「そんな……教授――いえ、ウチの真殿教授なら全く構いませんが――他でもない香川教授お自らがコーヒーを淹れて下さるなど……。畏れ多くて。
 しかし、私は呉先生のように自分でコーヒーを淹れたことがないので、お手伝いをしても却って足を引っ張るのが火を見るよりも明らかですし……」
 権威大好きの斉藤病院長が「親友」扱いする大病院の御曹司だし――スケールや知名度は長岡先生の婚約者の日本で最も有名な私立病院よりは劣るものの、長岡先生も長い春に終止符を打って結婚退職すれば、あれだけ家事に向いてない女性でも院長夫人として内助の功の使用人たちの束ねや内科の責任者としての二足の草鞋を履くことになっている――そう考えれば清水研修医がコーヒーは家政婦さんだかお母様だかが勝手に運んで来るものという「常識」で育ったとしても仕方のないことだろう。出来ることと出来ないことをきちんと伝えて無理に手伝おうとしない辺りも清水研修医の人柄が滲み出るようだった。
「呉先生ほど上手では有りませんが、この部屋にいらして下さったからにはお客様です。
 秘書が不在であれば私が淹れるのは当然だと思います。ごくごく稀に叱責のために自分の医局員を呼び出す時にはもちろんコーヒーなど淹れませんが、清水先生は形式的に精神科所属ですし、救急救命室に多大な貢献をなさってはいるもののウチの所属ではないのでお客様扱いをさせて頂きます。
 それに、呉先生のブランチで折鶴の練習をなさっていたのでしたよね?あの味と比べる意味でも是非どうぞ」
 自分とは所詮育ちが違うのだろうが――いみじくも彼が言った通り「子供に親は選べない」というのは至言だ――斉藤病院長の「親友」の施した「帝王学」めいたものは良い方向に育ったようだった。
「外科主催の折鶴勝負のことは、もちろん父にも申しました。そして商品価値など皆無の私の作品も持ち帰って見せましたし、教授や田中先生の芸術作品と表現したくなるほどの素晴らしい出来映えについても。
 すると直ぐに斉藤病院長に電話を入れて入札のお願いをしていました」
 斉藤病院長は――自分が知る限り――祐樹と自分のを三個ずつ計六個入札中で、最高値を更新し続けている。
 部屋にコーヒーの香りが漂ってきた。秘書も帰り、一番落ち着く時間帯だったし、コーヒーの香りが傾きかけた太陽の光りの中で漂うと一日が無事に終わったという満足感と充足感を抱いてしまう。
「え?あのオークションは職員番号と名前が一致すれば誰でも入札出来ますよね。もちろん清水先生も……」
 コーヒーを湯煎済みのカップに細心の注意を払って入れた。
「はい。それも申したのですが、研修医の身分でそういう目立つ行為は止めろと強く言い切ったのでそれも一理有るなと判断しました」
 流石は斉藤病院長が「親友」扱いをしているだけのことは有るなと思ってしまう。
 旧弊な点は――経費削減だとか利益重視を目指しているとはいえ――未だに残っているのも事実だったし、研修医がいわば趣味の分野に入るだろう折鶴を落札したという評判が高まれば余計な反発を招きかねないことまで咄嗟に判断して斉藤病院長に直接談判に及んだに違いない。
 二人の息子を母校に入れた――実際のところ、教授クラスのお子さんであっても私立の、そして知名度は決して高くない医学部に入学させるのがやっとだったという愚痴めいた話しが教授会の前後の時間に出た記憶があった――だけでも快挙なのに、その後もご子息のためを思っての動きとかどんな経営の達人でも黒字化は不可能だと言われている救急救命室に巨額の機器をポンと寄付して息子の授業料代わりにするだけで器の大きな人だと考えていたが、流石、海千山千と噂されている斉藤病院長の「親友」だと心の底から感心した。
「どうぞ。お口に合うと嬉しいです」
 トレーに砂糖などの必要な物を全て載せて運ぶと目を丸くしてから慌てた様子で立ち上がって一礼した。ただ、自分がこういうことをすると例外なく驚くので気にしてはいない。
 教授職に就く実力というか今までは職人のように完璧な手技だけを目指してきたが――他の職務は黒木准教授を始めとした、向いていると判断した人に全てを任せてきただけだ――これからは清水研修医のお父様とか斉藤病院長の動きというか政治力も培わなければ病院長選挙の勝利はうたかたの夢と消えてしまう。元々これ以上の俗にいう出世に興味はなかったが世界の全ての人間を引き換えにしても祐樹を選ぶくらい愛している人を教授職に就ける――実際に祐樹の方が教授には向いている、決して愛する者の贔屓目ではなく――ためには自分がさらに上を目指すしかないので。
「とても美味しいです。呉先生のも極上の味だと思いますが、教授のは苦味が少し濃いですね。好みの違いだと思いますが、両方ともお金を出してまで飲みたい味です。
 ウチの家政婦も一応調理師免許など各種資格は持っていますが、これほどの味は出せません」
 祐樹の好みを考えて呉先生から教わった淹れ方はそのままに豆を替えたのを清水研修医はピタリと当てる舌の正確さも持ち合わせているらしい。












 
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        こうやま みか拝