そういえば、最愛の人も祐樹も「心臓外科」の医師一覧に載っているが、同じような「理知的で誠実な、そして控え目な笑みを浮かべてください」と広報室の人に言われた記憶がある。だからきっと同じ指示が医師全員に行き渡っているのだろう。
「私が特定不可能な以上、森技官に解決策を考えてもらうしかないでしょうね。うっかり見逃せば、呉『教授』の医局のガンになりかねません」
こうなったら森技官の緻密な、そしてまるで蜘蛛の銀の巣のような情報だけが頼りだ。
「ぶっちゃけ、オレが教授職に……」
キッチンに戻る途中で、不安におののくスミレの花といった感じの呉先生の声が聞こえてきた。きっと森技官に確認せずにはいられないのだろう。最愛の人もその声に気付いたのか、咳払いをすると声は止んだ。
「書斎での収穫はどうやら何もなかったようですね」
森技官は呉先生を必死に鼓舞していたのだろう。先ほどの芝居めいた感じはまったくなかった。きっと呉先生の薔薇屋敷に二人でいる時もこんな感じなのだろう。
「それがあいにく……。そのう、申し上げにくいのですが、職員食堂で呉先生を嘲笑する精神科の医師らしき人物を二人目撃したのです」
森技官が納得したように頷いている。
「田中先生お気遣いありがとうございます。私自身、僻地の系列病院に左遷されなかったのは奇跡だと思っています。ねたみ・やっかみの気持ちを抱くのも当然だと思っています。そんなことで一々傷つくことなんてありません」
カラリとした口調だった。
「呉先生に明確な敵意を持っているならば、その医師は呉『教授』医局の医局運営の妨げになることは必至です。医学的根拠に根ざしたことではなくて、まず批判ありきの言動を取ってくると思われますので、祐樹が特定しようとしているのを全面的に支持します」
最愛の人は氷を入れたバカラのグラスにミネラルウオーターを注ぎながら、まるで青い薔薇のようなため息をついていた。不満分子が気になるのだろう。
森技官は黙ってスマホを操作していた。あんなに多弁だったのに珍しいなと思いながら最愛の人が目の前に置いてくれたグラスを傾けた。きっとコーヒーばかりでは飽きると思ったのだろう。
「わあ!レモンのほのかな味と、そして香りが付いているのですね。この水は……」
呉先生がお日様に照らされたスミレのように嬉しそうな笑みを浮かべている。
「これって、ミネラルウォーターがほのかなレモン味なのですか?」
無邪気な感じの質問に最愛の人は薄紅色の薔薇の花のような笑みを返している。祐樹が演技を褒めたことも影響しているのかもしれない。
「いえ、これはレモン果汁を混ぜて製氷機で作りました。氷が解けるにしたがってさらにレモンの香気と味が楽しめます」
森技官は、それまで静かに弄っていたスマホをくるりと指先で反転させると、まるで舞台俳優が観客に向けて「決定的な証拠」を突きつけるように芝居がかった所作でゆっくりと掲げた。
「――田中先生、宜しければ、こちらをご覧いただけますか?」
その声音は柔らかいのに、漆黒の瞳が鋭く光っている。スマホの画面にはFacebookの投稿が表示されていた。表示されているのは、真殿教授のアカウント。いかにも教授らしいプロフィール写真の下に日付け入りでタグ付けされた画像がいくつか並んでいる。
「病院の公式サイトに映らない『日常』というものがFacebookには残るのです。投稿者の意図を超えて――ですね」
森技官は一拍置くと、スマホをまるで「美術品の目録」でも朗読するように読み上げ始めた。
「『精神科医局親睦バーベキュー』投稿日時昨年6月19日、タグには『#精神医療を語る夕べ#みんな仲間』とございます。なかなか情緒的な表現ですね」
わずかに笑みを浮かべながらもその仕草には明確な狙いがあった。これは単なる情報提供ではない。公開処刑のような静かな演出だ。
森技官が「美術品目録」かベートーヴェン直筆の楽譜のように掲げていた単なるスマホを、祐樹は「貸してください」とだけ言って、演出を断ち切るように無造作に取った。Facebookとは盲点だったなと思いつつ、画面を凝視した。
「多分ですが、この二人だと思います。こちらも若干くだけた笑みですが、あの揶揄めいた下品な笑みではないので……、100%とは断言できないです」
呉先生も椅子から立ち上がり、祐樹の手元にある森技官のスマホを覗き込んでいる。祐樹の隣に静謐な雰囲気で座っている最愛の人もスマホを見ている。
「ああ、高見先生と田島先生ですね。よかったぁ!梶原先生じゃなくて」
森技官は静かに手を伸ばし、スマホを祐樹の手からまるで舞台袖で小道具を回収するようにそっと取り戻した。
「真殿教授主催のバーベキューみたいでしたよね?だったら『いいね』で何か分かるかもしれません。またイエスマンの多い医局みたいですから、医局の皆さんも付き合いでFacebookを開設していても全く不思議ではないですよね」
森技官は冷徹そうな感じの笑みを浮かべながら、画面をスクロールしていく。その姿は情報分析というより「社交界の舞踏会の参加者名簿」を読み上げる執事のようだった。
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