「そろそろお暇しましょうか……。清水氏もこの部屋を他の人とも使うかも知れませんし。
 余りご厚意に甘えない方が良いでしょうから……」
 シャンパンのボトルを空にした上にテーブルの上に綺麗に並べられた料理もほぼ食べてしまった時に――料理はともかく飲みかけのシャンパンのボトルを残していくのは何となく気が咎めるのは祐樹も自分も庶民育ちだからだろうが。元々がお金持ちの清水氏ならウエイター役の人に事もなげに「下げてくれ」みたいなことを言うのだろう、フルート・グラス一杯分しか呑んでいないシャンパンであっても――裕樹が言った。
「そうだな。あまり長居するのも気が引けるので」
 そう話し合ってスイートルームを辞去する旨を支配人に伝えて貰えるようにスタッフに言った。
 清水氏がこの部屋を使うことが有れば先程と同じように支配人に聞くハズなので。
 接待というか密談かもしれないが、清水氏が招くようなVIPがもし居ればこの部屋を使う可能性は高かったので。
「呉先生に電話を掛けても良いか?」
 祐樹のお母様の現状を伝えて明日は気を配って貰わなければならない。
「ええ、もちろんです。ただ、久米先生は脳の異常は認められないと言って来ました。
 あくまでも問診と救急救命医としてのキャリアの賜物ですが……。後はMRIとかで精密検査をしないと詳しいことは分かりませんが……」
 ふかふかの絨毯の上を歩きながら祐樹が自分と眼差しを交わして安堵の輝きを宿している。
「月曜日に病院にいらっしゃるのだろう?医局で祐樹の仕事振りを遠目にでも見て貰ってから執務室に来て頂けるようにお願いする積もりだ……」
 自分には永久に無理な親孝行の代償行為として思いついたことを――と言っても祐樹のお母様は自分のことを実の息子よりも案じて下さっているのは知っているので正しくは代償行為ではないのかもしれないが――祐樹へと告げた。
 祐樹は黒い瞳の輝きを更に深めて自分だけを見ている。優しい輝きが自分に降り注いでいるのを見るとシャンパンの酔いよりも深く甘い陶酔が身体中に浸透していくようだった。
 幸せ過ぎて薔薇色の眩暈がするような気がする。
「医局はあくまでも遠目でお願いします。少なくとも久米先生は私の母だと知っているので、何故貴方が一緒に居るか不審に思うかも知れませんから。
 と言っても、久米先生は職務以外のことは深く考えない人なのでそんなに警戒しなくとも大丈夫なような気がしますが……。それよりもアクアマリン姫の方が絶対に勘が良いでしょう。ただ、幸いなことに彼女は脳外科所属なので医局には居ないですので……。
 執務室はドラマと同じようなモノなので母は物凄く喜ぶと思います。有難うございます。そんな配慮までして頂いて。
 ただ、明日の精密検査で異常が見つからなければ……という前提は必須ですが」
 フワフワとした気持ちが先走ってしまっている自分と異なって祐樹の慎重さも好ましい。
「それはそうだな……。万が一異常が見つかれば脳外科の白河教授に即座に相談しなければならないし……。
 そう言えば白河教授には清水研修医のことを正式にお願いしなければならないな……」
 昼間のシャンパンでも酔わないことの方が多いのに、明日の「披露宴」のせいかも知れないが今日は何だか思考が散漫になっているようで、言葉も思いつくままに紡いでしまう。
「大丈夫ですか?何なら喫茶室に寄るとか、自販機を探しに――と言ってもこのホテルはビジネスホテルみたいにそういった「庶民的なモノ」はなさそうですが――外に出ましょうか?水をお飲みになった方が良いような気がします」
 祐樹の輝く眼差しに懸念の彩りが加わっている。
 その「守られている感」がアルコールのせいではない陶然とした気分になってしまう。
「そんなに酔っているか……?」
 酔っていないとは思っていないが、水で薄めるほどではないような気がする。ただ自己判断よりは裕樹の診立ての方が正しいと思っているので聞いてみることにした。
 すると祐樹は唇と眼差しを暖かい笑みの形にしている。
「そう仰るなら大丈夫ですね。酩酊している人間は必ず『酔っていない』と言い張りますので……。救急救命室には泥酔した上に怪我をして搬送された人が多数居ます。
 急性アルコール中毒患者というだけでも杉田師長は受け入れますしね。
 泥酔した患者さんはアルコールのせいで痛みを感じないので――ま、釈迦に説法でしょうがアルコールも麻酔薬と同じ作用が有りますので――骨折していても「酔っていない!」と強弁するのが普通です。
 水はさして必要とも思えませんが、念のために飲んでおきますか?」
 祐樹は慎重さを崩さずにそう言ってくれたが、この薔薇色の酩酊感が――多分アルコールのせいだけではない――ひどく気持ちが良いので首を横に振った。
「呉先生に電話することにする」
 このホテルが、一生の記念になるだろう「披露宴」の場所なので、施設内をじっくり見てみたい気持ちの方が多い。それにまだスイートルーム階なので人の出入りもないので電話するのに適しているのも事実だった。
 病院長御用達のホテルだと言っても、京都観光に来た外国人も多数利用しているとどこかで――普段の自分ならば何という雑誌なのか即座に思い出すことが出来るが記憶が曖昧なのは薔薇色の酩酊感のせいだろう。
 この酩酊感がアルコールのせいだった場合は祐樹の言う通り水を飲んだ方が良さそうだが、そうではない自覚が有った。
「そうですね。私が呉先生に頼んでも良いのですが、明日の『披露宴』で呉先生から今日の話も当然出るでしょうから貴方からお願いした方が母も喜びます。
 だからお願いして良いですか?」
 祐樹の許可を貰ったので、心からの微笑みの花束を祐樹に送ってから携帯を取り出した。
「もしもし、香川です。今お電話宜しいですか?」
 3回コールで呉先生が出てくれたので大丈夫だろうと思いながら携帯を握り締めた。
『はい大丈夫ですよ?
 いよいよ明日ですよね。私も、そして同居人もとても楽しみにしています。
 それに……例のモノを使って下さるのですよね?そちらもとても光栄に思っています』
 呉先生の声も陽だまりに咲くスミレの花のような声で応えてくれた。
 「例のモノ」とは呉先生が森技官から初めて貰った指輪だ。呉先生の雰囲気に似たスミレの花を象った紫の綺麗な指輪だったが、爪部分がグラついていたので修理した後に自宅マンションに大切に置いてある。
「はい、勿論です。幸せな友人から貸し出して貰ったモノは必ず身に着けます。他にも色々……。私も無神論者ですがジンクスは藁にも縋る気分で付けたいですから……」
 呉先生は快活そうな笑い声を電話越しに伝えてきた。
「田中先生は教授がお思いになっているよりも遥かに愛していらっしゃるのでジンクスに頼らなくても大丈夫でしょうが……」
 それは充分過ぎるまで分かっている積もりだが、やはり「披露宴」ともなると不幸なモノを一切排除したいと思うのは自分だけだろうか?
「それはともかく……、祐樹のお母様が時々手の痺れが有るらしくて……。
 パーティの途中で異常に気付いたら立食のエリアに居る久米先生に伝えて下さい。
 と言っても呉先生は面識がないですよね?」
 隣で聞いていた祐樹が乾いた音で指を鳴らした。






______________________________________

宜しければ文字をクリック(タップ)お願い致します~!更新のモチベーションが上がります!




2クリック有難うございました!!更新のモチベーションが上がりました!






 

 
 

◆◆◆お詫び◆◆◆

今後もこのブログは不定期更新しか無理かと思います……

ただ、アイパッドで隙間時間OKのこちらのサイトでは何かしら更新します。
下記サイトはアプリで登録しておくと通知が来るので便利かと思います。


勝手を申しましてすみません!!




◆◆◆宜しくです◆◆◆

ツイッタ―もしています!
更新時間が本当にバラバラになってしまうので、ヤフーブログの更新を呟いているだけのアカですが、ぶろぐ村や人気ブログランキングよりも先に反映しますので「いち早く知りたい」という方(いらっしゃるのか……???)はフォローお願い致します。


最近はブログ村の新着に載らなかったり、更新時間も滅茶苦茶になっているので、ツイッターアカウントをお持ちの方は無言フォローで大丈夫なので、登録して下されば見逃さずに済むかと思います!!宜しくお願いします。




◇◇◇お知らせ◇◇◇



あと、BL小説以外も(ごく稀にですが……)書きたくなってしまうようになりました。
本業(本趣味)はもちろんBLなのですが。

こちらでそういった作品を公開していきたいと思っています。




「下剋上」シリーズは一人称視点で書いていますので、他の人がどう考えているのかは想像するしかないのですが、こちらはそういう脇役がこんなことを考えているとか書いています。
今は、久米先生が医局に入れてハッピー!な話とかですね。

スマホで読んで頂ければと思います。その方が読み勝手が良いかと。

落ち着くまでは私ですら「いつ時間が空くか分からない」という過酷な(?)現実でして、ブログを更新していなくてもノベルバさんには投稿しているということもあります。
なので、お手数ですが「お気に入り登録」していただくか、ツイッターを見て頂ければと思います。




更新出来る時は頑張りますが、不定期更新となります。すみません!!

すみません、ただ今職場とクリニックのハシゴ&(しょぼい)相続会議紛糾中でして、心身共に疲れ果てています。

不定期更新に拍車掛かりますが何卒ご了承ください。


       こうやま みか拝