「どうぞ、荷解きは済ませて有るので、そんなに見苦しいことはないかと思いますが」
祐樹がドアを開けてくれて、客室へと入った。祐樹も割と几帳面なタイプなので客室はキチンと整頓されていることは想定内だった。
けれども、本で読んだベルサイユ宮殿の「夫婦の語らいの部屋」要するに貴族の男性が正妻とそういう意味で過す部屋ではなくて、愛人を招くための個室に来てしまったような気がした、いわゆる密会の寝室に。
「今夜はしない」と祐樹が断言したのにどうしてこんな気持ちになってしまったのか自分でも分からない。
そして、大事な明日を控えている祐樹に対して疚しい劣情の芽が心に生えてしまったことを気取られたくない。
それは物凄く恥ずかしい上に、優しい祐樹は自分の欲求に応えるためだけに愛の行為を恋人としての義務で行ってくれそうな気がする。
「しない」と決めている祐樹の邪魔だけはしたくない。
劣情を押し隠していても目敏い祐樹には気付かれるかもしれないので他のことを考えよう。
取り敢えず立ち止まって部屋の内装の豪華さと見事さに驚いている振りをしよう。
「ホテルのティルームでも思ったが、ベルサイユ宮殿みたいなのだな……」
心の中の約8割は劣情に支配されていたが、残りの理性の部分で思っていたことを告げた。
「そうなのです。招待状が来て、その便箋にQRコードが印刷されていて、術者専用と思しきサイトに入ってホテルの名前だけを見て予約したので……。
その後は貴方もご存知のように忙しく過ごしていたものですから、調べる暇などはなく来てみて驚きました」
祐樹の朗らかな声に救われたような気がする。
ただ、どことなく罪悪感のような響きを感じるのは、「今夜はしない」宣言をしたことと、それに反する劣情を抱いてしまっていることに気付いたのかも知れない。
しかし、明日のことを考えると、しない方が良いのも厳然たる事実なので敢えて笑みを繕った。
「確かにロマンティックな部屋だな……。しかし、こういう部屋が好きな人は一定数居るだろう、な」
こういう「変な連想をさせる」部屋に地球で一番愛している祐樹といるからこその劣情の兆しなのかも知れないと、空間に不満を持ってしまう、八つ当たりだと重々承知の上だったけれども……。
祐樹が輝くような笑みを浮かべて一歩ずつ近づいてきて太陽のような力強くて、そして健康的なオーラに包まれると先ほどの浅ましい欲情が雲散霧消したような気がする。
そして、目を閉じて祐樹の見た目よりも柔らかな唇の感触を唇で感じた。
熱く甘い抱擁でなくて指を付け根まで絡めた接吻は普段の出勤時のような雰囲気で気持ちが凪いでいく。
「来て頂けて本当に有難う御座います」
祐樹の眼差しが真摯な輝きを放っている。
押し殺していた劣情に気取られなかったらしいことに心の底から安堵して笑みを浮かべてしまう。
それに祐樹だって明日の不安を抱えているはずで、自分はその気持ちを少しでも拭うために来たのだという目的を心に刻んだ。
「私の時もベルリンに来てくれただろう?
あの時はとても嬉しかったし心強かったので、そのお返しがしたくて……」
自分も似たような状況で成功したのだから、今回もそうであって欲しいという非合理的・科学的根拠皆無の願望がフツフツとまるでシャンパンの泡のように湧きあがってくる。
自分は験を担ぐとかそういう心情とは無縁だと思って生きて来たが、切実な願いが有れば何にだって縋りたいと人間は思うのだというのが実感として理解出来た。
「私も同じ気持ちですよ。とても嬉しいですし、心強いです」
低く熱い声と共に祐樹の唇が近付いて来て恍惚と満足が心を満たしていく。しかし、これ以上の接吻を重ねると先ほどの危うい情動が再燃しそうな気がした。
キスを止める良い口実は何かを必死で考える。
「……私のパスポートが茶色の理由は……」
これが正解だろう、多分。祐樹も知りたがっていたし、部屋に入ったら教えると約束していたし……。
説明するよりも現物を見せる方が絶対に早い。ボーイさんだかポーターさんが運んでくれた自分の荷物に近寄って目的の袋を取り出した。
「これを運びたかったので、森技官にお願いした。祐樹が美味しいと言ってくれていただろう?だから……」
祐樹は喜んでくれるだろうかと半ば確信、半ばドキドキしていると祐樹の瞳が輝きを増している。
やはり持って来て本当に良かったとしみじみと思ってしまった。
「もしかして、いや確実に貴方が淹れて下さったコーヒーですね!?」
--------------------------------------------------
二個のランキングに参加させて頂いています。
クリック(タップ)して頂けると更新のモチベーションが劇的に上がりますので、どうか宜しくお願い致します!!

にほんブログ村

小説(BL)ランキング
2ポチ有難うございました<m(__)m>
本記事下にはアフィリエイト広告が含まれております。








