人と語り合った将来の夢だ。定年後は町にクリニックが三軒以上ある広大な海の近くに医院を構えて、旅行中は他のクリニックに患者さんを任せてゆっくりと二人で旅行するという、夢。ただ、最愛の人は間違いなく心臓外科学会の重鎮となるだろうし、祐樹だってそれなりの地位には就けるはずだ。だから実現するかどうかは、実際怪しいとは思っている。最愛の人には言っていないのだけれども。そういう二人の夢を共有することが大切だと今は思っていて、実現するかは別問題だと割り切っている。
「そうだったな」
 最愛の人は白薔薇さえ霞むような、遥かな未来を見つめる笑みを浮かべていた。
「私達の頃は、祐樹――あ!祐樹の実家のことを杉田弁護士に話してもいいのだろうか?」
 その細やかな配慮が嬉しい。
「もちろんです。特に隠す必要はないですから」
 最愛の人はセピア色の光を湛えたような笑みが、瞳にそっと灯っていた。
「祐樹はお父様を亡くされていて、実家にいらっしゃるお母様に私を紹介したいと言ってくれまして……。絶対に反対されると思い込んでいました。玄関先で塩をまかれて追い返されると覚悟して行きました。ところが、祐樹のお母さまは大歓迎して下さってとても嬉しかったです。私たちの頃は両親に言うというのが大きなハードルだったのですが、ナツキ君が直面している問題はさらに複雑になりましたね。もちろんDEI――つまり、多様性・公平性・包括性の推進という理想それ自体は素晴らしいと思います。しかし、時に誤って人を排除する構造を生んでしまうのですね。ナツキさんは、それすらも乗り越えなければならない……今夜は、本当に勉強になりました」
 最愛の人の静謐な声には、懸念がにじんでいるように聞こえた。
「その辺りはナツキくんから話があれば、きちんと相談に乗るつもりだから大丈夫だよ。京都にはね、人権派の弁護士の先生がたくさんいるのは事実だ。しかし、ナツキ君のゲーマーの友達のような反応は特にSNSで嫌というほど見るね。ヒロインとの恋愛が当然と思っている人たちには、あの手の『啓発描写』は裏切りにしか映らないんだよ」




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気分は下剋上 叡知な一日 26

 最愛の人はどこか誇らしげなセピア色の口調とまなざしだった。杉田弁護士は極上の生クリームを心行くまで舐めたチェシャ猫のような表情だ。何しろ祐樹に「香川教授が今『グレイス』に来ていて、多数の男たちから奢られている」と知らせてくれたのは彼だった。「グレイス」で奢られるというのはアプローチして、出来れば「お持ち帰り」に持ち込みたいという下心の具現化だ。
「……うわ、それ……想像以上に、重い……」
 ナツキは目を丸くしたまま、まるで胸に何かがストンと落ちたように息を吐いた。
「いや、重いって悪い意味じゃなくて、なんか……それだけ想ってたって、すごいなって……」
 ナツキの視線は伏せ気味だが、その声は真剣だった。祐樹は何度か聞いたことのある最愛の人の独白の、その愛の重みをナツキの言葉で再確認して、一生この人を大切にして生きていこうとの決意を新たにした。
「一回でもいいから、って……なんか、それ、めっちゃ、愛じゃないですか……」
 最愛の人は夜空に咲き誇る薔薇のような笑みを浮かべている。
「……そっか。じゃあ、今こうしてお二人で一緒にいるの、奇跡ですね」
 ナツキは手元のグラスに目を落としながら、ぽつりと呟いた。
「今となってはむしろ、この人がアメリカに行ってくださったことが良かったと思います。私自身息を呑むほどに惹かれる容姿ですから、たとえば『グレイス』で会った場合絶対に口説いたと思います。しかし、私も若かったので、この人の性格を知る前に目移りしたような気がします」
 杉田弁護士はまるで「全くその通り」と言いたげな笑みを浮かべている。
「しかし、本当に素晴らしいのは、外見ではなくその心だったのです。当時の私ならそのことに気づく前にお別れしていた可能性のほうが高かったです。アメリカに行った期間はお互いが成長を待つ『熟成期間』だったと思っています」
 最愛の人の瞳は、ダイヤモンドの揺るぎない光が浮かんでいる。そしてその光は彼の目に浮かんだ涙の膜で乱反射しているように見えた。
「少し席を外します」
 最愛の人は静謐な空気をまとってトイレへと消えていった。きっと涙を拭うつもりなのだろう。
「……なんて言うか……今日は先生たちに会えて本当に良かったです。僕も……なんだか中途半端なまま……ふらふらしてたなって……。ちゃんと頑張ってないと……いい出会いもないって分かりました。本当にありがとうございました!!じゃ、父さんや母さんの待ってる家に帰ります。……田中先生、香川教授によろしくお伝えください……」
 ナツキは凛と背を伸ばして杉田弁護士と祐樹に頭を下げると店内から出て行った。彼とグレイスで再会したら酒を酌み交わすのもいいだろうと思った。
「……『熟成』ね。まさにその通りだね。あのタイミングではなかったら今みたいな落ち着いた関係性ではなかったように私も思うよ。この美味しい『響』21年モノみたいに時間を置いて醸し出された愛情か……。うん味わい深いね」
 杉田弁護士は普段の飄々とした口調ながらも表情は真剣だった。
「お待たせしました」
 最愛の人が席に戻ってきた。
「ナツキ君は帰ったのですね」
 冴え冴えとした表情にどことなく涙の余韻が残っているかのようだった。
「あ、ピーチフィズをお願いします」
 バーチェアにすらりと座るとバーデンにオーダーしている。
「あの名刺は貴方なりのナツキへのエールだったのですね。あの機転に乾杯です」
 何度目になるか分からない乾杯を三人で交わした。
「それはそうと田中先生の恋人は普段から水も滴る優れた容姿だが、今は情事の甘い香りもしているような感じだが…?」
 いきなりの話題転換に呑みかけの「響」を吹きそうになった。愛の交歓の甘い余韻はシャワーで洗い流せるわけもなく杉田弁護士は即座に見破っていたようだった。ナツキの前では大人の配慮で避けていた話題だったのだろう。
「え?」
 顔を薄い紅に染めた彼はピーチフィズのグラスを倒してしまい。サマーセーターに中身を零している。しかも運が良かったのか悪かったのか先ほど祐樹が念入りに愛撫した尖りの片方に飛沫(しぶき)がかかり、あぶり出しのように慎ましやかな紅さとその小さな輪郭が、半ば透けて浮かび上がっていた。
「いやあ、絶品だね。ずっと鑑賞したいところだが、田中先生は隠したいと思うだろう?ここは良いから早く二人きりになりなさい」
 杉田弁護士の厚意に頭を下げて椅子から立ち上がった。祐樹は二枚重ねで来ていたシャツを脱いで彼へと着せかけた。
「あ、チェックをお願いします。全員分を」
 紅く染まったしなやかな指がクレジットカードをバーデンに渡している。
「香川教授、ごちそうさま。好意に甘えさせてもらうよ。いやあ、一人の若者の決意を見届けられて、いい夜だった。ああ、ナツキ君が『教授にもよろしく』と伝えてくれって言っていたよ」




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