祐樹が内心を「ある意味」偽って、いや優しい嘘かもしれない表情を、煌めく眼差しで見つめている最愛の人は見透かせなかったようで安心した。
 容姿端麗、しかも祐樹好みの大輪の花のような風情だ。そして祐樹の知る限り最高に頭脳明晰な人なのだけれども、想像力に欠けるという些細な短所がある。
 尤もこの欠如は他人に向けられたことは一度たりともなくて彼自身にだけ発揮されている。
 最愛の人の紅色の眼差しが何だか夢を見ているような煌めきだった。
 ハードだと医師達が噂をする無医村に行っても最愛の人と祐樹なら対応可能だろう。
 最愛の人も学生時代は救急救命室でボランティアをしていた過去があるし、祐樹は救急救命医の資格も当然持っている。
 しかし、気が向いたら今の仕事では行くことが出来ないような旅行を二人で楽しみたいと考えている、オーロラを見に行くとか。
 だから休診しても大丈夫な場所を選びたい。
 ただ、そんなハッピーリタイアメント生活にも懸念点があるのも事実だ。
 次期病院長選挙に出馬する意向の最愛の人はよほどの番狂わせがない限り病院長確定だ。そうなれば医学会の重鎮として色々な役職や役目が与えられるのが通例だと聞いている。
 停年後のスローライフは半ば諦めているのも事実だった。最愛の人は祐樹が提案した未来予想図を夢見ているだろうが、多分そんなことにはならないと祐樹は諦めている。
 しかし、病院長として停年を迎えたら権威や権力に恬淡(てんたん)とした為人(ひととなり)だけにあっさりと全てを退いて祐樹と共に(ささ)やかなクリニックを経営しつつ気が向いたら旅行に行くという生活を選んでくれる可能性もある。
 「鬼退治アニメ」の主人公の心の中に入った青年が見た景色の参考になったと言われているウユニ塩湖とかマチュピチュなど纏まった休みが取れないと行くことが出来ない場所に一緒に行こうと約束しているので、律儀な彼は祐樹との口約束を優先してくれる気もする。
「お待たせいたしました。苺のクルスティアン、イチゴをマカロンよりも若干サクサクした生地に練りこんで焼いた物ですが、それにフランスの発酵バターミルクのソースを掛け回しまして、ひんやりしたイチゴパウダーとミントでアクセントを付けたお品で御座います」
 ギャルソンが美味しそう、かつ分かりやすく説明してくれるのも有難い。
「有難うございます。とても美味しそうですね」
 苺好きな最愛の人がごくごく自然な笑みを浮かべてギャルソンに言っている。サクサクというよりパリッとしたクルスティアンなるものをナイフとフォークで割りながら口を開いた。
「レインボーブリッジ近くのタワマンは海からの風にもさらされますよね?コンクリートも劣化が早いのではないでしょうか?あまり建築材に詳しくないのですが。
 それに台風の時って強風のせいで海の水も空中を舞いますよね。露出している鉄部分もそうですが、建物内部にも浸透しそうです。そうなったら修繕費も更に跳ね上がりますよね……?」
 最愛の人は弾むような手つきでデザートを切り分けていた仕草を一瞬止めて憂いを帯びた眼差しで祐樹を見た。
「祐樹の言う通りだ……。
 あちらのご婦人のように余剰資金がたくさん有る人ならともかく、ローン返済がきついと思っている人にとっては痛手だろう……」
 このホテルのマカロンは細い首を横に振る人が、苺のクルスティアンの味は気に入ったらしい。
 ネガティブな発言をすると最愛の人が幸せそうに味わっているデザートまでもが色褪せかねない。お菓子やデザートの好きな恋人ではなくて、さほど思い入れがない祐樹がこの会話の主導権を握るべきだろう。
「レインボーブリッジ近くではなかったですが、黒木准教授に届いたDMでは五億円の物件の紹介でしたから……」
 遠藤先生の例から考えてかなりのぼったくり価格なのだろう。
 黒木准教授はゴミ箱に捨てた上に停年後は文字通り「故郷に(にしき)を飾る」帰郷をして富山県だかどこかの田舎でのんびりと暮らすと聞いている。
 だからマンション投資に微塵も興味を抱いていないことを最愛の人も知っているので、手持ちのスマホで阿寒湖のマリモに手足が付いた、ゆるキャラめいたサイトを調べようとしていない。
「五億も借り入れてしまったら、年利2%として……えっと月に1,848,037円の返済か……」
 具体的な数字を聞いて口の中がヒヤリとした、決して苺のパウダーのせいではなく。
「約200万円ですか……」
 祐樹はAi(死亡時画像診断)センター長という肩書も持っている。センター長は准教授並みと見做されていて、給与にも反映される。
 しかし、あくまで所属は最愛の人が率いる心臓外科で、一介の医局員としてカウントされているので時間外労働手当も振り込まれる。
 ある意味「美味しいとこ取り」だけれども、月に200万円を30年もずっと支払い続けるのは当然ながら無理だ。
 医師は優雅な高給取りというのが世間のイメージだが、昔の流行語の3Kにばっちりと当てはまっていると祐樹は考えている。「きつい」のは3日徹夜とかザラだし「汚い」は野戦病院さながらの救急救命室で処置中に患者さんの体液を浴びたりタイル張りの床が血まみれだったりする時もある。「危険」についてはレントゲンやCTの放射能被爆(ひばく)や心臓外科にはさほど流行しないように細心の注意を払っているものの他科ではたびたび聞くインフルやノロウイルスの蔓延などだ。
「貴方は先ほどタワマンに対して否定的な表情を浮かべられましたよね?それは一体何故ですか?」  
 会話の途中で「しかし……」と言っていたのが妙に気になってしまう。



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