「死因は外因性の複雑骨折と、肋骨が肺に突き刺さったことによる呼吸不全という複合的なものでしょうね。

 それまでは私でも分かるのですが、歴史学者の研究の場合は何故そのような事故だか他殺だかが起こったのかとか、犯人は誰だとかそういったことまでを解き明かさなくてはならないみたいですね。

 ですから、この外傷が何故起きたのか程度はこちらにも見解を求めて来ると思います。

 まあ、他の人間による暗殺かも知れないですが、そういうライバルというか王位簒奪を目論む人間が居たとまでは聞いていませんが……。取り敢えずは死因の周辺事項を聞かれるでしょうね」

 最愛の人のために自販機で紅茶を買って戻った。といっても紙コップ式の飲み物なのであまり美味しくはないのが欠点だったが。

 まあ、ないよりはマシという程度の感じだった。

「この頭骨陥没と、二つの穴が気になるな。直径は見たところ同じだし、しかも形まで似ている。何か対になっているような感じだ……。動物の歯かもしれない」

 動物か……それは確かにそうかもしれないなと思ってしまう。ただ、王様が庶民のように単独行動しているとも思えないし、動物に襲われるものだろうか?なんだかお付きの人とか護衛の兵士なんかをわんさか連れて乗り物に乗っているイメージだった。

「動物ですか?

 ナイル川には大きなワニとかカバとかが居たというのは知っていますが……。

 どちらも物凄く狂暴だとか読んだ覚えが有りますが……」

 ミイラになっているために皮膚などの損傷具合は――ミイラを作っている時に出来たのかもしれないし――定かではない。

「カバも牧歌的な外見には似合わないほどだという話は私もどこかで読んだことがある。

 ワニはないだろうし、それほど詳しくないので歴史学者のチームが来た時には脚注付きで聞いてみなければならないが……」

 最愛の人がやや薄い、そして引き締まった唇に手を当てて考え込んでいる様子だった。

 そういう真剣そうで怜悧な目の涼やかな光も祐樹にとっては宝石よりも貴重な煌めきだった。

「ああ!ワニに襲われたなら常識的に考えて脚の部分、ワニの大きさにもよりますが下半身をもっと損傷しているとお考えなのですか?」

 最愛の人の方が科学的な知識も豊富だし、答えというか正解を導き出すようにとの問いを与えられたらそれを解かずにいられないタイプだった。

 それ以外のことは――容量が無限大ではないかと密かに祐樹などは勘ぐってしまっているが――覚えているもののスルーしていることの方が多い。

「それも有るが、ワニもカバも基本的には水辺にいるだろう?ナイル川だとは思うがあそこは葦が生い茂る湿地帯だったらしい。そんなぬかるんだ土地で、頭骨が陥没するような怪我は負うはずがない。日本の川だったら河原に大きな石が転がっているということも考えられるけれどもナイル川は毎年増水しては引いていくことの繰り返しだからどんな大きな石でも増水した川の流れに巻き込まれてしまうとか読んだ覚えがある」

 なるほどなとしみじみと感心してしまった。

 やはり最愛の人のアドバイスを貰って良かったなと。

「なるほど。そういえばそうですよね。あの頭骨の陥没具合は自転車に乗っていて車にぶつけられた患者さんを思い出してしまいました。もちろん意識不明の状態で救急救命室に搬送されて来たのですが。そういう類いの外傷ですよね……」

 最愛の人が祐樹の顔をマジマジと見ている。

 見つめられて嬉しいものの、そこには――これからCTMRI検査の後に約束しているセンター長室で愛の交歓をする時のような――艶やかさは皆無で、怜悧で理知的な光しか宿していなかった。

「事故で頭を打った時にもああいう感じの陥没が起こるのだな?

 だったら、二つの穴もその時に付いたものだろう。

 おそらくはライオンだとは思うが、そのような大型の動物で、水辺近くにはほとんど居ない――まあライオンだって水を飲みに来る時くらいはあるだろうが――大型動物に襲われたに違いない。

 カバという線も考えられるが、ああいった歯形――これも歴史学者のリームに聞いてみないとはっきりとは分からないが――を二個残せるのはライオンくらいだろう……」

 ライオンといえばアフリカというイメージしかないし、祐樹も救急救命室勤務は長いものの近くにはサファリパークもないのでそういう大型動物に襲われた患者さんを診たことはない。ただ、野犬の群れに襲われたという患者さんが搬送されて来たことはあった。

「そういえば、野犬の群れに襲われた人の場合、まずは脚をそして、転倒したら馬乗りにされたとか言っていた過去の患者さんはいますね。

 まあ、野犬なので噛み傷の方が多かったですが。

 けれど、ライオンってエジプトに居たのですか?」

 あまりにも初歩的な質問だったので笑われるかと思ったのだが、最愛の人はごくごく真面目な表情で頷いている。

「生息していたみたいだな。ライオンの世界分布は現在の私たちが思っている以上に広かったようなので。

 ライオン狩りがこのミイラの時代に盛んだったのかどうかは知らないが、軍事訓練と兵士への慰安も兼ねて行われていた時もあったらしい。

 しかし、その相手のライオンの状態が全く分からないので確信めいたことは何とも言えないが、王様主催のライオン狩りとかではなくてお忍びで出かけた時に奇禍に遭ったという感じだな。

 ライオンに襲われて噛まれた傷がこの二つの穴だろうと推測される。まあ、その辺りは研究者の方が詳しいと思うので、ライオンの牙とか持っていたら傷口と合致するかどうか確かめられるだろうし。

 そして転倒させられた処に運悪く石が有ったのではないだろうか。

 肋骨の骨折はライオンが体の上に乗ったからでは?」

 ライオンがエジプトに居たという事実を祐樹が知らなかったとはいえ、見事な推論に頭が下がってしまった。

 死亡時画像診断も仕事の一部とはいえ、歴史の造詣の深さとか科学分野にも秀でている点は最愛の人に聞いてみて本当に良かったと思った。

「有難うございます。取り敢えず中間報告として貴方の仰ったことをメールで伝えて良いですか?」

 確認というか断られない前提で聞いたのに、最愛の人は白鳥よりも優雅な首を緩く横に振っていた。

 いったい何が問題なのだろうか?

 
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最後まで読んで下さいまして誠に有難うございます。もう六月も終わりですね。
一月に母が亡くなったので、月日が過ぎるのも例年よりも遥かに早く感じます。
人が一人亡くなるのも辛く悲しい出来事ですが、うちの場合は会社も経営していますので消去法で代表になってしまったので忙しさもひとしおです。
暑くなりましたが読者様もお体ご自愛くださいませ。
    こうやま みか拝










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