しかも、外国人に「The温泉」とでもアピールしたいのだろう。雪の程よく積もった岩々で露天風呂を分断しているし面積も広いのでグループ毎に固まっていて二人に注意を払っている人はいなかった。国際公開手術のせいで親しくなった外国の人はお湯に肩まで漬かるという風習がないらしくて逆に驚いた覚えがある。ホテルのバスタブはどちらかというと寝転ぶという感じで、湯舟ではない。こうしたある一定の深さのある温泉というのも外国の人にも喜ばれるだろう。
 大阪にカジノを含む施設がほぼ確定で出来ると決まったのは約三か月前だと記憶している。それまではこの旅館もハラハラドキドキだっただろうなと他人事(ひとごと)ながら心配してしまう。このホテル兼旅館のサービスや施設が気に入ったせいだろうが。
「……アニメでも漫画でも当たり前ですが最初から見ますよね。だから主人公の性格の良さとか優しさは充分分かっています。それが『柱』の前に引き出された時に口々に『殺そう』と言っているわけですから、印象は最悪です。そこから一人一人の『柱』の深掘りがされて行って好感度が爆上がりしました。ああいう手法も斬新だなと思います。最初に観た時には狂人というか殺戮狂(さつりくきょう)の異常者集団としか思えなかったですから。ただ、鬼にされた主人公の妹が人間を食べていないということは読者や主人公には歴然と示されていますが、彼らは『鬼というものは人を食べるもの』という常識が成り立っていますのでああいう『殺そう』という態度も分からなくはないですよね」
 彼は祐樹の話を興味深そうな微笑みで聞いている。温泉に落ちた紅梅の花のような風情で。
「そういえば、脱衣所に卓球台が置いてありましたよね?」
 仕事の時はともかく二人きりになった時に祐樹は最愛の人が何を見ているかを常に観察している。といってもお互いが自然と視線や表情に敏感になっているのでお互い様だ。卓球台を見た時の最愛の人が興味を持っているなと分かってしまった。彼は困惑半分、期待半分といった表情だった。彼と二人きりの時間は多彩な表情を見ることが出来るのも楽しみの一つだ。
「温泉から上がったらお手合わせ願えますか?」
 フルートグラスに注いだ「(みお)」のフルーティな味を楽しみながら提案してみた。
「え?したことがないのだが……。学校の授業でも卓球はなかったし」
 身体の弱いお母さまのことが心配で修学旅行も参加していないことは彼から以前に聞いていた。
「私は遊び半分でしたことがある程度ですよ」
 彼の紅色の唇が花の咲いたような笑みを浮かべている。
「『呪いが廻る戦い』の確か三十話で登場人物がしていたのを見たのでいつかしてみたいとは思っていた」
 三十話だったかまでは祐樹も覚えていないが、確かにそんなシーンがあったような気がする。呪術師として腕は良いがお金を儲けることが大好きな女性とこちらも強いが主人公に対して「存在しない記憶」を想起して片思い(?)の親友だと思い込んでいる少し頭がおかしいキャラが卓球をしていたなと。
「だから、お手柔らかにお願いする」
 薄紅色に染まった若干華奢な肩が竦められて鎖骨より一層浮き出して健康的な色香を放っている。
「あの女性は現代最強の呪術師から賄賂(わいろ)を貰って主人公達を一級術師に推薦しましたよね。通帳で振り込みを確認した画面を見て一千万円だと貴方が即座に分かったのも凄いです。私はゼロがたくさん並んでいるとついつい指で確認してしまうので。そして、その通帳残高が二億五千万円というのも驚きでした。後の数字は女性の指で隠されていましたけれども……。お金持ちなのですね。その分危険度も高い仕事なので当たり前といえばそうなのでしょうが」
 同世代に比べると高給取りだが、祐樹の口座に億単位のお金は入っていない。彼は神秘さを感じる笑みを浮かべている。
「いや、あの口座に入っているのは彼女の資産の一部分だと思う。その後の『渋谷事変』で東京が壊滅的な被害を受けた時に任務を全うした後、マレーシアに逃げただろう。その時、円をドルに換えたり株式や東京の不動産を売ったりした(ほう)が良いと電話の向こうの人間にアドバイスしていた。つまり株も不動産も持っているからこそのセリフだと思った。東日本大震災の翌日は株価が急落したし、特に東京電力はストップ安になった。地震はある程度織り込み済みの日本経済でもいざという時には下落するのに、呪力とか呪術など一般人には秘匿されていたものが明らかになったのだから賢明な処置だと思うが、保持していないと売りようがないだろう?だからきっと二億五千万円は資産の一部でしかないのだろうな……」
 彼はアメリカ時代に築いた資産をPB(プライベートバンク)で運用して貰っていると聞いている。彼は信頼するに値すると判断した人に全て任せるというのがスタンスだが、彼自身も経済の動向に詳しい。信頼できる人の中に祐樹が入っているのも嬉しい限りだが。
「そうですよね。貴方は確か株式投資をするなら無くなっても良い金額でと仰っていました。『呪術テロ』などはフィクションの世界では楽しいですけれども、現実的ではないですよね。ただ、地震の時とか大恐慌とかで暴落した時に全てのお金を株につぎ込んでいたら怖いです」
 彼は少し悪戯っぽい光を澄んだ眼差しに含んで祐樹を見ている。それだけで天国にいるような気持ちになった。



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