このホテルの最も大きな宴会場だと聞いている場所はそれなりに広いが人口密度も高い。その上ワイングラスや料理の皿を持った人達が居る。その群衆の中を燕のような優雅かつ機敏な身のこなしで優雅に避けつつ歩みを進める最愛の人に付いて行くのは、運動神経に恵まれていると自覚している祐樹でも難易度が高かった。うっかり他人とぶつかって赤ワインや料理をスーツに打ちまけられると大変だ。最愛の人がこの会場で着るために贈ってくれた大切な衣類なのだから。
広壮な宴会場を突っ切ると意外な人達が目に入って来て、彼の意図がやっと分かった気がした。
「『チーム・セイブ』の皆様、今回はウチの田中先生に多大な協力を有難うございました。私は……」
最愛の人が第一助手のミラー先生がよほど驚いたのだろう。ワインに咽掛けて咳をしている。
「香川教授お会い出来て光栄です!この手術で第一助手を務めましたミラーと申します」
気管に入ってしまったワインのせいで涙目になっているミラー医師に最愛の人は親しみやすい微笑を浮かべて握手を交わしている。バーキング看護師はかなりの差別主義者のようだったが、生粋の日本人でも整った顔や日本人にしては白い肌色がお気に召したらしい。見下したような視線ではなくて感心したような表情を浮かべている。それどころか何だか恋する乙女(?)のように頬をわずかに紅に染めている。
「いえ、完璧な開胸術でした。そのお陰で田中先生が日本とは基準の異なる道具類に慣れる時間を稼いでくださって本当にありがとうございます」
国際公開手術は各国で手術を行う世界レベルの外科医の同窓会という側面もある。それぞれのスケジュールが合わないのでこの機会に集まると聞いていた。そういう人たちは心置きなく自分の近況報告などを語り合って閉会時間まで粘るとも。それに反して手術スタッフは料理やアルコールでもてなされて早々に散会するのだろう。もちろん報酬は振り込まれるが、このレセプション会場ではよそ者扱いだ。最後尾といった場所に追いやられているのがその証拠だ。
最愛の人は旧知の友人知人に挨拶するよりも先に祐樹の手術のスタッフに礼を言いたかったのだろう。彼の律儀な性格も関係しているだろうが、何よりも祐樹の手術成功を案じてくれていた点に愛を感じる。最愛の人がベルリンで国際公開手術に臨んだ時にはレセプション会場で手術スタッフに謝意を述べているのは見た記憶もない。
「いえ、田中先生が、チームと言って下さったので自分の出来ることを最大限に行っただけです。毎年の国際公開手術の画像を見ますが執刀医が真の医師で、他は機械のように扱われていたので今回もそうなのだ。歯車のように自分を殺して執刀医の先生の思うままに行動することを覚悟していました。しかし田中先生は『皆で手術を成功させよう』と鼓舞してくださって……。歯車ではなくて外科医の端くれだと考えて下さった田中先生には感謝しています」
ミラー先生は祐樹最愛の人と握手を交わしながら祐樹へと頭を下げている。
「見事な開胸術から類推してなのですが、術者に選ばれるのも時間の問題だと思います。近い未来に先生が術者に選ばれた時には会場に来ることが出来ないかも知れないのですが……、海の向こうから動画を拝見して成功を祈ることをお約束いたしますね」
ミラー先生の表情が喜色と決意らしき表情を浮かべている。
「有難うございます。そのお言葉を胸に精一杯精進いたします」
最愛の人は自分が術者に選ばれたベルリン以降、会場に