「田中先生カッコ良いです!何だか撮影に向かう雑誌のモデルさんみたいです!」
呉先生も森技官との恒例の口喧嘩だか痴話ケンカの混じったものを休戦させて祐樹の方へ軽やかに歩み寄ってしげしげと見ている。
そして祐樹最愛の人のスーツに包まれた肩を細い綺麗な人差し指で突いている。
「教授もそう思われませんか?」
最愛の人は大輪の紅い薔薇が咲き誇ったような笑みを浮かべている。
「はい!祐樹の秀でた額が露わになっている時も大好きです。
去年の小児科のハロウィンの時もアイマスクで髪を逆立てて歩いていた時に脈拍が高まっていました……」
華奢な首を傾げている呉先生は新館ではなくて旧館に彼自身の小さな城である不定愁訴外来を構えていて、小児科の催し物を知らなかったらしい。
看護師や事務局の女性などはLINEグループなどで繋がっていて、情報は即座に伝播されるようになっている。
不定愁訴外来にも停年間近だか停年後の再雇用だか詳しくは祐樹も知らない加藤看護師が居て呉先生の業務を手伝っているのだけれども、歳が違いすぎて即戦力ナースとは一線を画しているようで情報は入らないのだろう。
「そんな奇天烈な頭が好みなのですか?
だったら私も重力に反したヘアースタイルにしてみようかと……」
奇天烈とかケンカを売っているのかと思ったがスルーした。
「ばーーーか!!こういう斬新な髪型は田中先生がするから良いんだよ!!
お前がしたら仮装にしか見えないし、良い歳をして痛過ぎる大人だと周りの人から生暖かい目で見られるだけだぞ!!」
呉先生が森技官に可憐な毒針を撒いているのを後目に最愛の人の切れ長の目を見つめる。
「行って来ます。また後程お会いしましょう」
ダイヤモンドよりも煌めく眼差しと満開の薔薇の笑みがが祐樹の背中を押してくれた。
「会場で、な……」
至近距離で見つめ合うと指を絡ませたりキスをしたくなったりする。
いくら呉先生や森技官には真実の関係を知られているとはいえ流石に憚られた。
「田中先生!スピーチに野次は飛んで来ないのですよね?」
森技官が真剣そうな表情になっている。ベルリンの時は祝賀ムードといった感じだと記憶しているのだけれどもと首を傾げて最愛の人を見ると清浄な眼差しで頭を振っている。
「そうですか……。では私の出番はなさそうですね。省庁内で足を引っ張られる恐れは今のところないですが、万が一そんな事態に陥ったら潔く省を辞めて……」
実家の産婦人科のクリニックに帰るのだろうか?いや、生理的にそれは無理だろう……?
「省を辞めてどうなさるのですか?」
呉先生は真面目に取り合っていられないという感じでそっぽを向いていたのだけれども律儀で真面目な最愛の人が目を瞠って聞いている。
「元厚労省官僚として国政選挙に出馬して、8年から12年で厚労大臣を目指します」
8年とか12年はどこから出た数字だろうと疑問だったが、きっと任期が異なる参議院と衆議院の二期を務めあげた後ということだろう。
果たしてそんなに早く大臣の椅子が手に入るかと思ってしまったが、森技官は人の秘密を集めるのが趣味だ。
その気になれば総理の絶対に隠したい秘密も暴いて、交換条件として入閣ということもあり得る。
「ああ!国会中継中、と言っても私は患者さんのベッド脇に置いてあるテレビでちらっと見ることしかありませんが、野次や罵詈雑言の嵐ですからね……」
アルマーニを完璧に着こなした森技官は広い肩を竦めている。
「そうなのです。その時に備えて野次の応酬を学んでおくのも良いかと思いついた次第です」
いや、「総理!それは詭弁だ!」とか「総理!説明責任を果たせ!」みたいな野次しか飛んでいないような気がしたが、森技官だとそういう野次も真っ向勝負で討ち果たすような気がした。
「そして最短八年の下積みを経験した後に次官だって呼びつけることの出来る大臣となって舞い戻ります」
森技官らしい気宇壮大な意趣返しだなと思いつつ客室から出た。
言われた通りにエレベーターでセカンドフロアに降りるとここは戦場の作戦室かと思うほど人が血相変えて走り回っている。
皆出て来る扉は同じなので本部はあそこなのだろう。
一応、主役のスピーチは考えて来たが、会場の雰囲気に合わせて臨機応変に行こうと決意した。
「あの!今回の術者の田中ですが?」
割と偉そうな人が通りかかったので声を掛けた。
「ああ、田中先生!コングラチュレーションズ!!お待ちいたしておりました。運営委員会所属のギル・グリフィンです。
また、パーティの開始時間が遅くなって誠に申し訳ありません」
握手のために手を差し出して来たやや黒味がかった青色の目には済まなそうな感じが溢れている。日本人ならお辞儀をするだろうなと思いながら握手を交わした。
「では、こちらにいらしてください。ミズ・パラダイス、パーティの進行表を取って貰えませんか?」
随分縁起の良い名前だなと感心してしまった。40歳前後のスレンダーな美人が祐樹に感じの良い笑みを浮かべて紙をグリフィンさんに差し出している。
そういえばグリフィンも鷲の翼とライオンの体を持つ聖獣だったような気がする。最愛の人が昨夜見惚れていたカップにもグリフィンが金箔で模られていたなと懐かしく想い出す。
あれを英国のお土産として、また今回の成功のご褒美として買って帰るのはどうだろう?
そうすれば帰国後のお祝いとしてそのカップでコーヒーを淹れてくれるかも知れないなと楽しく予想をしてしまった。
--------------------------------------------------
二個のランキングに参加させて頂いています。
クリック(タップ)して頂けると更新のモチベーションが劇的に上がりますので、どうか宜しくお願い致します!!
にほんブログ村
小説(BL)ランキング
2ポチ有難うございました<m(__)m>
本記事下にはアフィリエイト広告が含まれております。