「祐樹も知っての通り痣というのは色々あるけれども、赤い痣は皮膚科では『血管腫』と呼ばれていて、あのアニメの描写と似ているのは血液中に存在する赤血球が皮膚にまで浮き出た物を言うな。
ちなみに茶痣は表皮に存在するメラニン色素が多いために周りの皮膚よりも濃く見える物で……」
薄紅色の長い指が弾んだ動きで祐樹の取り皿に良く煮えた豆腐と白菜と大ぶりの椎茸を入れてくれている。彼は祐樹の苦手な食材を当然把握しているので、その中には含まれない物かつ、そして少しでも身体に良い物を摂って貰いたいという意図だろう。
ただ、「祐樹も知っての通り」という枕詞的な言葉を付けて説明されると祐樹としては背筋にむず痒い感覚が走る。
皮膚科は大学時代に単位取得のために勉強した覚えはあるけれども、祐樹得意の一夜漬けの試験勉強の後に大学に行ってB4の答案用紙に書いて提出した後には綺麗サッパリ忘れ果てるという「どうでも良い」科目の勉強法の中に入っていたのが実情だった。
実家がクリニック経営をしている同級生などは外科であれ内科であれ患者さんの「ついでの相談」で「皮膚科の勉強もしなければならない!」と恨めしそうに言っていたのを「大変だな」と他人事として聞き流していた。
学生時代の祐樹は専門性に特化した大学病院である程度の箔を付けたら私立の大きな病院に移るか、大学病院で停年まで残るかの二択だと考えていたので――そして最愛の人と巡り合った後は後者一択になった――皮膚科の知識は忘却の彼方だ。
こと皮膚科に関しては問題の有る病院にハケンの医師として潜入捜査をする森技官の方が詳しいのではないかと思ってしまった。
森技官の場合も「皮膚科大全」という書物を患者さんに「見せながら」診察するという大学病院ではあり得ない方法を取っていると聞いている。皮膚科の専門医ではないので書物を見ながらの方が確実なのは確かだし合理的だと思って聞いていた。
ただ、医師としてはペーパードライバーの森技官に負けているのは何だか悔しい。しかし皮膚科の勉強をする時間などはないのも事実だった。
心臓外科とは全く関係ないし救急救命室に搬送される患者さんも皮膚科とは縁がない。だから学生時代の朧な記憶が上書きされる機会は皆無だった。
幸せそうな笑みを浮かべて弾むようにお箸を動かしている最愛の人にそこまで自己申告する必要はなさそうなので曖昧に笑って誤魔化した。
「とにかく痣が有るというのは――特に顔とか他人の目に触れる場所だったら――あまり見た目が良いとは言えないだろう?」
彼の紡ぐ言葉に頷いた。
「何のドラマか覚えていないのですが、徳川将軍の顔に大きな赤い痣が有ってそのせいで劣等感を感じて性格もねじ曲がったという設定の物を観た覚えが有ります……」
彼が取り皿に入れてくれた椎茸は椎茸独自の味と香りとそれに絡まったすき焼きの割り下が絶妙なバランスで口の中に広がって行く。祐樹の好みよりも甘いけれどもこの程度なら許容範囲内だ。
「祐樹の言う通り痣はない方が良いだろう?
そこで民間伝承というか……、少なくとも江戸時代から明治大正、いや昭和の時代でも地域によっては深く信じられたお呪いみたいなものが有って『妊娠中の女性に火事を見せるな。見せるとそのお腹の子供に痣が出来る』と。
妊婦さんの精神状態を平穏に保つための戒めみたいなものだろうけれども……」
祐樹が小学校の頃に近所で家一軒が全焼する火事が有った。濃い煙の匂いと火の手を見て走って見に行った覚えが有る。
知り合いの家ではなかったし、消防車とか消防団、そして警察などが出動して懸命な消火活動を行っているにも関わらず火はなかなか消えずに祐樹などはワクワクして――ちなみに家の中に人はいないと隣で見ていた大人達の噂で知っていた――その様子を見物していた。
無邪気な子供時代だったから「わくわく」で済んだのだけれども大人だったら色々気を揉むことも多いだろう。精神状態だって不安定になるのは必至だろう、多分。
特に江戸時代は消火方法がなくて類焼のリスクが極めて高かった。そのため周りの建物を壊して燃える物を無くすといった消極的な手段しか取れなかったらしいし、火事によって起こった強風で燃えた木片が遠くまで飛んでいってそちらも燃えたとかそういう実例も多数あった。
妊婦さんは(自分の家が燃えたら)とか色々と恐怖を感じたり危惧や不安の念を抱いたりすること自体が身重の身体に悪いという理由で最愛の人が言う「お呪い」というか格言めいた言葉が生まれたのだろう。
「ただ、鬼退治アニメの中で痣は身体能力の飛躍的な向上などが見込めるし、どうしたって鬼よりも劣る人間なので痣が発現するのは好ましいことだとされている。始まりの呼吸の剣士にも生まれつき痣が有ったらしいし」
アニメの痣の発現条件は心拍数が200という普通の人間だと動けなくなるし、救急搬送されるレベルだ。
大した手術ではないので専門性に特化した香川外科では行っていないものの、カテーテルアブレーションの治療を行う場合も多い。
この治療というか手術には心臓の異常な回路や部分にカテーテルを使って焼灼または冷凍凝固を行う。普通だと三泊四日の入院で治るしそれ以降は普通に暮らせる。
香川外科では行っていないものの、救急救命室では何度も行っているので祐樹は割と得意な手術だ。
しかし虚構の鬼退治アニメでは――そして選ばれた人間のみが――この状態になって身体能力の向上や反射速度が上がるとされていて、痣が発現していない人とそうでない人とでは強さが全く異なるとされている。
あくまでフィクションとして楽しみたい作品なだけに雷に打たれて黄色い髪になったり桜餅を食べ過ぎたせいでピンクと緑の髪色になったりする「合理的」な理由があるならば、赤色と黄色の髪色も何かしらの理由が有るのだろう、最愛の人の秀逸過ぎる頭脳の中には。
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