「あの人着……!コンビニ強盗の!!」
ニンチャクという単語の意味は分からなかったんだけれど、西野警視正の鋭い目線が一点に集中していた。もしかして緊急配備が掛かっている犯人を見つけちゃったのかな?
そういえば、何だか人目を憚るような感じで自転車を走らせている。
「マルタイ発見!今は――」
カーナビに表示してある住所機能を読みあげている。そして携帯に――無線じゃないんだなって余計なコトを考えてしまった――指示している。
「この辺りにも緊配の人間がたくさんいますよね?それにお任せするわけにはいかないのですか?
正直、あの犯人確保も大切だと思いますが、それって警官なら誰でも出来ますよね?言い方は悪いですが。
しかし、東野副部長に会いに行くのは西野警視正しか出来ない仕事なので、手柄はこの所轄の誰かに譲れば良いかと思いますけど……」
幸樹が俺の言いたいことを代弁してくれる。というか、幸樹も心の底からこの「事件」を早く解決したいと思っているんだろうけど。
「ちなみに、人着っていうのは、人相とか容姿、そして犯行の時の着衣で逃げる犯人が多いので、『人着』っていうんだ。マルタイは対象者っていうほどの意味だな。あ、そっちは姫神池の時に遼もたくさん聞いていたから知っている……か?」
姫神池という固有名詞を聞いて、白いワンピースで浮かんでいた有吉さんの姿が脳裏に甦ってしまった。
「所轄が現着するまで――つまり警察官がココに付くまでという意味だが――取り敢えずこちらを追う。
まだここは辛うじてH庫県だが、あの川を渡ればO阪府になるだろう?
橋の手前で確保しなければ、龍崎さんの仕事が増えてしまうので情報を下ろしてくれる時間も遅くなるから仕方ないと思う」
幸樹が珍しく整った唇を不満そうにゆがめている。
「あの犯人も何でココに来たのか……。『犯行をしたら川を渡れ』と犯罪者の常識みたいなのだが……それにJRとかの交通機関を使わないとかチャリや原チャで動くという常識も知っているみたいだな……。
仕方ない。遼動けるか?自転車を転倒させてとっとと捕まえよう。
西野さんは今手錠を持っているんですか?」
確かに見た感じでは犯人は屈強そうな感じでもなくて、どちらかと言えば運動不足の中年男といった感じだった。
「え?大丈夫かい?
幸樹君の身体能力が優れているのも知っているが……。
ああ、手錠は持っているよ。署長室に一日中座ってハンコ押しを延々し続けているよりも現場にいる方が私の性に合っているみたいなので、現場仕事が大好きなキャリア署長と一部では有名なのだ、一部ではね」
幸樹がカーナビの画面を後部座席から見ている。視力の良い幸樹にはそんなのは楽勝なのだろう。
「動けるよ。自転車を転倒させるってどうするの?」
ウチの家の近くではそれほど自転車が走っていないんだけれど、一応というか自転車の乗り方はお父さんに教えて貰ったし、実際走らせたこともある。
「この先でちょうど道路がT字型になっているだろう?そしてあの犯人は川を渡るっていう原則は知っているみたいだからO阪府に逃げ込む積りなのはほぼ確定だ。
だったら絶対に左折する。右折したらH庫県のママだもんな。右折した瞬間に、自転車の車輪目掛けて、んとそうだな。何か細い棒みたいな物が有れば良いんだが。なかったら石でも良いので投げて自転車を転倒させる。
遼それは出来るか?」
幸樹がテキパキとその場を仕切ってくれている。そのリーダーシップにも惚れ直すって感じだったのだけれど、それ以上に幸樹がノイズというか……あのコンビニ強盗の犯人と思しき人間の思わぬ出現にも臨機応変に対応していたことの方が嬉しい。
だって、谷崎君は「北の国の地上の楽園」を布教(?)することには物凄く熱心だったけど、それ以外のことはどうでも良いっていう感じだった。
だから幸樹にも――考えるのも正直イヤな――「闇に囚われる薬」の症状が出た場合は、あのコンビニ強盗もノイズとしか思わないんじゃないかな?って思う。
それなのに幸樹も頭を絞って考えている逮捕の仕方とかそういう対処方法を考えることが出来るというのは「まだ」その症状が出ていないんだって思えたから。
「出来るよ。瞬発力と反射神経には自信が有るから。それ以外はともかくさ……」
幸樹の手がバックミラーの死角になるような位置で俺の手をギュッと握ってくれた。
トクンと跳ねる心臓の音が耳にこだまする。
「この作戦には遼の一撃で自転車を倒すことが出来たら成功したも同然なんだ。
だから頑張ってくれ……」
西野警視正は飄々とした雰囲気を醸し出しながら、速度を上げている。
そして割と無理な車線変更をしているんだけど、運転技術が上手いせいなのか他の車にクラクションは鳴らされていない。まあ、クラクションを鳴らされて犯人の注意をむやみに引いてしまうことのリスクを考えたのかもしれないけど。
どこにでもある白いセダンを運転中なので、警察関係の車とも思われていないだろう。
「私はここで待機しているよ。遼君が自転車を転倒させて、幸樹君が犯人を取り押さえるとうい段階で私も応援に入るから。くれぐれも怪我には気を付けて。
犯人は逃亡時に刃物をコンビニに置いてきたらしいので、危険は少ないと思う。
こういう犯人は強盗が成功した段階で逃走に不利な余計な荷物は放置する傾向が強いのでそれ以上の刃物は持っていないと思われるが……。ああ、この棒で良いかい?」
ハザードランプを点灯させながら路肩に停めた車の中で――何せ犯人は自転車なのでまだまだここに着くまでに時間はかかるだろう――西野警視正は普段よりも真剣そうな表情を浮かべていた。
西野警視正が魔法のように出してくれた棒をホカンとして見つめてしまった。
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