「ん……っ、ゆう……き、来て……欲し……っ」
艶やかな声が、幾度となく押し寄せる波のような欲情と、これから祐樹が与える確かな熱の楔が与える期待が滲んでいた。
「あ……っ」
祐樹が花園から指を抜くと惜しむような声と、濃い紅に咲いた花壁が物欲しげに、朝露を渇望する蕾のようにふるふると震えている。最愛の人は必死に呼吸を整えようとしている。その標準よりわずかに薄い唇の縁が、吐息に濡れたまま微細に動く。まるで一枚の花びらが夜露を耐えてなお、静かに風に耐えているかのようだった。祐樹が手を触れずとも、ただ見つめているだけで、あのときの波が打ち寄せる。そんな余韻が、まだ彼の肢体の奥に咲き続けているのだ。
色香と欲情の証しかまとっていない最愛の人と、紺色の浴衣をまとっている祐樹という今だけの差ができている。白絹の寝具が、微かな動きに反応して囁くように擦れ合う。その上で、最愛の人の肢体が余韻に導かれるままに緩やかに弓なりを描いた。すでに頂きを超えたはずの快楽が、なおも神経の奥をくすぶらせ、意識と無意識の狭間で小さな波紋を生み出している。
紅色の細い指先がわずかに震え、膝が寄るでもなく開くでもない曖昧なまま沈み首筋の角度ひとつさえ、淫らというより聖なる陶酔を映しているようだった。その姿は、まるで白い花弁の上で最後の甘露を吸い尽くす蝶のように儚く、けれど確かに、愛された者の証を宿していた。
その静謐な快楽の余韻を見届けたい。最愛の人の肢体をこれほどまでに聖なる淫らさに染め上げたのは他でもない祐樹なのだから。といっても祐樹一人ではなく最愛の人が悦びに溢れて受け入れようとしてくれた結果だった。つまり二人で作った愛の結晶の具現化が今の最愛の人の姿だ。浴衣姿のまま、最愛の人をただ見つめていた。というよりも視線が固定されて動けないといった方が正解だ。最愛の人は、もうすでに色香と欲情の証――指の痕、汗の微熱、そして潤んだ吐息――それらだけを纏い、まるで花の最盛を過ぎてもなお、香を放つ夜の薔薇のように美の極みに咲き乱れていた。祐樹はまだ衣に守られ、最愛の人は本能という真実を曝け出している。衣に守られたままの祐樹と、本能だけを纏う最愛の人とでは、同じ場所にいながら別の位相にいるように見えた。
「ゆ……ゆうき……っ、早く……っ、欲し……っ」
濡れた艶やかな声が金の粉のような焦燥を滲ませているのも最高にそそる。
「聡、花園の奥処の奥まで感じたいのですが、良いですか?」
絡繰りのように折れ曲がったその深億は、祐樹しか踏み入られない迷宮だった。その迷宮の感触はふっくらと熱いゼリーのように祐樹の先端部分を包み込んでくれる。
「もちろん……っ、それよりも……っ、早く……」
干天の慈雨に焦れた薔薇のような切実な色香を声と肢体が放っている。寝具の上から彼の肢体を掬い取って腕に抱き、縁側に出た。
「二人の愛の交歓を桜に見せつけましょう。きっと桜たちも嫉妬をすると思いますよ。聡の美しさにね」
桜の花びらを愛の交歓の褥にするのも一興だろう。最愛の人はまだ先ほどの余韻が残っているのだろう、祐樹の首に回した手もそして時折肢体も大きく震えていた。
祐樹が先に座って、昂った欲情の証を桜の舞う空間に露出させ、最愛の人の背中が祐樹の胸に当たるように導いた。
「愛する聡、私も限界でした……」
後ろ髪を少し掻き上げて、言葉と共に紅の愛の刻印を押す。この位置ならば祐樹しか気づかないだろう。
「あ……っ、悦……っ」
祐樹の突き上げに花園がふんわりと解けて誘ってくれる。祐樹は。最愛の人の胸の二つの胸の尖りを指で摘まんできゅっと捻ると腰がより密着する。育ち切った花芯から絶え間なく滴り落ちている水晶の雫と祐樹の熱い楔が立てる音は、無垢で淫らな二重奏のようだった。
先ほど指で育てた快楽の蕾は祐樹の楔に甘美な刺激をもたらしてくれる。最愛の人の自重は奥処の奥の迷宮に誘うアリアドネの糸のようだ。
「……あ……っ」
最奥まで先端部分が届いたのと、最愛の人が真珠の白濁を放ったのは同時だった。飛び散った真珠にも庭園に舞っている桜の花が宿っているのを見た瞬間、迷宮の奥で、祐樹もまた、抑えきれぬ悦びの奔流を解き放った。
「――愛していますよ、聡。そして、今宵の貴方も最高でした」
呼吸が収まった後に、祐樹の身体に凭れ掛かって紅色の呼吸を繰り返す最愛の人の耳朶に最も伝えたい言葉を紡いだ。髪の毛から滴った汗が祐樹の唇を濡らすのも「後の戯れ」に相応しい。
「――私も、とても感じた。悦すぎて……達する時を……祐樹に告げることさえ出来なかった……」
そういえば祐樹も告げていなかった。
「それはお互い様ですよ」
胸のルビーを羽根でも使っているかのような軽さで愛撫した。
「そういう……ソフトな感触もいい、な。強く愛されるのももちろん大好きだ。祐樹」
最愛の人が紅色の首をふわりと回して唇を重ねてくれた。そんな二人の愛の行為を舞い散っている桜の花だけが見届けていた。
<完>
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◇読者様へ◇
2025年春の章、「気分は下剋上 お花見」を、ここでひとたび閉じることにいたします。六月になってもまだ桜を書いているなと、毎晩ふと我に返っておりましたが、ようやく「完」を打てました。
読み続けてくださる皆様のおかげで、物語はただの画面上の出来事ではなく、どこかにひそやかに息づいている恋へと変わっていきました。
次回からは「叡知な一日」再開予定、そして「巻き込まれ騒動」を書きます。また別のお話でお目にかかれますように。
お読みくださいましたすべての方に、静かな春風のような感謝をこめて。
こうやま みか 拝
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