「要は妹さんである井伊玲子が心筋梗塞だとウソまでついて執刀医まで放り出して雲隠れというわけですよね。医局の長として最低の言動だと思いますが。
 『でっち上げ』とか『捏造』は全面的には否定しませんけれど、それは被害が限定する場合のみだと個人的には思っています」
 森技官に感化されたのかもともとそういう性格なのかは判然としなかったが、呉先生の言いたいことも良く分かった。何しろ呉先生の恋人の森技官の得意技の一つが「捏造」なのだから、それを全面的に否定するわけにはいかないのだろう。
 そして森技官の場合――祐樹が知っている限りでは――被害は最低限に抑えられるようにあれでも自制しているような感じだったし。
「そうですよね、戸田教授は患者さんまで巻き込んでいますから。何しろ医局は大混乱で……。
 井藤研修医はそのせいで飼い殺しから野放しになった感じです、大変忌々しい事態なのですが。
 そして、この病院の副院長とは偶然懇意にして下さっている人なのですが、井藤研修医の代理人と称する弁護士が『私立病院の設立計画のための根回し』の挨拶をしに来たようです」
 呉先生の細い眉がキリリと上がった。
「おかしいですね。この病気――と言っても実際診たわけではありませんが――対象は一点に絞られハズです。つまりは、香川教授ですけれど……。
 だから病院設立という色々大変な業務が重なるモノを井藤が引き受けるかどうか不審の念すら抱いてしまいます」
 野のスミレというよりもアザミというか彼岸花のような風情を漂わせている呉先生が不思議そうな声で言った。
「未だ確認は取れていませんが、この副院長に面会に来た弁護士は井藤研修医の父らしい、井藤幸一氏が中心となって動いているような感じですね。口に出すのも憚られるのですが、井藤本人はあくまで彼に狂気の執着を見せており、病院設立にそう乗り気でない感じを受けました。これも副病院長の受け売りなのですが」
 狂気の井藤が研修医とはいえ医師免許を取得したからこその病院設立だろう。ダークに近いグレーの商売をしている人間が「たまたま」頭の出来だけは良かった息子が医師になったせいで、社会的ステイタスの重みが全く異なる「野望」に駆られたのだろう。
「そうですか……。同居人からも差し障りの有る点を除いて話は聞いていますが、やはり井藤の狙いは……やっぱり……」
 野のスミレが土砂降りの雨に打たれた感じの悄然とした風情を浮かべてため息を零した。
「私自身実際に動いてみて、正直森技官の最初に提案して下さった案が一番良かったのかもしれないと思い始めているところです」
 あの時はあまりの「でっち上げ」の酷さに唖然としたものだった祐樹だったけれども、今の混迷を深める――本来は巻き込んではならない患者さんまで執刀予定を狂わされかねない――脳外科の医局運営の杜撰を極める事態の深さと井藤という人間の狂気に満ちた根強さと強靭さすら浮き彫りになった今となっては、森技官の一撃必勝の案が露見すれば全てを失うというリスクを背負ってはいるものの、妥当だったような気もしてきた。
「田中先生、ウチの同居人のあの発想はいわば核爆弾のようなものですよ。
 破壊力は物凄いかと思いますが、その分後々の処置が面倒ですし、しかも関係者は限られているのでそうそう漏れる心配はないかとも思いますが……それでも『やらかしてしまった罪悪感』に一番苦しむのはおそらく田中先生で、次はオいや、私です。後遺症も残る点もお勧め出来ない理由の一つです。
 同居人の案は、禁じ手を敢えて使うようなモノだと私は思っていますし、何よりも田中先生がそんなある意味危険過ぎるカードを切って欲しくは有りません。それに、オレと違って、香川教授は――天賦の才能とかたゆまぬ努力の賜物の手技の冴えは世界の宝ですけれど――田中先生がそんなある意味悪辣な手段を使って自分を守ってくれたことに、果たして感動するでしょうか?そういう性格ではないでしょう」
 呉先生の熱のこもった意見に我に返って、弱音をついつい零してしまった――呉先生には人の気持ちを易々と開かせる才能が備わっているに違いない――割と自分の本音は最愛の彼だけには言うようになったが、基本的に病院内の人間に本音を漏らすほどのお人よしではなかった積もりだったので、赤面の至りだった、あくまで比喩的に。
 そして最愛の人の性格から考えて、狂気の研修医井藤に何の落ち度もないのに狙われたという点から自己嫌悪に陥りそうだったし、その上祐樹が呉先生の言う「悪辣」さに手を染めてしまったことを何かの拍子で知ってしまえば、祐樹を責めるよりもまず自分で自分を追い込むような性格の持ち主だ。
「そうですね。では先に入って見て来ます」
 狂気の研修医井藤に顔も名前も憶えられている――逆に呉先生は全く知られていないだろう、名ばかりとはいえ脳外科所属の井藤と、不定愁訴外来の小さな城に籠っている呉先生の接点などとこにもないのだから――ので、本当は呉先生一人で入らせて、さり気なく言葉をかけてカウンセリングが好ましかったのだが、呉先生を昨日の森技官のような目に遭わせるわけにもいかない程度の配慮や厚意は持ち合わせていることから、なるべく音を立てずにモニタールームに入った。











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夏バテと相変わらずの体調不良で一話更新しか出来ません。他の話しを楽しみにして下さっている方にはお詫びの言葉しかありません。
大変申し訳ありません。




最後まで読んで下さって有難う御座います。
                            こうやま みか拝