腐女子の小説部屋

創作BL小説を綴っています。ご理解の有る方【18歳以上】のみ歓迎致します 申し訳ありませんが書く時間を最優先にしたいのでリコメは基本的に致しません。 要望・お礼などは「日記」記事でお応えしますが、タイムラグがあることも多いです。

2025年05月

気分は下剋上 お花見 39  2025

 祐樹だって救急救命室では怒鳴ることもある。手際が悪いとか、優先順位を間違った医師に対してだが。しかし、その怒鳴るという感情には明確な理由がある。それは、救急救命室の鬼とも天使とも呼ばれている杉田師長も同様だ。彼女の場合は言葉がキツく感じられるが、患者さんの処置が終わってバックヤードに移したら感情も平坦になる。その後は一切尾を引かない。
 一応は知性・理性の象徴とされる大学病院に勤務している以上、誰しも理由なく怒鳴るという行為を恥ずべきものと認識してはずだと、祐樹は考えている。尤も精神科の真殿教授のように怒鳴るのが普通といった人は、他にも一定数いるだろうとは思っている。
 しかし、「日本軍に強制連行された!被害者だ!」と全身を使って泣き叫ぶような人は周りに存在しない。お国柄なのか、あるいは呉先生が診たら精神疾患なのかまでは祐樹には分からない。とにかく面倒で関わり合いたくない人たちだなとしか思わなかった。ただ、テレビの画面越しにしか見たことがないので、実際に被害に遭ったわけではない。もしも、実際にあんな喜怒哀楽のジェットコースターのような人が居たら全力で逃げるという確信を持っていた。
 それでなくとも祐樹のような少数派の性的嗜好の持ち主は、メンヘラ一歩手前の可能性が高いのも、経験則で知っていた。きれいに別れたつもりが付きまとわれ、ゲイバー「グレイス」では隠していた職場まで特定されそうになったこともある。だから、最愛の人の感情的に平坦な点が大好きだ。
「――防衛機制による合理化がなされている可能性が最も高いと考えている」
 淡々とした怜悧な声に我に返った。
「もしかして、本当は――こういう言い方はあまりしたくはないですが、貧困のために親に売られたという辛い現実よりも、『日本軍が強制的に』という理由に塗りかえてしまうということですか?つまり軍隊という力や権威を持ったものが無理やりにという、『物語』へと都合よく変換させる心の防御策という…」
 最愛の人は薔薇の棘が刺さったような表情と、理解と信頼が交わる、微かな微笑のような眼差しを向けてくれた。きっと前者はそう思い込むことでしか自我を保つことが出来ない人々に対する気持ちで、後者は祐樹の返答が的外れではなかったからだろう。
「祐樹の言う通りだ」
 淡い桜色の微笑みを浮かべた最愛の人に見惚れつつ、心理学の講義に真面目に出ていてよかったと思った。ただ、最愛の人は心臓外科以外の専門知識を祐樹に求めてはいないので、思いっきり的を外した返答をしても的確かつ正確に直してくれるだろう。
「ああ!自分は『正義のために声を上げているだけ』と言いつつも、実際は劣等感や嫉妬が原因ということがありますからね…。医師専用の食堂でもそういった例をよく聞きます。特に呉先生は『何で真殿教授と大喧嘩したのに、病院に残ることが出来たのか!おかしいだろ!?たかがクレーム外来のくせに』と精神科と思しき医師が言っていました。その人は真殿教授と大喧嘩をしたら絶対に系列病院に飛ばされるレベルなのだなと思って黙って聞いていました」
 心臓外科所属の祐樹と、不定愁訴外来の呉先生が実は親しい友達だと知っているのは、ごく限られた人だけだ。だからこそ祐樹の前で気炎を吐くことが出来たのだろう。呉先生は優れた精神科医なので、斎藤病院長が病院から放逐するのを惜しんだというのが実際のところだ。
 それは斎藤病院長が祐樹にポロリと漏らした言葉からして間違いはない。とはいえ、失言を装って、祐樹に伝えることで呉先生に間接的に伝わることを期待していたのだと思う。斎藤病院長は祐樹や最愛の人の真の関係も、そして呉先生と仲がいいと知っている。そういう点が腹黒タヌキと評されるのだろう。
 それはともかく、いわゆる社会の底辺で育ち、親に売られた自分が直視できなくて都合のいい物語を信じ込んで逃避するというのはあり得る話だ。それに、人は嘘をつくと、往々にして言葉が多くなることも、祐樹は知っている。きっと彼女たちはその拡大版に違いない。
「呉先生をクレーム外来と呼んで一時の優越感にひたるよりも精神科医として実績を積むことがどうして出来ないのかが分からない。しかし、努力を怠っているという自責の念も考えないようにしているのだろうな。従軍慰安婦と自称している女性たちならまだ分かるのだけれども、呉先生の努力の結果を病院長が認めただけで…、その実績が妬ましいなら、同じだけ、いやそれ以上のことをすればいいのにと個人的には思う。たとえば論文を書いて海外の精神医学会の講演者として呼ばれるレベルになるとか…」
 最愛の人の言うことは正論だが、祐樹が小耳に挟んだ限り、そういう地道な努力を嫌いそうなタイプに見えた。
「『言うは易し、行うは難し』だと思いますよ…。もっと貴方の話を聞かせてください」
 付け根まで絡めた指を催促するように振った。




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気分は下剋上 巻き込まれ騒動 54

 二人は「アルコールは外で呑むもの」と決めていた。久米先生や清水研修医といった若手が育っていない頃、「救急救命室の法律だ」と言い張る杉田師長の呼び出しに備え、自宅で寛いでいる時でさえ呑まない習慣が常態化していた。その名残りだ。いくらアルコールに強い祐樹といえども、判断力は鈍るのは医師なら常識だ。
「いえいえ、コーヒーで充分ですよ、な、お前」
 呉先生の表情には、どこか吹きすさぶ風の中で咲くスミレの花のような凛然さが宿っていた。小さくとも揺るがない意思を秘めたその顔に、祐樹は「教授になるということに、腹を括ったのだ」と確信した柔らかな花びらの奥に鋼の芯を隠し持つスミレの花のようだと感じた。
「そうです。それに、田中先生には…」
 ルビーのように煌めくイチゴ一粒を載せられるくらいの、小さな一片にカットした祐樹の意図を充分に汲み取っているのだろう。森技官の目がわずかに細められた。その視線がエルメスのケーキ皿を経て祐樹へと滑る。そのわずかな眼差しの揺らぎに、祐樹は気づいていた。「今日は休戦協定」という祐樹の意思を森技官も感じ取ったのだ。
「…田中先生のご好意にも感謝します。等分に値すると認めて下さったのですね。香川教授、何もかも、このケーキのように実に美しくあるべき場所に収まりました。脚本と演出が、非の打ちどころなく…」
 呉先生から「精神科教授になる」という言質を取ったのは祐樹の最愛の人なので、いわば最大の功労者だ。森技官が裏で操っていたとはいえ、その意図を正しく理解出来ていないと演出の妙も味わうこともできない。
 最愛の人が、森技官の精緻に張り巡らせた銀の蜘蛛の巣をどこまで気付いているのかは分からない。ある程度は察していたはずだ。その証拠に、呉先生へと眼差しを向け、安堵した笑みを一瞬だけイチゴのように煌めかせた。その後ほんのわずかに片方の肩をすくめてみせただけだ。祐樹は、その曖昧な仕草に一瞬だけ視線を奪われる。森技官の言葉に対する薄い同意か、気づいていないふりの応答か、それとも別の意図か…判断はつかない。ただ、確かなのは「何か」に触れたということだけだった。祐樹はイチゴの煌めきを見つめながら小さく息を吐いた。最愛の人のあの肩をすくめる仕草一つで、森技官は満足したように目を伏せた。二人の間で交わされたはずの、言葉にならない情報伝達。祐樹はまだ、その輪の外側にいるのかもしれない。法律と倫理を重んじる最愛の人、そして露見しなければという大前提がつくが目的のためなら手段を選ばない森技官、その二人が繰り広げた一幕の芝居は無事に音のない代わりにコーヒーの香りとイチゴの煌めきのカーテンコールが終わった状態だ。
 森技官が演出家兼助演俳優ならば、最愛の人は主演俳優といった役どころだろう。そして祐樹は情けないことに黒衣(くろこ)に徹して終わってしまった。次回、このような場がある場合は助演俳優まではいかないにしろ、せめてセリフのある役でありたい。欲を言えば最愛の人が主演、祐樹が助演として彼を助けたいと思う。
 森技官の含みのある言葉は、普段の呉先生ならきっと突っ込んでいただろう。しかし、祐樹が切ったナイフを入れるたびにイチゴが三度煌めく贅沢な厚みに気を取られていてそれどころではなさそうだ。
 そして、最愛の人も主演俳優に贈られる花束のように、華やかなイチゴのケーキを子供の無邪気さを含んだ紅色の眼差しで見つめていた。それはまるで仮面を外した王が、少年の頃に愛したお菓子を見つめるかのようだった。
「では、乾杯の音頭を僭越ながら私がとらせていただきます。呉次期教授の誕生を願って乾杯!」
 祐樹の声に三つのコーヒーカップが掲げられた。コーヒーの香りがゆるやかに漂い、イチゴのケーキはまるで舞台を飾る花束のように美しかった。呉先生と森技官が何気ない日常のことを話し、最愛の人と祐樹が静かにその余韻を見守る。――その穏やかな光景は、劇の終幕を迎えた後の、祝祭にも似た安らぎの象徴だった。
「祐樹、イチゴ、もう一つ食べるか?」
 最愛の人がイチゴよりも綺麗な眼差しで祐樹の目を見、銀色のフォークに刺したイチゴを祐樹の顔へと近づけてくれている。「頂きます」と口を開けると、最愛の人のイチゴよりも艶やかな眼差しと笑みと相まって、イチゴが天上の味のように祐樹には感じられた。
「ところで、真殿教授をシーラカンスのように放流するというのは良いとして、具体的な方法は?」
 
フォークの運びが遅かった森技官が一転して底が知れない眼差しになった。


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気分は下剋上 巻き込まれ騒動 53

「全く痛くはないですよ。安心してください」
 森技官は優しい春風のような眼差しを浮かべ、薄い唇がまずは微かに弛んだ。恋人の謝罪に応えるように、春の陽だまりのようなぬくもりを宿したかと思えば、すぐにその弧は冷たい硝子のような輪郭に変わった。すべてが彼の描いた通りに運んだ、その確信が、わずかに上がった口角に滲んでいた。しかし、森技官の本音はきっと眼差しだろう。目を見れば分かるとか、「目は口ほどものを言う」ということわざ通りなのだろう。
 最愛の人はレッドカーペットの上を歩むかかのような優雅な足取りで、呉先生と、そして、もう一人レッドカーペットの上を歩いてもおかしくない森技官へと近づいた。森技官は、演出家賞とか監督賞を受賞しそうな活躍ぶりだったのも確かだ。
 薄い紅色の細くしなやかな指が握手を求める感じで呉先生へと差し出された。握手はいいのだが、最愛の人は呉先生に何を言うつもりだろうかと思いながらホールケーキを切る作業を再開した。森技官の今回の深謀遠慮に賛意を表して、祐樹と同じ分量にしよう。
 普段の祐樹なら、一瞬の躊躇なく森技官が苦手なケーキを多めに切って渡し、呉先生の無言の圧で仕方なく口にしている様子を内心可笑しく思って溜飲を下げる。しかし、あれほどまで見事な心理誘導の戦略とその結果を見たら敬意を表さずにはいられない。特に、祐樹ですら知らなかった最愛の人の暴力への怒りの発露を見た瞬間に、即座に作戦を立案し成功させた臨機応変さは素晴らしいと思う。そして。最愛の人が出馬を予定している次期病院長選挙に備えて祐樹もどう動くべきか非常に参考になった。
「呉先生、いや呉次期教授、これからも宜しくお願いします。未来は同じ教授職として、今は仲のいい友人として…」
 握手を交わす二人を微笑ましく見た。呉先生の指先が、まるで陶磁器のように滑らかであるのに対し、最愛の人の指は、長くしなやかな美しさを保ちながらも、頻繁なアルコール消毒のせいでところどころ皮膚が荒れていた。そのわずかなひび割れや乾燥の跡に、毎日二回手術台に立ち、患者と向き合ってきた証が刻まれているようで、祐樹には、呉先生の「綺麗」よりもずっと心を打たれた。
「いえいえ、未熟な私ですから…香川教授にはこれからも親身なアドバイスをいただきたく思います」
 呉先生の華奢な肩に森技官が心からの喝采を表明するかのようにそっと手を置いた。
「森技官、どうか真殿教授を追い落とし、呉教授誕生へとご協力いただければ幸いです」
 森技官の男らしく長い指も皿を洗う代わりに策略を編むための指で、最愛の人の指とは好対照だった。
「香川教授から直々にご依頼いただけるとは…光栄の極みです。真殿教授には早々にご退場いただくとして、呉教授の戴冠劇、存分に演出いたしましょう」
 ケーキの上のイチゴも見事な一幕に感動したかのようなルビーの煌めきを放っている。最愛の人と呉先生は大振りに、祐樹と森技官の分は同じ大きさに切ってケーキ皿に並べた。最愛の人が淹れていた、世界一美味しいと祐樹が思うコーヒーも揃いのエルメスのカップに注いだ。
 匂いたつ香気が、裕樹の傍観者、いや必要とあれば直ちに助太刀しようと身構えていた気持ちを癒してくれる。薫り高いコーヒーの香りが、キッチンの空間に漂い、素晴らしい劇の終演を告げるかのようだった。
「祐樹、とても美味しそうだな。呉先生も森技官に感謝してくださいね。このケーキを持ってきてくださったのですから」
 優秀な外科医ほど感情の切り替えが早い。最愛の人もその例に漏れず、今はイチゴの色と香りをまとったかのような表情と声だった。ケーキの分量が祐樹と森技官同じだと気付いたのだろう。祐樹に仄かなイチゴも霞む笑みを一瞬だけ浮かべた。最愛の人も祐樹が森技官のことをどう思っているとか、仲のよい喧嘩友達なのも知っている。だからこそ、普段の祐樹なら森技官のケーキが祐樹よりも大振りになるのに、今は同量である真の意味に気付いたのだろう。
「うわぁ。美味しそうです。有難う!そしてこれからも宜しく」
 呉先生は春の陽だまりに咲くスミレのような表情で森技官に頭を下げている。
「いえいえ、どう致しまして」
 ケーキの皿を見た森技官は、祐樹の真意に気付いたのだろう。薄くて男らしく引き締まった唇の端を上げて祐樹を意味ありげな視線を祐樹に向けていた。
「では、未来の呉教授に乾杯ということで。ウチにはアルコールが置いていなくてすみません」  
 祐樹はエルメスのコーヒーカップを掲げた。




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コメント下さった方へ。
温かなお言葉の数々に励まされたのと同時に、私が小説を書く意味を改めて考えるきっかけになりました。本当に有難うございます。
この場でのやり取りには限界があり、実は現在、専門家の方から「この場では触れないほうがいい」との助言も受けております。もし可能であれば、Xをフォローしていただき、DMというかたちでお話出来れば幸いです。
サイドバーにもありますが、念のため、
@mika_kouyama02
です。宜しくお願いします。

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気分は下剋上 お花見 38  2025

 最愛の人は記憶力こそ祐樹が知っている中で最も優れた人だが、総合したり想像したりする能力は祐樹が勝っている。そのことを知った上での最愛の人の笑みだろう。
「遊郭に売られるのは、年端もいかない子供だったのですよね。今の私なら、親に捨てられても『だったらこっちも絶縁してやる。老後?介護?捨てた親にそこまでする義理はない』と思う程度でしょう」
 最愛の人の表情が身体のどこかに怪我を負っている人のものへと、そっと滲むように変わった。何故だろうと思いながら、絡めた指を、わずかに、しかし確かな意図を持って動かす。それは、言葉を持たない祈りにも似ていて、痛みの源にそっと触れ、包み込み、解くような動き。まるで指先で癒しを編むように――愛おしさと沈黙の慰撫がそこに宿ってくれますようにと願った。
「――しかし、幼稚園に通っていた頃は母がいなくては全世界が闇に包まれたような気がするでしょうね」
 最愛の人の指が裕樹の指に反応して強く、そしてしなやかに絡みついてきた。
「祐樹の気持ちも分かる。分かるけれども…、祐樹のお母さまを仮にとはいえ絶縁などと言わないで欲しいのだ…」
 気持ちの痛みとはそこだったかと申し訳なく思った。最愛の人は高校三年の時にお母さまを亡くし、それ以前にお父様も他界されてて、いわゆる天涯孤独だ。そして祐樹の母をとても大切に思ってくれている。母も血のつながった実の息子の祐樹以上に気にかけてくれている。
 祐樹が初めて母に紹介したいと言い出した時、最愛の人はとにかく不安だったらしい。母は祐樹の性的嗜好を察しており、研修医になった後に「お見合いの話が持ち込まれたのだけれども、よその大切なお嬢さんを祐樹みたいな人に紹介するのは気が引ける」とか言っていた。当然断るようにとの祐樹の返事に安堵していた。
 「愛情などは移ろっていくもの」と頑なに言い続けていた最愛の人に、自らの愛情を明示したくて、祐樹は亡き父と母、そして祐樹が暮らしていた実家に最愛の人を伴って帰省した。最愛の人は特に性別で祐樹の母に拒まれると心配していたようだが、母は殊の外最愛の人を気に入ってくれた。まあ、当たり前だろう。性別の件さえクリア出来れば容姿や性格そして知性など祐樹の母が気に入る要素しかない。
 母が持っていた亡き父から貰ったダイヤモンドの指輪を託された。そして「田中家のレシピ」と書かれた、年期の入った大学ノートを「これからは聡さんが使ってね」と手渡された。その二点が、彼には殊の外嬉しかったらしく切れ長の眼差しには、今にも零れ落ちそうなほどの、無垢で純粋な喜びの涙の光が淡く煌めいていた。その最愛の人の表情は祐樹の心の中の宝石箱の最上段に飾ってある。「田中家のレシピ」といっても祐樹の家は根っからの庶民で、母が工夫したと主張する祐樹が好む味付けの献立を几帳面に書いてあったりお正月のおせち料理の作り方と盛り付け具体例が記されていたりするだけだ。
 その後も祐樹が居ない時を見計らってマンションの固定電話にちょくちょく電話があるらしく、それを報告する最愛の人の顔は、厳冬を超えた梅の花のように、静かに、けれど確かに綻んでいる。抑えた喜びが、香気のようににじみ出て、空気までもほのかな梅の甘い香りに変えるようだった。それほど大切に思っている祐樹の母を、「例えば」とはいえ絶縁など言って欲しくなかったのだ。だから心が痛いような表情を浮かべていたのだろう。
「配慮が欠けていて申し訳ありません」
 祐樹は、絡めた指をほどいて、彼と向き合い深く頭を下げた。
「いや…過剰に反応してしまった私も悪い」
 最愛の人も頭を下げた。病院に見せるきちんと整えた姿とは違い、前髪がそっと垂れ、光を受けて淡く薄紅色に染まっている秀でた額にかかっていた。その一房が光を受けて揺れ、祐樹の胸に静かに波紋を広げた。祐樹の謝罪に、自分も悪かったと素直に認め謝罪する彼を、誰よりも愛おしいと思った。
「――『日本軍による強制』や『自分は被害者だ!』といった主張を、泣き叫ぶような形で情動的に訴えるその姿に、私はただ、理性のかけらもなく感情を爆発させるという在り方自体を理解出来ずにいた。何だか別世界の人間のようで…。だから、言葉ではなく、全身を使ってまで表現した心理の底にひそむものとは何かとついつい考えていた」
 最愛の人は桜の妖精といった佇まいと共に、理知的な声が静かに響いた。祐樹は、ああいう人は苦手だから絶対にスルーしようと思ったのに対して、最愛の人は心理分析を試みる点が流石だ。最愛の人が彼女達に苦手意識を抱くのは分かっていた。そもそも彼は感情の波が平坦なので、壊れたジェットコースターのような彼女達は異世界の生き物に見えてもおかしくない。
 彼ならスルーするかもとは思っていたが、知的好奇心がわいたのかもしれない。観察して分析するというのは医学でも基本だが、最愛の人は精神科だけでなく心理学にも詳しい。だからどんな結果になったかを聞くのが楽しみだ。先ほど見た桜も霞むほどの、薄紅色の唇を見た。




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気分は下剋上 巻き込まれ騒動 52

「呉先生、貴方は精神科医としての矜持がないのでしょうか?」
 最愛の人は、名工が丹精込めて作り上げた氷の彫像のようだった。吐く息すら冷たい気がした。
「はい。その通りです。物理的な力ではなくて、言葉を行使すべきでした。とても反省しています」
 呉先生は、春の陽だまりに咲いていたスミレの花に(みぞれ)に打たれたような感じだった。精神科医だからこそ心理誘導や分析はお手のものだろうが、動揺している時には正常な判断力が働かないことを祐樹すら知っている。
 最愛の人は祐樹と二人きりの時は、表情の変化も精緻な万華鏡のように変わってくれる。しかし、他の人がいた場合、基本的には精神がフラットになる傾向にあると祐樹は分析していた。普段怒らない人が激怒するほど怖いことはない。
 今、呉先生の感情はきっとパニック状態だ。森技官は大げさな動きで頭から氷嚢のなれの果てを取っていると見せかけ、男らしいが洗い物一つしない人の綺麗な指を、頭へと向けている。「頭を使え」という意味だろう。
 最愛の人は、一瞬戸惑ったような表情を浮かべたのち、寄せられていた眉がほんの少し開いた。森技官の張り巡らせた銀の糸、それは精神科医を知悉している彼が、冷静な視点で判断をした恋人をさらに高みへと導くためのものだった。
 私生活で森技官は呉先生を大切な恋人として大切に想っていることは呉先生から聞いたことがある。しかし、情に流されず理で判断するのが森技官の真骨頂だ。もし、呉先生が教授職に相応しくないと判断したら、そのまま不定愁訴外来に留めおくか、泣き落としでも何でも使って東京で一緒に暮らす道を選ぶだろう。そうではなくて、祐樹や最愛の人を巻き込んでまで説得しようとするのは呉先生なら教授職に相応しいと本気で思っているからだ。
「呉先生、貴方は…真殿教授のことを嫌っていたのではないですか?」
 パターナリズムの権化、生きた化石のような真殿教授は大声で医局員を威圧することもあるという。呉先生の場合は屈せずに言い返して大喧嘩になったと聞いている。
「はい。真殿教授は正直嫌いですし、自分の意見を押し付け、反論は一切許さないという医局員への態度は絶対に間違っています。もっと精神科の医師全員が活発に議論しお互いを高めていく、そういう医局に」
 祐樹は、ここで言葉をさえぎるべきか、一瞬迷った。
「医局に…その続きのお言葉を伺っても宜しいでしょうか?」
 普段よりもさらに丁寧な言葉遣いが逆に恐ろしい。祐樹が迷った、その空白の一秒を制したのは最愛の人の重厚感すら感じられる言葉だった。こう言われると呉先生の今の立場では「医局に『なったらいいと思っています』」のような部外者意識を含む言葉は紡ぐことなど出来ないだろう。
 最愛の人の言葉は、彼が奇跡のように操るメスのように鋭利で、そして的確だった。どうやら森技官の糸、いや意図を察したら
しい。祐樹が助太刀してもいいとは思ったが、この場の表向きの主役は、祐樹の最愛の人で、影にいるのは言うまでもなく森技官だった。
「医局に!したいと思います!!」
 言い切った呉先生は肩で息をしている。この数秒の緻密な攻防戦で精神的な疲労を覚えたのだろう。最愛の人の無言の圧もものすごく怖かったし、その恐怖のブリザードを華奢な身体で耐えなければならなかったのだから。いや、正確にはまだ風は弱まったものの、最愛の人から漂いでる冷気は継続している。
 呉先生から決意表明を聞けたという安心感で森技官を見る。彼の唇が、薄氷のように冷たく弧を描いた。あらかじめ織り込んでおいた結末に辿り着いたことを、無言の笑みが雄弁に物語っていた。祐樹と視線が合うと、唇の端がわずかに上がった。きっとよく気付いてくれたという感謝の気持ちに違いない。
「それは賢明なご判断だと思います。しかし、言葉の暴力で威圧する真殿教授と、物理的な暴行をする呉先生…どちらが悪質なのか胸に手を当ててよく考えて下さい」
 呉先生は震える華奢な手を胸に当てている。その言葉は、最愛の人の神業のようなメスさばきを思わせるような雰囲気を帯びていた。
「当然、物理的な暴力だと考えます。――真殿教授を嫌いながら、私はもっと最悪なことを最終手段に選んでしまっていたのですね。これからは重々気を付けます。ご指導ご鞭撻のほど宜しくお願いします。香川教授の言動をお手本として。田中先生も、そして…」
 最愛の人に深々と、祐樹には若干浅めのお辞儀をした後に呉先生はバレリーナのように振り返った。その流れるような動作を見て森技官が唇に浮かべた月のような笑みを慌てて雲にかくしたのは言うまでもない。
「これからは手を上げそうになったら、本気で反撃してください。申し訳ありませんでした」
 呉先生は一礼した後に森技官の頬にまだ貼りついていた冷えピタを丁寧に剥がし、華奢な指で頬を確かめるように撫でている。
「痛かったか?申し訳ないです」





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