「祐樹、おみそ汁の味付けはどうだ?」
大根と人参の千切りと油揚げが兵隊さんのように綺麗に並んでいる「幸せの象徴」を飲んでいると、最愛の人が案ずるように聞いてきた。
「いつも通りとても美味しいですよ?出汁は昆布が効いていて……。
こんな日本旅館に居ても食べられないレベルの朝食を毎日頂ける私は幸せ者ですね」
塩鮭の赤さとか、祐樹の好きな柚子ドレッシングの掛けられた温野菜のサラダも味が均一になるように長さと太さが緻密に計算されているのが分かって物凄く嬉しい。
幸せの香りが湯気と共にホカホカと立ち上っていくような朝食を二人して摂っていると、それだけで充分幸せだった。
向かいに座った最愛の人がお箸を置いて肩を竦めているのも病院では見られない風景だった。
そもそも祐樹最愛の人が職務上で肩を竦めるような出来事は起こり得ないと断言出来るので。
「そんなに豪華でも手が込んでいるわけでもないし、そもそも品数が違うだろう?
温泉旅館の朝食はもっとたくさんおかずが並んでいる」
最愛の人が指摘するのも尤もだったが、祐樹的には十分過ぎるほどの朝ごはんだったが。
「それはそうですが。旅館の場合プロの板前さんが作っていますよね?
貴方は素人ですからそれは仕方がないと思います。
あと、旅館の朝ご飯が何故あんなにチマチマと並んでいるかご存知ですか?」
塩加減も丁度いいホクホクの鮭をお箸で掬って口に入れた直ぐ後に真っ白なご飯を放りこんだ。
鮭の塩味とご飯が口の中で美味という協奏曲を幸福に奏でている。
「え?職人さんのプロ意識ではないのか?」
先ほどの話の流れではそういう結論に至るのが普通だろうが、祐樹も伊達に色々な雑誌とか本を読んでいるわけではない。
「週刊誌のエッセーに書いてありましたよ。『塩味の効いた美味を朝っぱらから並べるのは、旅先という解放感も相俟って冷蔵庫に有るビールを飲ませるための企業努力だ』とか。
確かに酒の肴に出来そうなモノもたくさん並んでいますので、あながち間違いではないような気が致します」
最愛の人は涼やかな切れ長の目を丸くしている。
そういう「自然」な表情を見るのも祐樹だけに許された特権だった。
そうそう、特権といえば……。
「確かに、ビールに合うようなお惣菜が出てくることが多いような気がする。
それに温泉旅館に泊まりに行く場合って、観光地がたくさんある場所もあるが……温泉だけを楽しみに寛ぎに来ているお客さんも多いので、普段は出来ない朝からビールというのもアリなのかもしれないな……」
「また温泉だけを愉しみに行きましょうか?ホテルと違って浴衣というのもイイですよね。
脱がせるのも堪らないですし、肝心な場所だけ露出させて、他は紺色とかの木綿に包まれている紅色の匂うような素肌がチラリと覗くのも捨てきれないほど素敵でしょうし……」
笑顔で繕ってはいたものの、本気でそう思ったので唆すように口に出すと、最愛の人の頬が微かな梅の花の色に染まっている。
「それはそうと、病院の健康診断のCTとレントゲン撮影、貴方は今日の夕方に予約されていませんでしたか?」
一般企業では定期健診も一日で済ますことの方が多いようだったが、多忙を極める病院勤務なので、絶食が必要ないモノはその人の勤務時間外で、空いた時間を見計らってするのがウチの病院では普通だった。
「その予定だな……。容態が急変した患者さんが出ればもちろんキャンセルをする積りだったが。
しかし、その件を何故祐樹が知っているのだ?いや、別に知られて悪いコトは何もないが……素朴な疑問というか……?」
CTやレントゲンは放射線科の管轄なので、本来は祐樹に情報が回って来ることはない。
「病院関係者って、患者さんの容態急変が有ったらまず率先してそちらに対応しないとならないでしょう?
コ・メディカル職の場合もそうで、手の空いている人は自分の健康診断よりも患者さんの容態の方を優先しますよね。
しかし、健康診断も職員としての義務ですし、そういうのを臨機応変に対応しなければならないのが現状です。
その一環として、CTやMRIが有るウチのAiセンターにも応援要請が来たのです。
ただ、ウチの場合はご遺体とかことによってはミイラなどの死因解明も依頼されるという特性上、同じ機械を使うのに抵抗があるという嘆かわしい職員が居るのも事実なのです。
健康診断のために機械が塞がってしまっているから、抵抗のなさそうな人を選んでくれと放射線科の野口准教授に頼まれたついでに名簿を渡されたのです。
そこに貴方の名前を見つけたという次第でして。
ここだけの話なのですが、ご遺体やミイラなどが使った機械に抵抗はお有りですか?」
多分ないだろうなと思いつつ確認の意味を込めて聞いてみることにした。
「そんなことを言ったら、病院のシーツとかの寝具は薬石効なく亡くなってしまった患者さんのをキチンと消毒を含む洗濯した上でだが使いまわししているのが現状だし、そういうのは気にしないがCTやMRIにだけ偏見の目を向けるのは個人的にどうかと思っている。
消毒してあるのなら全く構わないが、個人的には?」
そう言ってくれるだろうな……とは思っていた。無神論者だったし祟りや呪いなども信じていない最愛の人らしい発言だった。
「あ!それから、日本では無名のエジプトの王家の谷で見つかった王様――何ていう名前かは聞いたのですが、エジプトの言葉は覚えにくくてですね。でも歴史学者の間では有名な王様らしいです。
ツタンカーメンほどのネームバリューは有りませんが。
その死因をミイラから確定出来ないかという依頼が来まして。ほら、内臓とかは全部取り出してからミイラにするのですよね?しかし、骨格とかはそのまま残っているので、ある程度のことは分かります。
ただ、問題が一つありまして……貴方のお力を借りたいと思っています」
最愛の人がお箸を器用に操ってご飯を食べている。
先ほどの話を遮るように止めて次の話題に移ったことに対してもそれほど気を悪くした感じでもなさそうだった。
話がポンポンと飛んでしまうのは悪いとは思うが、朝の限られた時間に出来るだけ多くのことを話しておきたかった。
「問題?何だろう……。私が出来ることであれば何でもするが?」
キャベツのサラダを食べている最愛の人は唇にドレッシングの油分が付いて紅の清楚な花が咲いたようだった。
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大根と人参の千切りと油揚げが兵隊さんのように綺麗に並んでいる「幸せの象徴」を飲んでいると、最愛の人が案ずるように聞いてきた。
「いつも通りとても美味しいですよ?出汁は昆布が効いていて……。
こんな日本旅館に居ても食べられないレベルの朝食を毎日頂ける私は幸せ者ですね」
塩鮭の赤さとか、祐樹の好きな柚子ドレッシングの掛けられた温野菜のサラダも味が均一になるように長さと太さが緻密に計算されているのが分かって物凄く嬉しい。
幸せの香りが湯気と共にホカホカと立ち上っていくような朝食を二人して摂っていると、それだけで充分幸せだった。
向かいに座った最愛の人がお箸を置いて肩を竦めているのも病院では見られない風景だった。
そもそも祐樹最愛の人が職務上で肩を竦めるような出来事は起こり得ないと断言出来るので。
「そんなに豪華でも手が込んでいるわけでもないし、そもそも品数が違うだろう?
温泉旅館の朝食はもっとたくさんおかずが並んでいる」
最愛の人が指摘するのも尤もだったが、祐樹的には十分過ぎるほどの朝ごはんだったが。
「それはそうですが。旅館の場合プロの板前さんが作っていますよね?
貴方は素人ですからそれは仕方がないと思います。
あと、旅館の朝ご飯が何故あんなにチマチマと並んでいるかご存知ですか?」
塩加減も丁度いいホクホクの鮭をお箸で掬って口に入れた直ぐ後に真っ白なご飯を放りこんだ。
鮭の塩味とご飯が口の中で美味という協奏曲を幸福に奏でている。
「え?職人さんのプロ意識ではないのか?」
先ほどの話の流れではそういう結論に至るのが普通だろうが、祐樹も伊達に色々な雑誌とか本を読んでいるわけではない。
「週刊誌のエッセーに書いてありましたよ。『塩味の効いた美味を朝っぱらから並べるのは、旅先という解放感も相俟って冷蔵庫に有るビールを飲ませるための企業努力だ』とか。
確かに酒の肴に出来そうなモノもたくさん並んでいますので、あながち間違いではないような気が致します」
最愛の人は涼やかな切れ長の目を丸くしている。
そういう「自然」な表情を見るのも祐樹だけに許された特権だった。
そうそう、特権といえば……。
「確かに、ビールに合うようなお惣菜が出てくることが多いような気がする。
それに温泉旅館に泊まりに行く場合って、観光地がたくさんある場所もあるが……温泉だけを楽しみに寛ぎに来ているお客さんも多いので、普段は出来ない朝からビールというのもアリなのかもしれないな……」
「また温泉だけを愉しみに行きましょうか?ホテルと違って浴衣というのもイイですよね。
脱がせるのも堪らないですし、肝心な場所だけ露出させて、他は紺色とかの木綿に包まれている紅色の匂うような素肌がチラリと覗くのも捨てきれないほど素敵でしょうし……」
笑顔で繕ってはいたものの、本気でそう思ったので唆すように口に出すと、最愛の人の頬が微かな梅の花の色に染まっている。
「それはそうと、病院の健康診断のCTとレントゲン撮影、貴方は今日の夕方に予約されていませんでしたか?」
一般企業では定期健診も一日で済ますことの方が多いようだったが、多忙を極める病院勤務なので、絶食が必要ないモノはその人の勤務時間外で、空いた時間を見計らってするのがウチの病院では普通だった。
「その予定だな……。容態が急変した患者さんが出ればもちろんキャンセルをする積りだったが。
しかし、その件を何故祐樹が知っているのだ?いや、別に知られて悪いコトは何もないが……素朴な疑問というか……?」
CTやレントゲンは放射線科の管轄なので、本来は祐樹に情報が回って来ることはない。
「病院関係者って、患者さんの容態急変が有ったらまず率先してそちらに対応しないとならないでしょう?
コ・メディカル職の場合もそうで、手の空いている人は自分の健康診断よりも患者さんの容態の方を優先しますよね。
しかし、健康診断も職員としての義務ですし、そういうのを臨機応変に対応しなければならないのが現状です。
その一環として、CTやMRIが有るウチのAiセンターにも応援要請が来たのです。
ただ、ウチの場合はご遺体とかことによってはミイラなどの死因解明も依頼されるという特性上、同じ機械を使うのに抵抗があるという嘆かわしい職員が居るのも事実なのです。
健康診断のために機械が塞がってしまっているから、抵抗のなさそうな人を選んでくれと放射線科の野口准教授に頼まれたついでに名簿を渡されたのです。
そこに貴方の名前を見つけたという次第でして。
ここだけの話なのですが、ご遺体やミイラなどが使った機械に抵抗はお有りですか?」
多分ないだろうなと思いつつ確認の意味を込めて聞いてみることにした。
「そんなことを言ったら、病院のシーツとかの寝具は薬石効なく亡くなってしまった患者さんのをキチンと消毒を含む洗濯した上でだが使いまわししているのが現状だし、そういうのは気にしないがCTやMRIにだけ偏見の目を向けるのは個人的にどうかと思っている。
消毒してあるのなら全く構わないが、個人的には?」
そう言ってくれるだろうな……とは思っていた。無神論者だったし祟りや呪いなども信じていない最愛の人らしい発言だった。
「あ!それから、日本では無名のエジプトの王家の谷で見つかった王様――何ていう名前かは聞いたのですが、エジプトの言葉は覚えにくくてですね。でも歴史学者の間では有名な王様らしいです。
ツタンカーメンほどのネームバリューは有りませんが。
その死因をミイラから確定出来ないかという依頼が来まして。ほら、内臓とかは全部取り出してからミイラにするのですよね?しかし、骨格とかはそのまま残っているので、ある程度のことは分かります。
ただ、問題が一つありまして……貴方のお力を借りたいと思っています」
最愛の人がお箸を器用に操ってご飯を食べている。
先ほどの話を遮るように止めて次の話題に移ったことに対してもそれほど気を悪くした感じでもなさそうだった。
話がポンポンと飛んでしまうのは悪いとは思うが、朝の限られた時間に出来るだけ多くのことを話しておきたかった。
「問題?何だろう……。私が出来ることであれば何でもするが?」
キャベツのサラダを食べている最愛の人は唇にドレッシングの油分が付いて紅の清楚な花が咲いたようだった。
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