「いや、業績が悪いというわけでもないな……」
 薄紅色のしなやかな指がグラスを持っているだけで絵になる。グラスを傾けている彼は最適解を導き出しているような感じで少し考えに耽っている表情だ。そんな彼の怜悧な様子は病院でも見て来たけれども、そちらは数秒で答えを出している。それに何よりアルコールが入って少し上気した頬や普段以上に笑みを浮かべる彼は祐樹にだけ見ることが許された高嶺の艶やかで希少な花といった感じで特別感がひとしおだ。
「株をケーキに例えたとする。同じ苺のケーキでもホールケーキを買った場合はまとまった値段になるだろう?そしてショートケーキを二切れだけ買った場合は安くなる。大雑把な説明だけれども」
 祐樹の顔を探るように見ているのはこの説明で分かるかと不安なのだろう。
「ああ、なるほど。要するに多くの株式を発行しているのがこの旧電電公社なのですか?」
 ホールケーキを切り分けて何分割にしているかまでは知らないけれども言いたいことはそういうコトだろう程度は分かる。彼は何だか可笑しそうな、祐樹にとって極上の表情でこちらを見ている。
「そういうことだ。そもそも去年の今頃は25分割していなかったので、こんなお手頃価格ではなかった、な。多くの新NISAで始めた人がこの株を買っている。しかし、旧電電公社とは……」
 薄紅色の笑みの花を浮かべた彼が小さな声で笑っている。そういう表情を見ているのも楽しい。
「ウチの母がそう言っていました。と言っても今も電電公社と呼んでいると思われます。昔の人間ですからそう覚えてしまった後に改めて知識の更新はしないといった感じでしょうか……。別に知識の更新が必要だと判断するコトでもないでしょうし」
 「ウチの母」と声に出したら彼の背筋が更に凛と伸びた。実の息子以上に心配して貰っていると自覚しているので自然とそういった表情になるのだろう。
「そうだな。民営化以前はそういう呼び方をしていたので祐樹のお母さまがそう仰る点も御尤もだと思う。それまでは国営の会社だったので。あ、そうそう、民営化の時はバブル期真っ最中だったので『政府が推している会社ならば間違いはないだろう』と皆の期待が膨らんだそうだ」
 確かにそうなのだろう。ふと気になって聞いてみた。
「それまでは国営だったということは株式の上場もなかったわけですよね?ちなみに幾らで売り出されたのですか」
 彼は紅色の笑みを浮かべている。
「119万7千円だったかな」
 え?と大きく目を開いてしまった。
「それって100株単位で購入しないとならないのですよね?だったら億単位のお金が必要となりますが……」
 バブルの頃は日本中にお金が溢れていたということだが、今では想像もつかない良い世の中だったのだろう。なと思える。そういえば黒木准教授がバブルの頃の世の中は日本中が躁状態だったとか言っていた。何でも一介の医局員に過ぎない医師の接待に製薬会社の営業さんが合コンのノリで厳選された女子大生までも動員したらしい。それに「アンケートにご協力ください」と言ってイエスかノーかをチェックするだけの簡単なモノに記入しただけで「ご協力有難う御座います。これはお礼です」と10万円が入った封筒が渡されたと聞いている。
「いや、一株から購入出来る仕組みだった。しかし、上場初日は買いが殺到しすぎて値が付かずに終わった。売買の場合は買いたい人と売りたい人の合意が必要だろう?それなのに皆が買いの状態だったので……。そして、値段の合意が行われたのは160万円だった。それでも買いの圧力が凄すぎて二か月ほどで318万円になったな」
 160万円で買った株式が二か月で約二倍になったということはそこで売却したら、158万円の儲けになったということだろう。彼が教えてくれた税金は当然かかっただろうから税抜き後でも126万4千円の儲けでそれでもまだ美味しい。
「ああ、当然新聞やニュースでもこれだけ騰がっていると連日報道されましたよね?だったら皆が買おうとしますよね。三か月で約二倍にお金が増えるとか考えたら他の会社ではなくてNTT株に殺到しますし、目の色を変えて買いたいという人が増えたり、毎日のように報道されたりしたら当然皆は買いに行くでしょう。しかし、今はこんなに(ささ)やかな値段なのですから、当然株価下落が起こったのですよね。ああ、バブル崩壊で一斉に株価も下がったでしょうし……その関係ですか?」
 今の株価は158円と表示されているので百株買っても1万5800円なのだから祐樹でも千株くらいは余裕で買うことが出来る。
「それがそうでもない。ブラックマンデーと呼ばれる米国株の急落が起こった余波で225万円まで暴落した。世界恐慌という言葉は祐樹も知っているだろう?そういう恐慌が起こったら株価は絶対に下がると予測しているのが株式投資家なのでそれほど狼狽(うろた)えている人は居ないけれども、やはり値が下がったと素人はパニック売りを起こしてしまう。特に株式投資を『儲かっているから』とか『皆が買うから』とかという評価で買っていた投資初心者の場合は暴落したら狼狽売りをしてしまう傾向にあるな……」
 そういえば彼と映画館まで観に行った『タイタニック』でもヒロインのセリフでいけ好かない婚約者が世界恐慌のショックで自殺したと分かった。ヒロインが大好きで堪らなかったみたいだが、財産を失えば簡単に自殺出来るのかと何だか婚約者の行動が浅ましく見えたことも事実だった。それほど多くはないけれども祐樹だって銀行口座にはまとまったお金が存在する。それを無くしたとしても、自殺などは考えない。それよりも重要なのが最愛の人が祐樹の傍でこのように笑ってくれることだ。




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