このポケットチーフの折り方はどうなっているのだろう?
自分の記憶にある全てのポケットチーフの折り方は遊び心を持たせるというか一つの装飾品として目立っているような物ばかりだ。
それなのに濃紺のジャケットに真っ白いポケットチーフが胸ポケットの上に一センチ、いや七ミリほどの短い長方形を形作っている。
レセプション会場の主役はあくまでも祐樹で自分は脇役だ。
それとも奮闘する部下を上司が労いに来たと思って貰うにはこういう目立たない物の方が良いのではないだろうか。
今は離発着時ではないので機内Wi-Fiを接続すればスマートフォンで検索出来る。
確か接続方法はこのリーフレットに書いてあったはずだと急く指先で探し出した。
鬱々と考え込んでいるよりも他にすべきことが出来てそちらに集中力を全振りする方がよほど建設的だろう……。
スマートフォンで検索したら、幾つもヒットした。
どうやら流行っているようだが、ファッションに微塵も興味のない自分は知らなかった。
ただ、正規の折り方ではなくて専用の小道具が必須らしい。
そういえば、自分の高校時代の制服もネクタイ必須だったが、後ろにスナッフボタンが正式名称だと思うのだけれどもクラスメイトはホックボタンと言っていた。そういうモノで予め結んであるネクタイを首の後ろで留めているという作りだった。
ざっと見た感じ、補助具なしで雑誌のような折り方は出来ないようだった。
そういえば、ネクタイをキチンと結べるようになったのは高校卒業後に大学の入学祝いにと院長先生に頂いた。
婚約をしていたお嬢さんが事故死した後も援助を続けてくれた院長先生に頂いた。その時に「新社会人応援!」と書いてあった量販店に行ってスーツとワイシャツを買った。
二着セットで8千円だったと記憶している。当時の自分は全く知らなかったが今も愛用している老舗ブランドのネクタイだった。
スーツ二着よりもネクタイの方が4.5倍もすると知ったのは日本の大学病院の教授職に相応しい服装というのを色々詳しい長岡先生に聞いた時だった。
「国立大学教授最年少ですわよね。でしたら、このブランドが最も嫌味がなくて宜しいかと存じます」
LAの店舗に案内してくれて、何気なくタグを見たら院長先生に貰った物と同じ意匠だった。その頃は金銭的な余裕も出来ていたのでそういうものかと思って彼女のアドバイスに従ったのも、今となってはセピア色の記憶だ。
ちなみに令嬢の生前も異性に全く興味はなかったので、恋愛感情などは抱きようもなく単なる義務感と打算で婚約を交わしただけだった。
母の心臓の病気のせいで医師になりたいと思っていたが、学費や生活費・予備校代などを考えると現実的には不可能だと諦めていた。
自分の模擬試験の成績と共に送られて来る小冊子に名前と高校名が掲載されているのを令嬢が気付いたのが転機になった。別に隠す必要は一切感じなかったので「名前・学校名は伏せる」という欄にチェックを入れなかったので。
令嬢が母の見舞いに行った自分に話があると呼び出した。
「父が貴方の成績なら生活費と学費全部を援助して良いと言ってるわ。条件は将来結婚して病院の跡を継ぐの。でも、私が欲しいのは病院長夫人の座だけなのよね。結婚後も好きに暮らさせてもらうというのはどうかしら?
香川君は医師という未来を手にして、私は自由気ままに暮らすというギブアンドテイクって関係は」
自分の少数派の性的嗜好は漠然と自覚していた。だから、この母が入院している大きな病院を継いで彼女のことは愛せないまでも大切にしようと決意して婚約したのだが。
今思うと、彼女のことは全く愛してはいなかったが、院長先生には見たこともない実の父のような思いを抱いていた……。
令嬢がボーイフレンドと行ったドライブで危険な運転で事故死した後にも律儀に援助をして下さって医学部に入ることが出来た恩は今でも感じている。
大学生になった後に、キャンパスで祐樹を見かけて初めての恋というか、一目惚れをした。
その祐樹がゲイバーで綺麗な男性を口説いているのを偶然見かけてしまうというアクシデントに見舞われたなと淡く笑みを浮かべた。
ゲイバーのオーナーは祐樹も自分も少数派の性的嗜好の持ち主だと勘で分かったらしくて無料チケットを下さったのが行こうと思った切っ掛けだ。
キャンパス内では祐樹の目に入らないように必死に避けてきたのは異性愛者だと当然のように考えていて……自分のような者が居ると悟られたくなかったからだ。
とにかくオーナーは別々に無料チケットを渡していて、たまたま行く時間が被ったのだけれども、令嬢の死と母の死が次々と起こった自分は「自分と関わる人間は皆不幸になる」と頑なに信じていた。
祐樹の輝くようなオーラがひたすら眩しかったのも、そしてどうしようもなく惹かれていくことも怖くて目に入らないようにするという戦法を取っていた。
それなのに同じ性的嗜好を持っていた場合の方が絶望した。
恋愛対象には入るだろうけれども、絶対に選ばれないというジレンマに耐えきれないと衝動的に思い込んでアメリカ行きの飛行機に乗った、まるで逃げるように、いや正確には逃げた。
その時も院長先生から貰ったネクタイは持っていったのは少しでも繋がりが欲しかったに違いない。
当時の絶望的な気分に比べれば今の自分は幸せだ。そう思えば気分が浮上する、僅かだったけれども。
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