「何万部出版記念だかは存じませんが、病院長主催のパーティが有るでしょう?私達が主役なので、ある意味当然なのですが……ウチの医局員が受付とか雑務を引き受けるようにと病院長から通達が有りました。久米先生は受け付け係りに決まったのですが、脳外科のアクアマリン姫と一緒に受付席に座るそうですよ。彼らの望みというか最大の関心事は私の綺麗な恋人を探すことだそうです。『招待しているかどうかはノーコメント』で通しましたが、ね」
間近に佇んだ祐樹が例の悪戯っぽい瞳の輝きと極上の笑みでそう告げた。薬指に慎ましげな光を放つリングを着けている自分――流石に医局員は遠慮したのか突っ込んで来ないのは祐樹の目論見通りだ――とは異なって同じモノを持ってはいても祐樹が病院内で着けることはないものの「恋人」の存在は広言しているので妥当な反応だろう。東京に住む美人の商社レディという祐樹のでっち上げというか目くらましの恋人の存在は周知の事実だが――何しろ自分の耳にまで祐樹経由ではなく入ってくるほどなので――当然ながら見た人間は居ない。
「それは久米先生も気の毒だな……。そういう女性は実在しないのに……」
病院でナースや事務の女性に断然トップの人気を誇る祐樹だけに「公認の恋人」の存在はカモフラージュとしても必須なのも分かる。
「いえ、別に彼らは他人事として楽しんでいるので構わないかと思います。微笑ましい恋人達の格好の話題を提供出来て良かったのでは?それに受付が男性ばかりというのも斉藤病院長としてもご不満でしょうから、うら若き清楚な美人の岡田看護師が座ってくれる方が重要でしょう。
ああ、ウチの母に訪問着一式を送って下さいまして有難う御座います。当然貴方の方へも御礼の手紙なり電話なりが行っていると思いますが、意外にも私にまで連絡してきたのはよほど喜んだからでしょうね……」
祐樹の唇がやや不満そうな形に変わったのは肉親の愛情ゆえの容赦ない叱咤激励を浴びせかけられたのを思い出したからかも知れない。そんなに精神的には堅い絆で結ばれた恋人とはいえ、書類上は赤の他人である自分には口を挟むことは出来ない領域なだけに曖昧な笑みを返した。確かにお礼の手紙を貰ったし、その中には「祐樹をくれぐれも頼む」的なことが縷々書き綴ってあったのは内緒にしておこう。
長岡先生に祐樹のお母様の写真と大まかなサイズ――詳しいことは全く分からないがどうやら洋服よりも和服の方がサイズの調整は簡単らしいと長岡先生が言っていたし、私生活はさて置いて日本一の私立病院の御曹司の婚約者としてパーティの場数を踏んでいる長岡先生の見立てなら間違いはないハズだ――を伝えただけで着物一式を揃えてくれた長岡先生の厚意にも頭が下がった。もちろん請求書はこちらで負担する積もりだった。
「久米先生や岡田看護師は祐樹のお母様のことを頼んでおかなくても良いのか?席にまで案内するとか……」
宴会場では不定愁訴外来の呉先生や年配の人にはそれなりの配慮を見せるらしい森技官と同じテーブルなのでそれほど心配はしていないが、祐樹のお母様はたった一人で出席して下さる上に知った顔が一人もいないのは気に掛かってしまう。
「大丈夫ですよ。却って気を遣われる方が母も気づまりでしょうし……。それに幸い私の姓はありきたりなので、母親だと言わない限りは気付かれることもないでしょうし」
どうでも良さそうな祐樹の表情だったが、心の底から気を許している肉親の情からなのだろう、多分。
ただ、お母様には是非出席して頂いて祐樹と自分の晴れ姿を見て貰いたい。絶対に許して貰えないと思っていた二人の交際を快く許可して下さっただけでも有り難いのに、実の息子以上に気にかけて貰っているせめてもの恩返しに。
「明日は二人だけの勝負ですね……。勝ってこんな些細な触れ合いではなくて、濃厚な恋人同士の熱く甘い狂おしい時間を一刻でも早く過ごしたいです。それは貴方も同じだと思いますが」
黄昏時の淡い闇の中で甘く低く囁く祐樹の声に頬が上気してしまっていた。
ただ祐樹の静謐な眼差しに射すくめられているだけなのに、饒舌に肉体までも交わした後のような充足感に満たされているのは、きっと二人の愛情の絆が深まったせいなのだろう。
「そうだな……。そちらは土日にゆっくりと……」
明日の二人だけの折鶴勝負に負ければ、即座に二人きりになって素肌で愛情を確かめたくなるだろう、多分今の自分は執務室でも祐樹の愛情に応えようとするだろう自覚は有った。
ただ、そうなると自分の細やかな野望が根底から崩されてしまうので、取り敢えずは明日の勝負に全力を傾注したいという甘く狂おしい二律背反の想いに眩暈がするほどの幸福感を覚えながら。
「え?明日の夜ではなくて……ですか。絶対に勝って……とはいえ準備不足は否めない分、私の方が正直不利ですが……」
祐樹が僅かに凛とした眉根を寄せて不審な表情を浮かべている。「負けた方が言うことを聞く」という約束を「誤解」させたままにしているのである意味仕方ない反応だったし、それに何より祐樹を驚かせたい気持ちが勝っているのだから今は誤魔化すのが得策だろう。
医局の威信に何よりもこだわっている祐樹にしては――激務に拍車が掛かっていたとはいえ――久米先生の指導が行き届いていないのだから祐樹自身も練習する時間が有ったとも思えないし。
「まあ、勝負がついてからのお楽しみということで……。明日の今頃には全てが判明するだろうから……。
それに祐樹に伝えなければならないことが山のように有って……」
自分でも拙い言い訳だと自覚していたし、ついでに言うと「渡さなければならないモノ」もたくさん有ったのは今のところ内緒にしておこうと弾む気持ちで指を絡めた。
「それは何となく分かっています。貴方がこんなにも瑞々しい魅惑的な笑みを浮かべるほど喜ばしいことなのでしょうね……。
今回の件は全てお任せしておりますので。
まあ、貴方のこんな笑顔が見られたのですから、それだけでも充分満足です。
振り回されている感が強いのは少々遺憾では有りますが、貴方のことは全幅の信頼を置いていますので、帰着点がどこなのか分からないミステリーツアーのような感じで愉しむことに致します。
ああ、もうこんな時間ですね。今日は最悪帰れなくなるのでゆっくりお休みください。
三時には起きて来ないで……お気持ちだけで充分です」
言葉と裏腹に強い力で抱きすくめられて縋りそうになる指を必死に耐えた。
「そうだな……。お言葉に甘えて休むことにする……。約束の印に……」
指を付け根まで絡めて強く握りながら刹那の甘い口づけを交わした。自宅でひっそりと進めている諸々の薔薇色の幸福のスパイラルのような準備に忙殺されている点は祐樹と一緒で、ただアメリカの学会という最終的な帰着点を見失っていない分だけ一歩リードしている。
普段は祐樹主導でコトが動くことしかなかったのも事実だったので、何だか少しだけ愛の歴史に新たなる第一歩が踏み出せたような気がして、目くるめく多幸感と一抹の寂しさを感じて身体を離した。
ただ、絡めた指はどうしても外すことが出来ないのも事実だったが。
夜の闇が木立の中に佇む二人を優しく包み込んで隠してくれるのも有り難かった。
何だかこの世界に二人しか存在していないような親密な闇の中密やかな声で語り合っているだけでこんなにも満たされた気分になるのは多分祐樹も同じだろう。
愛の行為に耽らなくても――有ったら有ったで嬉しいことには変わりはないものの―――心も身体も祐樹の確かな存在を感じていられるのはお互いの愛が同じだけの強さで繋がりあっているからに違いない。
そう思うと自然に笑みで口元が綻んでしまっていた。多分、祐樹が褒めてくれた以上の微笑よりも綺麗な笑みの花を咲かせている自分自身の幸せと、かけがえのない祐樹の確かな存在感とか生気に満ちた愛情を降り注いでくれることに神様の存在を信じたくなってしまう。
無神論者の自分ではあったが。
間近に佇んだ祐樹が例の悪戯っぽい瞳の輝きと極上の笑みでそう告げた。薬指に慎ましげな光を放つリングを着けている自分――流石に医局員は遠慮したのか突っ込んで来ないのは祐樹の目論見通りだ――とは異なって同じモノを持ってはいても祐樹が病院内で着けることはないものの「恋人」の存在は広言しているので妥当な反応だろう。東京に住む美人の商社レディという祐樹のでっち上げというか目くらましの恋人の存在は周知の事実だが――何しろ自分の耳にまで祐樹経由ではなく入ってくるほどなので――当然ながら見た人間は居ない。
「それは久米先生も気の毒だな……。そういう女性は実在しないのに……」
病院でナースや事務の女性に断然トップの人気を誇る祐樹だけに「公認の恋人」の存在はカモフラージュとしても必須なのも分かる。
「いえ、別に彼らは他人事として楽しんでいるので構わないかと思います。微笑ましい恋人達の格好の話題を提供出来て良かったのでは?それに受付が男性ばかりというのも斉藤病院長としてもご不満でしょうから、うら若き清楚な美人の岡田看護師が座ってくれる方が重要でしょう。
ああ、ウチの母に訪問着一式を送って下さいまして有難う御座います。当然貴方の方へも御礼の手紙なり電話なりが行っていると思いますが、意外にも私にまで連絡してきたのはよほど喜んだからでしょうね……」
祐樹の唇がやや不満そうな形に変わったのは肉親の愛情ゆえの容赦ない叱咤激励を浴びせかけられたのを思い出したからかも知れない。そんなに精神的には堅い絆で結ばれた恋人とはいえ、書類上は赤の他人である自分には口を挟むことは出来ない領域なだけに曖昧な笑みを返した。確かにお礼の手紙を貰ったし、その中には「祐樹をくれぐれも頼む」的なことが縷々書き綴ってあったのは内緒にしておこう。
長岡先生に祐樹のお母様の写真と大まかなサイズ――詳しいことは全く分からないがどうやら洋服よりも和服の方がサイズの調整は簡単らしいと長岡先生が言っていたし、私生活はさて置いて日本一の私立病院の御曹司の婚約者としてパーティの場数を踏んでいる長岡先生の見立てなら間違いはないハズだ――を伝えただけで着物一式を揃えてくれた長岡先生の厚意にも頭が下がった。もちろん請求書はこちらで負担する積もりだった。
「久米先生や岡田看護師は祐樹のお母様のことを頼んでおかなくても良いのか?席にまで案内するとか……」
宴会場では不定愁訴外来の呉先生や年配の人にはそれなりの配慮を見せるらしい森技官と同じテーブルなのでそれほど心配はしていないが、祐樹のお母様はたった一人で出席して下さる上に知った顔が一人もいないのは気に掛かってしまう。
「大丈夫ですよ。却って気を遣われる方が母も気づまりでしょうし……。それに幸い私の姓はありきたりなので、母親だと言わない限りは気付かれることもないでしょうし」
どうでも良さそうな祐樹の表情だったが、心の底から気を許している肉親の情からなのだろう、多分。
ただ、お母様には是非出席して頂いて祐樹と自分の晴れ姿を見て貰いたい。絶対に許して貰えないと思っていた二人の交際を快く許可して下さっただけでも有り難いのに、実の息子以上に気にかけて貰っているせめてもの恩返しに。
「明日は二人だけの勝負ですね……。勝ってこんな些細な触れ合いではなくて、濃厚な恋人同士の熱く甘い狂おしい時間を一刻でも早く過ごしたいです。それは貴方も同じだと思いますが」
黄昏時の淡い闇の中で甘く低く囁く祐樹の声に頬が上気してしまっていた。
ただ祐樹の静謐な眼差しに射すくめられているだけなのに、饒舌に肉体までも交わした後のような充足感に満たされているのは、きっと二人の愛情の絆が深まったせいなのだろう。
「そうだな……。そちらは土日にゆっくりと……」
明日の二人だけの折鶴勝負に負ければ、即座に二人きりになって素肌で愛情を確かめたくなるだろう、多分今の自分は執務室でも祐樹の愛情に応えようとするだろう自覚は有った。
ただ、そうなると自分の細やかな野望が根底から崩されてしまうので、取り敢えずは明日の勝負に全力を傾注したいという甘く狂おしい二律背反の想いに眩暈がするほどの幸福感を覚えながら。
「え?明日の夜ではなくて……ですか。絶対に勝って……とはいえ準備不足は否めない分、私の方が正直不利ですが……」
祐樹が僅かに凛とした眉根を寄せて不審な表情を浮かべている。「負けた方が言うことを聞く」という約束を「誤解」させたままにしているのである意味仕方ない反応だったし、それに何より祐樹を驚かせたい気持ちが勝っているのだから今は誤魔化すのが得策だろう。
医局の威信に何よりもこだわっている祐樹にしては――激務に拍車が掛かっていたとはいえ――久米先生の指導が行き届いていないのだから祐樹自身も練習する時間が有ったとも思えないし。
「まあ、勝負がついてからのお楽しみということで……。明日の今頃には全てが判明するだろうから……。
それに祐樹に伝えなければならないことが山のように有って……」
自分でも拙い言い訳だと自覚していたし、ついでに言うと「渡さなければならないモノ」もたくさん有ったのは今のところ内緒にしておこうと弾む気持ちで指を絡めた。
「それは何となく分かっています。貴方がこんなにも瑞々しい魅惑的な笑みを浮かべるほど喜ばしいことなのでしょうね……。
今回の件は全てお任せしておりますので。
まあ、貴方のこんな笑顔が見られたのですから、それだけでも充分満足です。
振り回されている感が強いのは少々遺憾では有りますが、貴方のことは全幅の信頼を置いていますので、帰着点がどこなのか分からないミステリーツアーのような感じで愉しむことに致します。
ああ、もうこんな時間ですね。今日は最悪帰れなくなるのでゆっくりお休みください。
三時には起きて来ないで……お気持ちだけで充分です」
言葉と裏腹に強い力で抱きすくめられて縋りそうになる指を必死に耐えた。
「そうだな……。お言葉に甘えて休むことにする……。約束の印に……」
指を付け根まで絡めて強く握りながら刹那の甘い口づけを交わした。自宅でひっそりと進めている諸々の薔薇色の幸福のスパイラルのような準備に忙殺されている点は祐樹と一緒で、ただアメリカの学会という最終的な帰着点を見失っていない分だけ一歩リードしている。
普段は祐樹主導でコトが動くことしかなかったのも事実だったので、何だか少しだけ愛の歴史に新たなる第一歩が踏み出せたような気がして、目くるめく多幸感と一抹の寂しさを感じて身体を離した。
ただ、絡めた指はどうしても外すことが出来ないのも事実だったが。
夜の闇が木立の中に佇む二人を優しく包み込んで隠してくれるのも有り難かった。
何だかこの世界に二人しか存在していないような親密な闇の中密やかな声で語り合っているだけでこんなにも満たされた気分になるのは多分祐樹も同じだろう。
愛の行為に耽らなくても――有ったら有ったで嬉しいことには変わりはないものの―――心も身体も祐樹の確かな存在を感じていられるのはお互いの愛が同じだけの強さで繋がりあっているからに違いない。
そう思うと自然に笑みで口元が綻んでしまっていた。多分、祐樹が褒めてくれた以上の微笑よりも綺麗な笑みの花を咲かせている自分自身の幸せと、かけがえのない祐樹の確かな存在感とか生気に満ちた愛情を降り注いでくれることに神様の存在を信じたくなってしまう。
無神論者の自分ではあったが。
リアバタに拍車がかかってしまいまして、出来る時にしか更新出来ませんが倒れない程度には頑張りたいと思いますので何卒ご理解頂けますようにお願い致します。
こうやま みか拝