わざわざ最愛の人がイギリスにまで持って来てくれた祐樹にとって世界一美味しいコーヒー、きっとあのコーヒーを国際公開手術前に二人で飲んだからこそ祐樹は成功したのだろうとまで思ってしまう。
そして、最愛の人が桂離宮で教えてくれた茶道のようにお茶碗の良し悪しで味が変わるのはきっとコーヒーも同じだろう。フォートナム&メイソンで無事に買えたら帰国したらリクエストしてみよう。
「……副会長のコナーズ教授のご挨拶の後に田中先生の挨拶をしていただきます」
キビキビとした低い声に我に返った。
「申し訳ありません。手術で疲れ果ててしまっていたようです……」
グリフィン氏は納得したような笑みを浮かべていた。
祐樹は最愛の人のベルリンでの晴れ舞台しか見ていないが、国際公開手術を気息奄々といった感じで成功させた術者もきっといただろう。
バックヤードに控えていた術者よりも経験豊富かつ才能にも恵まれた外科医が自分の出番は直ぐに来るだろうと判断しつつ控えていたような術者が。
今回の祐樹の手術はバックヤードのアッシュベリー先生はただモニターを見ていただけだっただろうが。最初こそ戸惑ったし第一助手のミラー先生に開胸術を任せてしまった。
しかし、準備万端のアッシュベリー先生だったらそれこそ目を瞑ってでも開胸術くらいは出来るだろう。
「副会長の後に挨拶すれば良いのですね?
ちなみに私の挨拶は何分くらいなのでしょうか?」
一応考えてあったものの小学校の頃、校長先生の長くて退屈な挨拶だか訓示よりは短いハズだ。
ちなみに夏休みに入る時の校長先生の演説が長すぎて貧血で倒れる女子が数人居たなと脈絡のないことを考えた。
口実ではなくて本当に疲れているのかも知れない。こうも脈絡のない記憶がポンポンと浮かぶのだから。
まあ、普段の手術とすることは同じだが、世界的なレベルの登竜門とか檜舞台と言われているので心の在り方が異なるのだろう。
そうだ、森技官が省庁合同で行うという国際公開手術にアッシュベリー教授も誘ってみた方が良いだろう。世界レベルの外科医の名前を論文の活字でしか知らない祐樹と異なって最愛の人は知人レベルで知っていてアッシュベリー先生のことも知っていた。
最愛の人は祐樹と過ごす休日をそれはそれは大切にしてくれていて、祐樹以外の人間と過ごすことなど考えてもいないのは有難いし愛おしい。
しかし、祐樹が国際公開手術の成功術者になったのだからこれからは大学病院とか厚労省で会った医師達とは異なった知り合いが増える、それも世界レベルの。
そういう人たちは各々が忙しいので、あと40分程度で始まるレセプションパーティを毎年の同窓会のように使っていると聞いている。
当然ながら祐樹も来年からは堂々と出席出来る資格を手にした今は海外旅行の目的をレセプションパーティにと設定したらどうだろうか。
最愛の人と出席して彼にも知人と旧交を温める機会を作るのも生涯に亘るパートナーとしての役割かもしれない。二人きりになったら最愛の人の意向を聞いてみよう。
「短い方が喜ばれます。田中先生もお分かりだと思いますが……外科医は気が短いもので……。
そうそう、いつのレセプションだったか忘れましたが、そしてついでに料理名もうっかり失念してしまいましたけれど……キャビアと固く茹でた卵の黄身を混ぜて大ぶりのクラッカーに載せるスペースに行き、その場に居たシェフに『そんなのはとても面倒だ。アイスクリームを掬う大きなスプーンみたいなのを持って来い。それでキャビアを食べると時間短縮になるだろう?卵の黄身にちまちまと載せる暇なんて私にはない!』とか言い放った高名な外科医の先生もいらっしゃるので……」
アイスクリームを掬う大きなスプーン……?もしかしてサーティワンとかハーゲンダッツの店舗に行った時に店員さんがアイスクリームを半円状にしてくれるスプーンのことだろうか……。
祐樹もキャビアは好きな方だがアイスクリームの大きさになった物は食べたくない。あくまでイメージで何の根拠もないのだけれども、そんな大量に食べたら胸やけがしそうだ。
祐樹も短気なタイプだと自己分析していたのだけれども、これから入る「世界的」と称される外科医の中ではもしかしたら物凄く気の長い人間に属するのかもしれない。
ミズ・パラダイスが革の書類ホルダーと思しきものを抱えて来た。
「田中先生、こちらが国際公開手術協会の申込書です。そしてこれが会員規約です。一応目を通してサインをお願いします。
協会員になられましたら外科医としてこの上もなく名誉なことですわよ?」
これで最愛の人と「外科医としても」肩を並べることが出来る、表向きは。
実際にはまだまだ実力的にも大きな懸隔があることを祐樹も自覚していたが。
「これはこれは……、田中先生コングラチュレーションズ!!」
ミズ・パラダイスやグリフォンさんも直立不動といった感じで立っているので相当偉い人、いや外科医なのだろう。
祐樹も名前を書き殴っていたペンを止めて中腰から背筋を伸ばして立った。
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