「はい、一円です」
 スーツのポケットから小銭と千円札はたくさん入っている財布を出して中を探った。
 肝心な時に目当ての小銭がないという事態も危惧したが、幸いなことに発見出来た硬貨を出した。
「しかし、このボールペンの相場は良く分かっていますので私が物凄く得をしたということですよね?
 その上最愛の貴方が使っていたというプレミア付きですから、更に価値は高まります、私にとって……。
 その埋め合わせと言っては何ですが、今から大阪の第二の愛の巣に二人して逢引(あいびき)に行くというのは如何(いかが)でしょうか?
 もしかして夕食の支度をなさっているなら、涙を呑んで諦めますが……?」
 今から予約を取って間に合うかどうかまでは定かではないものの、彼が了承してくれれば電話して確かめよう。
 最愛の人は瑞々しい大輪の花のような笑みを浮かべている。
「それは嬉しいな……。夕食は祐樹も知っての通り冷凍庫の中なので大丈夫だ」
 五月の薫風に吹かれる薔薇の花のような笑みを浮かべて祐樹の差し出した一円玉を弾む指先で受け取って、ボールペンを優雅な仕草で渡してくれた。
 頭を下げて胸ポケットに挿した。普段は製薬会社の営業マンが山のようにくれる薬剤名入りのボールペンを愛用している祐樹だけれども。
「部屋が埋まってなかったら良いですね……。
 ちなみに夕食はいつものように『(シャン)(タオ)』にしますか?」
 スマホに登録したホテルの予約用電話番号をタップしながら聞いてみた。
 とても美味しい料理を作ってくれる最愛の人だ。祐樹の母から託された「田中家のレシピ」を基にしてより一層祐樹好みの味に工夫してくれた料理は最高に美味だ。
 しかし、中華だけは火力の問題でどうしても店には敵わないとリッツカールトン大阪の中華レストランがお気に入りで……。
 「田中家のレシピ」といっても祐樹の家はそんな大層な家ではなくて祐樹の母が祐樹の好きな献立を記した単なるノートなのだが。
「そうだな……。祐樹が構わないなら今日はフレンチが食べたい」
 春風に乗ったような怜悧な声が執務室に微かに響いた。
「貴方が望む食べ物が私の食べたい物ですので……。客室もレストランも大丈夫だそうです」
 最愛の人にそう告げてから会話をミュートにして執務用のデスクに視線を向けた。
「チェックインとレストランどちらを先にしますか?」
 祐樹が電話を掛けている隙を狙った感じで最愛の人は執務用デスクのパソコンに向かっている。
 きっと内田教授からのメール、「悪質な営業マンの言いなりになって億単位のローンを背負うリスクを取りますか?」の内容をチェックしたいのだろう、職務に熱心な人なので。
「先に食事を摂りたいな……」
 紅色に薫る笑みに頷いて要望を告げていると、メールチェックを終えた最愛の人が執務室を軽やかに横切って白衣をするりと脱いでハンガーに掛けている。
 そのしなやかで優美な所作にも見惚れてしまう。
「では一旦マンションに戻って車を出しましょうか?それともJRで行きますか?」
 最愛の人は楽しそうな思案に暮れた表情を浮かべている。
「JRは他の乗客の耳が有るので、車が良いな」
 そういえば遠藤先生がモルガンスタンレー銀行に本人も忘れていた多額のお金が入っていることを最愛の人が何故分かったのかとか聞いてみたい。
 お金の話は電車でするのも気が引ける。きっと最愛の人もそう考えたのだろう。
「……で、遠藤先生のモルガンスタンレー銀行に纏まったお金が残っていると何故分かったのですか?」
 最愛の人の横顔が高速道路の照明に照らされてより一層陰影に富む繊細な美しさにチラチラと目を遣りながら聞いてみる。
 金曜日の18時半は大阪方面行きの車線は割と空いていたので、さほど神経を使わずに運転を楽しむことが出来た。京都・東京方面行きの車線は渋滞気味だったのとは大違いだ。
「アメリカやイギリスは国立大学がなくて学費の高い私立大学ばかりなのだ……。
 名門大学ほど学費が高いと聞いたことがある」
 大学病院からの帰り道に最愛の人が自販機で買った「午後の紅茶」のミルクティのペットボトルを楽しそうに口に含んだ後に話してくれた。
「そうなのですか?日本でも私立大学は高いですけれども、慶応義塾大学の医学部は私立にしては学費が安いとか……。
 逆に偏差値の低い医学部ほど学費は高いとか」
 祐樹は根っからの庶民なので大学受験時に私立大学は金銭的に無理だったのを懐かしく思い出した。
 最愛の人もお母さまが入院していた病院の院長先生のバカ娘と婚約する代わりに学費だけでなく生活費の援助を受けていたと聞いている。
 その院長先生が良いと言えば、慶応義塾大学の医学部だったら入学しただろうなと漠然と思ってしまう。
 ちなみに第一志望に受かったとお母さまに報告した後にお亡くなりになったと聞いている。
 バカ娘も「婚約者」が受験だというのにボーイフレンドとドライブに行って交通事故に遭ったのは自業自得だろうが。
「慶応の場合は卒業生の寄付金の額が物凄いらしい。幼稚舎から入るような人は……長岡先生を見ても分かるだろう?」
 淡い笑みを浮かべて最愛の人が言葉を紡いでいる。
「確かにそうですね。しかし、長岡先生の場合卒業は森技官と同じ大学ですよね?
 エスカレーター式に上には進めなかったのでしたっけ?」





--------------------------------------------------
二個のランキングに参加させて頂いています。
クリック(タップ)して頂けると更新のモチベーションが劇的に上がりますので、どうか宜しくお願い致します!!

にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ
にほんブログ村



小説(BL)ランキング
2ポチ有難うございました<m(__)m>






本記事下にはアフィリエイト広告が含まれております。

























































腐女子の小説部屋 ライブドアブログ - にほんブログ村




PVアクセスランキング にほんブログ村