呉先生向けのアピールのためだけに違いない行為に――ただ、祐樹の酷使したわりにはすこぶる良好な視力で見ても色々と予定が書いてあるという芸の細かさが森技官らしい――リスケジューリングまで今書き込んでいる最中といったところだった。
「私たちは幸い土日休みです、ご存知の通り。ですから良いですよね?」
 隣に座っていた最愛の人に視線を転じると森技官のスケジュール帳を――びっしりと文字が埋め尽くされている、真偽のほどははなはだ疑問だったが――涼しげな瞳に驚きの煌めきを湛えて見ていた。
「ああ、私も大丈夫だが、呉先生はいかがですか?」
 精神科の所属ではなくて――科に在籍している場合は当直勤務も当然ある――不定愁訴外来というブランチの長なだけに土日は休診なのも知っている。
 昔からの住宅街なだけにご近所付き合いもそれなりの密接さだろうが、町内での重要な催し物の――例えば祇園祭とかで街単位で協力しなければならないようなモノ――ために会合が開かれるとかいった場合は出席しているのかもしれないかもしれないけれども。
「私も大丈夫です。コロッケサンドですか……。いいですね。
 私は何を持って行けば良いですか、お礼というか参加費というか。
 だって教授と田中先生はお昼ご飯を、そしてこちらはベンツを――なんだか無理やりの我がままを通したという感じですが――用意しますが、何だかそれだと私だけが何もしていないようなので」
 柚子のシャーベットをこの上もなく美味しそうに口に運びながらスミレ色の微笑みを浮かべている。
「呉先生には夕食の時に、余計にお会計を支払って貰うということにしましょうか」
 森技官の真の目的は、夕食の後に祐樹最愛の人が呉先生に「誰にも聞けない夜の悩み」という極めてレアかつ同じ性的嗜好を持った人であっても他の人には背景から説明しなければ分からないという特殊すぎる例が重なり合っている件を聞いてもらって出来れば解決に導きたいというものだったので、どうせ呉先生のお財布から出たとしても森技官が何らかの形で補填するに違いない。
「そんなので良いのですか?個人的には助かりますけれど。
 それにしても教授、この柚子のシャーベットもお手製ですか?コンビニに売っているモノよりも遥かに美味しいし、柚子の薄い皮を噛むとさらに酸っぱさが弾けて最高です。
 ――作り方は敢えて聞きませんけれど、また食べさせて下さいね」
 最愛の人が大輪の薔薇のような笑みを浮かべて頷いた。
「本当に美味しかったです。この人が毎日毎晩ずっと褒めていただけのことは有りますね。
 それに、教授は化学調味料を一切使っていませんよね、違いますか?」
 森技官が優しい感じの笑みを浮かべて柔らかな口調で聞いている。
「はい。よくお気づきになられましたね。
 昔から使う習慣がなかったことと、田中家のレシピにも一切記述がなかった二点からそのようにしています」
 そうだったのかと今更ながらに気が付く祐樹の表情で察したのか、森技官が普段の皮肉っぽい笑みではなくて柔らかな笑みを浮かべている。
「いえ、実家の祖母も母もそういうタイプでして、化学調味料は徹底して避けていたのでその影響でなんとなく分かるようになりました。
 それはそうと、酔い覚ましも兼ねてコーヒーが飲みたいのですが……」
 呉先生が燕のような感じで椅子から立ち上がった。
 手土産の「磯自慢」の他に最愛の人と祐樹が吟味して選んだ日本酒、計二升を四人で呑んだのに、酔いを全く感じさせない感じだった。
「その程度のことは私がします。いえ、させてくださいお願いします」
 少し言葉がくどくなっているのはアルコールの影響かもしれなかったが。ただ、呉先生もコーヒーの淹れ方は身体で覚えている感じなので心配することはないだろう。
 人間、頭で覚えたことは忘れやすいが身体で覚えたことは定着しやすいというデータもある。
「キッチンではなくて、リビングに行って寛ぎませんか?
 まだ時間は大丈夫でしょう?」
 四人で過ごす心の底からリラックスした時間があまりにも心地よかったので、もう少しこのままの状態でいたかったことと、二人きりになった時にはまだ漂ってしまうどこかしっくりかみ合わない居心地の悪さを避けたい気持ちが相半ばしていたのも事実だった。
 愛情の量と質が同じ程度であることは疑ってはいないが、やはり祐樹の精神の奥に残った壊れた魂の欠片が、靴の中に入ってしまった小石のような違和感と痛みを伴っていたので。
 そういうことも忘れさせてくれる呉先生と森技官の存在は貴重だった。
「ベランダにも出られるのですね……。こんなマンションだから当たり前といえば当たり前なのですが……。田中先生、少し教授をお借りして良いですか。酔い覚ましに外の空気が吸いたくなったのと、高層の建物がない京都での得難い夜景も拝見したいもので」
 普段のような有無を言わさない感じで言われて、肩を竦めた後に最愛の人の顔を確かめるとごくごく平静な感じだったので――突然の指名に微かな戸惑いの色を浮かべてはいた――頷いた。
「少しだけですよ。そしてきちんと完全なままで返してくださいね。私の『最愛』の『恋人』なので爪の先ほども傷つけないでください」
 最愛の人に変わらぬ愛情を抱いていることをさり気なく伝えると共に、ケンカ友達としての森技官にはこの程度のことは言っておいた方が良いだろう。






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【お詫び】
 リアル生活が多忙を極めておりまして、不定期更新になります。
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 師走の気忙しさにバタバタと過ごしています。風邪を引かないように頑張りたいと思います。しかし、火曜日は24℃まで気温が上がったのに、いきなりの平年並みはきついです……。
 
 
 

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時間がない!とか言っていますが、ふとした気紛れにこのサイトさんに投稿しました!
いや、千字だったら楽かなぁ!!とか、ルビがふれる!!とかで……。
こちらのブログの方が優先なのですが、私の小説の書き方が「主人公視点」で固定されてしまっているのをどうにかしたくて……。
三人称視点に挑戦してみました!
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        こうやま みか拝