「――先に答えを言ってしまったら、興が削がれるでしょう?」
最愛の人の薄紅色の唇を祐樹の唇で封印した。そしてサマーセーターを着ていても先ほどピーチフィズを零したせいで可憐に尖った胸を指先で弾いた。愛の交歓の前奏曲としてはちょうどいいだろう。このエレベーターの監視カメラの死角は把握済みだった。その上、このビルは祐樹を含め客層がいいとはいえないためにカメラの画角が狭くなるように設置されている。最愛の人は、そういった裏事情まで知らないだろうが。
「ん……っ」
まるで咲きかけの薔薇のような嬌声がたまらなくいい。
「ゆ……祐樹。カメラがあるので……」
口では抗いながらも肢体は、祐樹の指をもっと欲しがるように、綺麗な弧を描いて祐樹に身を寄せた。その様子もたまらなく淫らで、そして美しかった。理性を手放しかけて情欲の衝動に身を任せつつある最愛の人は、花咲く寸前の芍薬のようだった。ピーチフィズの甘い残り香が二人の間の緊張をさらに甘く、濃くしていく。ガタン……と金属が軋む音とともに、エレベーターはゆっくりと上下の動きを止めた。
「黙ってついて来てくださいね……」
この階は営業している店がないらしく、非常口と書いた緑色の灯かりだけが頼りだった。祐樹は最愛の人の手を取り、指の付け根まで絡み合わせた。
「このビル全体が廃墟みたいな印象を受けますね。二人して世界から取り残された、そんな印象です」
最愛の人は祐樹の指を強く握った。
「祐樹と一緒なら、廃墟だろうと、人類が滅びても……私としてはどうでもいいと思える」
最愛の人の紡ぐ愛の言葉はいつでも祐樹の心を直撃する破壊力を持っている。静謐な声だったが夜空に凛と咲くクリーム色の花のような感じが滲んでいた。「Staff Only」と書かれたドアの前に着くと祐樹は杉田弁護士から預かっていた鍵を取り出した。
「え?いつの間にそんなカギを入手したのだ?」
ドアを開けて賓客をエスコートするように――いやそれ以上に丁寧に、祐樹は最愛の人の背にそっと手を添え、屋上エリアへと導いた。
「実は杉田弁護士から鍵を預かったのです。先ほどのエレベーターからも分かるようにビル全体が老朽化していて、大規模改修工事をするらしいです。このビルのオーナーはもう八十歳を超えていて、すべて顧問弁護士でもある杉田弁護士に任せているようです。そのお陰で私にこの鍵を貸してもらえました」
白く艶めいた首が納得したような感じで微かに揺れた。ただそれだけの動作なのに、祐樹には銀の粉をまいたような錯覚をしてしまう。
「祐樹は覚えていてくれたのだな?学校の屋上で話したり……そして抱き合ったりするのが憧れだったという私の言葉……」
最愛の人はまるで胸の奥に隠していた紅い薔薇が、そっと花弁を綻ばせたような――そんな美しさだった。他人には決して見せない柔らかさ、それを祐樹だけが見ることを許されていると思うと、ただ静かにその姿を見つめていたくなる。最愛の人の中に咲くその花の熱が、ひどく愛おしかった。
「ご存知のように京都は建築物の高さに制限がありますよね。屋上の雰囲気も味わえるかと思います。また大阪のホテルと異なって私たちの愛の交歓に耽っている姿を誰かに見られる不安はないです。私も屋上に来たのは初めてですが、高校の屋上もこんな感じでした。何の飾り気もないのに、どこか意味ありげな空間。私もそれほど高校の屋上に行ったことはないのです。たいていは煙草を吸うようなヤンキーがたむろっていましたから」
祐樹の出た高校は、京都府の日本海側にある公立校だった。京都市内ほど学力で明確に振り分けられるような厳しさはなかった分、色々な生徒がいた。当然のように、屋上で煙草を吸うヤンキーもいたし、正直、教師も見て見ぬふりをしていた気がする。
「そうなのか?屋上といえども学校で煙草を吸う生徒がいたのか?」
最愛の人の瞳がふいに見開かれる。その奥には、夜明け前の星のように透き通った煌めきが宿っていた。世俗の汚れにまだ触れたことのない光――祐樹は、その眼差しがひどく眩しい。もっと眺めていたいような、そしてすぐにでも艶めいた光を灯したいという二律背反の気持ちだった。祐樹はドアを背にして立っており、最愛の人はその横に佇んでいる。
そして、最愛の人の雄弁な眼差しが、「エレベーターの中の続きを――」と密やかな愛の信号を祐樹に送ってきた。この屋上に誰も入って来られなくなるように、金属製のサムターンを回した。重厚な金属音を立てた、その二人きりの合図が愛の交歓を告げる音のように聞こえた。
「これで、完全に二人きりですよ、聡」
最愛の人の耳朶まで愛撫するかのように掠れた低い声を注ぎ込んだ。その言葉で彼の愛用している柑橘系のコロンの香りがふっと濃くなったような気がした。
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