「話を断片的にしか聞いていない点に問題が有ると思います。
伺った限り、田中先生は患者さんと話をしていたと思いますがそう考えても良いですよね?香川外科で患者さんと冗談を交わせる親しみやすい医師として病院内でもウワサになる程度の人ですし、研修医と真剣な話をしている感じではないでしょう?そんな『見てくれだけのバカ……愛している』みたいな会話をするような職務怠慢な態度を取る人とも到底思えないのですが。
医局内とかで、しかもお暇な時間に雑談を交わしている中でそういう話が出るというのは良くあります。ちなみに、田中先生は才色兼備の東京在住の商社レディと『交際』しているという噂は良く耳に入ります。こちらの方は田中先生が意図的に流したミスリードとしての噂ですよね……。ま、バレンタインデーのチョコ獲得数ナンバー1の座を不動の物にしている田中先生は本命が居ると見せかけていた方が良いという判断なのでしょうが。
それはともかく……久米先生という研修医に言っていたわけではないという認識で大丈夫ですか?」
呉先生の流暢に流れる言葉の洪水に押し流されそうになる。流石は言葉を主な武器とする精神科医だけのことはあるなと思いながら「あの時」のことを思い出してみようとした。
ショックの余り、脳が再生を拒否するのを宥めながらのことなので時間が掛かってしまったが。
「確かに患者さんに向かって言っているようでした。久米先生は『え?田中先生ってそうなのですか?それは意外でした……』と言っていましたので。
患者さんに何か言われて、それに対してゆう……田中先生が答えたという感じの流れでした」
呉先生は栗の焼き菓子を満足そうに食べている。
「これも患者さんからの頂き物なのですけれど、和菓子とかミカンなどを持って来られる患者さんも居ます。まぁ、以前教授がここに持って寄られた生きた伊勢海老は流石に持って来られたことはないですけれど」
苦笑交じりの呉先生の言葉にあの時のことを鮮明に思い出す。病院の会計を通さないお金やそれに準ずる物は一切受け取らない方針を徹底した結果、患者さんは返せない物を色々と送りつけて来るようになった。
老舗料亭とか一流ホテルの昼食がメインだったが、生きた伊勢海老が届いたことが有って、妻帯者の黒木准教授に譲ろうとしたら珍しく断られたので自分で料理しようと持って帰った。祐樹と二人で美味しく頂いた記憶がある。
「大体何でも食べますけど……。同棲……いや同居人は甘いモノが苦手でして、重複した場合辛いのです……。
しかし『いつも美味しい物を有難うございます』と言うのは社会人としてのマナーですよね。内心美味しくないと思っているお菓子も実は有りますよ?
その場合、どうやって判断出来ますか?例えばこの栗の焼き菓子は大好きです。でも、嫌いな物などを貰った時も同じように言います」
それは一理あるかも知れない。呉先生は先ほどから同棲という言葉を使っているな……と頭の隅で考えながら反論してしまう。
「しかし、モノは何もなかったと思います。しかも祐樹は『見てくれだけのバカ』と言っていました。
お菓子などの話でないことは明白でしょう?」
呉先生が寒さに縮こまったスミレの花の蕾のような笑みを浮かべている。
「すみません、話が横道に逸れてしまっていたようです。
例えば『大好きです』という言葉を聞いて、本心で言っているかどうかも分からない上に、何が大好きなのかも不明ですよね。
田中先生は患者さんのお話しに調子を合わせていただけという可能性は有りますよね?
『見てくれだけのバカ』『好き……愛している』という断片的な言葉しか聞いてらっしゃらないのですから、総合的に何の話をしていて、どうして『好き』『愛している』なのかの情報が欠落しているのではないかと考えます。
私が久米先生と面識があれば、聞いて来ますけれどあいにくないので……。そもそも外科とか救急救命は鬼門なので近づきたくないのが正直なところですし……。一面識もない人間がのこのこ行って話を聞くというのも現実的ではないですよね……」
呉先生の血液アレルギーは重症で、血を見ると吐いてしまうほどだ。だから外科関連には近付こうとしない。
「そうですね。確かに断片的な言葉だけしか聞いていません……。祐樹に直接聞いた方が良いですね……」
直接聞く勇気がなかったので遠回りをしてしまったな……と思った。
そして呉先生はそんな自分の背中を押してくれたような気がした。
「そうですよ。
田中先生って甘いモノ苦手だったじゃないですか?それでも、チョコをくれた女性全ての厚意をムゲに出来なくて全部貰ってしまう人ですよね。……多分、あのチョコレートの山は教授が殆ど召し上がったかと思うのですが……。
まあ、チョコの行先はこの際どうでも良くて、とにかく思いつめる前に直接聞いた方が良いです!!絶対に。何なら直ぐにでも……」
直ぐに聞き糺したいような気がして来た。ただ祐樹は二日間も帰宅しない。
「それが……夜勤続きなので……物理的に無理なのです……」
肩を落として告げた。すると呉先生の細い眉がキリリと上がった。
可憐な見た目に反して割と短気で怒りっぽい人だったのを思い出したが、後の祭りのようだった。
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