「あれは例のラグビー場ではないかな?」
白く長い指が月明かりに照らされてとても綺麗だ。腎臓内科の医師の豪胆な武勇伝を語っているうちに坂道になっていることは分かっていた。
「ラグビー場って、夜中に呪霊がフェンスとかに居た場所ですよね?作中でも見えない人は全く見えないけれども特級呪物を回収に来た呪術師は普通に見えていましたよね?あんな細い棒みたいな物に呪霊がヤモリみたいに貼りついていたと想像すると何だか可笑しいです。
それに千年前に即身仏になった『呪いの王』の指部分が封印された状態で保管されていたのが百葉箱というのも……」
夜の高校というのは大ヒット漫画家が病院と並んで「怖い」と描写している場所だ。祐樹は夜の病院には免疫が有るので全く恐怖を感じない。研修医として肝の据わっている清水研修医はともかく、久米先生辺りは「霊安室に運ぶ役割を上手く他の人に振って欲しいです」と捨てられた、毛足の長くそして飼い主が餌を与えすぎた犬のような雰囲気で祐樹に涙目で訴えてきたことが数回有った。霊が怖いのか霊安室に続く階段などの雰囲気が不気味なのかは聞いていない。
大学病院の救急救命室は最も重篤な患者さんが搬送されて来るのはある意味当たり前だ。ただ「来る者拒まず」がモットーの救急救命室の「鬼」とも「法律」とも呼ばれている杉田師長は華々しい戦歴と揺るぎない実力で有無を言わせず搬送許可を救急車に与えている。祐樹が内心ではベッドの空きがないないと思っていた時でも魔法のようなベッドコントロールで治療の場所を確保していたのは流石だと思ったこともある。搬送された患者さんが亡くなった場合は治療に当たった医師の主だった一人が駆けつけたご遺族達に丁寧かつ真摯に「万全を尽くしたのですが、力及ばず誠に申し訳ありません」の決まり文句を言った後に具体的な死因を述べて一礼をする。それを合図に看護着が遺体用ストレッチャーに載せて霊安室に運ぶというのが原則だ。しかし、野戦病院さながらといった時には看護師の手が空いていなくて、研修医がその任に当たることもある。内心この一秒を争うほど忙しい時に余計な依頼はしてくるな!とイラっとしてしまう祐樹だが、久米先生の円らな涙目に負けてしまって久米先生と交代出来そうな医師を探して声を掛けたこともある。
杉田師長は有難いことに祐樹の実力を認めているのでその程度の我が儘は通るというかお目こぼしに与かれる。祐樹は「万全を」というテンプレ文をご遺族の前で言う役目を務める役割も多いので遺体用のストレッチャーを運ぶという業務は与えられない。
「確かに百葉箱にそんな危険な物を隠すというのはセキュリティ的にもまずいような気がするが、あの白い箱をわざわざ開けてみる生徒など居ないだろうな……。少なくとも私は見たことがない」
最愛の人の声が夜の静寂に翡翠の煌めきを放つかのようだった。
「そういえばそうですね。ウチの高校にも百葉箱は有ったとは思うのですが、場所すら知りませんし、中には温度計が入っているだけということは皆が知っていますから開けてみようと思う酔狂な生徒はいないと思います。教師も百葉箱を開けて現在の温度を確かめるよりも職員室のテレビで情報収集していたみたいですね。そう考えれば隠し場所には最適かも知れないです」
最愛の人とのデートで「鬼退治アニメ」の最初の方で主人公が岩を切った場所のモデルとされている場所に雪の中赴いたことがある。そういうことをするのを「聖地巡り」と呼ばれていると小児科の浜田教授に教えてもらっていた。この高校も「聖地」だろうが、雪の日のデートの時と異なって人は居ない。観光名所ではないからかも知れないしタイミングの問題かもだけれども。ただ、二人きりの空間が好ましいことは言うまでもない。こういう場所では指を付け根まで絡めた手繋ぎをするのが二人の習慣だ。空中を指していた最愛の人の手を絡めとって繋ぐと白く滑らかな頬に仄かな紅色が宿った。理事として出席した彼は前髪を後ろに流している仕事モードだ。完全なデートの日は前髪を下ろしているので何だか新鮮な気分で見惚れてしまう。
「高専の呪術師が百葉箱の中を探していただろう?つまり事前の情報では百葉箱の中に安置されていると聞かされていた。その回収任務にわざわざ東京から仙台に赴いたのだろう?」
校内に入ると不法侵入で最悪警察のお世話になるのは避けたくて高校の周りを二人して歩んでいると翡翠に似た怜悧な声が祐樹の耳朶を涼し気な緑色に染めていく錯覚を覚える。
「そうですね。結局中には無くて……、主人公の高校生が空の箱を持っていましたよね。そして肝心の特級呪物は主人公の所属するオカルト研究会の部室で先輩二人が封印を解いてしまっていましたよね?」
最愛の人の思慮深さをより感じる眼差しで祐樹を見上げている。
「それは不思議なことではないか?」
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