「教授教えて下さって有難うございます。あ!お前が軽躁の入り口に立っているかと思った。本気大道芸だったからな、あれはさ」
森技官は一瞬だけアルマーニがこよなく似合う肩を落とした。恋人の言葉は妙に効くらしい。祐樹に言われたなら、きっと三倍返しで皮肉を返していたはずだ。
「あの演説は熱量が大きすぎて聞く方もカロリーを消費しますよね?ケーキはまだありますし、フィナンシェとか果実が載ったお菓子も森技官が持って来てくださいました」
最愛の人はしなやかに席を立った。祐樹の言葉に込められた意図を気配だけで読み取ったかのように、大きな箱を呉先生の目の前に置き、そっと開けた。
「わ!どれを食べようか迷ってしまいます。こんなに持ってきてくれて、ありがとな」
祐樹と最愛の人の無言の連携プレイが奏功して呉先生の視線は洋菓子の箱の中を覗き込み「どれから食べようかな……」とでも言い出しそうなほど楽しげに視線を巡らせていた。色とりどりの焼き菓子に、先ほどまで森技官に抱いていた気持ちは雲散霧消してしまったようだった。――というか、食事もしっかり食べた後のイチゴのケーキも完食、さらにまだ食べるのかとは思った。祐樹なら胸やけ必至だろう。
「お好きなものを、お好きなだけ選んでください」
最愛の人はフィナンシェの包みを弾むような手つきで一つだけ取り上げて皿に置いている。
「さてと、清水研修医から梶原先生を紹介してもらい、医局で真殿教授に内心では敵意を持っている医師をピックアップすればいいのですよね?」
森技官は、干天の慈雨に打たれて喜色満面のスミレといった恋人を見ていた視線を我に返った感じで祐樹へと戻した。
「清水研修医、例の地震の時に助っ人として精神科から派遣された医師ですよね?」
森技官はその場に居なかった。何しろ、生理的に無理な血や内臓の臭いが充満していたのだから当然だろう。その代わり腹心の藤宮技官をトリアージ要員にと推薦した。彼女は機械のような正確さで患者さんをスキャン――まさにそんな感じの無機質さと正確さで即決していた。祐樹は彼女の即決が明確な根拠に裏打ちされていることに気づき、思わず舌を巻いた記憶がある。そして、各科の医師が動員されていたあの現場では「おい!それはブラックじゃなくてレッドだろ!?」と怒鳴った瞬間にその患者さんが絶命し、彼女に異を唱える医師はいなくなった。精神科からは「お義理」に派遣された清水研修医の救急救命医として、そして外科的センスは群を抜いていたのを藤宮技官は把握していて、それを森技官に報告したのだろう。
「はい。そうですが?」
さっきから何度も話題に出ていたのにと不審に思って森技官に視線を集中した。
「なるほど……外科医としてのセンス、特に救急救命医としてのポテンシャルの高さを藤宮から強調されていたので、てっきり同姓の別人かと思っていました。清水研修医のお父上、あの京都一の私立病院の院長ですよね。斎藤病院長とは医学部の同期で病院長選挙の時に惜しみなく援助をした……」
森技官の大学病院に張り巡らされた蜘蛛の銀の巣の精緻さは驚嘆に値する。
「そうですが、それが何か?」
最愛の人はフィナンシェに手を付けず、ただ静かに祐樹と森技官の会話を聞いている。呉先生は今日一日で感情の振れ幅があまりに大きかったせいか、それを癒すように、色とりどりの洋菓子を四つも目の前に並べて、どれから食べようかと楽しげに悩んでいる様子だった。
「清水研修医は……」
森技官は、もったいぶった感じで「間」を取り、カップを傾けてコーヒーをテイスティングするかのように飲んだ。そしておもむろに口を開いた。
「救急救命室で田中先生は彼の性格を既にご存知ですよね?既に情報は整理してありますが、一応確認をして精度を上げたいのです。反真殿派ですか?」
え?言ってなかったか?と祐樹は一瞬思ったが、この際、森技官の三文芝居に付き合おう。
「明らかに反真殿派です。『精神科は息が詰まりそうですし、学びもないです。だから救急救命室に来るのが本当に楽しい』と言っていました。呉教授待望論者です」
森技官の目が獲物を見つけた鷹の目のように光った。
「案の定です。彼は使えますね。研修医とはいえ、医局に居るのですから真殿教授をどう思っているのか医師一覧……香川教授、この家にプリンターはありますか?」
最愛の人は頷くと軽やかに立ち上がって森技官を書斎へ案内しようとしている。ほっと一息ついた祐樹は最愛の人が淹れてくれた世界一美味しいコーヒーをゆっくり味わった。
「田中先生、庶民的な教授なら私でも務まるとは思います。看護師が新しいバッグを持ってきた場合、ブランド名が分からない時ありますよね?そういう時はどう話しかければいいのですか?」
呉先生なりに腹を括ったらしい。
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