「祐樹……、この二人だけの愛の空間……。本当にこの屋上が最も高いのだな……。祐樹の高校の屋上もこんな感じだったのか?」
 キスの合間に紡がれた、艶やかな中にも無垢さを含んだ言葉が紡がれている。最愛の人の高校時代も教室から出ることもなく読書をしているか、定期テストが近づいてきた時に「教えて」と言ってきた生徒に懇切丁寧に何でも教えたということは聞いていた。体育で運動場や体育館に、または理科実験室などには移動しただろうが、授業に関係のない屋上には近づかないタイプだったような気がする。
「だいたいこんな感じでしたよ」
 最愛の人の瞳に宿る色が変わった。欲情の紅いルビーではない。それはむしろ、祐樹の過去に触れたいという探求心が具現化したようなダイヤモンドのように透き通った、知の煌めきだった。
「――だったら、祐樹と見て回りたいな……、祐樹が執刀医として術前カンファレンスに臨む時、祐樹はロングの白衣を着るだろう?あの姿は風を纏ったように白衣が揺れて、祐樹の歩みはほとんど舞うようで……目を奪われてしまう」
 祐樹と絡め合わせている最愛の人の視線が不意に逸れた。
「……私も術前カンファレンスに向かう途中だったのだが、ついつい祐樹の空を舞うような歩みと翻る白衣に見惚れてしまっていたことが何度もあるのだ……」
 誇らしさと、わずかな自責の念を帯びたようなその声が、屋上の風にさらわれて消える。まるで何かを許してほしいと告げるような、けれども、やはり誇りを隠し切れない眼差しだった。祐樹は何も言わず、繋いだ指をスライドさせて最愛の人の指先を握った。その手は、かつてメスを持つときに見た時よりも静謐で、揺らがないものだった。
「貴方ほどではないですが、私も白衣が板につくというか……、馬子にも衣裳、という感じは、少しだけ薄れてきたかもしれません。貴方こそ白衣を颯爽と翻して歩く姿は……なんというか……本当に映画のワンシーンみたいで。BGMがついていないのが、不思議なくらいです」
 最愛の人と指の付け根まで絡ませて、そして彼が顔を上げるたびにキスをしながら歩くだけで、なんの変哲もない屋上の風景が、まるで薔薇園のように感じられる。それはきっと愛という魔法のせいなのだろう。
「そうか……。ちなみに何の曲なのだろう?モーツァルトのレクイエムでないことを祈るのだけれど……」
 最愛の人の柔らかな笑い声がまるで花火のように、夜の闇を一瞬照らして溶けていくようだった。
「クラシックはあまり知らないのですが……、強いて言うならドビュッシーの『月の光』でしょうか。私が第一助手を務めていた時の、貴方の手術前には、クラシックではないですが『パリは燃えているか』が流れているような気がしましたよ。あの旋律に、貴方の手が乗っていたように感じたことが……何度もありました。今となっては、懐かしい思い出です」
 最愛の人は何も言わず、指の力を強くした。まるで静かに火が燃えていくような、あの旋律と最愛の人の手技。その両者が重なっていた記憶は、祐樹の中で今も消えていない。
「あ!祐樹、『大』の字がかろうじて見えるな……」
 しなやかな長い指が弾むように山へと向けられる。
「ああ、大文字の送り火の時の……」
 祐樹は無神論者だし、大文字焼きの日は人混みが物凄いので苦手だった。
「祐樹、この鍵はいつまで借りられるのだろう?」
 明らかに期待に弾んだ声だった。
「具体的な時期は杉田弁護士に聞いてみないと分からないですが、大規模な修繕工事らしいですので数か月はかかるらしいです」
 隣を歩む最愛の人は白薔薇のような笑みを浮かべている。
「建築業界のことはよく知らないのだけれども、お盆は工事も休みなのではないか?」
 最愛の人の怜悧な声が温度を上げているような感じだ。
「祐樹さえよければ、杉田弁護士に頼んで『送り火』の日もここに来ないか?(さかずき)に『大』の字の炎を写して飲めば、無病息災や長寿・厄除けなどが約束されるらしい。私一人で長生きする意義はまったく見出せないが、祐樹と二人ならずっとこうしていたいので――祐樹も知っているだろう、私の住んでいたアパートは。あそこからだと全く見えない。といっても別に見たいとも思わなかったのだけれども。ただ隣のお婆さんが、病に臥せる母と私だけの暮らしを気にかけて、煮しめや白和えを届けがてら『火を盃に写して飲むんやで』と教えてくれたのだ。当時は母にその(さかずき)に写したお酒を飲ませたいと思っていた……」
 最愛の人のお母様思いは知っていた。幼い頃の無念さも理解できる。
「分かりました。『送り火』の日に、またここで――誓いのキスを」
 祐樹がフェンスにもたれかかると不穏な音がしてギョッとした。




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