祐樹の言葉に、最愛の人の睫毛がわずかに震えた。まるで内側から灯りが灯るように、薄紅色の頬が更に色づいている。
「多分日本の開発者だと思われるのだけれど、批判が殺到して炎上した内容を逆手に取って、思い切りふざけたゲームを開発して、同じ発売日に出したのだ。しかも開発会社は『歴史に忠実な開発者』と自称していた。戦国時代を舞台にしながらも、その時代ではありえなかったこと、無かった物でも、問題のゲームが批判された要素を凝縮してパロディとして完全に昇華させている」
最愛の人がそこまで言うのは珍しい。きっと問題のゲームに憤りを抱いていた反動なのだろう。
「『歴史に忠実』と自称する点で問題のゲームを揶揄っているだろう?内容も傑作で、バカバカしいというか突き抜けているというか。問題のゲームに批判的だったゲーマー達はこぞってそのゲームを買ってプレイした。その動画が有るのだけれども、良ければ見るか?何でもYouTubeの一分野に『ゲーム実況』というのが有る。だから祐樹や私がゲームをしなくても動画を見れば分かるようになっている」
彼の声は学術的であるにも関わらず、どこか優雅だった。胸に仕舞った問題のゲームへの小さな怒りと、その対抗作品への情熱をそっと解き放つような口調。祐樹は最愛の人の話を目で、耳でそして心で受け止めていた。
「是非見たいです。貴方がそこまで仰るのですから…」
彼は祐樹が几帳面に着付けした浴衣姿のままで部屋を出て行った。医師らしく短く切り揃えられた後ろ髪から伸びる薄紅色の項は先ほど見た夜桜が肌に溶けたような美しさだった。
祐樹はコーンフレークを口に運ぶもののちっとも美味しくない。
「祐樹、お待たせ」
最愛の人の表情は桜というよりも熟した桃の実を彷彿とさせる。ちょうど口の中に入れていたモノを嚥下したがヨーグルトとコーンフレークが絶妙に絡み合っていてとても美味だった。
「この動画が良いだろうな」
スマホをタップする指は蝶の羽のようだった。
「『YASKE』のYの字だけ不自然ですね。これは何か意味があるのでしょうか?」
最愛の人は目を瞠って「屮」とも見える字を凝視していた。
「それは気付かなかったな」
彼の眼差しは水面に射し込んだ朝の新鮮な光を湛えていた。
「漢字で屮というものがある。尤も学校では習わない難易度だけれども。『ひだり』とか『サ』と読むな。私は『ヤスケ』という主人公の名前を単に表記したものだと単純に思っていたのだけれども『YASKE』ではなくて『サスケ』と開発者は読み取って欲しかったのかも知れない」
わずかに形の良い眉を動かしながら、彼はその二人で発見した製作者の隠された意図を発見した喜びの笑みを小さく浮かべている。
「テレビで『SASUKE』というスポーツエンターテイメント番組を放映していた。家事をしながら見ていたのだけれども、出演者が身体能力を駆使して様々な障害物をクリアしていくといった番組だった。その後、ゲームにもなっていたはずだ。海外では『American Ninjya Warrior Challenge』…」
その薄紅色の唇が止まり、目の奥に微細な光が宿っている。そして唇を閉じた彼はどんな宝石よりも輝いて見えた。
「Yと見せかけて、サと読ませるように出来る言語的なセンスは抜群ですよね。それに問題のゲームにはアサシン、つまり暗殺者が出てくるのが定番だったのですよね。日本で暗殺者といえば侍ではなくて忍者です。それも踏まえての皮肉でしょう」
最愛の人も頷いている。
「ゲーム開発といえば理系のイメージが強いですが、文才?いやそれは適切ではないですね。言葉遊びというか、掛詞もしくはダブル・ミーニングにも造詣が深い人が考えたに違いありませんね」
最愛の人も白桃のような笑みを浮かべて頷いている。
「掛詞は…例えば『まつ』に植物の『松』とwaitの『待つ』の二重の意味を持たせるものだろう。シェイクスピアのセリフに多く見られるパロノマジアではないだろうか?つまり駄洒落だと言えるだろう…」
最愛の人と過ごす休日は祐樹にとって楽しい上に性的な欲求そして知的好奇心までも満たしてくれる。
「では再生する、な?」
先ほどよりも弾んだ指がスマホをタップした。二人してスマホの小さな画面を凝視した。すると滑舌の良い男性が、最愛の人が批判していたゲームを褒めている。「このゲームを盛り上げないと」とか言っているが大丈夫なのだろうか?どんな作品だって褒める人もいれば貶す人もいる。
秀逸な記憶力を持つ最愛の人に限って動画を間違えることはしないだろうが、可能性はゼロではない。慰めの言葉を頭の中で練ってしまったが取り越し苦労だったようだ。
ちゃんと「屮ASKE」という文字が見えて、日本の甲冑を着た黒人が映し出された。ただ、画面に意外なモノが映っていて思わず笑ってしまった。最愛の人も祐樹の目を見ている。祐樹の主観だが、彼の読みが的中したことへの小さな愉悦が瞳に滲んでいるような眼差しだった。
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