「あ!それは私も少し考えた…。職業病みたいなものだろうな。主人公が所属する『鬼狩り』のトップが病で瀕死の所に鬼のボスがやって来るシーンがあっただろう?」
最新作の最終話の話だ。
「ありましたね。なまじビジュアルが良い鬼がドライアイスを纏って現れた時には思わず笑ってしまいました」
最近すれ違いが続いていたせいで一緒に観てはいない。ただ、内科の内田教授とか小児科の浜田教授も熱心に観ている作品なのでいつ会っても良いようにそれぞれ観ていた。「観ましたか?」と聞かれるのは必至なのだから。最愛の人はお湯から出た肩、そしてそれに続く細く長い首を優雅に傾げて祐樹を見ている。
「え?ドライアイスだと祐樹は思ったのか?私は鬼のボスらしく瘴気とか、オーラのような物かと思って観ていたのだけれども」
その線も充分あり得る。ただ、画面で見た感じ霧みたいに見えたのでオーラではないような気もした。
「聡が仰るように禍々しくて悪い空気みたいにも見えましたね」
彼は褐色のお湯に浮いている桜の花びらを紅色の細い指で掬っている。几帳面な性格の人らしい仕草だった。
「瘴気には悪い空気という意味があるが、霧状の物だと考えられていて、しかも病気を運んでくると西洋の人は考えていたらしいな…」
それは初耳だった。
「具体的にはどんな病気なのですか?」
職業柄か気になってしまう。
「主にマラリアだな。実際は蚊が媒介する病気だが…。それに語源はそのものずばりの『悪い空気』だ」
ちなみに日本ではマラリア蚊自体が生息していない。とはいえ、マラリア蚊のいる熱帯地域及び亜熱帯地域から帰国した人が発症して搬送される可能性も高いので一応診断も治療も出来るように頭の中にはしっかりとインプットしてある。それに地球温暖化やビル内などの暖房の余熱で日本も亜熱帯化していると指摘する学者も多いので今後要注意な病気の一つだと認識している。
「そうなのですね。マラリア患者に対しての処置は心得ていますが、語源までは知らなかったです」
最愛の人と他愛ない会話を交わしてゆったりと身体を伸ばして温泉に浸かっていると日ごろの疲れがお湯の中に溶けていくような良い気分だ。しかも横を向けば彼の端整な顔には艶やかな花のような笑みと愛の交歓の余韻の潤んだ瞳が一際綺麗に見える。そして正面には満開の桜と桜吹雪が堪能出来るのだから最高の気分だ。
「病気といえば『鬼退治』アニメの鬼は病に直接罹っている者も居るし、語源は多分病名なのだろうと考えられる鬼まで居て…そういう点も含めて興味深いな。『遊郭編』の鬼の兄妹などは、人間だった頃に母が罹っていた病気から名付けられたとはっきり明言されているだろう」
愛の行為の余韻で濃い紅色の唇から紡ぎだされた言葉は内容に関わらず耳に心地よい。
「ああ、梅毒ですよね。兄の鬼は先天性梅毒の症状がはっきりと表れていました。尖った歯や皮膚の炎症などが。吉原遊郭の最下層の場所で春を売っていた母親が罹患していたせいでしょうね。父親が異なっているだろうと思われる妹は罹患していない感じですよね。尤も先天性梅毒は14%程度の母子感染率ですから、兄が不運だったと思います。また、妹は『大人もたじろぐほどの美形』で、鬼になった後、表向きは花魁という最高位でしたから、皮膚症状や身体症状で明らかに梅毒だと分かるような容姿には出来なかったというメタ的な配慮もあったと考えてしまいます。梅毒は近年増加傾向にあるので、こちらも要注意な病気ですね。他の鬼にも病気由来の名前が有ったのですか?それは気付きませんでした。アニメ1期のラスボスめいた蜘蛛の鬼は幼い頃に心疾患だろうと思料される病気でしたが、鬼になって元気になっていましたし…。具体的にはどの鬼ですか?」
桜の花びらを掬っている細く長い指のしなやかな動きに目を奪われる。
「上弦の壱の鬼だな。名前だけを考えると黒死病と響きが似ているだろう?」
そこまで考えていなかったので感心して最愛の人の顔に視線を当てた。今でいうペストだが歴史的に大流行し確か14世紀の大流行では世界の人口が二割減ったと大学で習った覚えがある。今は日本人が殆ど行かない地域で報告されているだけなのでさほどの注意を払っていない。
「それに、鬼の始祖を除くと最も強い鬼ですから、遭ってしまったら死亡する確率が極めて高いという点も似ていますね」
彼が驚いたような表情で祐樹を見ている。
「そこまでは考えていなかったな…。後は『刀鍛冶』で出てきた臆病な鬼も異様な…まあ、そもそも鬼の始祖以外はどこかに人間ではない要素があるのだけれども。頭の瘤や皮膚の状態を見てもハンセン病が由来なのではと」
何だか単に戦闘描写の迫力とか話の面白さばかりを追っていた祐樹と異なって色々と考えながら観ているのだなと感心した。色々と考える人だし該博な知識も持っているのは知っていたが。
「ああ、あの鬼は生前嘘ばかり吐いていたという過去回想が一瞬だけ出ましたよね。兄弟の鬼の最期は割としっかり描かれたのと好対照でしたよね」
彼に話しながらん?と思った。
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2025年04月
「おはようご…。え!?って、お前来てたのか?」
いかにも寝起きといったぼんやりとした声が一気に喧嘩腰に変わっている。とはいえ、呉先生の、最愛の人よりも更に細い髪の毛には寝ぐせがついていたのはご愛敬だと思わず観察してしまった。ただ、そんな呑気なことを考えていたのはどうやら祐樹一人だけで、最愛の人は舞台の上でセリフを忘れてしまった俳優さんといった感じだった。今までは舌鋒鋭く追及する役割を演じていた、それも祐樹が本当に演技かと疑うほど完璧に。しかし怒ると怖い呉先生の予想以上の早起きによる乱入で役割分担をどうすれば良いのかと途方に暮れているに違いない。薬剤が想定以上に早く切れたのは多分代謝が良いせいだろう。
森技官にはアルマーニをちんまりと着たお地蔵さんのように石化した感じだ。この様子だと多分祐樹最愛の人の表情の変化にも気付いていないだろう。
「恋人が怒って家から出て行ったのですよ!?心配で迎えに参ったのですが…」
呉先生は寝ぐせも相俟って怒って毛を逆立てている猫のようだった。
「さっきまで寝心地も香りも良いふかふかのベッドで安らかに眠っていたんだけどっ!」
毛を逆立てた上に爪まで出した猫といった雰囲気だ。ちなみに祐樹の個室のベッドはマンション専属のハウスキーパーさんが来てくれていて金曜日はベッドメイキングをしたりシーツなどの洗える物は洗ってくれたりする。だから寝心地は呉先生の言う通りだ。ただそのベッドを使うことはないのが実情だった。最愛の人の体温や肢体の感触をパジャマ越しとはいえ感じて眠った方が疲労も回復が早いし精神的にも安らぐことが出来る。といっても祐樹は墜落睡眠が常なのでその極上の時間はほんの数秒だ。
森技官は「寝心地…香り…ふかふか…」と呆然としたように呟いている。彼はきっと二人の寝室の様子を想像しているに違いない。まあ、呉先生は二人の寝室に居ると言ったのは事実なのである意味仕方のないことだろう。
「でもなっ!お前の顔を見たら!!そんな良い気分から一気に最悪最低な気分へと真っ逆さまだよっ!!気のせいかお前の服から匂った忌まわしい香水までフラッシュバックしたようだっ!!ほんとっ、最悪の気分でさっ、あームカつくっ!!!」
今にも森技官に爪を立てて一撃を加えそうな猫に成長を遂げている。ただ、男性用でも甘い香りが森技官のスーツやシャツについていたと聞いている。そして、呉先生はそういう香りを好んでいるのは知っていたので「忌まわしい」と表現したのはまだ愛情が残っているからだろう、多分。
「先ほど、森技官は田中先生と二人にして欲しいと言いかけていましたよね?」
最愛の人がやっと己を取り戻した感じで仲裁に入った。祐樹の知る限り最も頭の回転が速い人に相応しく「田中先生」という固有名詞を異なった意味に解釈出来るように使っている点は流石だった。森技官に対してはつい数分前に口にした呼び名を連続で使っているように、そして呉先生には森技官の言葉の再現をしたと聞こえただろう。二人きりの時には祐樹呼びをしていると呉先生に話したと彼は言っていた記憶がある。
「そうで」
猫のことはほとんど知らない。祐樹の実家では飼ったことがないし、大学入学で京都に出てからはマンションとは名ばかりのアパート暮らしで飼えないし、そもそも飼おうという発想が全くなかった。医学部に入ってまず学生に課される解剖は猫や犬だ。中にはそういう小動物の解剖が嫌で退学する生徒が居るという都市伝説めいたウワサが有ったが、何の思い入れもなかった祐樹は平気だった。その後はこのマンションで同居していて、最愛の人が裕樹以外に関心を持つのも抵抗があったし、そもそも彼も特に飼いたいと言った記憶もない。だから猫の生態など良く知らないが、きっとどこかを触ったら嫌がる場所があるのだろう。空想上の生物だが、龍には逆鱗という鱗があるように。
その激怒のツボに「そうです」と言いかけて、うっかりと触れた感じで怒りのオーラが見えるような錯覚を抱いてしまう。
「あーそうですかっ!田中先生は香川教授と付き合う前に数えきれないほどの人と恋愛をしてきた過去がありますもんね。あくまでも、カ・コっ!」
…何だかこちらにも弾が飛んできた。数えきれないと最愛の人に告白したのは、興味がなさ過ぎて全然覚えていないというほどの意味だったし、それは彼も分かっていたハズだ。それが伝言ゲームのように誤って呉先生に伝わってしまっている。
このリビングルームで初めて聞く怒号で息を切らしている呉先生の呼吸音だけが響いている。皆がそれぞれの思いに沈んでいるせいと、そしてこの四人の中では最も小柄な呉先生なのに身体から漲る感情が物理的な圧力に感じたからだろう。
「過去は仕方ないっ!でも教授は田中先生しか愛してないしっ、これからも一生ずっと田中先生だけ愛していくって決めてるって言ってたっ!消去法で選んだらさっ!そりゃあ田中先生の方がっ話しやすいだろうよっ」
…今度は最愛の人にも跳弾していて、こちらは正確に伝わっているけれども横目で窺った彼の頬がほんのりと上気しているのが気の毒でもあった、個人的には物凄く嬉しい言葉だったが。
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「ストレスの原因が配偶者の不倫だからな。呉先生がレベル分けをして画像を見せたとはいえ、配偶者の不貞行為そのものがショックだろう。それに杉田弁護士がいるとはいえ、離婚訴訟は最も精神的なダメージがあるというのが法曹界で通説になっている。一生を共にしようと一度は誓い合った人の裏切りとか、生活で嫌だったこと・夜の行為が不満だったなどいった生々しい話が続くので」
祐樹が一生を共にしようと誓い合ったのは目の前にいる彼だけだ。信頼もしているし尊敬もしている。そして彼の性格上浮気はしないと断言出来る。世の中の夫婦の信頼関係が具体的にどうなっているかは知らないし、人それぞれだと思う。ただ、裕樹も彼が浮気したと仮定したら物凄くショックを受けるだろうと確信している。それこそ胃に穴の三つや四つ開きそうだ。専門性に特化した大学病院勤務なので他科の最新の医療についてあまり知らないが、大学時代の講義でストレスが掛かった状態になると人体の中で最も弱い部分に症状が出ると講師が雑談めいて話していたのを思い出した。
最愛の人の場合、身体面ではなくてメンタルが若干弱い傾向にあるので、不眠症などを発症しそうだが祐樹は胃のような気がする。とはいえ、そんな甚大なストレスを感じたことがないのであくまでも何となくだが。
「それでしたら、胃潰瘍の治療を受けつつ不定愁訴外来に通うようにと主治医から言って貰うことは出来ないでしょうか?消化器内科の教授って確か…」
大学病院の場合は教授を動かすのが最も効率的だ。祐樹が循環器内科の医局で根回しをしても、主治医が誰かから始めないといけない。そしてその医師との交渉をするにしても日にちが掛かりすぎる。逆に教授職からだと通告なりアドバイスが有った場合は医局の一員としては絶対に拒否出来ない。良くも悪くもヒエラルキー制度が色濃く残っているのが大学病院だ。
「なるほど、時間軸を逆にするのか。レセプト明細などは『円』ではなくて『点』なので医療事務などの仕事に就いていないとさっぱり分からないからな。消化器内科の松本教授は内田教授と親しそうに話しているのを何回も見たし、私が次期病院長選挙に出馬の意向を内田教授に打ち明けた後は積極的に会話の中に加えてくれた。しかし、親しさという観点だと内田教授の方に分があるな、やはり内田教授経由で松本教授に話を持って行った方が良いだろう。心臓外科の私が松本教授にお願いするというのは医局外からの干渉だと捉えかねられないので」
教授の義務として出席だけはしていた彼だったが、内田教授の『医療従事者視点での病院改革』に賛同して、彼なりに考えた結果次期病院長選挙に出馬を決めた。そして内田教授は病院の看板教授が裕樹最愛の人である点や、病院長の覚えもめでたい点を考慮して全面的に応援する姿勢だった。教授会でも決意後は積極的に教授たちと話していると聞いている。一介の医局員に過ぎない祐樹は彼からの話でしか知らないが。ああ、そういえば消化器内科の教授は松本だったなと薄くなっていた記憶が呼び起された。
大学病院は医局外のことに口を出すなどあってはならないという不文律がある。内政不干渉というのは本来国と国との関係性で使われるらしいが、病院にも厳然と存在している。教授職であっても他科の人事などには絶対に口を挟めないし、医局の方針を変えるように要望してもいけないのがウチの大学病院のルールだ。他の大学病院のことまでは知らないが。
「内田教授は呉先生の協力を仰いでいるのをご存知なので話が早いと思います。是非とも松本教授にお願いしてもらえるようにと貴方からメールなりお電話なりで依頼して頂きたく思います。内田教授はまだ執務室ですよね?」
祐樹と視線を交わらせて会話をしていた彼は執務デスクの上にあるパソコンの画面へと向き直った。
「あ!内田教授からの【謝罪とご報告】メールが来ている。内容も問題ないな…」
一瞥した彼は少し安堵したような表情だった。ただ、裕樹としては最愛の人が添付ファイル付きのメールを送ったので内田教授はそれをコピペしただけという作業だ。だから間違ったら単なる無能だと思ってしまった。精神的・肉体的にどれほど疲れていようが医師としては言い訳にならないのはある意味当たり前だと思っている。最愛の人も医師として、いや社会人としての常識は充分に弁えてはいるが、きっと不倫という一種の非常事態に直面した内田教授のことを案じているのだろう。世界レベルの優秀な外科医だし、心臓バイパス術の第一人者とも言われている彼だが、想定外の出来事に対してやや弱い側面を持っている。その彼が、医局員と看護師の不倫という想定外の事態に遭った内田教授を心配するのも無理はない。
「それは良かったです。院内LANにも載っていますか?」
内田教授を疑うわけではないものの、何となく気になって聞いてみた。細く長い指が鮮やかにキーボードの上を動いている、視線は祐樹に注がれたままで。
「今パスワードを入力した。…ああ、同じタイトル・同じ内容が載っている」
何だか一仕事終えたという感じの彼の笑みが今日の騒動で目まぐるしく動き回った疲れを浄化してくれるような気がする。
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「山氏のカウンセリングを精神科医である呉先生にお任せしましたよね?心臓外科医の私達…いや貴方は精神科にも精通してらっしゃるので、私だけかも知れないですが、とにかく専門医が付き添っていたなら診察代金が発生するのが当たり前だと」
病院では冷静沈着な彼も驚いたように目を瞠っている。祐樹同様にそこまでは考えなかったのだろう。
「…確かにその通りだな。私達は手技込みの治療費を患者さんに支払ってもらっている。会計課を通すのでどこか他人事というか遠い世界のような気がしていて…。流石は京都一の私立病院の御曹司だな。病院経営についてもお父様から所謂帝王教育を受けていたのだろう。そういう発想は清水研修医ならではといった感じだが……。山氏は精神科を受診しに病院にいらしたわけではないのが悩みどころだな。何だか押し売りめいた商法のような気がする…」
祐樹と同じ感想を抱いているようで何だか嬉しい。ずっと一緒にいるので思考法が似てきているのかも知れない。
「それは私も思いました。ただ山氏の容態では必ず高額医療制度を使うことになるので上限額以上の金銭的負担はないのですよね?そして清水研修医は『そんな細かい点まで見ない。自分が支払わないお金なので』みたいなことを言っていました」
白く長い指を頤に添えて考え込んでいる様子だった。
「それは確かにその通りなのだが…。会計課にどう報告するかだな、問題は。そして山氏が細かい点まで気にする性格だったら、明細書は見る可能性も有るだろう?消化器内科に入院することは確実なのだな?」
再確認といった感じの口振りだ。救急救命室はあくまで臨時というか、容態が落ち着きを見せたらそれぞれの科の病棟に送ることになっている。大学病院の救急救命室は重篤な患者さんだけを受け入れるのが一般的だと聞いているが、救急救命の法律と自称している杉田師長はどんな容態でも受け入れる人だ。彼女の魔法のようなベッドコントロールや確かな実力で裏打ちされているので医師でも逆らえない。だから処置が済んだ患者さんはバックヤードでもある各科に分散させざるを得ない。中には交通事故で機械的に搬送されて治療費を払わずに勝手に帰ってしまう患者さんもいるのが頭の痛い問題になっている。また、野戦病院とはきっとこんな感じだったに違いないと思ってしまうほど血で滑る床を走り回る日もあれば、休憩室でスマホゲームをしたり熟睡したりする日もある。当然ながらどちらの場合でも人件費は発生する。後者の場合は赤字になる。ただ、香川外科から派遣されている祐樹や柏木先生などは心臓外科で費用を賄っているし、清水研修医に至っては祐樹が発案して最愛の人が清水病院長に交渉した結果「高名な香川教授に息子が認められた」と狂喜乱舞して支払いは清水病院長がお小遣いという形になっている。しかし、それでも赤字は埋まっていないのが現状だった。
だからこそ、救急救命室が救急救命センター昇格を経営面が不安という理由で事務局長が頑強に反対していると最愛の人から聞いている。コロンビア大学だかの有名大学でMBAを習得した事務局長は一般企業と同様の経営理念を持っていて、赤字部門を切り捨てたいという意向が強い。先ほどヨレヨレになって出て行った内田教授は事務局長とは真っ向から対立していて「医療従事者視点の病院改革」を目指している。赤字でも存続しなければ命は守れない科や室、センターも存在するので事務局長の「合理的判断」に異を唱えている医師や看護師は多い。
「胃に穴が開いているレベルなので入院は確定ですね」
最愛の人は瞳に深い色を湛えて考え込んでいる。どうすれば「押し売り」というイメージを山氏に抱かせないようにするかを考えているのだろう。執務室に沈黙の帳が下りてきたような感じだが、会話がなくとも気まずくなることはない。同じことを考えているせいもあったし、二人の関係性が強く堅いモノだからだ。
「あ!激甚なストレスが原因ですよね?精神科は素人に近いレベルなのですが…治療には時間が必要ですよね?」
思いついたことを言ってみよう。彼の該博な医療知識には精神科も含まれている。祐樹の粗削りな意見を彼が修正することによって素晴らしいアイデアになる可能性が極めて高い。
「今の風潮では入院日数削減がメジャーな考えだが、精神科の場合は月単位、長いと十年単位の入院もあり得るな。ウチの病院では受け入れていないが、殺人罪で起訴されても心神喪失と認定されれば無罪になるのだけれども、精神病院に入院し一生を過ごす人まで存在するな。それだけ重い精神疾患だからこそ犯行時に物事の善悪が全く判断出来ないので」
そんな危険な精神状態の人間は世間から隔離しないと善良な市民が迷惑するだけだろう。
「有難うございます。とても参考になりました。山氏も、消化器内科に入院しても精神的に不安定な状態が続くのですよね?」
純白の白衣に包まれたやや華奢な肩を竦めているのが鮮やかな印象で祐樹の目を射る。
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「ご無沙汰だったのでついつい気が逸ってしまって…痛みを与えたのでしょうか?やはり抱いて運んだ方が良いような気がしますけれど」
すぐ傍の最愛の人の表情を窺いながら聞いてみた。
「いや、痛いわけでは全くなくて…祐樹がせっかく注いでくれた真珠の放埓の一部が太ももに伝ってきていて」
描いたような眉を寄せる最愛の人の艶やかな色香が濃くなっている。
「聡、貴方が望むなら何度でも愛し合いましょう。不快かも知れませんが、少しの間は我慢してくださいね」
舞い散っている桜の花びらよりも濃い色の吐息を零す人がひたすら愛おしい。
「不快ではないな…。愛されたという実感で胸がいっぱいだ…」
空いている左手を彼の若干細い腰に回した。シルク越しに感じる体温は普段よりも高めなのは愛の交歓の直後だからだろう。その温かさと引き締まった肢体の感触を手で感じながら桜吹雪の中を歩くと世界に二人だけしかいないような錯覚を抱いてしまう。
「ゆ…祐樹」
切なそうな、そして熱を帯びた声は先ほどよりも艶やかさを増している。抹茶と桜餅のどちらかのせいだろう、多分。祐樹の肩の上に頭を預けてくれた彼から愛用している柑橘系の香りが濃いのも体温が上がっているからだろう。また、広大な別荘でいくら人の目がないといってもこうした甘えた仕草をするのは珍しくて、来てよかったなとしみじみと思った。
「浴室に行って洗い流しましょうね。そして…それに貴方が仰ったように、どこに触れるか分からない私の指や身体を愉しみませんか?」
玄関に戻って純白のシャツだけの最愛の人を視覚で愛しながら言ってみた。紅色に染まった肢体やシルクの布をツンと押し上げている可憐な尖り、そして先端部分の水晶の雫で濡れて肌に貼りついた花芯がくっきりと見えている。しかも全身に桜の花が宿っているのも最高の眺めだった。
「そうだな…。ただ、少し身体ではなくて会話を楽しみたいと言うのは我が儘だろうか…?」
祐樹を見上げる最愛の人はどこか不安そうだった。
「いえ、時間はたっぷりとあるのでゆっくりと過ごしましょう。そういう要望は全然我が儘ではなくて可愛いお願いに類すると個人
的には思います」
安堵したような笑みの花を咲かせている彼は無垢さが際立っている。愛の行為の後なので艶やかな色香も当然纏っていたけれども。
「桜を肌に宿したままで湯に浸かりましょう」
湯舟に入る前に紅色の肢体にお湯を掛けようとする最愛の人の手を止めた。家では出来ない贅沢さと特別感を味わいたいし、きっと綺麗だろうから。
「…祐樹のアドバイス通りにして良かった…お湯が透明ではないから桜の花びらが際立っているな…」
旅館の浴場みたいに広い湯舟は有馬温泉で「金泉」と呼ばれているが、実際は褐色のお湯だ。だからこそ、お湯の表面に浮いた桜の花が映えて綺麗だった。
「障子を開けますね。花見風呂と洒落込みましょう」
思っていた通り、障子を開け放ったらガラス越しに桜並木が今を盛りと豪奢な感じで咲いている。そして強風に煽られて花びらが薄い紅色の渦を巻いているももとても綺麗だ。
「とても見事だな…」
最愛の人も感嘆めいたため息を零している。
「こういう桜を見ると『鬼退治アニメ』の初期の頃に主人公が浅草で鬼の協力者と出会ってその女性の鬼の屋敷に行った時の桜みたいですね。あの作画も見事でした…。いや、あの屋敷は点々と桜の樹が植わっていただけかも知れませんが…」
桜並木というほどではなかったような気がした。
「鬼になってしまった主人公の妹は桜の樹を飛び移って、鬼のボスに命じられて襲って来た鬼二体と戦っていただろう。実際はどの程度離れて桜の樹があったのか分からないくらいに戦闘描写が激しかったので詳しくは分からないな」
紅色の指で桜の花びらを掬っている最愛の人の所作も艶やかかつ無邪気な感じだった。
「確かにそうでしたね。何だか懐かしいです。主人公が鬼の協力を得るきっかけになったのは、たまたま鬼のボスの臭いを犬並み、いやそれ以上の鋭敏な嗅覚で嗅ぎ分けた主人公が追いすがった時に通行人を鬼にして騒ぎを起こしたからですよね。その騒ぎに紛れて逃げようとして」
最愛の人も懐かしそうな笑みを浮かべている。
「そうだったな。単に近くを歩いていて鬼にされた男性を主人公が押さえて『この人は』と尊重した言い方をしたせいで『貴方は鬼になった者にも人という言葉を使ってくださるのですね。そして助けようとしている。ならば私も貴方を手助けしましょう』と協力関係になったな。主人公は鬼に対しても優しい態度で臨んでいたからな…」
祐樹は細部までは覚えていないがそんなセリフを声優さんが言っていた。最愛の人は秀逸過ぎる記憶力の持ち主なので正確に暗記していたのだろう。彼の横に並んで他愛ない会話を交わしつつ二人で桜を見ながら湯に浸かるだけというのも贅沢な時間だった。いかにも別荘に静養に来たという感じがする。
「アニメの最新作では、その浅草の男性から作った棘が鬼のボスの身体を固定していましたよね。私などは、あんな串刺しになった人をどう治療するかとついつい考えてしまっていました。鬼は再生能力があるのでそんな心配はしなくても良いのですが、ね…」
肩を竦めると隣の彼は花よりも綺麗な笑みを浮かべている。鬼ではないが、裕樹もそんな彼の笑顔を見たら身体を再生出来そうな気がした。
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