電話を代わってくださいと力強い燐とした眼差しが告げている。
「もしもし、ああ、大丈夫。縫合は世界的権威の外科医にして貰ったし」
裕樹が凛とした勝気そうな眉を顰めて携帯電話を耳から離した。
『もうっ!怪我ごときで聡さんの手を煩わしてっ!アンタも一応外科医なんだから、自分の怪我くらい自分で縫いなさい』
無茶振りにもほどがあるものの、裕樹のお母様の口調は安堵の響きも含まれていることも、裕樹の留守を狙って自宅の固定電話に時折かかってくる電話をずっと受けていたので流石に分かった。自分怪我を自分で縫合なんてアクロバティックな技はどんな名医でも無理なことくらいお母様もご存知だろうから。
「そんな滅茶苦茶な……。地震だったのだから仕方ないだろ。それに別に大した怪我でもないし、名医が付いているし……。そもそも心配しているだろうから電話を掛けようと最愛の恋人が言うまですっかり忘れていたというのに。少しは怪我人を労ろうとか……」
裕樹の口調ーー多分この世ではただ一人にしか話さない類いのモノで、キツい感じの中にもどこか甘えを帯びた独特の話し方を聞いているだけで新鮮さと自分にはもう一生縁がないと思っていた、嫉妬のしようがない肉親の情愛を垣間見た思いで思わず笑みを浮かべてしまう。
『はいはい、お大事に。聡さんに迷惑を掛けないようにね。痛くても死ぬわけじゃないでしょうし、聡さんに代わりなさいっ』
裕樹は広い肩を竦めて携帯電話を手渡してくれた。
「やれやれ。ただ母の場合こういう怒り方をするのは心配の裏返しですので……大丈夫ですよ」
囁くような声だったが、どうやら聞こえてしまっていたらしい。
『誰がバカ息子の心配なんてするものですかっ!』
一旦は手にした電話が裕樹の指に奪われた。
「バカ息子って……誰が産んだのでしょうかねぇ。だいたい……」
なんだか本格的な喧嘩が始まってしまいそうな予感に為すすべもなく息を詰めて裕樹の顔を見詰めていると、裕樹が思い直したように深く息を吸ってから電話を渡してくれた。
「もしもし、代わりました。地震の不可抗力のせいですのでそんなに責めないでくださいませんか。私が責任を持って容態を見守ります。返ってご心配をお掛けしたようで申し訳ないないです」
電話越しなので見えないのは分かっているもののついつい頭を下げてしまう。
『聡さんが不肖の息子に付いていてくれるので安心だわ。不甲斐ない息子ですが宜しくお願いしますね。わざわざ電話まで掛けて貰って、本当に有難う。また落ち着いたら元気な顔を見せに、ああ、愚息の顔はついでで良いので見せに来てくださいね』
切々とした響きにーー実の親子ではないのである程度の距離感は当然なのだろうがーー肉親に似た愛情を確かに感じて胸が熱くなる。
「はい。全快した後に必ず伺いますので。こちらこそメールを有難うございました」
裕樹の車は左手も割と使わないと運転できないミッション車なのでーーただ大学時代はカリキュラムをこなしつつ救急救命室でホランティアに勤しんでいたので同級生が免許を取ったとか車を買って貰ったとか自然と耳に入ってきてはいたものの全く興味はなかったし、その後アメリカ生活でも最初の頃は給料の関係で、そしてその後は後部座席に自然と案内されるようになってしまったためにミッション車とオートマチック車の区別は正確には分からないのが実際のところだったがーーただ裕樹の運転する車では常に助手席だったので右手も動かして運転していることは明瞭に覚えている。
「また会えるのを心待ちにしているわ。電話本当に有難う。愚息のことは人間が出来ている聡さんに任せたら親としても安心だしこれからも宜しくね」
人間が出来ているかどうかは全く分からないものの、裕樹のお母様から見ればそうなのだろう。電話を切ってから、裕樹に「また連れて行ってくれたら嬉しい」と耳元で囁いて寝室から出ようとしたら、右手を軽く掴まれた。
「行ってきますのキスはして下さらないのですか」
最愛の恋人と「日常」的な空間の中に居て気が緩んだのはどうやら自分だけではないらしく、裕樹もどこか眠そうな表情を浮かべている。裕樹と共に過ごした日々は長いもののスイッチが入ったり消えたりするような感じで寝起きする裕樹にとっては珍しいことだったが。
右手指を深く絡めて唇を重ねた。
「行って来ます」
裕樹の意外に柔らかい唇に音を立てて口付けしながらそう告げると、裕樹の口元が冗談めいた暖かい笑いを浮かべている。
「零さないように気をつけて行ってらっしゃい」
お母様と話していた時には無意識に忘れようとしていた身体の奥の裕樹の愛の証しの感触がまざまざと脳裏に蘇って頬が上気してしまった。
ただ、そういう表情の変化を愛おしそうに見つめる裕樹の眼差しには怪我の痛みを押し殺している感じは全くなかったので心の底から安堵して微笑み返した。
「大丈夫だ。なるべく早く帰って来るので」
口ではそう言いながらも、内心は全く反対のことを考えていたが、その程度は許されるだろう。
職業柄手早くするというクセが身に付いているものの、少しでも裕樹を休ませるためになるべくゆっくりと買い物をしようと考えながらリビングルームのテーブルの上に置いてあったルームキーを取って静かに部屋から出た。
一階に降りてみると本当に修羅場のようだった京都とは全く異なる「日常」の落ち着いた雰囲気に溢れていて、京都の惨状がウソのようだった。ホテルの客室ごとにテレビは棚の奥に備え付けてはあるものの、裕樹が全くテレビを付けないようにしたのは観てしまうとリフレッシュにならないと判断したのだろう。精神的な切り替えが早いと自負はしているものの、あれだけの大惨事を実際に体験したのは生まれて初めてだったし、体調に問題はないものの、裕樹に「普段と異なる」と散々言われた愛の交歓の後の素肌の色とか愛の行為の最中に理性を飛ばしてしまったのは「惚れ直した」せいだけとは到底思えなかったし。
ただワイシャツを押し上げて歩くたびに甘く熱く疼く胸や身体の奥の処は「惚れ直した」裕樹に愛された素肌の刻印だったのでファッションにも気合いの入った感じの客と思しき人が居なければつい指で触って確かめたくなってしまっていたが。
一見迷路のような作りのホテルではあるものの第二の愛の巣とも思えるほど通って来ているだけに迷うことなくショップに辿り着いたし整髪料はさして迷うことなく手に取って店内をゆっくりと見て回っているうちに容量オーバーで目眩がしそうになってしまう、色々な意味で。
「もしもし、ああ、大丈夫。縫合は世界的権威の外科医にして貰ったし」
裕樹が凛とした勝気そうな眉を顰めて携帯電話を耳から離した。
『もうっ!怪我ごときで聡さんの手を煩わしてっ!アンタも一応外科医なんだから、自分の怪我くらい自分で縫いなさい』
無茶振りにもほどがあるものの、裕樹のお母様の口調は安堵の響きも含まれていることも、裕樹の留守を狙って自宅の固定電話に時折かかってくる電話をずっと受けていたので流石に分かった。自分怪我を自分で縫合なんてアクロバティックな技はどんな名医でも無理なことくらいお母様もご存知だろうから。
「そんな滅茶苦茶な……。地震だったのだから仕方ないだろ。それに別に大した怪我でもないし、名医が付いているし……。そもそも心配しているだろうから電話を掛けようと最愛の恋人が言うまですっかり忘れていたというのに。少しは怪我人を労ろうとか……」
裕樹の口調ーー多分この世ではただ一人にしか話さない類いのモノで、キツい感じの中にもどこか甘えを帯びた独特の話し方を聞いているだけで新鮮さと自分にはもう一生縁がないと思っていた、嫉妬のしようがない肉親の情愛を垣間見た思いで思わず笑みを浮かべてしまう。
『はいはい、お大事に。聡さんに迷惑を掛けないようにね。痛くても死ぬわけじゃないでしょうし、聡さんに代わりなさいっ』
裕樹は広い肩を竦めて携帯電話を手渡してくれた。
「やれやれ。ただ母の場合こういう怒り方をするのは心配の裏返しですので……大丈夫ですよ」
囁くような声だったが、どうやら聞こえてしまっていたらしい。
『誰がバカ息子の心配なんてするものですかっ!』
一旦は手にした電話が裕樹の指に奪われた。
「バカ息子って……誰が産んだのでしょうかねぇ。だいたい……」
なんだか本格的な喧嘩が始まってしまいそうな予感に為すすべもなく息を詰めて裕樹の顔を見詰めていると、裕樹が思い直したように深く息を吸ってから電話を渡してくれた。
「もしもし、代わりました。地震の不可抗力のせいですのでそんなに責めないでくださいませんか。私が責任を持って容態を見守ります。返ってご心配をお掛けしたようで申し訳ないないです」
電話越しなので見えないのは分かっているもののついつい頭を下げてしまう。
『聡さんが不肖の息子に付いていてくれるので安心だわ。不甲斐ない息子ですが宜しくお願いしますね。わざわざ電話まで掛けて貰って、本当に有難う。また落ち着いたら元気な顔を見せに、ああ、愚息の顔はついでで良いので見せに来てくださいね』
切々とした響きにーー実の親子ではないのである程度の距離感は当然なのだろうがーー肉親に似た愛情を確かに感じて胸が熱くなる。
「はい。全快した後に必ず伺いますので。こちらこそメールを有難うございました」
裕樹の車は左手も割と使わないと運転できないミッション車なのでーーただ大学時代はカリキュラムをこなしつつ救急救命室でホランティアに勤しんでいたので同級生が免許を取ったとか車を買って貰ったとか自然と耳に入ってきてはいたものの全く興味はなかったし、その後アメリカ生活でも最初の頃は給料の関係で、そしてその後は後部座席に自然と案内されるようになってしまったためにミッション車とオートマチック車の区別は正確には分からないのが実際のところだったがーーただ裕樹の運転する車では常に助手席だったので右手も動かして運転していることは明瞭に覚えている。
「また会えるのを心待ちにしているわ。電話本当に有難う。愚息のことは人間が出来ている聡さんに任せたら親としても安心だしこれからも宜しくね」
人間が出来ているかどうかは全く分からないものの、裕樹のお母様から見ればそうなのだろう。電話を切ってから、裕樹に「また連れて行ってくれたら嬉しい」と耳元で囁いて寝室から出ようとしたら、右手を軽く掴まれた。
「行ってきますのキスはして下さらないのですか」
最愛の恋人と「日常」的な空間の中に居て気が緩んだのはどうやら自分だけではないらしく、裕樹もどこか眠そうな表情を浮かべている。裕樹と共に過ごした日々は長いもののスイッチが入ったり消えたりするような感じで寝起きする裕樹にとっては珍しいことだったが。
右手指を深く絡めて唇を重ねた。
「行って来ます」
裕樹の意外に柔らかい唇に音を立てて口付けしながらそう告げると、裕樹の口元が冗談めいた暖かい笑いを浮かべている。
「零さないように気をつけて行ってらっしゃい」
お母様と話していた時には無意識に忘れようとしていた身体の奥の裕樹の愛の証しの感触がまざまざと脳裏に蘇って頬が上気してしまった。
ただ、そういう表情の変化を愛おしそうに見つめる裕樹の眼差しには怪我の痛みを押し殺している感じは全くなかったので心の底から安堵して微笑み返した。
「大丈夫だ。なるべく早く帰って来るので」
口ではそう言いながらも、内心は全く反対のことを考えていたが、その程度は許されるだろう。
職業柄手早くするというクセが身に付いているものの、少しでも裕樹を休ませるためになるべくゆっくりと買い物をしようと考えながらリビングルームのテーブルの上に置いてあったルームキーを取って静かに部屋から出た。
一階に降りてみると本当に修羅場のようだった京都とは全く異なる「日常」の落ち着いた雰囲気に溢れていて、京都の惨状がウソのようだった。ホテルの客室ごとにテレビは棚の奥に備え付けてはあるものの、裕樹が全くテレビを付けないようにしたのは観てしまうとリフレッシュにならないと判断したのだろう。精神的な切り替えが早いと自負はしているものの、あれだけの大惨事を実際に体験したのは生まれて初めてだったし、体調に問題はないものの、裕樹に「普段と異なる」と散々言われた愛の交歓の後の素肌の色とか愛の行為の最中に理性を飛ばしてしまったのは「惚れ直した」せいだけとは到底思えなかったし。
ただワイシャツを押し上げて歩くたびに甘く熱く疼く胸や身体の奥の処は「惚れ直した」裕樹に愛された素肌の刻印だったのでファッションにも気合いの入った感じの客と思しき人が居なければつい指で触って確かめたくなってしまっていたが。
一見迷路のような作りのホテルではあるものの第二の愛の巣とも思えるほど通って来ているだけに迷うことなくショップに辿り着いたし整髪料はさして迷うことなく手に取って店内をゆっくりと見て回っているうちに容量オーバーで目眩がしそうになってしまう、色々な意味で。
何だか長くお休みを頂いている間にYahoo!さんにも日本ぶろぐ村にも仕様変更が有ったらしく、メカ音痴な私はサッパリ分かりません(泣)
どのバナーが効くかも分からないのですが(泣)貼っておきます。気が向いたらポチッとお願いします!!
一番下の『ぶろぐ村のランキング表示』はPV専用のようで(泣)せっかくクリックして下さってもポイントは入らないようです。一番確実なのは『文字をクリック』のようですので、ポチっても良いよ!と思われた方はそちらから是非お願い致します!!更新の励みになります!!
リアル生活にちと変化が有りまして、更新時間も日付けが変わる頃が一番投稿しやすいので、その頃に覗いて頂ければと思います。誠に申し訳ありませんが、1日何話かは更新します。iPad更新に泣く泣く切り替えたので、文頭の余白を空けると、レイアウトが崩れます(泣)
◇◇◇
都合により、一日二話しか更新出来ないーーもしくは全く更新出来ないかもーーことをお詫びすると共に、ご理解とご寛恕をお願いいたします。
やっとリアバタがー段落ついたので、次回更新分からは毎日更新を目指します!(目指すだけかも……(泣)
◇◇◇
都合により、一日二話しか更新出来ないーーもしくは全く更新出来ないかもーーことをお詫びすると共に、ご理解とご寛恕をお願いいたします。
やっとリアバタがー段落ついたので、次回更新分からは毎日更新を目指します!(目指すだけかも……(泣)