「あ、グラスが空ですね。次は何を注文しますか?」
彼が立て板に水といった感じで説明してくれている間もグラスを薄紅色の唇を付けていた。何をオーダーするか一応聞いたが祐樹の推測は合っているハズだ。視線でスタッフを呼んだ。
「私は同じモノで、貴方は?」
彼は間髪を入れずといった感じで薄紅色の瑞々しい唇を開いた。
「同じ物をお願いします。あと、フルーツの盛り合わせも」
よほどマンゴーが気に入ったらしい。
「畏まりました」
最近は滅多に吸うことのなくなったタバコの銘柄はずっと同じで祐樹はあれこれと考えるのが面倒くさいからだと自己分析していた。しかし、心理学に興味のある医師や看護師に「同じ銘柄をずっと買い続けているのは恋人も一人と決めて浮気はしないタイプだ」と複数人から言われた。その時はこの人と付き合っていたのでとても嬉しかったのを覚えている。
大学や研修医時代にはゲイバー「グレイス」に行ってその夜限りや身体の相性が合った人とは一か月ほど付き合ってドン引きして逃げるということを繰り返していた。今考えれば欲望の解消がメインだったとはっきりと分かる。性的な少数派の差別は止めようというのが昨今の風潮だけれども、祐樹の性的嗜好と同じ人は精神的に不安定な人が多くいたのも事実だった。あくまでもデータを取ったわけでもない単なる体験なので個人的な見解に過ぎないが。家バレを恐れてアパートに毛の生えたようなマンションは絶対に教えなかったのに、ストーカーそのものといった感じで家の近くで待ち伏せされたこともあった。会社員を名乗っていたので職場はバレなかったが。その時は「グレイス」の常連だった杉田弁護士を介してきっぱりと言ってもらった覚えがある。これ以上続けると警察に被害届を出したり訴訟も起こすと言ってもらったりした。専門家を介入させたのだから料金は発生するだろうと祐樹は思っていた。
「被害届も訴訟も実際に行ったらもちろんお金は貰うんだけどね、実際そうならなかったのだからお代は良いよ。いや、モテる人は色々苦労が絶えないね」
普段の飄々とした口調と可笑しそうな表情で言ってくれた。
他にも「一緒に来てくれないと手首を切る」とカッターナイフを持ち出して、明らかに刃物の傷痕が何本も有る手首に当てられたこともあった。何とか宥めすかしてカッターは取り上げたが。祐樹が精神的におかしい人にアレルギーを持っているのはそういう過去が有ったからだ。杉田弁護士が介入してくれた人は「グレイス」を出禁になったと聞いている。ただ「グレイス」の近くには同じような店も多数有るのでウワサは入って来る。「グレイス」では「店内で口説き禁止」という珍しいルールがある。祐樹などはコースターに電話番号などを書いて筆談をしていた。もちろんバーデンなどに見つかると出禁になっても仕方のない行為だが、要領の良さも長所だと自任している祐樹は一度たりとも露見していない。常連客も単に会話したい時は「グレイス」に来店してそういう出会い目的は他店へと行くのが一般的だと聞いていた。少数派の性的嗜好を持つ人間は限られているのでかなり正確なウワサが入って来る。自殺すると騒いだ人もストーキングをした人も面食いの祐樹が選んだ男性なのでケロっとして他の男性と付き合っては修羅場を演じては次の男に行くらしい。
祐樹が「グレイス」に入り浸っている時に「一人の恋人と長く付き合うタイプ」と言われても全くピンと来なかっただろうなと苦笑いしてしまう。そして最愛の人も同じ銘柄を選びがちだ。デートの時は「午後の紅茶」ミルクティを愛飲しているし、カクテルも同じモノを頼むことが圧倒的に多い。彼も「恋人は一人」と思い定める人だ。
「iDeCoは基本的に60歳まで引き出して使うことが出来ない。私達のように給料がある一定以上ある場合は全く問題がないのだけれども、自営業などで急に現金が必要になる人には不向きだな」
運ばれて来たイチゴのカクテルを美味しそうに吞みながら教えてくれた。
「そうなのですか?年金にプラスアルファのお金を積み立てる仕組みだとのことですから60歳以前で引き出せないのは当然のような気が致します」
自営業でなくとも友達の結婚式が月に三回も有ったりお葬式が続いたりしてお財布がピンチだと看護師から聞いた覚えもある。そういう時には貯金から捻出するのだろうが、それでも足りない時にiDeCoで積み立てているお金が引き出せないと最悪カードのキャッシング機能とか消費者金融で借りるしかないだろう。自分のお金を積み立てているのに借金で賄うのも何か違う気がする。
「NISAの場合は投資信託とか株式を売ってお金に換えて受け取ることが出来るのでしょうか?先ほど1万円の売却益が非課税になると仰っていたので可能な気が致しますが?」
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コメント一覧 (5)
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- 2024年07月10日 21:35
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5階からの飛び降りではまず助からないというのは知りませんでした。3階までがいいんですね。天災とか、今後何があるか分からないですから、引っ越すことがあれば参考にさせていただこうと思います。新たな知見をありがとうございます。
さて、フレンチが最高に似合うと思っていた2人ですが、英国風のおしゃれなバーの雰囲気はもっと似合う気がします。大人っぽい雰囲気に、知的な会話。そんな中で、マンゴーを美味しそうに食べる2人が何だか可愛らしいです。マンゴーといえば宮崎ですよね。宮崎県産の中でも最上級のマンゴー……。『太陽のタマゴ赤秀品』って、もう名前からして美味しそうです。2人が自宅でも美味しく食べられるといいですね。
NISA談義も面白かったです。
恋人同士の幸せな時間に、ひたすらほっこりしました。
今回も素敵な読書時間でした。ありがとうございました。
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kouyamamika
が
しました
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- 2024年12月04日 22:11
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こんばんは。今回はここまで読ませていただきました。
香川教授と祐樹とがバーで語り合う場面からですが、最初からとても雰囲気がある描写ばかりで、ため息まじりで読んでしまいました。悪い意味のため息ではなく、漫画とかでよくある「ほぅ……」と憧れの息をつく、あの感じです。
バーの様子を『タイタニック』のスモーキングルームになぞらえた描写は、とくにすてきでした。もともと、ああいう雰囲気の映像が好きというのもありますが、ホテルのバーなど足を踏み入れたことがないので、具体的に場面を頭に浮かべることができて嬉しかったです。
また、その前のところで、祐樹たちが遠藤先生のような人たちとは「異なる「お育ち」」という表現があっただけに、ホテルのバーの風景にすんなりと溶け込んで経済についての会話を交わしているスマートさが印象的でした。きっと、そこにいるどんな人たちよりも存在感があるんだろうなと思います。
もっとも、そんなふうだから祐樹も、顔をあからめた女性スタッフから熱い視線を送られる香川教授、なんて光景を見なければならなくなるわけですが。彼女の態度は職業人としての恥じらいの感情表現でもあるのでしょうけれど、やはり、香川教授に見とれていたという気持ちも大きいと思います。
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kouyamamika
が
しました
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- 2024年12月04日 22:12
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ほんの数秒のこととはいえ、そういう視線に反応するのは、祐樹も同じ意味合いの視線で香川教授を見つめているからかな、と思いました。こういうところで祐樹の熱愛ぶりが出てきて、お話の糖度がアップするのがたまらないです。
そして、オーダーを変えないところが「「恋人は一人」と思い定める人」という表現、二人の情景にぴったりですね! むちゃくちゃ頷いてしまいました。
今回の読書範囲の後半は香川教授のNISA講義ですが、とても興味深く読ませていただいています。私自身、新NISAになって、いろいろと投資について考えたりもしているので、香川教授にレクチャーしてもらっている気分を味わうことができました。まだ続いているので先を読むのも楽しみです。
これは作者様の文章力あってのことなのは百も承知ですが、香川教授って本当に「ものごとを教える」のが上手いですよね。経済の話とか、つまらないなと読み飛ばしてしまうこともありそうですが、このお話の場合は、合間合間に祐樹から見た香川教授の色気のある風情が織り込まれ、話に引き込まれていきます。
とはいえ、正直なところ、フルーツを堪能している香川教授を前にしながら、「今は医局の皆のために経済の話を聞く時間」と割り切って話を聞く祐樹のメンタルはすごいと思いました。そのままホテルの部屋へ……という考えが頭を横切っても、ちゃんと抑えることができるんですから。
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kouyamamika
が
しました
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- 2024年12月04日 22:13
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二人の夜がどうなるのか、すごく気になるのですが、バーでの情景は香川教授の様々な表情や仕草を見せてくれるので、ずっと読んでいたいような気もします。
この先、どのような夜の時間になるのか、どきどきしながら続きもまた読ませていただきますね。
今回も魅力的な二人の姿、ありがとうございました!
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kouyamamika
が
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また香川教授と祐樹に会いにきました。
高級フレンチが良く似合う美男の2人なので、素敵なだぁとドキドキしちゃいます。そんな2人が魚料理と肉料理を半分こにして分け合うところが、何だか微笑ましく感じられます。それにしても料理が美味しそうです。料理の描写にリアリティがあって、まるで本物を目の前にしているみたいに興奮しちゃいます。
キャビアやオマールエビに舌鼓を打ちながら、進んでいくのはタワマンについてのお話ですね。知らないことばかりで勉強になりました。エレベーターって1~2億円もするんですね! 祐樹と一緒で、私もエレベーターの値段を考えたこともありませんでした。海辺の建物が錆びやすいというお話から、香川教授と祐樹の定年後の愛の巣の話題に転がっていくのも見事でした。教授は非常に優秀な人だからこそ、みんなに頼られ、祐樹とゆっくりと老後を過ごせない可能性が高いですよね。でも、香川教授は健気に祐樹との定年後のスローライフを夢見ているんですね。性格が良くて可愛らしいところがある香川先生らしくて、読んでいて顔がほころんでしまいました。
反社の人が大学病院に搬送されてくるエピソードの部分は、大学病院に勤務している家族から似た話を聞いたことがあり、ああ、やっぱりそうなんだな……と思いました。祐樹も香川教授も、死線を潜り抜けてきたんですね。
kouyamamika
が
しました