「頂きます」
 少し頭を下げてからお茶を口にした。親しき中にも礼儀ありというのが祐樹の信条だったので。
 口の中には微かな甘みと苦みが程よく調和して(まろ)やかな爽快感が広がった。
「美味しいです。鬼退治アニメの主人公が始まりの呼吸の剣士の動きを模した絡繰(からくり)人形の特訓で――まあ、飲まず食わずで、かつ睡眠も取っていない上にあんなに動き回っていたら普通は死に至ると思いますが――やっと一撃を入れることが出来た時に『お茶は高級玉露で』と言った気持ちが分かるような気がします」
 素直な感想を述べると最愛の人は極上の笑みの花を咲かせている。
「そうか、祐樹の口に合って良かった」
 安堵したような溜め息を零した後に薄紅色のやや薄めの唇にお湯呑みを近づけている。
「良い香りだ……。多分鬼退治アニメの主人公が飲んだのもこんな香りだったと思う……。玉露の淹れ方は大正時代の人だったら常識だったと思うし……。
 こちらからだと藤の花も良く見えるな……」
 お茶を飲みながら遠くの藤の花を眺めている。
「流石に名だたる庭園ですよね。緑と花と建物の調和がどこから見ても完璧ですし……。あの池の葉っぱは何の植物ですか?」
 当然ながら東屋(あずまや)には壁はない。翡翠にも似た薫風が吹いて来て心も身体も爽快感に満たされる。その上口の中まで清められていくようなお茶を飲みながら東屋の奥にある池に視線を遣った。
「多分、(はす)だと思う。花芽はまだ出ていないようだけれども、開花時期が確か六月頃なのでそれは仕方ないな……」
 満足そうな声も翡翠の色に染まっているような気がした。
「教えて下さって有難うございます。蓮の花も綺麗でしょうね。あの大きな葉っぱが邪魔にならないと良いのですが……」
 茶飲み友達という言葉があるけれども、個人的に何が良いのか全く分からなかった。しかし、彼となら――停年後の二人の野望でもある、のんびりとしたクリニック経営の休診日に――縁側でお茶を飲みながらこうして語り合って過ごすのも楽しいだろうなと心の底から思う。
 身体機能も加齢には勝てないので愛の交歓のペースは絶対に落ちるだろうけれども、そうなった時には身体ではなくて魂で結びついているので平気なような気がした。その時になってみたらまた異なった感慨を抱くかも知れないけれども……。
「蓮は仏教で最も尊ばれている花なのだ。泥の中から――つまり苦しい生を象徴している――出て来て凛と咲く花なので。確かに葉は大きいけれども、葉には絶対に隠れないで、清廉な感じで咲いているのが特徴だ。白と桃色のコントラストが特に美しい……。
 ……小学校の時に母の体調が若干回復して歩いても良いとお医者さんに言われた時に近くのお寺に蓮の花を見に連れて行ってもらった記憶が有る。
 その時の花の綺麗さと母の済まなそうな笑顔は一生忘れないだろうな。『聡、こんな所ではなくてもっと楽しい場所に連れていって上げられなくてごめんなさい』と。その時は何故謝るのか理解出来なかったし、母と手を繋いで歩くだけで充分過ぎるほど楽しかったので。
 ただ、子供が行きたがるような遊園地とかそういう場所に母としては一緒に行きたかったのだろうと思う。私は母が臥せっていないだけでとても嬉しかったのだけれども……。
 それに遊園地とか水族館とかそういう場所に興味もなかったし。そう言う意味では思い出深い花だな……」
 淡々としていながらどこかしみじみとした口調で紡がれた言葉に――彼がお母様とどこかに行ったという話を聞くのは初めてだ。心疾患を抱えていて彼が大学に合格したという報告を聞いてから直ぐに亡くなったということは知っていたけれども――具体的な話はしたことがない。
「貴方のお母様はそれこそ極楽の蓮の花の上で見守って下さっていると思います。蓮は6月ですか……。また山科さんにお願いして雨の中の散策も致しませんか?」
 蓮の花にそんな想い出が有ったとは知らなかった。蓮の花を見たら最愛の人もお母様のことを色々と話してくれるかもしれないなと思って誘ってみた。
 彼は寂しそうな中にも晴れやかな笑みを浮かべている。
「そうだな……。祐樹と梅雨の雨の日にデートするのも良いかも知れない……」
 お湯呑みを茶托に静かに置いている。
「斎藤病院長と鉢合わせしないようにだけ気を付けなければいけませんね。人脈作りとか学長選挙に向けてのPRを兼ねて病院ではなくて大学の学部長の人とこういう庭園で密談しているところに居合わせたくはないですから……」
 最愛の人は「確かにその通りだ」と言わんばかりに大きく頷いている。最近はそつなく人と話せるようにもなったし、笑顔もごくごく自然に浮かべている。ただ、根本的には良く知らない人と話すのは苦手らしくて精神力というか精神的なエネルギーが消耗すると言っていた。
 仕事の延長線上ならば仕方ないと割り切っているようだったけれども、プライベートの時に闖入者は好ましくないと思っている様子だった。その点は祐樹も同様だった。デートの邪魔をされて喜ぶ人間など居ないと思うのでごくごく自然な反応だろう、多分。
「それはそうとこのお茶菓子は有名なお菓子なのですか?コロッとしていて可愛い形ですけれども、余計な装飾がないので、抹茶の時のお菓子とも異なるようですが?」
 お菓子全般に詳しい最愛の人なら知っているかも知れないなと思いながら聞いてみた。




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 こうやま みか拝


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