「貴方の仰りたいことが分かりました。
海の近くというのはロマンティックで良いですし、レインボーブリッジも綺麗で……部屋からそういう眺めが見えるというのは何というか……、日本のお城だと天守閣みたいな特別な場所という印象です。
けれども、海が近いというのは……建物がもろに塩気に当たりますね。劣化は早いハズです」
祐樹の実家は京都府の日本海側で、幼い頃は海でも山でも思いっきり遊んだ記憶がある。高校生の時だったか母が言っていた。
「海沿いの家は塩で錆びてメンテナンスが大変だ」とか。
今まですっかり忘れていたのは祐樹の実家が海沿いでなかったこと、そして母の言うことは右から左に抜けさせるという習慣を持っていたからだろう。
「リビングからレインボーブリッジを見ることが出来たり隅田川の花火を特等席で観賞したりすることは確かに都会人のステイタスといった感じはする。しかし……」
最愛の人は紡いでいた言葉を切って綺麗に等分に切り分けた鴨胸肉のお皿を祐樹へと差し出してくれた。職業柄短く切りそろえてある爪が桜貝のように綺麗だ。
「付け合わせのアスパラガス、先端部分の方がお好きでしょう?私は下半分を頂きましたが、絶妙の火の通り具合と味付けでしたよ」
甘鯛のお皿と交換しようとすると最愛の人は水滴を纏った紅い薔薇が朝日に照らされているような笑みを浮かべて祐樹を見ている。
大人の隠れ家めいた場所だけれども、一応は公共の場所だ。このホテルの34階以上は宿泊客以外原則として出入り出来ない。エレベーターも鍵をタッチしないと停まらない仕組みだ。
それに比べるとこのレストランはディナーを摂る目的と資金があれば誰でも入って来ることが出来るので、さり気なく辺りに視線を遣った。
このクラシカルな空間、しかもブリザードフラワーと思しき真っ赤な薔薇のツリーめいた物まである。その場所に生気に満ちて凛と咲き誇った紅い薔薇のような最愛の人は祐樹だけが独占したいので。
「大丈夫だ。先ほどのギャルソンさんは車椅子の女性に手を貸しに行ったようなので」
このクラスのホテルなら車椅子にも対応する義務があるハズだけども実際にそういう客を見たことがない。
好奇心に負けて最愛の人の紅色の眼差しが向かっている方向へと視線を遣った。車椅子に座った品の良い老婦人が一人でレストランに来たのだろうか?スタッフは手慣れた感じで車椅子を操作しながら何やら会話を交わしている。
「病院では見慣れていますが、こういう場所で単独行動なのですね……」
介助をする人が居ないのかとか、ディナーを一人で摂るというのは寂しくないのだろうかとか思ってしまう。
ただ、ギャルソンと女性スタッフが最愛の人と祐樹に向けたスタッフとして申し分のない態度ではなくて、もっと親身な雰囲気を漂わせて話し掛けている。心臓外科はご年配の患者さんが多いので年齢の察しはつくようになった祐樹だが、多分80歳後半といったところだろう。
「このホテルにも居るのだな……。
多分あのご婦人は持ち家を処分して終の棲家としてずっとこのホテルに滞在しているのではないだろうか?
ホテル側としても私達のようにいつ来るか分からない客よりも常に部屋をキープしてくれる客を大切にすると聞いている」
一体幾ら掛かるかは知らないが、きっと大きな屋敷で孤独に、そして不自由に暮らすよりもホテル暮らしの快適さを選んだのだろう。
「なるほど、掃除も洗濯も食事も全て人任せに出来ますからね。
それにこのホテルに泊まる老後を選んだということは大きなお屋敷にでも住んでいたのでしょう。
使用人が居ればまた話は別ですが、特殊清掃人が必要なレベルでご遺体が発見されることもないでしょうから合理的な選択かもしれません、ね?」
特殊清掃人とは一人暮らしの人が自室で亡くなって数十日以上発見されず近所の人から「異臭がする」とかのクレームが入るレベルになった部屋を綺麗にするのが仕事の人だ。
祐樹も救急救命室で火災や事故で人間の形をかろうじて保っているだけという患者さんの措置をしてきた。
しかし当然ながら亡くなった人は地下の霊安室に搬送されるので特殊清掃人が見るような凄惨な現場は体験していない。そういう意味では素直に尊敬出来る。
そんなことを考えながらでも鴨胸肉のローストは大変美味だ。医師の常識というか感性には想像力を遮断する機能でも付いているのかもしれない、外付けで。
骨付きでサーブされたのだけれども、最愛の人が器用に取り除いてくれている点にも感謝しかない。
「私は家事が気晴らしなので、たまに来るなら良いけれども、毎日一人でホテルの客室に居るときっと手持ち無沙汰になってしまって落ち着かない、な……」
アスパラガスを薄紅色の唇に運びながら健気な言葉を紡いでいる。
「停年を迎えたら私たちは無医村ではない田舎の海辺の町で二人のんびりと診療所を開くという未来予想図を約束していましたよね?
家事は貴方ほど上手ではないですが、アイロンの掛け方とか部屋中をピカピカに磨き上げる掃除の仕方を教わる積りでいます、よ?ああ、海辺ということで錆びの対策もしないといけないですね?」
極上の笑顔を繕って最愛の人と視線を絡めた。目は心の窓ともいうし、気付かれないように用心しながら。
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