最愛の彼の足もとに及ばないまでも、目の前の女性は世間からすると充分魅力的な女性だろう。
絶対に久米先生と飲み会なり何なりを設定しようと心に決めて、祐樹の隣の席に大切に置いてあるお菓子の包みに目を遣った。甘いモノ好きな恋人が一番執着しているメーカーのマカロンで、そう言えば呉先生も冷蔵庫で保管していた。このクーラーが効いているとはいえ暑い夏には耐えられない繊細なお菓子なのかもしれない。
「あ、すみません。コーヒーのお代わりを頼んで良いですか?貴女も良かったらお好きな物をオーダーして下さい」
目の前の彼女が目を瞠ってかぶりを振る。アクアマリンの清楚な眼差しはとても魅惑的なので、うかうかしていると患者さんとか見舞客、もしくは病院関係者に告白される前に手を打つ必要が有った。
コーヒーを頼むついでにマスターに冷蔵庫を貸してくれるように頼むと快く引き受けてくれたので助かった。
この包み紙を開ける時の透明な薔薇色に弾んだ笑みとしなやかな指を見るのは祐樹の密かな楽しみなのだから。
「話しを中断してしまって申し訳有りません。で、そのPCの画面ですが」
新しく運ばれて来たコーヒーを飲みながら話の先を促した。出来れば早く帰って最愛の彼と二人で寛ぎたい。
「ウチの病院の外部サイトです。院内LANではないところからネットに接続しているのだと思いますが。そしてその画面には心臓外科のスタッフ紹介のウインドウが開かれていて……」
驚きの余りタバコに火を点けてしまう。病院がサイトを開設しているのは祐樹だって知っているが、内部の人間がそんなHPを閲覧する方が稀だろう。
ただ、名ばかりとはいえAiセンター長の自分は「死後画像診断」の方では顔写真まで晒している。本来の所属先の医局の方はどうだったか忘れているが、最愛の彼の画像は勿論載っていた。
心臓外科――通称香川外科――は病院の看板なのでかなり大きな扱いだったと記憶しているが、祐樹自身は顔を出しているかどうかは驚異的な記憶力を持つ最愛の彼と違って思い出せない。ただ、井藤とやらは写真付きIDなしでも祐樹の名前を知っていたのは病院のサイトで得た情報なのかもしれない。そしてそこまで粘着質に絡まれるとは想定外だった。
「その画面にはウチの教授の画像が載っていたというわけですか……」
コーヒーに罪はないものの、祐樹の心もコーヒー色の暗澹とした気分になってしまう。そして微かにさざ波が立っているのも祐樹の心の揺れと同じだった。小さな波どころか精神的におかしな人間の作り出す渦の中に否応なく巻き込まれた気分だった。
「はい。どうして内部の人間が外部サイトを見るのかと不思議な気がして……。思わず見入ってしまいました。幸いにも医局には誰もいらっしゃらなかったので。
香川教授のメッセージの載ったページでした」
恐らく患者さんの容態急変が何人も出たとかそういうことだろう。戸田教授の総回診なら目の前の彼女も同行しなければならないので。
それはともかく最愛の彼の画像を見ていたという点が最高に引っ掛かってしまう。外部用のサイトなど病院関係者の関心の埒外だ。
「なるほど……。普通は見ませんよね。ウチの教授の手術も何度も見に来ているようですし……。それに久米先生のことも逆恨みしているとお……貴女は教えて下さいました」
目の前の彼女が岡山だったか岡田だったか、またはそれ以外の似た名前だったか忘れていたので、慌てて言い直した。
祐樹が生涯で唯一と思い定めている最愛の彼に対する粘っこい執着を目の前の彼女から聞いて、背筋に冷たい氷を押し当てられたような気分だ。
「はい。それにウインドウズだったので、何個か窓が開いていました。何故こんな――と申し上げれば失礼ですよね……、香川教授の医局の方に」
「こんな」にマイナスの意味を持たせていないことは彼女の鈴を転がすような口調で判然としている。
「いえ、病院のサイトは私もハッキリと見たことはないのです。兼務しているAiセンター長の方は一応責任者なのでチェックはした覚えは有りますが、ウチの医局紹介などは一度見ただけのような気がします。ですから貴女の仰言りたいことは分かります。何窓か開いていた……のは全部ご覧になられたのですか?
ところで、お名前は」
久米先生に紹介すると決めた手前、名前くらいは知っていなくてはならない。そして、彼女が病院内でどうウワサされているかも一応チェックはしておいた方が良いだろう。
清純で清楚な美貌の持ち主だが、外見がそうだからといって行状が芳しくないと久米先生も迷惑だろうから。
「岡田ですが
そして、医局に誰も居ない上に香川教授の画面を開いているのがとても不自然だったので、他のもついつい見てしまいました……」
肩を竦めてピンクの唇を悪戯めいた笑みで刻んだ。その方が――異性に興味のない――祐樹にも魅力的に映ったのは事実だった。
「それは知っています。私が伺ったのは下のお名前です。うっかり聞き流してしまったので。そして貴女はそういう笑顔の方が似合いますよ。久米先生とのセッティングは私が責任を持って行いますから、その表情で臨まれれば良いかと思います。
それは置いておいて他の画面は何だったのですか」
本当はフルネームを綺麗さっぱり忘れていたが、そういうことは言わない方が良いだろう。
他の画面が何だったか非常に気になってしまう。やはり祐樹の、出来れば的中して欲しくない勘が当たったようで心はコーヒー色よりももっと暗く沈んでいる。表情には決して表していない自信は有ったが。
絶対に久米先生と飲み会なり何なりを設定しようと心に決めて、祐樹の隣の席に大切に置いてあるお菓子の包みに目を遣った。甘いモノ好きな恋人が一番執着しているメーカーのマカロンで、そう言えば呉先生も冷蔵庫で保管していた。このクーラーが効いているとはいえ暑い夏には耐えられない繊細なお菓子なのかもしれない。
「あ、すみません。コーヒーのお代わりを頼んで良いですか?貴女も良かったらお好きな物をオーダーして下さい」
目の前の彼女が目を瞠ってかぶりを振る。アクアマリンの清楚な眼差しはとても魅惑的なので、うかうかしていると患者さんとか見舞客、もしくは病院関係者に告白される前に手を打つ必要が有った。
コーヒーを頼むついでにマスターに冷蔵庫を貸してくれるように頼むと快く引き受けてくれたので助かった。
この包み紙を開ける時の透明な薔薇色に弾んだ笑みとしなやかな指を見るのは祐樹の密かな楽しみなのだから。
「話しを中断してしまって申し訳有りません。で、そのPCの画面ですが」
新しく運ばれて来たコーヒーを飲みながら話の先を促した。出来れば早く帰って最愛の彼と二人で寛ぎたい。
「ウチの病院の外部サイトです。院内LANではないところからネットに接続しているのだと思いますが。そしてその画面には心臓外科のスタッフ紹介のウインドウが開かれていて……」
驚きの余りタバコに火を点けてしまう。病院がサイトを開設しているのは祐樹だって知っているが、内部の人間がそんなHPを閲覧する方が稀だろう。
ただ、名ばかりとはいえAiセンター長の自分は「死後画像診断」の方では顔写真まで晒している。本来の所属先の医局の方はどうだったか忘れているが、最愛の彼の画像は勿論載っていた。
心臓外科――通称香川外科――は病院の看板なのでかなり大きな扱いだったと記憶しているが、祐樹自身は顔を出しているかどうかは驚異的な記憶力を持つ最愛の彼と違って思い出せない。ただ、井藤とやらは写真付きIDなしでも祐樹の名前を知っていたのは病院のサイトで得た情報なのかもしれない。そしてそこまで粘着質に絡まれるとは想定外だった。
「その画面にはウチの教授の画像が載っていたというわけですか……」
コーヒーに罪はないものの、祐樹の心もコーヒー色の暗澹とした気分になってしまう。そして微かにさざ波が立っているのも祐樹の心の揺れと同じだった。小さな波どころか精神的におかしな人間の作り出す渦の中に否応なく巻き込まれた気分だった。
「はい。どうして内部の人間が外部サイトを見るのかと不思議な気がして……。思わず見入ってしまいました。幸いにも医局には誰もいらっしゃらなかったので。
香川教授のメッセージの載ったページでした」
恐らく患者さんの容態急変が何人も出たとかそういうことだろう。戸田教授の総回診なら目の前の彼女も同行しなければならないので。
それはともかく最愛の彼の画像を見ていたという点が最高に引っ掛かってしまう。外部用のサイトなど病院関係者の関心の埒外だ。
「なるほど……。普通は見ませんよね。ウチの教授の手術も何度も見に来ているようですし……。それに久米先生のことも逆恨みしているとお……貴女は教えて下さいました」
目の前の彼女が岡山だったか岡田だったか、またはそれ以外の似た名前だったか忘れていたので、慌てて言い直した。
祐樹が生涯で唯一と思い定めている最愛の彼に対する粘っこい執着を目の前の彼女から聞いて、背筋に冷たい氷を押し当てられたような気分だ。
「はい。それにウインドウズだったので、何個か窓が開いていました。何故こんな――と申し上げれば失礼ですよね……、香川教授の医局の方に」
「こんな」にマイナスの意味を持たせていないことは彼女の鈴を転がすような口調で判然としている。
「いえ、病院のサイトは私もハッキリと見たことはないのです。兼務しているAiセンター長の方は一応責任者なのでチェックはした覚えは有りますが、ウチの医局紹介などは一度見ただけのような気がします。ですから貴女の仰言りたいことは分かります。何窓か開いていた……のは全部ご覧になられたのですか?
ところで、お名前は」
久米先生に紹介すると決めた手前、名前くらいは知っていなくてはならない。そして、彼女が病院内でどうウワサされているかも一応チェックはしておいた方が良いだろう。
清純で清楚な美貌の持ち主だが、外見がそうだからといって行状が芳しくないと久米先生も迷惑だろうから。
「岡田ですが
そして、医局に誰も居ない上に香川教授の画面を開いているのがとても不自然だったので、他のもついつい見てしまいました……」
肩を竦めてピンクの唇を悪戯めいた笑みで刻んだ。その方が――異性に興味のない――祐樹にも魅力的に映ったのは事実だった。
「それは知っています。私が伺ったのは下のお名前です。うっかり聞き流してしまったので。そして貴女はそういう笑顔の方が似合いますよ。久米先生とのセッティングは私が責任を持って行いますから、その表情で臨まれれば良いかと思います。
それは置いておいて他の画面は何だったのですか」
本当はフルネームを綺麗さっぱり忘れていたが、そういうことは言わない方が良いだろう。
他の画面が何だったか非常に気になってしまう。やはり祐樹の、出来れば的中して欲しくない勘が当たったようで心はコーヒー色よりももっと暗く沈んでいる。表情には決して表していない自信は有ったが。
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諸般の事情で途中で切れてしまっていた『気分は、下剋上』《夏》ですが、旧ブログに跳んで読んでください!と申し上げるにはあまりにも長いのでこちらに引っ越しします。
『前のブログで読んだよ(怒)』な方、誠に申し訳ありませんが何卒ご理解とご寛恕くださいませ。
『前のブログで読んだよ(怒)』な方、誠に申し訳ありませんが何卒ご理解とご寛恕くださいませ。
何だか長くお休みを頂いている間にYahoo!さんにも日本ぶろぐ村にも仕様変更が有ったらしく、メカ音痴な私はサッパリ分かりません(泣)
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