「夜の学校」……この時間ではなくてもっと時刻は遅いだろうが、オカルト研究会の先輩達が特級呪物の封印を好奇心で解いてしまって、呪いの具現化の化け物が主人公の先輩二人を襲っていた。その場を乗り切るために主人公が勢いで食べた特級呪物が主人公の身体の中で蘇ってしまった場所も今から向かう高校がモデルらしい。祐樹は京都府の日本海側という決して都会ではない町で高校時代までを過ごしていたが、最愛の人と歩く道はもっと僻地っぽい感じだ。だから何かが出てもおかしくない雰囲気と言える。
「原作の漫画でも『学校・病院、何度も思い出され、その度に負の感情の受け皿となる。それが積み重なると呪いが発生する』と書いてあったな」
 彼は別に怖そうではなく淡々と紅色の言葉を紡いでいる。祐樹も同じようにマンガもアニメも見たのだけれども何度か同じような説明がなされていたのは覚えていたが、彼の場合は一言一句(たが)わずに再現しているのだろう。一目見ただけで完璧に記憶出来る能力を持っている人なので。
「祐樹は夜の学校に肝試しに行かなかったのか?」
 むしろ不思議そうな口調で聞いて来たのはきっと先ほど祐樹が「夜の学校は怖いらしい」と伝聞形で言ったからだろう。
「肝試しに行きたい気持ちは持っていましたが、小学校・中学校時代は夜に外出することは厳禁と母に言いつけられていました。もしその言いつけを破ったらご飯を作らないと脅されていましたよ。母のご飯、当時は最も美味しいと思っていましたし、この土地と同じくコンビニもないので空腹をおぼえながら眠りにつくのも悲しいと判断しておとなしくしていました、本当は行きたかったのですが。ああ、今は母の用意したご飯よりも貴方の料理の(ほう)が素晴らしく美味なのですけれども、ね。高校生になってからは必死に勉強して医学部に入ることを考えていたので夜に外に出ることは自粛しました」
 勉強の傍ら通販で極秘に取り寄せたその(・・)()の雑誌を読んでいたことは内緒にしておこう。
「そうか……。祐樹なら嬉々として夜の学校に忍び込んでいたのかと思っていたのだけれども……。それはそうと、幽霊や呪いなどよりも心肺停止で搬送された患者さんの命を落としていくのを見る(ほう)が恐ろしかったな。祐樹も知っている通り私は医師免許取得前の身の上だったので、開胸心臓マッサージなどの『無難』な処置しか出来なかったし……。他の先生達のようにもっと何かが出来ると良いなと強く強く思ったし、とても悔しかった」
 ……いや、開胸心臓マッサージは医師免許か看護師免許の必要な医療行為だ。といっても大学病院の「治外法権」とか「出島(でじま)」と呼ばれている救急救命室は名物ナースのドスの利いた鶴の一声で何事も決まってしまうし、外部には漏れないので問題はないのだろうが。最愛の人は時計よりも正確な体内時計が内蔵されているし、握力も強いことから開胸心臓マッサージには最適な人材だと救急救命室の「法律」とも「鬼」とも呼ばれるナースが任しても問題ないと判断したのだろう。
「私も心の底からそう思います。幽霊やお化けよりも亡くなりかけている人間が最も怖いです。どうか助かってくれと懸命に処置をしても掌から命が零れ落ちてしまった時は、ああすれば良かったか?それともこうすれば良かったか?と」
 隣を歩む彼も共感めいた溜め息を()いている。
「そうそう、内田教授がこっそりと教えて下さったのですが、腎臓内科の女性の入院患者が果物ナイフを喉に当てて『来ないで!私死ぬから!!』と叫んで騒ぎになったらしいです」
 気分が沈んでいると思しき人に取って置きの話をしようと思った。
「そんな話は聞いていないな。となるとその患者さんは自殺未遂もしなかったのだろう?」
 自殺未遂や医局で持て余す事態が起こった場合には教授会で報告されて上層部に共有される。
「はい。腎臓内科の医師が駆けつけて『そこを切っても血が出ないから死ぬことは出来ないです。確実にお死にになりたい場合はここ』と言って頸動脈を指で示したらしいです。『ここをこういう角度でスパッと切ったらお望み通りになりますよ』と頸動脈の辺りを指で……。周りは凍り付いたようになっていたらしいですが」
 最愛の人が仄かな笑い声を零している。
「周りは万が一のことを危惧したのだろうが、そういう人間は騒ぎを起こしたいだけで本気で自殺を企図してはいない」
 精神科にも造詣が深い最愛の人が断言するからにはそうなのだろう。
「その医師もきっとそう判断して頸動脈の効果的な切り方を教えたのでしょうね。その女性は毒気を抜かれたようにストンとベッドに腰を下ろしたそうです。看護師が果物ナイフは取り上げました。まあ、自殺騒ぎが病棟で起こったのは事実ですが、結果的には事なきを得たので教授にまで報告が上がらなかったそうです。医局長だかの判断で緘口令(かんこうれい)が敷かれたそうですが。内田教授は病院内、少なくとも新館内には緻密な情報網を張り巡らせていらっしゃいますから、その網に引っかかったらしいです」
 彼はちょうど街灯の下に立っていて薄紅色の溜め息を零している、感心したように。
「祐樹も同じように機転を利かせるのではないか?ああ、ウチの外科では心臓バイパス術を施術してQOL(生活の質)向上を切望している患者さんが大多数なので自殺騒ぎを起こすようなことはしないだろうけれども……。あ!」
 最愛の人が夜目にも白い指で前方を示した。




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