「お願いとは?そんなに改まらなくとも祐樹の言うことならほぼ聞くが」
祐樹は本当に自分が嫌なことはしないでいてくれる優しさも充分以上に持ち合わせていることも知っている。
結果的には大反響を――ごくごく一部の人間だけのようだったが――得たようで良かったが杉田弁護士のお茶目な言動は時々自分を困惑の淵に落とし込むこともあった。
昼間の、しかも準勤務時間のような時に思い出すだけで赤面モノだが、何時ぞやには「大人のおもちゃ」を送り付けられて、しかも取扱説明書も入っていないことから祐樹に見せ、正体が分かった時のその反応に大笑いされて、あまつさえ「使ってみますか」とまで冗談混じりと思しき声と表情で言われた。本気全開だったら昏い過去になってしまっていたかも知れない。ただ、祐樹もその辺りのことは分かってくれていたので助かったが。
今回は一部女性達の購買意欲に火に油を注いでくれた杉田弁護士に感謝の気持ちを送りたい。何しろシャンパンタワーの上に金の粉が舞い散るかどうかの瀬戸際だったから。
「公衆の面前で壁ドンまではしませんが、ハグ程度なら許して頂けますか?
ほら、あと二店舗残っているでしょう。その全て――先ほどのを生で見た人間が画像を拡散しているような感じでしたからこの店に来てくれた人ももれなく次の会場にも来るようなので重複は出来ません。なので、二ポーズを考えていたのです」
先ほどは訳も分からずに腰に手を回されたが、その程度のスキンシップなら別に構わないと思う。
願いというのはどうやらその類いのことだろう、多分。
「次の書店では肩を抱いて密着というのを、そしてその次にはハグをする……のは流石にまずいでしょうかね……」
祐樹が真剣そうな眼差しで見詰めてきた。
「その程度なら全く構わないが。私もアメリカ時代に共同執刀を務めた医師からお互いの手技の素晴らしさを称えあっているだけのハグ程度は何度も受けたことがある。
ちなみに、その医師達は愛妻家で子供までいるような人達なので誤解はしないでくれ。
家族の写真を自分用の個室に並べているような人ばかりだったので」
一瞬だけ祐樹の瞳の輝きが剣呑そうな感じになったので、慌てて言い募った。
「それに、祐樹だってアメリカの学会であの原稿通りの講演をしたら、世界各国から聞きに来た医師達にハグされると思う。そういう世界なので」
祐樹の男らしい眉が少し寄せられたのはタバコの煙が目に入ったからだけではないだろう。
「外科医は圧倒的に男性が多いですよね。ゴツい男にハグされるのかと思うと、いえ、その場ではきちんと満面の笑みで応対しますよ、そんなのは社会人として常識です――しかし、全然嬉しくないですね。
ま、それはともかく、肩を抱くのとハグ――ほら、共著の本の著者略歴にも『アメリカで世界的名声を得て帰国』と書きましたよね、私が。だから貴方がハグに慣れていても怪しむ人間よりも喜ぶ人間の方が多いでしょう。
しかも、終了間際とキチンと言っておきましたから、その時にはそういうのを期待している人間の比率が多くなると予想されます。その場合、集団心理というか、『赤信号みんなで渡れば怖くない』的な意識が働くので多少の逸脱は却って喜ばれるでしょう。
今頃、そういう女性たちは書店の整理券を求めて知り合いに声をかけまくっていますよ、きっと。もしくは書店に電話して整理券の追加発行を泣きながら、もしくはケンカ腰で要求しているかもしれません。
ナース達の行動力の凄さに――ああ、杉田師長はそのベクトルが仕事に向かっているだけで、ほとんどがあんな感じですよ――目を瞠ることもたびたびありましたから」
ナースにも人脈が広い祐樹とは異なって自分は職業人としてのプライドを持った医師の補佐に徹したナースしか知らない。
学生の頃に救急救命室で勉強がてら手伝いをしたこともあったが、ベテランナースが医師を叱り飛ばすことは有っても、その指示の方が正確だと思えたのでそういうプロとしての矜持しか知らない。
ただ、気の強さとか芯の強さがなければ務まらない仕事なので、それが趣味という完全な私生活の中でも発揮するのだろう、多分。
そういう勢いを借りて祐樹と公の場所でさらに近く感じられるのであれば自分にとっても大歓迎だし、それに金の粉が舞い散るというオプションが「披露宴」に付くかどうかの瀬戸際でもあった。
当然彼女達は――病院長ですら顔色を窺う総師長ならともかく――病院内の地位は旧態依然に低いのでパーティには呼ばれていないのでサイン会が最高の「ハレの舞台」に違いない。
そういう意味では義理で出席予定の病院長繋がりの与党国会議員よりも彼女達の祝福を受ける方がよほど嬉しい。
「おっと、そろそろ店長室に戻らないといけませんね」
腕時計を見た祐樹が慌てた感じでタバコの火をもみ消すのを見ていた。
「サイン会の盛況ぶりを是非、病院長にも見せたいですね……。ナースの人望が――と病院長には映るでしょうし――どれだけ厚いかを見せつけることによって将来の病院長選挙にもきっと有利に働くでしょうから。
貴方がそのポジションを狙っていらっしゃるならなおさら有効ですよ」
桜木先生に打ち明けてみた時に「マイノリティの底力」という言葉を告げられたが、彼女達の中の一人が未来の総師長になるかもしれないし、実際今の総師長に直接発言出来るだけの実力と実績を持った人間がいるかもしれない。
自分が考えていたのは教授や准教授といった人で――上から目線なのは選挙権が有る人間がそういう人達なのだからやむを得ない――何だか新しい風穴が開いて順風が吹いてきたような気がした。
そんな高揚した気分が続いたのは店長室に入るまでで、それ以降はそれどころではなくなっていたが。
祐樹は本当に自分が嫌なことはしないでいてくれる優しさも充分以上に持ち合わせていることも知っている。
結果的には大反響を――ごくごく一部の人間だけのようだったが――得たようで良かったが杉田弁護士のお茶目な言動は時々自分を困惑の淵に落とし込むこともあった。
昼間の、しかも準勤務時間のような時に思い出すだけで赤面モノだが、何時ぞやには「大人のおもちゃ」を送り付けられて、しかも取扱説明書も入っていないことから祐樹に見せ、正体が分かった時のその反応に大笑いされて、あまつさえ「使ってみますか」とまで冗談混じりと思しき声と表情で言われた。本気全開だったら昏い過去になってしまっていたかも知れない。ただ、祐樹もその辺りのことは分かってくれていたので助かったが。
今回は一部女性達の購買意欲に火に油を注いでくれた杉田弁護士に感謝の気持ちを送りたい。何しろシャンパンタワーの上に金の粉が舞い散るかどうかの瀬戸際だったから。
「公衆の面前で壁ドンまではしませんが、ハグ程度なら許して頂けますか?
ほら、あと二店舗残っているでしょう。その全て――先ほどのを生で見た人間が画像を拡散しているような感じでしたからこの店に来てくれた人ももれなく次の会場にも来るようなので重複は出来ません。なので、二ポーズを考えていたのです」
先ほどは訳も分からずに腰に手を回されたが、その程度のスキンシップなら別に構わないと思う。
願いというのはどうやらその類いのことだろう、多分。
「次の書店では肩を抱いて密着というのを、そしてその次にはハグをする……のは流石にまずいでしょうかね……」
祐樹が真剣そうな眼差しで見詰めてきた。
「その程度なら全く構わないが。私もアメリカ時代に共同執刀を務めた医師からお互いの手技の素晴らしさを称えあっているだけのハグ程度は何度も受けたことがある。
ちなみに、その医師達は愛妻家で子供までいるような人達なので誤解はしないでくれ。
家族の写真を自分用の個室に並べているような人ばかりだったので」
一瞬だけ祐樹の瞳の輝きが剣呑そうな感じになったので、慌てて言い募った。
「それに、祐樹だってアメリカの学会であの原稿通りの講演をしたら、世界各国から聞きに来た医師達にハグされると思う。そういう世界なので」
祐樹の男らしい眉が少し寄せられたのはタバコの煙が目に入ったからだけではないだろう。
「外科医は圧倒的に男性が多いですよね。ゴツい男にハグされるのかと思うと、いえ、その場ではきちんと満面の笑みで応対しますよ、そんなのは社会人として常識です――しかし、全然嬉しくないですね。
ま、それはともかく、肩を抱くのとハグ――ほら、共著の本の著者略歴にも『アメリカで世界的名声を得て帰国』と書きましたよね、私が。だから貴方がハグに慣れていても怪しむ人間よりも喜ぶ人間の方が多いでしょう。
しかも、終了間際とキチンと言っておきましたから、その時にはそういうのを期待している人間の比率が多くなると予想されます。その場合、集団心理というか、『赤信号みんなで渡れば怖くない』的な意識が働くので多少の逸脱は却って喜ばれるでしょう。
今頃、そういう女性たちは書店の整理券を求めて知り合いに声をかけまくっていますよ、きっと。もしくは書店に電話して整理券の追加発行を泣きながら、もしくはケンカ腰で要求しているかもしれません。
ナース達の行動力の凄さに――ああ、杉田師長はそのベクトルが仕事に向かっているだけで、ほとんどがあんな感じですよ――目を瞠ることもたびたびありましたから」
ナースにも人脈が広い祐樹とは異なって自分は職業人としてのプライドを持った医師の補佐に徹したナースしか知らない。
学生の頃に救急救命室で勉強がてら手伝いをしたこともあったが、ベテランナースが医師を叱り飛ばすことは有っても、その指示の方が正確だと思えたのでそういうプロとしての矜持しか知らない。
ただ、気の強さとか芯の強さがなければ務まらない仕事なので、それが趣味という完全な私生活の中でも発揮するのだろう、多分。
そういう勢いを借りて祐樹と公の場所でさらに近く感じられるのであれば自分にとっても大歓迎だし、それに金の粉が舞い散るというオプションが「披露宴」に付くかどうかの瀬戸際でもあった。
当然彼女達は――病院長ですら顔色を窺う総師長ならともかく――病院内の地位は旧態依然に低いのでパーティには呼ばれていないのでサイン会が最高の「ハレの舞台」に違いない。
そういう意味では義理で出席予定の病院長繋がりの与党国会議員よりも彼女達の祝福を受ける方がよほど嬉しい。
「おっと、そろそろ店長室に戻らないといけませんね」
腕時計を見た祐樹が慌てた感じでタバコの火をもみ消すのを見ていた。
「サイン会の盛況ぶりを是非、病院長にも見せたいですね……。ナースの人望が――と病院長には映るでしょうし――どれだけ厚いかを見せつけることによって将来の病院長選挙にもきっと有利に働くでしょうから。
貴方がそのポジションを狙っていらっしゃるならなおさら有効ですよ」
桜木先生に打ち明けてみた時に「マイノリティの底力」という言葉を告げられたが、彼女達の中の一人が未来の総師長になるかもしれないし、実際今の総師長に直接発言出来るだけの実力と実績を持った人間がいるかもしれない。
自分が考えていたのは教授や准教授といった人で――上から目線なのは選挙権が有る人間がそういう人達なのだからやむを得ない――何だか新しい風穴が開いて順風が吹いてきたような気がした。
そんな高揚した気分が続いたのは店長室に入るまでで、それ以降はそれどころではなくなっていたが。
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【お詫び】
リアル生活が多忙を極めておりまして、不定期更新になります。
更新を気長にお待ち下さると幸いです。
師走の気忙しさにバタバタと過ごしています。風邪を引かないように頑張りたいと思います。しかし、火曜日は24℃まで気温が上がったのに、いきなりの平年並みはきついです……。
◆◆◆お知らせ◆◆◆
時間がない!とか言っていますが、ふとした気紛れにこのサイトさんに投稿しました!
いや、千字だったら楽かなぁ!!とか、ルビがふれる!!とかで……。
こちらのブログの方が優先なのですが、私の小説の書き方が「主人公視点」で固定されてしまっているのをどうにかしたくて……。
三人称視点に挑戦してみました!
宜しければ、そしてお暇があれば是非読んで下されば嬉しいです。
いや、千字だったら楽かなぁ!!とか、ルビがふれる!!とかで……。
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三人称視点に挑戦してみました!
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「エブリスタ」さんというサイトで、もちろん無料です!!
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メカ音痴なのでリンクが違った場合は、お手数ですが「エブリスタ 神殿の月 こうやまみか」で検索して頂けたらと(泣)
◆◆◆宜しくです◆◆◆
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いきなりの冬将軍の到来ですね……。読者様もお身体ご自愛ください。
こうやま みか拝