「では、この辺りでお開きに致したいと思います。会場の皆様、香川教授、田中先生に盛大なる拍手を賜れば幸いで御座います」
竹田店長が閉会の挨拶をする中で――いつの間にか出てきた高木氏の促すようなジェスチャーに気付いて――立ち上がって深々と礼をした。直ぐ横の祐樹も同じ動作だった。手を延ばせば届く距離には座っていたが、サインや挨拶などの「顧客」対応に追われて全く話せない状態だったが、そういう場所であることは漠然と分かっていた上に胡蝶蘭が滝のように流れている背景をバックにして白いテーブルクロスや薔薇の花で彩られた檀上に二人で一つのテーブルに座って皆から好意的な表情で見られたりスマホなどで撮影されたりした方が嬉しかった。
行列がスムーズに流れていたので、そんなに残った人はいないと思い込んでいたが檀上に立って見回すとあちこちに島のような感じで人々がたむろしていて――柏木先生の奥さんが加わっている群れは多分病院のナースだろう。サインをしている時には気付かなかったので殆んど縁のない科に所属しているのだろうと見当を付けた。
盛大な拍手に包まれた会場を見渡した後に祐樹へと視線を流す、殆んど本能のように。
祐樹も満面の笑みを浮かべて自分を見てくれた上に、おもむろに近付いてくると握手を交わすというおまけ付きだった。
「お疲れ様です。ほらあんなに花束とかお菓子とかの差し入れが、といっても捌ききれない分は平井さんの的確な指示で店員さんが運んでいったのでもっとありますよ」
平井さんが使っていた机の回りには「ここは花屋か」と錯覚を覚えるほどのたくさんの花束と、バレンタインの時の祐樹のデスクのチョコの城よりも多くの紙袋入りのお菓子が置いてあったので驚いて目を瞠った。しかもそれが全部ではなく一分らしいし。
「お疲れ様でした。香川教授と田中先生はこちらにいらして下さい。平井君、後は宜しく頼む」
もう一度こちらを見ている人――秀幸君もお母様も居た――に笑顔で挨拶をしてから高木氏の後に付いて会場を後にした。
「本当にお疲れ様でした。特に先生方は初めてでいらっしゃったので尚更。
ただ、物凄く場慣れした作家の先生よりもスムーズで、店内のカメラで――本来は万引き対策なのですが――指揮を執りつつ感心してしまいました」
書店の店員用の通路を――至るところに雑多な物が積まれている――物慣れた感じで先導してくれていた高木氏がまんざらお世辞でもない感心したような表情を浮かべている。
「いえ、そんなことはないです。無我夢中で時間が過ぎていった感じですし、ようやく話せる心の余裕が出てきたのは終了間際という体たらくでしたから。
この反省を次回に活かします。といっても『次回』が一時間後に始まるのでしたよね……」
高木氏にとってクライアントはあくまでも自分個人で、祐樹はそのおまけといった位置付けのようで――契約とかお金の流れ的にはまさしくその通りだから仕方のないことだった――自分へと話を振ってくる。
「そうですね。まあ、流行作家の先生でもサイン会は苦手で避ける方も実際にいらっしゃいますから。ただ、サイン会も営業の一環でして好んで引き受ける先生の方が業界での評判は良いですけれど、関東在住の先生などは関西の主要三都市を一日で回るという超強行軍をこなす人気作家の先生もいらっしゃいます。もちろん執筆活動もこなしながらです」
日本では飽き足らずに海外での高いステージを目指して一躍渡米した――と、祐樹が本に書いてくれた――自分の経歴はやや異色だが病院所属の医師達は終身雇用がほぼ約束されているし、病院を辞めたり追い出されたりしても医師免許さえ持っていれば生活に困ることはまずない。作家の場合、自分でも知っているような人達でも明日の保証などないのだから大変だろうな……としみじみ思った。
「主要三都市は大阪・京都・神戸ですよね?それぞれどの程度の書店を回られるのですか?」
多分、祐樹はサイン会の様子とか作家裏話的な話を患者さんとの世間話のネタにして使って心が開いた瞬間にその人の本音を聞きだすという点でも医局で最も上手いと評判だった。
「それは先生方の御体調とかお年にもよりますが、一番ハードな某先生はその三都市を一日で回って、書店は二店舗と決めていらっしゃいますね。名前は私の口からは申せませんが……遅咲きの流行作家として一躍有名になった方です。歴史物からお笑い物、そして何より素晴らしいのは『泣かせ』のワザですが……。一日で6回のサイン会ですが、熱烈な固定ファンは全て制覇する勢いだそうです。
ただ、その先生でもこれだけの花束やお菓子の差し入れは貰っていないです」
祐樹は心当たりの有るような表情で高木氏を見ている。
「直木賞の選考委員を務めていらっしゃる先生ですか?ハゲと巨頭をネタにしたエッセーでも人気だった?」
高木氏は「しまった」という感じの曖昧な笑みを浮かべているので多分当たりだろう。
彼は誤魔化すようにドアをおもむろに開けた。その意外過ぎる光景に思わず祐樹と顔を見合わせてしまっていたが。
竹田店長が閉会の挨拶をする中で――いつの間にか出てきた高木氏の促すようなジェスチャーに気付いて――立ち上がって深々と礼をした。直ぐ横の祐樹も同じ動作だった。手を延ばせば届く距離には座っていたが、サインや挨拶などの「顧客」対応に追われて全く話せない状態だったが、そういう場所であることは漠然と分かっていた上に胡蝶蘭が滝のように流れている背景をバックにして白いテーブルクロスや薔薇の花で彩られた檀上に二人で一つのテーブルに座って皆から好意的な表情で見られたりスマホなどで撮影されたりした方が嬉しかった。
行列がスムーズに流れていたので、そんなに残った人はいないと思い込んでいたが檀上に立って見回すとあちこちに島のような感じで人々がたむろしていて――柏木先生の奥さんが加わっている群れは多分病院のナースだろう。サインをしている時には気付かなかったので殆んど縁のない科に所属しているのだろうと見当を付けた。
盛大な拍手に包まれた会場を見渡した後に祐樹へと視線を流す、殆んど本能のように。
祐樹も満面の笑みを浮かべて自分を見てくれた上に、おもむろに近付いてくると握手を交わすというおまけ付きだった。
「お疲れ様です。ほらあんなに花束とかお菓子とかの差し入れが、といっても捌ききれない分は平井さんの的確な指示で店員さんが運んでいったのでもっとありますよ」
平井さんが使っていた机の回りには「ここは花屋か」と錯覚を覚えるほどのたくさんの花束と、バレンタインの時の祐樹のデスクのチョコの城よりも多くの紙袋入りのお菓子が置いてあったので驚いて目を瞠った。しかもそれが全部ではなく一分らしいし。
「お疲れ様でした。香川教授と田中先生はこちらにいらして下さい。平井君、後は宜しく頼む」
もう一度こちらを見ている人――秀幸君もお母様も居た――に笑顔で挨拶をしてから高木氏の後に付いて会場を後にした。
「本当にお疲れ様でした。特に先生方は初めてでいらっしゃったので尚更。
ただ、物凄く場慣れした作家の先生よりもスムーズで、店内のカメラで――本来は万引き対策なのですが――指揮を執りつつ感心してしまいました」
書店の店員用の通路を――至るところに雑多な物が積まれている――物慣れた感じで先導してくれていた高木氏がまんざらお世辞でもない感心したような表情を浮かべている。
「いえ、そんなことはないです。無我夢中で時間が過ぎていった感じですし、ようやく話せる心の余裕が出てきたのは終了間際という体たらくでしたから。
この反省を次回に活かします。といっても『次回』が一時間後に始まるのでしたよね……」
高木氏にとってクライアントはあくまでも自分個人で、祐樹はそのおまけといった位置付けのようで――契約とかお金の流れ的にはまさしくその通りだから仕方のないことだった――自分へと話を振ってくる。
「そうですね。まあ、流行作家の先生でもサイン会は苦手で避ける方も実際にいらっしゃいますから。ただ、サイン会も営業の一環でして好んで引き受ける先生の方が業界での評判は良いですけれど、関東在住の先生などは関西の主要三都市を一日で回るという超強行軍をこなす人気作家の先生もいらっしゃいます。もちろん執筆活動もこなしながらです」
日本では飽き足らずに海外での高いステージを目指して一躍渡米した――と、祐樹が本に書いてくれた――自分の経歴はやや異色だが病院所属の医師達は終身雇用がほぼ約束されているし、病院を辞めたり追い出されたりしても医師免許さえ持っていれば生活に困ることはまずない。作家の場合、自分でも知っているような人達でも明日の保証などないのだから大変だろうな……としみじみ思った。
「主要三都市は大阪・京都・神戸ですよね?それぞれどの程度の書店を回られるのですか?」
多分、祐樹はサイン会の様子とか作家裏話的な話を患者さんとの世間話のネタにして使って心が開いた瞬間にその人の本音を聞きだすという点でも医局で最も上手いと評判だった。
「それは先生方の御体調とかお年にもよりますが、一番ハードな某先生はその三都市を一日で回って、書店は二店舗と決めていらっしゃいますね。名前は私の口からは申せませんが……遅咲きの流行作家として一躍有名になった方です。歴史物からお笑い物、そして何より素晴らしいのは『泣かせ』のワザですが……。一日で6回のサイン会ですが、熱烈な固定ファンは全て制覇する勢いだそうです。
ただ、その先生でもこれだけの花束やお菓子の差し入れは貰っていないです」
祐樹は心当たりの有るような表情で高木氏を見ている。
「直木賞の選考委員を務めていらっしゃる先生ですか?ハゲと巨頭をネタにしたエッセーでも人気だった?」
高木氏は「しまった」という感じの曖昧な笑みを浮かべているので多分当たりだろう。
彼は誤魔化すようにドアをおもむろに開けた。その意外過ぎる光景に思わず祐樹と顔を見合わせてしまっていたが。
【お詫び】
リアル生活が多忙を極めておりまして、不定期更新になります。
更新を気長にお待ち下さると幸いです。
本当に申し訳ありません。
お休みしてしまって申し訳ありませんでした。なるべく毎日更新したいのですが、なかなか時間が取れずにいます……。
目指せ!二話更新なのですが、一話も更新出来ずに終わる可能性も……。
なるべく頑張りますので気長にお付き合い下されば嬉しいです。
こうやま みか拝