胸中は薫風の8割くらいサッパリしたのだけれども、まだまだ森技官への怨念がカスミのように燻っている。
もう昔のことだし、祐樹は過去のことは綺麗さっぱり忘れるようにしているのだが、最愛の人のこと絡みの件については別格だ。
というか最愛の人がそれこそ骨身を削ってまで行っている手技にそんな冤罪をかけられたら彼が恋人ではなくて尊敬する上司という間柄であっても激怒するだろう。
祐樹は勘というか匂いで同好の士が分かる。
最愛の人の時は「婚約者」の長岡先生同伴での帰国という「優雅なご身分だ」という怒りで目晦ましを食らったのは痛恨のミスだった、誤解が解けて良かったものの。
呉先生の場合は同じ性的嗜好の持ち主だとピンと来たし、呉先生も森技官がどうこうではなくて手術ミスが本当に有ったのかを気にしていた。
他の医局員でも捏造だと分かるだろうが、その背後にある事情まで察することは出来ないだろう。
医局でそういう性的嗜好の持ち主は祐樹の見るところ最愛の人と祐樹だけだ。
帰国時に何故長岡先生と婚約者のフリをしていたのかというと、本来の婚約者である岩松氏に断るのに細心の注意を払う与党大物のご令嬢からの縁談が舞い込んできたせいだった。
岩松氏は公私に亘って信頼出来る長岡先生を心に決めていた。
彼女は家事もからっきしだが「信頼出来る家政婦を見極める目が大切だ」とか言われているらしい。
しかも内科医としては超が付くほどの有能さだ。
ちなみに最愛の人は自分が手術ミスをしたわけではなくて単に名前が使われただけなので記憶の奥底の凍土に冷凍保存しているような気がする。
莫大な記憶容量を持っている人なので消去はあり得ないが、氷漬けにして放置している感じだ。
祐樹的には手術ミスの捏造だけでも半殺しをしたい気分だったというのに、性行為無理強いをされている呉先生のことを思えば完全に抹殺してしまっても良いような気がしたのも事実だった。
ただでさえベルリンの国際公開手術に行けるかどうかイライラしていたというのに……。そんな最悪の出会いだったので祐樹が頭の中でだけ殺意を抱いたのも当然だろう。
呉先生の場合、思春期の頃から少数派の性的嗜好を自覚していたわけではなくて、単にそういう衝動が希薄といった程度の認識だったらしい。
森技官も祐樹が呆れるほど口が達者なのに徳島だか高知大学だかの学会で呉先生を見初めて思いつめた挙句に母校の心臓外科の手術ミス画像の執刀者の名前を替えたでっち上げの画像で脅迫しなくても良いと思う。
「お前の口は皮肉や毒舌だけのために付いているのか?」と祐樹としては小一時間ほど問い詰めたい気もする。
今更遅きに失しているだろうけれども。
心臓外科の手術ミス画像が選ばれたのは最愛の人が病院の看板教授だったからだと聞いている。
呉先生は精神科の真殿教授と執務室の外にまで聞こえるような大喧嘩をして、本来ならば僻地の公立病院に「島流し」されるところを斎藤病院長のタヌキ、いや鶴の一声で不定愁訴外来というブランチ設立が許可された。
そのせいか、病院を、それこそ身を挺して守ろうとする気持ちは最愛の人や祐樹などよりも遥かに強い。
その後付き合いが深まっていくうちに森技官が厚労省、そして日本の国のために粉骨砕身して働いていることは良く分かったので仲の良いケンカ友達という関係性に落ち着いている。
しかし、時々鋭すぎる言葉の刃が降ってくる、特に祐樹目掛けて。
「祐樹、そろそろ時間ではないか?」
どう言い返してやろうかと毒の籠った言葉を考えていた祐樹に最愛の人が銀の鈴を彷彿とさせる怜悧な声を掛けてくれた。「あ、すみませんもうそんな時間ですか?こうして四人で居ると何だか日本にいるみたいで心も落ち着きました。
では会場でお会いしましょう」
唇をリネンで拭って立ち上がろうとする。
「祐樹少し待ってくれないか?」
最愛の人が先に立ち上がってルイス君がパーティ用にと整えてくれた髪に触っている。
「こういう髪型も新鮮で良いな。
ただ、この辺りのセットが乱れている。指で何とかなるだろうか?」
やたらツンツンした髪型は落ち着かないが、セットしてしまっている以上、水でもかぶらないと普段の無造作な髪型には戻れない。
「整髪料なら持っていますよ。身だしなみにも常に気を配っているのが社会人ですから」
暗に社会不適合者と言われた気がするが、言い返して口喧嘩になる時間はない。
森技官は常にオールバックなのでそういう小道具も持ち運びしているのだろう。
鞄から取り出した森技官は最愛の人に瓶だかプラスティックだか分からない物を手渡している。
「左右対称にするには……、ここを捩じって……こうだろうか?」
最愛の人の冷たい指先が時々頭皮に触れてとても気持ちよかった。
祐樹にとってはどうなっているのかサッパリ分からない髪型を彼は一生懸命に少しでも見栄えが良くなるように努めてくれているだけにも関わらず……。
「これで左右対称になったと思う、少なくとも肉眼では」
彼の明るい声に虫眼鏡とか望遠もしくは顕微鏡で見る人間なんていないと苦笑した。
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