確かにその通りだろうなと思った。脳外科のアクアマリン姫こと岡田看護師と付き合ったことで、久米先生はゲームという二次元から普通の恋愛にシフトしていて、以前ほどのめり込んではいない。しかし、顔は清楚なのに胸が異様に大きい美少女のセーラー服を一枚一枚脱がしていくというゲームを課金してまで楽しんでいる久米先生だって、どんなイケメンだろうと男性の服を脱がすゲームは絶対にしないだろう。
祐樹はゲームよりも最愛の人の服を乱すほうがよほど大事なのでゲームなど興味はない。ただ久米先生が美少女の服を脱がすゲームを趣味として楽しんでいるぶんには、特に問題も感じていない。しかし、久米先生お気に入りの、綾小路ひより(?)というゲームキャラに課金までして、順調に脱がせていったというのに、もしその「ひより」が実は男だったと知ったら、久米先生は烈火のごとく怒るだろう。そして、「俺のひよりちゃんがいなくなった……。お金と時間返せよ……」と悄然と丸い肩を落とし、休憩室の壁に向かってぶつぶつ言うに違いない。
DEIの「多様性」という理念に照らせば「ひより」というゲームキャラが男性であっても何も問題はない。しかし、課金までして彼女のヌードを拝みたがっていた相手が実は男性だったと知ったら、久米先生は落胆するのも当然だろう。
救急救命室の休憩の部屋でトドのように横たわり、クレカを握りしめてスマホに向かって「ひよりちゃん、セーラー服のリボンだけなんてあんまりだよ……」とほざいていたのを祐樹は目撃し、生暖かい目でその「雄姿」を見ていた。だから、そんな「ひより」が実は男だったと知れば、なおさら怒り出したり落胆したりするだろう。久米先生にしてみれば、「『多様性』?そんなの知ったことか!!俺のひよりちゃんは可憐な女の子なんだ!!その脱がす楽しみを奪うな!!」とでも言うに違いない。
ナツキの友達は久米先生よりも本格的にゲームをしていると聞いたので、ゲイのキスシーンに「俺はいったい何を見せられているんだ」という思いはさらに強かったに違いない。それこそ杉田弁護士が言っている「裏切り」という言葉がストンと腑に落ちた。
ただ、それは個人の感想なので、制度的な問題ではない。だからこそ人権派の弁護士も介入できないのだろう。
「人権派の先生では、その苛立ちに触れることすら出来ないと断言できる。だから私のような体制派の弁護士……といっても、別に法廷で争うわけじゃないんだが、この店の常連としては、ナツキ君みたいな悩める青年を導くのも私の役割だと思っている」
杉田弁護士が珍しく真剣な表情を浮かべている。
「宜しくお願いします」
最愛の人が深々と頭を下げている。「グレイス」のスタッフが黒衣のような所作で背後に現れ、革の書類挟みを彼へと示した。金額など見るまでもないと言うように、最愛の人は明細書をちらりと見ただけでためらいもなくサインを走らせた。その筆跡は、何度見ても祐樹の胸を打つほどに優雅だった。
「香川教授、ごちそうさま」
杉田弁護士は軽くお辞儀をしている。
「いえ、本日は本当に勉強になりましたのでそのお礼です。ナツキさんの件はくれぐれも宜しくお願い致しますね」
まるで憂いを帯びた青薔薇という風情の最愛の人が念を押している。きっとナツキのことが気に掛かっているのだろう。デートの支払いは、二人の間では持ち回りになっている。今夜は最愛の人の番だったので、祐樹は軽く会釈だけしてその好意を受け取った。
「あ、杉田弁護士、実は詐欺に遭ったかも知れなくて、そのご相談に……」
エレベーターから出てきた男性は縋るような眼を杉田弁護士に向けている。詐欺ともなれば、警察への対応や裁判など杉田弁護士の専門分野だ。それに杉田弁護士が「グレイス」に足を運んでいるのは大人の会話を楽しむためだが、営業も兼ねていると聞いていた。
「私達は、お邪魔ですよね。さっさと退散します」
軽いジャブを打ったつもりだったが、杉田弁護士は生クリームを見つけたチェシャ猫のような笑みを浮かべている。
「二人の愛のお愉しみの時間に邪魔をしたのはむしろ私だろう。山本さん、お話はゆっくり聞きますので、店内に入ってお待ちください」
中年の男性は安堵めいた表情を浮かべて店内へと消えていった。
「二人にとってお愉しみの時間……、是非とも覗きたいのはやまやまだが、そんな無粋なことは止めておくよ」
最愛の人は薄紅の細く長い首を優雅に傾げている。どうやら、祐樹が杉田弁護士から託された物を見ていなかったのだろう。尤も見ていたところで何が何だか分からなかっただろうが。
「スタッフに預けておけばいいのですよね?」
杉田弁護士は営業モードに入ったのか頷きながらネクタイのわずかな乱れを直し、ジャケットのボタンを留めながら頷いている。
「今宵、貴方と『グレイス』に赴いた主目的なのですが……」
エレベーターに乗って四階のボタンを押した。
「上階に何があるのだ?」
エレベーターの中の最愛の人の横顔には、まだ咲ききらぬ芍薬のような表情が浮かんでいた。柔らかな期待と、不意の冷風に身をすくめるような慎重さが、静かに交差していた。
--------------------------------------------------
最後まで読んで頂き有難うございました。
二個のランキングに参加させて頂いています。
クリック(タップ)して頂けると更新のモチベーションが劇的に上がりますので、どうか宜しくお願い致します!!
にほんブログ村
小説(BL)ランキング
2ポチ有難うございました_(._.)_
本記事下にはアフィリエイト広告が含まれております。
このブログには
このブログにはアフィリエイト広告を使用しております。
Twitter プロフィール
創作BL小説を書いています。ご理解の有る方のみ読んで下されば嬉しいです。
最新コメント
人気ブログランキング
にほんブログ村
アーカイブ
カテゴリー
楽天市場