「そうなのか?それは少し興味があるな」
 若干弾んだ声と艶やかな眼差しが夜の空気に煌めいている。ポケットからスマホを出して検索した。
「この旅館ですね」
 施設案内という部分をタップした。
「本当だ……確かに似ているな」
 彼は祐樹との距離を詰めて来てくれるのがとても嬉しい。シトラス系のコロンがふわっと薫ってくるのもとても心が休まる。
「今夜は心臓外科学会が用意してくれたホテル泊まりだろう?」
 律儀で真面目な人が少し落胆したような声を漏らしている。
「宿泊費は支払い済みなのです、急患が出たことにしてチェックアウトをしても大丈夫ではないでしょうか?ああ、しかし問題が有りますね。此処(ここ)仙台から車で二時間半かかります。着く頃には夜中なのでチェックイン不可能です」
 最愛の人は祐樹の左手を細く長い指で掴んでいる。
「祐樹は今から行きたいのか?」
 彼の(ほう)から指を絡ませてきてくれた。
「愛する貴方が是非と仰るなら行きたいですね。しかし、そうでないならリベンジマッチと言いますか、またの機会で良いです。この旅館なら、チェックインの時間から館内をゆっくり回って、専用露天風呂とか、この美味しそうな料理を楽しみたいので、貴方と、ね」
 現実的に今からでは間に合わない。手を繋いだ最愛の人もそれは分かったのだろう、残念そうに頷くと周囲を見回した後に祐樹の肩に頭を載せてきた。
「あの屋上が史上最強の術師と現代最強が戦って損壊したのだな……アニメでは」
 感心したような涼やかな声が聞こえてきた。ちなみに祐樹が小児科のハロウィンの催し物でコスプレしたのが現代最強の呪術師だ。性格はともかく童顔かつ整った顔はよく似ていると自覚している。身長はやや足りないがアニメやゲームでは人間離れした身長や体形などはありがちなことなので誰も気に留めない。
「屋上だけではなくて、主人公が所属するオカルト研究会がある階も滅茶苦茶になっていましたよね。『呪い』は一般人に見えないらしいですが、損壊した建物は誰が見ても分かるでしょう。その修繕費用が何処(どこ)から出たのか気にしてしまいます」
 肩に載った彼の頭の重みが心地よい。彼の気遣いなのだろうか、頭全部の重みではなくて首に力を入れて肩への負荷を減らしてくれている点も愛おしい。
「『渋谷事変』で最終的に史上最強・最悪の呪術師が渋谷の街を更地にしただろう?あの時よりも被害は少ないだろうな。たかが高校一つと思わせてくれる……あのアニメを観ていると」
 祐樹が通った中学はさほど荒れていなかったが隣の中学は殺伐としていたと聞いていた。その中学では窓ガラスが割られただけで大騒ぎになったと聞いていた。その点高校の屋上及び部活の階が滅茶苦茶になったのだから被害は甚大なハズだ。
「そうですね。呪術師の上層部は権力もお金も持っているらしいので何とか隠蔽(いんぺい)したのでしょう。ガス爆発とかそういう事故に見せかけて……。あのアニメでは特級呪具(じゅぐ)は驚きの億単位ですし、庶民とは金銭感覚が異なるみたいですからね。アニメ1期の最後の(ほう)で主人公達を一級術師に推薦してもらう報酬としてお金次第で融通が思いっきり利く女性の一級術師に2千万円もの大金を現代最強の呪術師がスマホで振り込んでいましたよね?あれって、限度額とかないのでしょうか?」
 祐樹はインターネットバンキングを利用していないのでスマホでの取引は全く分からない。しかしキャッシュカードの限度額は確か50万円のハズだ。
「あの術師は呪術界の御三家と呼ばれる名門の一当主だろう?だから財力も当然あるわけで、預金残高に応じてとか、銀行の担当者に予め言っておけば特別扱いになるだろうな。億とか10億、いや100億以上の口座残高を持っている顧客の逆鱗に触れたら他行に預金が流れてしまう事態にもなりかねない。そちらの(ほう)が銀行には痛手だろうし。先ほど祐樹が『呪いが廻る戦い』の仙台結界(コロニー)の話をしていただろう……。アニメ一期のオープニング曲が流れる場面を覚えているか?」
 とても安らいだ声が間近に聞こえてくる、シトラス系の薫りと共に。
「もちろん覚えていますよ。主人公が地下鉄に乗っているという場面でしたよね?しかし、地下鉄の車内が浸水しているという点が不思議でした。何らかの心象風景かとも思いました。ただあのアニメでは水はさほど問題ではないですよね?『鬼退治アニメ』では鬼が日光を浴びると(ちり)になって消えてしまうので太陽は人間に有利、鬼には不利なので太陽を象徴的に描くのは理解出来るのですが……?」
 愛の言葉を交わすよりも彼と絡めた指が饒舌に愛情を伝えあっている。
「日光な……。祐樹は隊士が持つ特別な鬼を滅する刀に対して不審に思ったことはないか?」
 怜悧な声に笑みが混じっていた。  




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