「えと。お酒を奢る意味はもう既にお分かりでしょう?あわよくばと狙っている男性が貴方には15人、あちらの方は6人です」
祐樹の噛んで含めるような説明を聞いて杉田弁護士が心の底から可笑しそうな声で笑っている。これほどまでに明確なエビデンスが出されないと自分の魅力に気付かない点が最愛の人らしいので祐樹は大好きなのだけれど、杉田弁護士はそういう不器用な点が面白いのだろう。気持ちは痛いほど分かるので苦笑して杉田弁護士の方をチラリと見た。
「香川教授、常連客として言わせて貰うと、4人の客が奢ったというだけでかなりモテるタイプなんだよ。普通はあの人たちのように、誰からも奢って貰えない。まあ、その日の客にも因るのだけれどもね……」
祐樹は大輪の花といった感じの男性が好みで、最愛の人はまさにそのタイプだ。ただ、以前この店に通っていた頃は、来店した客を消去法で選んで声を掛けたことも多かった。だから壁の花と化している二人の男性も消去法で声を掛ける人も居るだろうなとは思った。
「つまり、私が奢られた15人という人数は物凄く多いということですか……?」
怜悧な瞳が困惑気に揺れている。いかにも893の若頭という強面の雰囲気の森技官は素に戻った感じで肩が震えている。ただ、祐樹は立っている森技官、横で笑いながら説明をしている杉田弁護士のどちらかにでも目を合わせてしまうと祐樹もつられて笑ってしまいそうになるのでそこはぐっと我慢した。
「凄く多いね」
杉田弁護士は法廷で使うような重々しい口調で言い募ってくれたのは有り難い。笑いながらでは説得力に欠けるので。
「多いです。それが貴方の魅力だからです。杉田先生、別に職業を明かしたり、身内に心臓病を患っている人が居たりはしないですよね?」
辛うじて真顔で聞くと杉田弁護士は可笑しそうに頷いている。
「そもそも、この店内で出来た人脈というのは中々表沙汰に出来ないからね。田中先生ほど口が上手い人ばかりではないので……。
まあ、私などは訴訟沙汰になりそうな案件の相談を受けたことは有るけれども、香川教授と知り合いだからといってK大附属病院にいきなり行っても相手にはして貰えないだろう?医師の紹介状が必要だろうから。
香川教授の容姿だけに惹かれて皆酒を奢っているわけだよ」
前半は若干カチンと来る返事だったが「嘘も方便」という諺も割と多用している自覚は有った。昔はこの店で研修医と言っても医師の端くれには違いないので無料の健康相談会など開きたくはなかったし、職場バレをしたくもなかった関係上「会社員」と言っていたのも事実だった。今はテレビなどで顔が売れているのでそういうことも不可能だろうが。
最愛の人に真顔を取り繕って向き直ると、困惑と驚愕に揺れる瞳が宝石よりも綺麗だった。
「つまりはそういうことです。私を含めて皆――いや、正確には私の場合性格も加味されますけれど――貴方の容姿に強く惹かれているのです。それを分かって欲しくてこういう『企み』を用意させて頂きました。こういうのは幾ら言葉を尽くしても分からないだろうなと思った次第です。そういう容姿に無頓着な貴方も大好きですけれど、ね。ああ、忘れていました。改めまして、一杯奢らせて頂いても良いですか?貴方と話したいですから」
最愛の人が満面の笑みの花を咲かせた表情で頷いている。バーデンに眼差しで合図してオーダーすることにした。
「先ほどと同じ物をお替わりします、この綺麗な方にもお願いします」
先ほど一口呑んで美味しいと言っていたのを鮮明に覚えていた。
「犬も食わないというのはこういう……」
森技官が可笑しそうな温かい笑みを浮かべながら何時ものように皮肉を口にしていた。
「ご協力に感謝します。この借りは必ずお返ししますけれど、具体的に何が良いとか有りますか?」
森技官のエビデンスに最愛の人が納得してくれたようなので10倍にして返しても良いくらいだ。
「具体的にですか……。このネックレスも重いし、鬘も不快感がありますので、いい加減この変装を解きたいですね」
借りを返すと言っているのに何をそんな当たり前のことを言うのか疑問だった。ただ、祐樹にもハロウィンの時に鬘ではなくてウイッグを付けたりカラーコンタクトも装着した過去が有ったのでそう言う気持ちは良く分かったけれども。
「そのツタンカーメンが付けていそうな首飾りは良くお似合いですよね?もっと付けていたら如何ですか?」
うっかりハロウィンの仮装を自己申告しそうになって慌てて言葉を選んだ。まあ、病院中の噂になっていたので呉先生経由で知っている可能性は高いけれども。
「いえ、この気が狂ったような色のワイシャツも替えてネクタイもキチンと締め直してからBの男性にお酒を奢りに行きます。邪魔者は退散した方が良いでしょう?丁度Bの人は今一人ですし……。そのことを恋人に言わないという条件で貸し借りなしということで如何ですか?」
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彼は魅力的か
「取り敢えず、この店の客であり、かつ男性から声を掛けやすい男性で香川教授と似たようなタイプを選びました。あそこの男性です」
黒髪の森技官は見慣れていたものの、黄色寄りの茶色の頭とかネクタイをワザとだらしなく崩してエジプトのツタンカーメンを彷彿とさせる首飾りとかが逆に決まり過ぎて怖い。
「あそこの男性」と指で示した方向には野に咲く花の風情の人が先ほどの内緒話の相手とは異なった人と話している。祐樹はタイプではないなと内心思ったが、森技官の恋人の呉先生に似た趣きを持っていることに気付いた。
「香川教授をA、あの男性をBと便宜上呼びますね」
杉田弁護士は何でも興味を持つ人だし、そもそも頭の良い人なので目を輝かせて聞いていたが、先程までワラワラと群がっていた男性達は詰まらなさそうな表情を浮かべて三々五々散っていった。そういう調査とか統計には興味がないのだろう。ただ、グラスを傾けながら最愛の人の顔とかスーツに包まれた肢体を未練がましく見ていたが、そういうのも優越感に浸れるので偶には良いだろう。
この店に来たのも杉田弁護士のラインが切っ掛けだろうし、最愛の人と祐樹の関係は知っているハズだ。ただ、祐樹のような性的嗜好の持ち主は多情な人も多いので、あわよくば一夜限りの関係をと思って最愛の人を見ていたに違いない。
しかし、最愛の人は祐樹以外とそういう行為をするくらいなら死んだ方がマシと言ってくれているので本人の同意は得られないだろうし、その上杉田弁護士もそのことを知っている。
しかも森技官まで動員出来たので――しかも今夜の彼は893の若頭といった恰好とオーラを漂わせている――最愛の人がどこかに連れ込まれそうな時には助けてくれるという約束を交わしていた。
最愛の人が祐樹以外に肌を許さないということは森技官も知っている、しかも経験に基づいてだ。
祐樹が幹事を務めた医局の慰安旅行の宿泊先の旅館に通称香川外科ご一行と厚労省ご一行がバッティングするという――医師の中で厚労省を蛇蝎のように嫌っている人間は多い――宴会でお酒が入ったら大乱闘になりかねない危険を孕んでいたのを察知して単身で森技官との交渉に赴いた後にホテルに誘われたと聞いたのは随分と経ってからだった。
キッパリ断ったらしいし、無理強いもされなかったのは幸いだったけれど、その件は水に流して最愛の人は良い友人として、祐樹は仲の良い喧嘩友達として付き合っているし、恋人の呉先生と四人で所謂ダブルデートをしたことも数回ある。
今夜は呉先生が名古屋の精神医学会に講師として呼ばれて出張中とのことで祐樹の頼みをなんだかんだ嫌味を言いつつも引き受けてくれた。
ただ、その代償はまだ聞かされていなかったけれども。ともかくこの893オーラ満載の格好の森技官が凄めばどんなに強引な客も恐れをなして逃げ出すだろうな……と思った瞬間に、何故杉田弁護士以外の人間がすごすごと離れて行ったかのもう一つの理由に思い至った。
職業柄死刑を宣告されそうな凶悪犯にも接見している――ちなみに反社会勢力の顧客を持つと一般人からの依頼はピタっと止むらしいので、そういう依頼は受けないらしいが相談には乗るとか聞いた覚えがある――ある意味「そっち系」に免疫が有る杉田弁護士以外は臆してしまったのかも知れない。それに、呉先生によると森技官は柔道だか何かの道場にも通っていたとかでケンカも強いらしい。だから見る人が見ればそういう暴力沙汰になったら負けるという判断も加わったのだろう。飄々とした見かけでも、肝の据わっている杉田弁護士以外は。
「田中先生、聞いていますか?」
森技官の棘の有る口調にはっと我に返った。
「聞いていますよ。彼をA、あの男性をBとして、Aが17時28分来店、Bは17時42分に席に着いたという話ですよね。そしてどれだけの男性がお酒を奢ったかカウントしていたのでしょう?」
職業柄、集中力は何分割も可能なので考えに耽っていたとしてもキチンと聞いて頭に残っている。ただ、最愛の人に比べると脳の容量が少ないので不要なことはどんどん消去していっているけれども。
「そうです。因みに香川教授はあの男性のことをどう思いますか?」
森技官の薄めのある意味酷薄そうな唇が面白そうな笑みを形作っている。
「え?綺麗な人だと思いますけれど……。少し呉先生と似ていますよね」
森技官の闖入で先ほどの僅かな酔いも醒めたらしい。祐樹の肩からうっすらとした紅色に染まった細い首を離して背筋を伸ばした凛とした佇まいに戻っている。
「綺麗……。確かに私の好みでは有りますね……。しかし恋人には及ばないですけれども……」
野に咲く花でも呉先生はスミレの花といった感じだし、あちらは萩の花といった趣きだった。
「Bは14分の遅さというハンデは有りますけれども、今までに4人の男性からお酒を奢られています。ほら」
森技官がアイパッドの画面を見せてくれた。何のアプリかは分からないものの、エクセルみたいな感じで奢った4人の男性の特徴とか時間などがキチンと整理されている。
「そしてAつまり香川教授は15人ですよね?一目瞭然に魅力の差はお分かりかと思うのですが、如何ですか?ちなみに壁の花といった感じで呑んでいる人はそこまで魅力的ではないので比較対照からは外しました」
最愛の人は切れ長の目を瞠っている。
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「15杯と記憶している……」
そんなに呑んだのかと――しかも各々が異なったお酒を奢ったのは何となく分かる――所謂チャンポンは酔いが回る可能性が高いし、祐樹と第二の愛の巣でのデートでは最愛の人はシャンパンならシャンパンで統一しているので酔いが回っている可能性が高い。
その証拠に祐樹の肩に頭を預けて来ている。
公衆の――と言ってもこのバーは秘密厳守も徹底しているので外部に漏れることはないだろうけれども――面前で最愛の人がこういうふうに特別な関係を示唆するような言動はしないのでより一層酔っている可能性は高い。
「流石は香川教授だ……。奢られたグラスの数を正確に把握しているのだね。尤も全部呑んだわけではなくて、私もおこぼれを頂戴したので酒量はかなり軽減されているとは思うのだがね」
杉田弁護士の顔が赤かったのはそのせいだろう。
「杉田先生、このバーで奢られるという意味を彼に教えて下さいませんか?ラインのグループで私の恋人が来店予定と拡散した落とし前を付けて貰います」
幾分ドスの効いた声で祐樹が告げると杉田弁護士はチシャ猫めいた笑みを浮かべていた。
祐樹の「企み」としては祐樹が知っている「グレイス」の落ち着いた店内で最愛の人に下心を抱いた人がポツリポツリと奢るという想定で動いていた。
だからこんな満員に近い店内で皆が奢るというのは予測を遥かに上回っていた。最愛の人も珍しく酔った感じで祐樹の肩に頭を預けてくれているのは正直嬉しかったけれども。
「好みだと思って会話をして盛り上がったのを見計らって……店外デートに誘いだすための布石といったところだろう……。ここでは口説き禁止だけれども……あわよくば店外に連れ出して最終的にはベッドインが目的だろうと思うよ」
最愛の人が肩の重みを心地よく感じながら周りを見回すとバツの悪そうな表情を浮かべた人ばかりだった。
「え?そうなのか……。ただ、私の場合は新参者というか稀にしか来ないので珍しがられているだけだと思うのだけれど……」
杉田弁護士はその言葉を聞いて爆笑している。酔いのせいだけでなくて祐樹最愛の人が本当に自分の魅力を過小評価していることが可笑しかったのだろう。
「では数値的・客観的に証明しますね」
先ほどはスルーしたヤの付く商売風の男性を手招きした。
「祐樹、もしかして知り合いか?」
酔っていない最愛の人なら気付くハズだろうが、まだ正体は分かっていないようだった。
「香川教授、私です」
サングラスを外した上に声を聞いて最愛の人がハッとしたように切れ長の目を瞠って祐樹の肩から頭を上げている。
「え?森技官……」
アルマーニと思しき黒いスーツは普段通りだが、黄色に近い髪とかサングラスのせいで分からなかったのか、それとも893オーラ全開だったために目を合わせずに存在もスルーしていたのだろう。
今は法律が厳しくなっているので、所謂反社会勢力との接点が危険だと判断して。
ただ例外として病院に患者さんとして入院した場合は分け隔てなく会話を交わすことは認められている。しかし、私生活でそういう界隈の人と関わってはいけないと病院の規則にも載っていることなので。
「そうです。田中先生に頼まれまして……。因みにこの髪は――鬘を調達出来る部下からの借り物です――そして、派手なワイシャツとかネックレスも同じくです」
遠目かつチラリと確認しただけだったので分からなかったが黒いスーツの黄色のワイシャツを着こんでいて第二ボタンまで素肌を露わにしている。その首にはツタンカーメンの黄金の棺だかに描いてあった派手な首飾りみたいなネックレスだ。堅気の人間が身に着けるモノではないけれども森技官は黄金を想起させる黄色のシャツとも相俟って一般人でないぞというアピールをしている。その上、苦み走った顔立ちだけにエジプトの王様に見えなくもない。
多分麻薬取締部からの借り物だろう。麻薬取締官は囮捜査を認められていると聞いている。だから、893風の扮装をして欲しいと伝えた結果のこの変装だろう。ただ、チンピラというか反グレ風の服装だったけれども森技官の只者でなない雰囲気とか二人分の席を傍若無人な態度で占拠していたその姿は若頭とか言う次期組長のポジションに就いているような感じだった。
その依頼を電話で告げた時には散々神経を逆撫でするようなことを言われたけれどもこういう場合に最も役に立つのが森技官なので何とか説得した。因みにアイパッドを持っていたのも祐樹の意を汲んでのことだろう。
「17時28分にこの店にいらして、そこに居る方とお話をされていましたけれど……。15人の人にお酒を奢って貰いましたよね?そして、こちらがあの方の……」
森技官の意味ありげな視線が内緒話を楽しそうに交わしている二人連れのまあまあ綺麗な人に向けられた。
「数字で比較した方が香川教授は納得しやすいでしょう?」
森技官が893の若頭風の威圧感でアイパッドを祐樹と最愛の人に見せてくれた。
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懐かしい扉を開けると、今日はパーティとかイベントの日か?と思うほど広い店内は大入り満員といった感じだった。
この店がゲイバーとしてどの程度の知名度なのかは知らないが、女性客がうっかり来店すると店のスタッフも客も冷たい対応しかしないので、そそくさと退店して二度と足を運ばないとか聞いた覚えが有る。
それはともかくとしてこの人数は異常だなと思ってしまう。そして客達の熱量も。
以前はは落ち着いてお酒を楽しみつつ静かな会話が出来ていた店だったが、祐樹が最愛の人と付き合い始めてから異なる客層にでもなったのかなと辺りを見回した。
ポツンと一人、髪の毛は茶色というよりも黄色に近い人間が夜、しかも落ち着いた雰囲気を出すために照明の光を絞っている店内にも関わらず濃い色のサングラスを付けていて、テーブル席に二人分の空間を確保して座っている。ヤの付く商売の人のような禍々しく剣呑なオーラを纏ってアイパッドを弄りながら泰然と座っている。と言っても、体格というか肉付きの良さで二人分の席を占拠しているわけではなくて、長い脚を無造作に投げ出して座っているからなのだが。あれを畳めば一人分で充分な引き締まった体形だった。
そのヤのつく商売の人の他には何だか不貞腐れた表情とか不機嫌さを隠しきれていない割と綺麗な人達がまばらに座っている感じだった。座っているけれども何だか昔の小説で読んだパーティの壁の花と呼ばれた女性とはこういう感じではなかっただろうかと思わせるような雰囲気だった。
それ以外はテーブル席で店の雰囲気を物ともせずに内緒話っぽい会話をしている二人連れが――片方は何だか野に咲く花といった風情の男性だった――居るだけで、他は皆カウンター席へと集まっている感じだ。
「田中先生、やっと来たのか。恋人が待ち侘びているよ」
杉田弁護士が恰好のおもちゃを見つけた子供のような笑顔を――アルコールもかなり入っているらしくて珍しく赤い顔をしていたけれど――浮かべて祐樹を手招きした。
その瞬間に店内の視線が一斉に祐樹へと集まった。
そして立ったままグラスを持った人たちが何だかモーゼが海を割った時みたいな感じで後退って空間が出来た。
カウンター席に座っていた最愛の人がしなやかな肢体をくるりと反転させて祐樹を見上げた。困惑したような、途方に暮れた感じの表情が鮮やかな笑みへと変化する様子はまさに絶品だった。
杉田弁護士ほど呑んでいるかどうかは不明だった。何しろ最愛の人は祐樹同様にアルコール分解酵素とアセトアルデヒド脱水素酵素にも恵まれているので肌が紅くならないし、二日酔いの頭痛や吐き気といった症状は出たことはない。
「祐樹……。杉田弁護士と話していたら皆さんがお酒を奢ってくれて……。しかし、そんなに吞み切れないので……。杉田弁護士が代わりに呑んで下さっていた……。こういう風習のお店だったなぁと懐かしく思い出していた」
最愛の人の隣に当然のように座った。
「ロイヤルサルートの21は置いて有りますか?」
バーデンに告げるとサファイヤのような青いボトルがテーブルに置かれた。
「綺麗な色のボトルだな……」
幾分覚束ない口調はお酒が過ぎたからなのかも知れない。
「味も美味しいと思いますよ。あ、ロックでお願いします」
バーデンに告げてから最愛の人の方へと向き直った。
悔しそうな表情を周りに居た杉田弁護士以外は浮かべているのが痛快だった。店の空間を熱量で満ちさせていたのはこの人達と、そしてその中心に座っている最愛の人の存在に違いない。
ちなみに杉田弁護士は面白い舞台の幕が上がったような表情を浮かべている。
「いやあ、あの伝説の方がいらっしゃると聞いて駆け付けた甲斐が有りましたよ……。悔しいですがお似合いのカップルですよね」
最愛の人と祐樹を交互に見ている40代半ばの自由業と思しき男性が感嘆の声を上げている。その声に半ば賛同、半ばブーイングといった声が上がった。そういう外野の反応はこの際無視しようと思った。
「味見してみますか?」
氷も製氷機で作った物ではなくて丸球状のモノが入っていて目も楽しませてくれる。
「良いのか?では一口だけ……」
最愛の人が薄紅色の唇にウイスキーグラスが当たって一瞬の煌めきを放っていた。
ふと杉田弁護士のスマホに目を転じた。というのはラインの新着を知らせる振動が鳴っていて「どうしても一時間半後にしか」と一部分だけ読める感じで書いてあった。そしてラインのグループ名も何故か表示されたのはアイフォンではないからなのだろう。そこには「グレイスの会」と書いてある。
なるほどなと内心で首肯してしまった。事務所内で祐樹と電話しながらもスピーカー機能に切り替えた理由が分かったような気がしたので。そして、何故こんなに店内が混み合っているかも。
「うん、美味しい……」
一口だけ吞んだ最愛の人がグラスの縁を白く長い指で拭ってから祐樹へとグラスを返してくれる。その鮮やかな仕草にも目を奪われてしまった。
「病院……職場の方は大丈夫だったのか?」
心配そうな表情を浮かべている。あくまでも最愛の人は祐樹のウソに気付いていないようだった。
「それは大丈夫です。適当におだてつつ話し相手になったら嘘のようにご機嫌は直りましたので。因みに何杯奢られたのですか?」
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パラリーガルだか事務員だか知らないけれども、杉田弁護士は女性の耳を気にしていることだけは確かだ。「元カレ」と言いかけて慌てて言葉を変えたのもそのせいだろう。スピーカー機能で話しているのなら祐樹の声もその事務員の女性には筒抜けのハズで、男性の祐樹の元カレ――と言えば聞こえが良いかも知れないが実際は性欲を発散させるだけの相手に過ぎなかったことは今の祐樹には痛いほど分かる――というのは杉田弁護士にとっても都合の悪い会話なのだろう。
「……その件は……善処します……」
ベッドを共にした相手は多数居るし、今となっては顔も名前も覚えていない。しかし、相手は祐樹のことを覚えているかも知れないし、自然消滅を目論んで成功した例などはマシな方でストーカー紛いのことをされたことも多々ある。自分の性的嗜好を恥じたこともないし――進んで公表はしない点は保守的過ぎる職場に居るせいも有った――最愛の人は情緒不安定な点は全くない。
ただ、祐樹の経験則からして感情の浮き沈みが激しい人間が多いような気がする。所謂メンヘラ気質な人間が多くて、祐樹が「そういう」気質の人間をより一層苦手になったのは――自業自得だと自省してはいるものの―――「グレイス」で出会った人間達が原因だったのかも知れないなと思ってしまう。
まぁ、元カレというか、一夜限りの恋人に遭遇しないことを祈るしかないなとも思ってしまう。祐樹は割と強運の持ち主だと自己分析しているので多分大丈夫だろう、あくまで多分だが。
『取り敢えず『グレイス』が開店する時間には着くようにしておくから』
杉田弁護士は物凄く楽しそうな声で答えている、祐樹とは真逆といった感じなのは「香川教授をもう一度『グレイス』に連れて来て欲しい」とずっと言って来た願いが叶ったからだろう。
こうなれば仕方ないので関係の有った人と遭遇してしまった場合は臨機応変に対応しようと腹を括った。悲観的に物事を考えがちな最愛の人の気持ちを最大限に守るのも今夜の目標にしよう。それに最愛の人と培って来た絆や歴史も有るので、浅い縁の――正直に言うと単なる一回か二回の肉体関係だ――人間には太刀打ち出来ないだろうし、最愛の人も動揺しないような気もする。
「分かりました。宜しくお願い致します。では『グレイス』でお会いしましょう」
杉田弁護士と電話を切った後に、最愛の人へのラインを送った。「今夜の件ですが、時間潰しに『グレイス』に居てください。予約が21時半からしか取れなかったので」とウソを交えて入力した。既読は即座に着いたものの、返信はなかなか入力されない。
教授職に没頭しているわけでなくて――最愛の人は当時に3つ以上のタスクを処理することも可能な有能さと器用さを持ち合わせている――多分、気が進まないからだろう。
「いつものスターバック〇ではダメなのか?」
やっと返信が来たかと思うと代替案を提示される有様だった。まあ、最愛の人の気持ちも分からなくはない。そもそも、最愛の人が初めて「グレイス」を訪れたのはオーナーがこの病院に入院した時に知り合って退院時に勧誘されて、来店したら偶々祐樹が――祐樹も同じ頃に同様の経緯でちょくちょく店を訪れていた――「綺麗な」男性を口説いていたのを目撃したらしい。祐樹も同好の士は何となく分かる直感を持っているが、グレイスのオーナーも同じで趣味と実益を兼ねた店を経営しているという感じだった。祐樹が「綺麗な」人を口説いているというのは最愛の人の思い込みで、実際は祐樹が口説かれていたし、しかも祐樹は(させてくれそうだな)と思っただけで好みでもなかった。それなりに整っている容姿を持ってはいたものの。
その現場を目撃した衝撃で――大学で祐樹を見かけてはいたらしくて光栄なことに片思いをしてくれていたらしい――アメリカに行ったという過去がある。その後アメリカで頭角を現して最年少の教授職として凱旋帰国を果たし、医局トラブルの嫌がらせの憂さ晴らしにグレイスで吞んでいたのを祐樹が見付けた。
そしてそのまま大阪のホテルで二人は初めて結ばれたという経緯がある。当時は研修医と教授職という天と地ほどの差が有った二人が結ばれたのは祐樹の嫉妬が原動力になった。ちなみに最愛の人が何故「グレイス」に行ったのかというと飲み屋はそこしか知らなかったからだと後で聞いた。
「グレイス」でお酒を奢るというのも勿論下心が有るからということも最愛の人は知っていない。だからその点をはっきりと理解して欲しいというのが今回の「企み」だった。
そういう良い点と悪い点の二つの因縁がある「グレイス」に抵抗が有るというのも充分分かっているのだが、他のゲイバーとか、それこそ流行りの「ハプニングバー」――しかも祐樹のような性的嗜好が集まる店も知っている――などに呼び出してしまうと最愛の人の貞操の危機だ。
特にハプニングバーは店内での性的行為もОKという店も多いし、危険度はかなり高いので絶対に避けたい。それに比べると杉田弁護士も居て、店内で口説き禁止の「グレイス」ならばまだ大丈夫だろうなという目論見だった。「少し厄介な患者さんも居ますのでお待たせするかも知れないです。お気晴らしに『グレイス』に行って時間潰しをお勧め致します」
そう入力すると、暫く経ってから「分かった。早く来て欲しい」と短い文が二行に亘って書かれているのは複雑な心境を表しているのだろう。普段の最愛の人ならこの程度の文で改行はしない。
「了解です。なるべく早く参りますが、鳩山さんに掴まりそうな感じなので」
鳩山さん祐樹が主治医を務める患者さんだったが、話が長い人だし扱いも難しい人だった。嘘は真実を混ぜた方が尤もらしくなるというのは祐樹の経験則だ。鳩山さんの気難しい性格は最愛の人も知っているので、それなりの説得力は有るだろう、鳩山さんには悪いけれども。「待っているので早く来て欲しい」とだけ返信が来た。これで仕込みはバッチリだ。後は時間を見計らって「グレイス」に行こう。
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