オレンジ色の照明は落としてあるとはいえ、スマホの画面は充分に見える。
「え?100株保有していれば500円サービス券が4枚貰えて200株だと10枚、つまり5千円分が実質無料で食べることが出来るのですか?呉先生が泣いて喜びそうですね」
呉先生は可憐な野のスミレといった風情だが牛丼屋や宅配ピザ屋さんが大好きで家では食事を作らないらしい。かく言う祐樹も最愛の人と同居する前は「時間がない」と思い込んで自炊の習慣など無かった。今の方が仕事量は多いのに最愛の恋人に感化されて休日には夕食を一緒に作ったり早く目覚めた時は朝食を用意したりするのが楽しいと思えるのだから気の持ちようなのだろう。
「『わが社の株を買ってくれて有難う御座います』という会社側の意図だな。ただし、会社の業績が悪くなると株主優待券は廃止される。また、配当金を増やすことの出来る財務体制の企業は増配といってお金で株主還元がある。こちらも業績が悪くなれば配当金を減らす減配や、無くしてしまう無配ということにもなり得るリスクはあるな……」
薄紅色の指がスマホをタップして牛丼屋さんのチャートに戻った。
「サービス券は株式を保有している人しか使えないのですか?」
呉先生は通称薔薇屋敷に森技官と住んでいる。初めて行った時には薔薇が良く似合う由緒の有りそうな洋館は呉先生らしいと思ったものだったが、よくよく聞いてみると固定資産税とか維持費で大変らしい。敷地も無駄に広いので最愛の人が梅干しとか干し柿を作るためにスペースを借りているくらいだ。彼が作ってくれる梅干しも干し柿も最高に美味だ。
「建前上は譲渡禁止だけれども、金券ショップなどで売る人もかなりの数で居るらしい。祐樹と行った神戸三ノ宮の駅前の金券ショップでは阪急・阪神の株主優待乗車券が売られていたので普通のことなのだろうな。企業に魅力を感じていても電車には乗らない人も一定数居るだろうから」
冷静な声が凛として豪奢な空間に溶けていく。祐樹も同じ金券ショップの前を恋人と通り過ぎたのだろうが、全く興味がないために微塵も記憶に残っていない。
「でしたら、この株を買って呉先生にチケットを譲るということも出来ますよね?」
最愛の人は驚いたような表情を浮かべている。
「そういう発想は全くなかったな。呉先生には色々とお世話になっているのでお返しがしたいとは思っていたのだけれども」
彼は卓越した記憶力を持っているし、頭の回転も物凄く早い。しかし、総合力というか点と点を繋げる能力は祐樹の得意とするところだ。恋人同士、足りない点を補い合うことが出来るのは祐樹にとって喜ばしいのだが。
「先ほど買い時ではないと仰っていましたよね。それは分かります。スマホを貸してくださいませんか?」
普段は白皙の顔がごく薄い紅色に染まっている。その端整な艶っぽさに満ちた顔が「どうぞ」と告げている。テーブルの中間に彼が載せていた物を祐樹の方へ近づけた。
「このチャートを見ると高値圏ですよね。一株2,300円くらいになったら買い時だと思うのですが?」
彼の長い睫毛に縁どられた目が感心したような光を放っている。
「そうだな。ただ、今の状況ではそこまで落ちないような気がする。決算が大幅に悪くなった場合にはあり得るかも知れないのだが……」
フルーツの盛り合わせの彩りとして入っていたブルーベリーを薄紅色の指が銀色のフォークを持っているのも瑞々しい色香に溢れている。
「年間240万円までNISA口座で買うことが出来るのですよね。ちなみに上限は有るのでしょう?一般的に税金が優遇されているモノの場合『これ以上はダメです』と言われることが有りますよね?」
祐樹の病院の看護師はフルタイム勤務が普通だが、結婚して退職した看護師は近くのクリニックなどで短時間だけ働いて税金を控除してもらうシステムが有ったハズだ。そういう話を看護師から聞いた覚えがある。正確に覚えていないが配偶者控除とか言ったような……?ご主人が働いている場合、給料の総額を103万円だったか130万円以内にすると税金が掛からないとかそういうシステムだったような気がする。祐樹には一生縁のないことなので今まで思い出しもしなかった。その総額を超えると税金が掛かって働いているのに税金が引かれて損をするとか聞いた記憶が朧げに浮かび上がってくる。
「株式も買うことの出来る成長投資枠だと、総額1,200万円までだな」
彩りとして入っていたブルーベリーを薄紅色の唇に運びながら説明してくれた。
「5年で埋まる計算になりますね。ちなみに出来高って何ですか?」
スマホを操作する指が滑ってページが動いた。出来高と読むのが正しいのか分からないけれども、違っていたら指摘してくれるだろう。
「この場合は今日中に売買が成立した株式の数量だな」
どうやら合っていたらしくて安心した。職務以外の祐樹の間違いに対して寛容過ぎる恋人でも間違っていたらやはり気恥ずかしいので。出来高トップの企業はかつて一つしかなかった電話会社だ。何気なくタップしてみた。
「え?こんなに安いのですか……?業績が悪いのですか?」
祐樹の漠然としたイメージだと牛丼屋さんよりも電話会社の方が高いと思っていたのに、20分の1程度の値段なのは驚きだ。
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