「知識、いえ理論としては知っています。しかし実践となると……」
 シャーロックの黒い瞳に目が離せなくなるのは何故だろう。
 そして、いつもは頼られることや、ウィリアムの知識が他人に役立つことに悦びを感じていたのも事実だった。
 それだけで良かったハズなのに、何故か今日のシャーロックの言葉や一挙手一投足に視線どころか心まで奪われてしまうのは何故だろう。
「理論ね。確かにそれも大切だ。しかし、頭を働かせ過ぎて――ああ、リアムの場合は実戦にも加わるんだっけか――まあ、ソッチの実践は初めてのようだが、それは貴族たるものはこう振る舞わねばならないっていう思い込みに縛られてんじゃねーの?
 リアムの場合一度で良いから頭で考えることを放棄して、他の人間の――いや、リアムの場合は自分が信頼できると判断した人間のみっていう厄介な前提条件が付くみてーだが、幸い俺はその難し過ぎるテストに運よく合格しているみたいだし――「企み」に乗ってみるのも良いんじゃね?
 普段は仲間の皆から頼りにされる損な役回りをしてんだろ」
 損だとは全く思ってもいなかったが、シャーロックが言うとそうなのかも知れないという不思議な気持ちになってしまう。
 理屈ではなくて本能的な感じで。
「損だとか得だとかは考えたことも有りませんが……選択の余地はなさそうですね」
 肩を竦めてそう言った後にウィリアムは客船のチケットをしなやかな指で取った。
 自分の命は全てを「理想の為に」捧げても良いとの思いは変わらない。
 しかし、アルバート兄様という、ウィリアムにとってはかけがえの無い同志でもあり家族でもある人がこの世から消えてしまうという事態には耐えられそうにない。
 それ以上にシャーロックの傍にいると何でも彼が決めてくれそうな、ある意味自分が自分でなくなるような覚束なさが逆に好ましく思えてくるのは我ながら不思議だった。
「じゃ、俺達の想い出の港で待っている。乗船の日時はチケットに書いてある通りだ。
 リアムを口説くのには時間がかかると思っていたが、もうロンドンじゃん。
 予想以上に時間が掛かったな……。じゃあ、船に乗ってしまえばこっちのモンだからさ、それまでは兄弟とか仲間に上手く誤魔化しておいてくれ。リアムならそれらしい口実くらい思いつけるだろ?
 それとも何か?そっちまで俺が考えなきゃならないか?」
 列車のスピードが落ちているとは思っていたものの、いくつかある停車駅の一つかと思いきやいつの間にか終着駅だったとは。
「その程度は自分で考えます。兄弟や仲間を欺くことになるのはとても心苦しいのですが」
 シャーロックの押しの強さに絆されたわけでもなくて、ウィリアム自身が――今までは全く自覚してもいなかったが――内心密かに望んでいたことのような気もする。
 兄弟や仲間から隔絶された環境というものを、数日間。
 ずっと一緒だと誓い合った仲ではあるものの、そしてそれに対して不満などあろうハズもなかったが、心の奥底では(ほんの少しで良いから……全てを忘れて誰かに――多分シャーロックに――従ってしまいたい)と、そう思ってしまっていた。
 それにアルバートお兄様を救えるという大義名分があるなら、ウィリアム自身の心すら欺くことも出来たのも紛れもない事実だった。
「じゃ、サウサンプトン港で。待ってるからぜってー来いよ、な」
 口調とは裏腹にシャーロックの饒舌な瞳は来て欲しいと懇願しているようだった。
「分かりました。参ります。誓いますので……」
 すっかり冷めきってしまった紅茶を口に含むとウィリアムは咽喉がひどく乾いていたことに今更ながら気が付いた。
 それだけ動揺していたのだろう。シャーロックの唐突過ぎる――と言ってもシャーロックがそういう人間だということはプロファイリングで知っていたハズだったのに――言葉に心全部が翻弄されたような気がして。
 シャーロックは満足そうにタバコの煙を食堂車の天井の方に向けて盛大にはいていた。
 その粗野極まりない仕草にも――モラン大佐もウィリアムの居ないところではしていると聞いてはいたが――どこか洗練された美しさがあるような気がした。
 他の人間が自分を見る目とは異なって、シャーロックの場合は常に対等だった。いや対等というよりも有る部分ではウィリアムよりも上だったりまた異なった部分では下だったりしていてどこか据わりが悪いような気持ちがする。
 心が揺さぶられるというのはこういうことなのだろうか?
 シェイクスピアの戯曲は幼い頃から親しんで来たが、ロミオとジュリエットなどの恋愛モノに全く興味を抱かなかったし当然共感を込めて読んだこともない。
 ただ、今のウィリアムの気持ちは――シャーロックの全てを見透かすような黒い瞳の魔力は恋の魔力と似ているような気がする――シェイクスピアの恋愛モノに似ているような気がした。
 アルバート兄様を守るためという「大義名分」を盾に私情を優先させてしまっている。
 そのことに気付いて内心舌打ちをしたい気分だった。そんな品のないことを人前はおろか自室で一人の時にもしないと決めていたので。
「じゃあ、船に乗っている間は俺だけのシンデレラになってくれ。
 12時の鐘じゃなくって、船が港に帰って来るまでの間な。
 王子様っていうガラじゃないが、きっちりベッドの上でダンスを踊ろう、二人きりで。全てを忘れて。シンデレラがそうだったように、な?」
 何と答えれば良いのか分からなくて、ウィリアムはただ頷くだけで了承の意を伝えた。
 汽笛と蒸気の香りが駅に着いたことを知らせてくれた。
 ホームでシャーロックと別れて一人プラットフォームを歩くウィリアムは何度も何度も内ポケットに手を入れてシャーロックが渡してくれた船のチケットが本当に有るかどうかを確かめずにはいられなかった。
 さて、アルバート兄様やルイスには何と言って数日間留守にしようかと頭をフル回転させながら。






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あと、BL小説以外も(ごく稀にですが……)書きたくなってしまうようになりました。
本業(本趣味)はもちろんBLなのですが。

こちらでそういった作品を公開していきたいと思っています。




「下剋上」シリーズは一人称視点で書いていますので、他の人がどう考えているのかは想像するしかないのですが、こちらはそういう脇役がこんなことを考えているとか書いています。
今は、久米先生が医局に入れてハッピー!な話とかですね。

スマホで読んで頂ければと思います。その方が読み勝手が良いかと。

落ち着くまでは私ですら「いつ時間が空くか分からない」という過酷な(?)現実でして、ブログを更新していなくてもノベルバさんには投稿しているということもあります。
なので、お手数ですが「お気に入り登録」していただくか、ツイッターを見て頂ければと思います。




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       こうやま みか拝