内田教授のその元凶は医局の医師なのだから裏切られた気持ちなのだろう。
「内田教授の方こそ心労で倒れないでくださいね。私たちは予兆を感じ取って警戒していましたし心の準備もしていました。しかし、教授は寝耳に水といった状況でしたので…」
彼の口調も労わるような優しさに満ちている。
『お気遣い有難うございます。清水研修医の進言の話の途中でキャッチが入ってしまって申し訳ありませんでした。教授や田中先生は精神科医の押し売りめいたことを危惧なさっているようですが、杞憂ではないでしょうか?』
そうなのだろうか?頼んでもいない医師が付き添って、しかもその料金が加算されると知ったら祐樹などは余計なお金まで請求されたと思うだろう。
「そうですか?それはどのような根拠ですか?」
最愛の人も祐樹と同じように怪訝そうな表情で聞き返している。
『ああ、教授と田中先生のお耳には入らなかったのかも知れませんね。呉先生が自己紹介をなさった時には精神科医を名乗っていました。そして山氏も『宜しくお願いします』のような肯定的な返事をなさっていました。素人ではなくて専門家に頼むのですから対価が発生することは社会人なら当然の発想ではないですか?香川教授も田中先生もご経験があるかと思いますが、友人ならば『こんな状況だけど病院に行くべきだろうか?』とか言われて『直ぐに病院に行った方が良い』程度の問答ならばお金を取らないでしょう?しかし、山氏の場合、場所は病院でしかも精神科医が臨席したらオフィシャルなモノだと思うでしょう。また、病院はそこいらのスーパーと異なって客である患者の意思を無視して…と言えば語弊がありますが、医師が『MRIの検査が必要です』とか『レントゲンを撮りましょう』と言った場合にノーとは言わないですよね。辛うじて言えるのは『私は閉所恐怖症なのです』程度ですよね。病院によってはオープン型のMRIを使用しているらしいですが、ウチの病院にそんな気の利いたモノはないので何とか騙し騙し検査を行っているのが現状です。あ、話が逸れましたが、そこいらのスーパーだったら要らない物は買わないという選択肢がありますが、病院は嫌々検査を受けてもしっかりと料金は取られますよね。それが常識ですので、呉先生のお会計もすんなりと支払うと考えています』
オープン型のMRIは頭部の上下左右に空間が有って、明かりも入る設計になっている。祐樹がセンター長を兼務しているAiセンターを使う(?)元患者さんは既に死亡しているので狭いだの閉所恐怖症だのは絶対に言わないのでさして関心はなかった。元患者と便宜上表現したが死者に人権はない。副センター長の野口准教授はオープン型を熱望しているが予算の壁が厚すぎて実現は絶望的だ。
「なるほど。確かにMRIやCTの検査をしますと言って断った患者さんはいないですね」
最愛の人も内田教授の発想の柔軟さに感心したような表情を浮かべている。祐樹も「心臓の狭窄部分に気になる点がありますので一度検査しましょう」などと言っても有難がられるだけで迷惑そうな顔をされたこともなければ「検査の押し売り」などと言われたことは一度たりともない。内心までは分からないので密かにそう思われているのかも知れないが。
『…それに高額医療費が適用されるので懐は痛みませんし。消化器内科の松本教授には、病棟に移送される予定の山氏には不定愁訴外来受診を強く勧めるように頼んでおきます。あ、ちなみに松本教授と精神科の真殿教授の仲は非常に悪いです。そして真殿教授と殴り合いの大喧嘩をした呉先生のことを尊敬していますよ。出来るならばどさくさに紛れて自分も一発お見舞いしたかったとか言っていました』
…呉先生と真殿教授は教授執務室の外からも聞こえる大喧嘩をしたのは事実だが殴り合ってはいない。大学病院はウワサが伝播するにしたがって話に背びれや尾びれが付くのでそのせいだろう。
「つまり真殿教授とその医局に専門医の派遣を要請しないということですね」
何だか小学生の仲間外れのような仕打ちだが、そういう子供っぽい医師も少なからず居るのも大学病院だ。
「内田教授、田中です。先ほど話が出た清水研修医も真殿教授を内心白眼視しているのです。そして呉先生を精神科の希望の星とまで言っていますよ。呉先生に教えを請いたいと熱望しているので、松本教授が呉先生を病室に呼んで出張診療をする時に清水研修医も円強のために付き添うというお願いをしても大丈夫そうですか?」
清水研修医は呉先生を希望の星と発言していなかったような気がするがこういうプラスの意味での大袈裟な表現なら良いだろう。
『そうなのですね。あの腐った下水みたいな真殿教授の医局から、そのような向学心を持つ医師が出るとは…。しかも、呉先生はパリ大学の精神学会で講師を務められたほどの実績をお持ちなので研修医が目的にするにはうってつけの精神科医ですね。松本教授と相談して清水研修医を呼べるように上手く取り計らいます。この程度しか香川教授や田中先生を始めとする香川外科にお掛けした我が医局の不祥事のご恩返しが出来ませんので…』
スマホ越しの内田教授の声は革命の闘士というよりも革命に敗れて亡命するか自決するかを決めるような感じだった。
「今日はもう帰宅なさってゆっくりと休んだ方が良いと思います。今過労で倒れたら医局運営だけでなく不倫騒動の陣頭指揮を執る人間が居なくなりますので」
涼やかな声がしみじみと発せられた。祐樹も同じ思いだったが。
『そうですね。お言葉に甘えてもう帰宅する積りです。また浜田教授も誘って呑みに行きたいですね。では失礼します』
通話が切れた瞬間に祐樹は最愛の人に満面の笑顔を浮かべた。
「祐樹のそういう太陽のような笑顔を見るとやっとこの騒動が終わった実感がする」
彼は眩しいモノを見るように切れ長の目を細めているのがとても儚げでそして綺麗だった。
「私たちに出来ることは全てしましたから。後は内田教授が医局の長としてキチンと残務処理をするでしょう。貴方も慣れないことでさぞお疲れでしょう。行きつけのカウンター割烹で二人だけの打ち上げをしませんか?」
最愛の人は白衣の裾を天使の羽根のようにはためかせながら近寄って来たかと思うと幾分冷たい唇が裕樹の唇に重ねられた。
「それは楽しみだ…」
それだけ言った彼は舌で祐樹の唇をノックしている。次第に深まるコーヒーの香りのする接吻に不倫騒動の疲れが雲散霧消していくようだった。
<完>
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やっと「不倫騒動」に「完」が打ててホッとしています。リアルが忙しくて途中お休みしてしまっていましたが、単純計算では半年…。読んでくださった方、コメント下さった方感謝です。仕事と家事でネットに向かう時間を捻出するのが精いっぱいです(泣)誠にすみません。(とっくに桜も散った)「お花見」と「巻き込まれ騒動」そして「叡知な一日)←「叡知な夜」と題名にすれば良かったと後悔中です。この三本頑張ります!
こうやまみか拝
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