「私も離婚します!!もう、女の影に怯える結婚生活にはウンザリですから!!しかし、弁護士の知り合いはあいにく居ないのです!!杉田先生に依頼することは可能でしょうか?」
必死な声と表情だった。
「そんな!私も是非先生にお願いしたいです!!丸投げに最も適した先生ですから!!先生なら女房の浮気の証拠の画像を既にご覧になっていますよね?浮気の経緯もご存知ですし」
必死というよりも決死といった表情だった。
「お言葉は大変嬉しいのですが、あいにくお一人としか代理人契約は結べないのです。ただ、離婚問題に特化した弁護士事務所の所長とは懇意にしていますので、全ての情報を私から開示することは可能です。もちろん許可を取ってからになりますが。そちらの弁護士事務所はボス弁と呼ばれる所長の下に三人の弁護士も控えていますよ。私も乗りかかった船ということでどちらかお一人の依頼をお受けするのはやぶさかでありませんが……?」
「やぶさかでない」とは喜んでするとか前向きに検討するとかいう意味だが杉田弁護士の真意は更に積極的な気持ちでこの場に居ることは知っていた。ただ、弁護士だって商売なのだから報酬が多い方が良いだろう。柳田先生は曲がりなりにも医師なので看護師とは給料が異なる。それに先ほど柳田夫人の旧姓を聞いていたということはクライアント候補の本命はきっと柳田夫人なのだろう。ただ、山氏の「不貞行為の証拠を直視出来ない」という気持ちも痛いほど理解は出来る。祐樹だって同じテーブルで遺憾の意を表すかのような表情を浮かべている端整な横顔の最愛の人が、億が一浮気をしたとして、その証拠のビデオなどを見たら胃潰瘍どころか胃ガンになってしまいそうだ。胃潰瘍が悪化して胃ガンになるというのは都市伝説だとは知っているのであくまでも比喩的表現だが。祐樹の過去の「一夜の恋人」イコール性欲の発散相手だった場合は浮気をしたと分かっても黙って切り捨てて「次に行こう」としか思わなかっただろうが。恋愛よりも仕事の方が大事だった。しかし、最愛の人は仕事と同じかそれ以上の存在だ。ドラマなどで「仕事と私、どちらが重要なの?」とか馬鹿な女が恋人に食ってかかっている場面を観たことはあるけれども「ご飯と水のどちらが大切か?」と聞いているようなものだろうと呆れて観ていた。どちらも生きていく上では必要なのは言うまでもない。
「内田教授、発言しても宜しいですか?」
ふと思い付いて許可を求めた。内田教授は祐樹が勝手に発言しても気に留めない人だと知ってはいたが、長尾准教授は顔見知り程度なのでどう思われるかは全くの未知数だ。祐樹だって最愛の人を蔑ろにされたら内心穏やかではいられないので。
「田中先生、もちろん構いません」
内田教授の穏やかな声と最愛の人の涼やかな眼差しを受けて口を開いた。
「お二人とも杉田弁護士をお望みなのですよね?だったら『あみだくじ』ででも決めたら如何かと思います」
二択の場合、コイントスをして表か裏かで決定する方が効率的だが、運の要素が強いのが弱みだ。小細工というかズルが出来るほど祐樹は器用でもないし、したことがない。
「そうですわね。どちらかが杉田先生に、そしてハズレが出た場合には先生がご紹介下さる法律事務所に依頼するということで宜しいでしょうか?」
柳田夫人の決然とした声に山氏も頷いている。
「では、クジを作成します」
白衣のポケットから製薬会社の営業マンが山のようにくれる三色ボールペンと大きめの付箋紙を取り出して作成した。
「出来ましたので、お二人は私の前にいらして下さい」
柳田夫人と山氏の靴音がカンファレンスルームに響く。祐樹は柳田夫人だけに視線を当てて気付いてくれるのを待っていた。彼女と視線が合うと、山氏が見ていないことを確認した後に「み・ぎ」と唇だけを動かした後に、祐樹からは左の棒線の上にボールペンの先を当てた。彼女は小さく頷いている。そんな祐樹の一連の動きを見ていた彼が薄く形の良い唇を動かした。
「レディファーストと致しましょう」
涼し気な声だが有無を言わさない感じで助け舟を出してくれた。
「分かりました。香川教授が仰る通りに致しますわ」
柳田夫人は祐樹の差し出したボールペンを受け取って左の線の上に「大西」とペン習字のお手本のような字で書いた。杉田弁護士は離婚を決意した女性が旧姓を名乗りたがると言っていたが本当だなと感心してしまった。その後消去法で山氏は右に記名している。
「では」
折った部分を開いて祐樹のお世辞にも達筆と言えない文字が現れる。「杉」と「某弁護士事務所」と書いたモノだったが。何しろ祐樹は杉田弁護士が紹介する予定の弁護士事務所など知らなかったので。そして「大西」と書いた線を赤色に切り替えたボールペンで辿っていく。
「厳正なるくじ引きの結果……」
本当は全く厳正ではなかったがそんなことはおくびにも出さずに淡々と言葉を続けた。
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2025年01月
「ただ、東日本大震災の時の急落は、被災者の方が当座の現金欲しさに保有していた株式を売却して生活資金とか避難先を確保するために使ったという側面もある。しかし、その当時の日経平均株価は幾らだったと思う?」
そんなことを聞かれても祐樹は全く分からない。今以上に経済とか時事ニュースに関心はなかったので。そもそも大学病院に居るとそんなことは気にならない。苦笑して首を横に振った。
「八千六百五円だった」
そんなに安かったのかと驚いてしまった。
「その時に買っていて、その後も保有し続けていると、かなりの儲けが出ますよね?今は日経平均株価が四万円近辺をうろうろしていますよね、確か」
日経平均株価は名前の通りあくまで平均なので、下がったままの会社もあるに違いないが、普通の業績というか右肩上がりの企業の株を持っていたら四倍程度に増えているというのが机上の空論だ。何しろ祐樹は株式を持っていない部外者なので。
「祐樹の言う通り今は日経平均株価が四万円を切るか切らないかのところだな。私が個人的に考えているのは、好きな企業だからとかそういう理由で株を持っている人は長期保有をしているな。しかし、いざ自分のお金を株式に投入すると値動きが気になって冷静ではいられなくなる。東日本大震災の時に買っていてもずっと保持している投資家の方が稀だろうな。
ネットニュースなどで『どこそこの企業の株を十年前に買っていたら幾ら儲かったか』といった記事が散見されるけれどもそれは結果論だから言えることで、保有していたら値動きが気になって平静な気持ちではいられなくなる。この旅館も大阪にカジノを含む大型リゾートが出来たらという前提で作られているのだろう?既に決まったから良かったと思えるが、大阪府知事にカジノ反対派の人が当選したらとか、国会で与野党が逆転したらとかの不安要素があったわけで、自己資本なのか銀行融資かは知らないが、資金を投入して以来責任者は気の休まる暇はなかったと思う、な」
なるほどと思ってしまう。祐樹は正直なところ、このホテルとも旅館ともつかない建物やサービスが気に入ったからとか、最愛の人に楽しんでもらえればそれで良いと思っていて、今のところは大満足だ。しかし、この先このホテルがどうなろうと知ったことではない。しかし、経営者は死活問題だろう。
「お金を投資して儲けるという選択をしたら必然的に損をするというリスクに脅えることになるわけですよね。だから貴方が仰るように株式投資は無くなっても良いと思える金額だけにするというのが鉄則だと分かりました。元から無いお金だと思って株式なり投資信託なりを買っていたら、冷静でいられますよね?百パーセント平静ではいられないのが人情だと思いますが……。
しかし、貴方の場合億単位のお金をPBで運用して貰っているのですよね?増減が気にならないのですか?」
祐樹は傍観者の立場だが、彼はある意味当事者だ。薄紅色に染まった肩を優雅に竦めた彼は悪戯っぽい笑みを浮かべている。
「多少は気になるな。ただ、PBに預けているお金が全部無くなったとしても、それは私の見る目がなかっただけの話だし、現在の収入で充分満足する暮らしが出来るだろう?だからそれほど気にしていない。アメリカ時代は、手技を向上させるために必死だった……。それは今でもそうなのだけれども、アメリカで手技を磨けたというのが最も重大なことで勝手に溜まっていったお金は副次的なものだな。だから無くなっても全く構わないお金だと私は思っている。それに祐樹がずっと一緒に生きてくれるだろう?そちらの方が私にとって遥かに重要だし幸せなことだと思っている」
満開の薔薇に朝露が宿っているような瑞々しい笑顔だった。
「生涯に渉るパートナーは貴方だけです、よ。それだけは揺るぎないモノだと私は思っています」
最愛の人が祐樹の言葉を聞いていくうちに薔薇の蕾が一気に開花した感じの笑みに変わっていくのも見惚れてしまった。
「では、卓球をしに行こうか?」
怜悧な声が弾んで聞こえた。
「祐樹、やはり強いな……」
卓球台の向こうで浴衣に包まれた彼が若干華奢な肩を竦めている。
「貴方の方こそ」
卓球台の周りで足を止めて二人のゲームに見入ってくれた人達さえいる状態だった。なまじ身体能力の高い二人が白熱した試合をしていたからだろう。何だか目立ってしまったので試合(?)を終了させることにした。祐樹は修学旅行で訪れた旅館の卓球台で試合をしたが見物していたのは同じ学校の生徒かつ知り合いしかいなかったのとは好対照だ。
「ああ、珍しくも懐かしい飲み物が販売されていますね。貴方も多分お気に召すと思いますよ」
売店のポスターを見て足を止めた。
「何だろう?」
祐樹もそうだけれども最愛の人も息一つ乱していないのは日ごろの職務の賜物だろう。
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「山さんはトラウマになりそうな画像は直視しないことを強くお勧めします。鬱状態になって不眠や食欲減退などの症状が出る可能性はかなり高そうです。そうなった場合にはお仕事に障りますよ?もちろん私が責任を持ってカウンセリングや投薬をしますが、そうならない方が良いに決まっています」
呉先生の親身で温和な声がカンファレンスルームに癒しの空気を醸し出しているようだった。
「呉先生は鬱病の論文が国内外で認められてパリ大学で講演をなさった実績のある優秀な精神科医ですので、アドバイスに従った方が良いと私も思います」
内田教授が諭すような声を山氏に向けている。パリ大学で呉先生が講演を行ったのは事実だが、最愛の人から聞いた話では共同論文を書いたどこかの大学病院の教授が指名されたが行けなくなったということだった。祐樹はロンドンでの国際公開手術のことで頭がいっぱいで具体的なことまでは聞いていないが、最愛の人と呉先生は仲が良いし、祐樹も呉先生の恋人の森技官を含めた四人で色々と出掛けることもある。
切っ掛けは国内のどこかの大学で講演をした呉先生に一目惚れをした森技官が最愛の人の手術ミスの画像を捏造して「バラされたくなければ」と無理強いしたせいだった。呉先生は祐樹や最愛の人のように少数派の性的嗜好の持ち主だという自覚はなく、単に恋愛に向いていないと考えていたようだった。そして森技官に強引に迫られて憎からず想うようになったらしいが、本当に手術ミスが有ったのかどうかが気になって心臓外科所属の人間を探してたまたま祐樹に会いに来た。もちろんそんなミスはなかったことは医局内の医師なら皆知っているが、祐樹が対応して良かったとしみじみ思ったものだった。世間では「差別をなくそう」という風潮だが大学病院は古めかしい価値観がまかり通っている。同性愛者だと分かったらウワサの種子がタンポポの綿毛のようにどこまでも飛んでいくだろうし、伝言ゲームのように尾ひれや背びれどころか翼も付いてしまうのは目に見えている。祐樹と最愛の人の真の関係は呉先生を含め信頼出来る人しか打ち明けていないし、これ以上その人数を増やしたくないと思っている。心臓外科と精神科では同じ病院だが月と地球ほど離れているような感じで、呉先生は森技官のことがなかったら知り合う機会はなかったハズだ。
循環器内科も精神科とさほど縁がなさそうなのに内田教授が呉先生のパリ大学での講演を知っていたのは院内LANで閲覧出来る院内新聞を読んだせいだろう、多分。
「妻の不貞を偶然見てしまったある男性は吐血し入院加療をしたのですが、一週間で8キロも体重が減り、胃潰瘍も胃に穴が開くほどだったそうです。内田教授、胃に穴が開いたらさぞかし痛いのでしょう?」
杉田弁護士は祐樹最愛の人が専門分野以外も医学に造詣が深いことも知っているが、大学病院の特殊性を考えて、この場の責任者でもある内田教授に話しを振ったのだろう。
「患者さんによって異なりますが、死ぬほど痛いとかベッドでのたうち回ったという話は良く聞きますね。痛み止めの点滴を行っても、です」
山氏はますます青ざめていて、汗までかいている。柳田夫人はどうやら胃の痛みは一時的だったようで、何だか他人事のような表情で聞き流しているといった感じだ。それよりも何だか覚悟が決まったような厳しい表情を浮かべている。痛みの対する耐性は出産を経験する女性の方が強いせいだろうか。それよりも今後のことに思考が集中している雰囲気だ。ちなみに祐樹のうろ覚えの産科の知識では、出産時の痛みを男性に与えた場合、気絶するレベルだそうだ。
「そんな怖い話をお聞きするとますます見たくないです。見なくて良い方法は有りますか?」
山氏は縋るような表情で杉田弁護士を見ている。
「二択ですね。第一の方法は全てをなかったことにして、これまで通りの夫婦生活を続けることです。忘れる努力は必要ですがそれ以外は何事も起こりません」
杉田弁護士の親身かつ真剣な声に反応して首を振っている。
「妻が神聖な勤務先で、ふ、不貞行為をするような女だと知った今となっては知らない振りは出来ないです。それに、内田教授や香川教授のようなお偉い先生が謝罪して下さいました。大学病院の医師からすれば看護師なんて取るに足らない存在ですよね?それなのに、頭を下げて下さったのですから、誠意には誠意をもって返させて頂きます。杉田先生、もう一つの方法とは一体何でしょう?」
こんな常識的な夫が居るのに山看護師は何故職場内不倫をしたのか心底不思議だ。誠実そうで真面目そうな人だし、祐樹ですら知っている会社の正社員という点もプラスの評価にならないのだろうかと思ってしまう。
「離婚の手続き全てにおいて事情を知っている弁護士に丸投げすることです。例えば、この私に。山さんはご自宅に帰ってキッチンのテーブルの上に『離婚したい。今後は直接ではなくてこの弁護士に連絡するように』というような内容の手紙を書いて、弁護士の名刺と共に置いておくという方法ですね。しかし、お子さんがお二人」
「お話しを遮って申し訳ないのですが!!」
柳田夫人が決然とした表情で言葉を発した。
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しかも、外国人に「The温泉」とでもアピールしたいのだろう。雪の程よく積もった岩々で露天風呂を分断しているし面積も広いのでグループ毎に固まっていて二人に注意を払っている人はいなかった。国際公開手術のせいで親しくなった外国の人はお湯に肩まで漬かるという風習がないらしくて逆に驚いた覚えがある。ホテルのバスタブはどちらかというと寝転ぶという感じで、湯舟ではない。こうしたある一定の深さのある温泉というのも外国の人にも喜ばれるだろう。
大阪にカジノを含む施設がほぼ確定で出来ると決まったのは約三か月前だと記憶している。それまではこの旅館もハラハラドキドキだっただろうなと他人事ながら心配してしまう。このホテル兼旅館のサービスや施設が気に入ったせいだろうが。
「……アニメでも漫画でも当たり前ですが最初から見ますよね。だから主人公の性格の良さとか優しさは充分分かっています。それが『柱』の前に引き出された時に口々に『殺そう』と言っているわけですから、印象は最悪です。そこから一人一人の『柱』の深掘りがされて行って好感度が爆上がりしました。ああいう手法も斬新だなと思います。最初に観た時には狂人というか殺戮狂の異常者集団としか思えなかったですから。ただ、鬼にされた主人公の妹が人間を食べていないということは読者や主人公には歴然と示されていますが、彼らは『鬼というものは人を食べるもの』という常識が成り立っていますのでああいう『殺そう』という態度も分からなくはないですよね」
彼は祐樹の話を興味深そうな微笑みで聞いている。温泉に落ちた紅梅の花のような風情で。
「そういえば、脱衣所に卓球台が置いてありましたよね?」
仕事の時はともかく二人きりになった時に祐樹は最愛の人が何を見ているかを常に観察している。といってもお互いが自然と視線や表情に敏感になっているのでお互い様だ。卓球台を見た時の最愛の人が興味を持っているなと分かってしまった。彼は困惑半分、期待半分といった表情だった。彼と二人きりの時間は多彩な表情を見ることが出来るのも楽しみの一つだ。
「温泉から上がったらお手合わせ願えますか?」
フルートグラスに注いだ「澪」のフルーティな味を楽しみながら提案してみた。
「え?したことがないのだが……。学校の授業でも卓球はなかったし」
身体の弱いお母さまのことが心配で修学旅行も参加していないことは彼から以前に聞いていた。
「私は遊び半分でしたことがある程度ですよ」
彼の紅色の唇が花の咲いたような笑みを浮かべている。
「『呪いが廻る戦い』の確か三十話で登場人物がしていたのを見たのでいつかしてみたいとは思っていた」
三十話だったかまでは祐樹も覚えていないが、確かにそんなシーンがあったような気がする。呪術師として腕は良いがお金を儲けることが大好きな女性とこちらも強いが主人公に対して「存在しない記憶」を想起して片思い(?)の親友だと思い込んでいる少し頭がおかしいキャラが卓球をしていたなと。
「だから、お手柔らかにお願いする」
薄紅色に染まった若干華奢な肩が竦められて鎖骨より一層浮き出して健康的な色香を放っている。
「あの女性は現代最強の呪術師から賄賂を貰って主人公達を一級術師に推薦しましたよね。通帳で振り込みを確認した画面を見て一千万円だと貴方が即座に分かったのも凄いです。私はゼロがたくさん並んでいるとついつい指で確認してしまうので。そして、その通帳残高が二億五千万円というのも驚きでした。後の数字は女性の指で隠されていましたけれども……。お金持ちなのですね。その分危険度も高い仕事なので当たり前といえばそうなのでしょうが」
同世代に比べると高給取りだが、祐樹の口座に億単位のお金は入っていない。彼は神秘さを感じる笑みを浮かべている。
「いや、あの口座に入っているのは彼女の資産の一部分だと思う。その後の『渋谷事変』で東京が壊滅的な被害を受けた時に任務を全うした後、マレーシアに逃げただろう。その時、円をドルに換えたり株式や東京の不動産を売ったりした方が良いと電話の向こうの人間にアドバイスしていた。つまり株も不動産も持っているからこそのセリフだと思った。東日本大震災の翌日は株価が急落したし、特に東京電力はストップ安になった。地震はある程度織り込み済みの日本経済でもいざという時には下落するのに、呪力とか呪術など一般人には秘匿されていたものが明らかになったのだから賢明な処置だと思うが、保持していないと売りようがないだろう?だからきっと二億五千万円は資産の一部でしかないのだろうな……」
彼はアメリカ時代に築いた資産をPBで運用して貰っていると聞いている。彼は信頼するに値すると判断した人に全て任せるというのがスタンスだが、彼自身も経済の動向に詳しい。信頼できる人の中に祐樹が入っているのも嬉しい限りだが。
「そうですよね。貴方は確か株式投資をするなら無くなっても良い金額でと仰っていました。『呪術テロ』などはフィクションの世界では楽しいですけれども、現実的ではないですよね。ただ、地震の時とか大恐慌とかで暴落した時に全てのお金を株につぎ込んでいたら怖いです」
彼は少し悪戯っぽい光を澄んだ眼差しに含んで祐樹を見ている。それだけで天国にいるような気持ちになった。
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「お水を飲めば少しはご気分も良くなります。胃の辺りを押さえていらっしゃいましたが痛みなどの異常は有りますか?」
蓋を優雅な仕草で取って彼女に渡している。
「香川教授にまでこのような取り乱した姿を見せてしまい誠に申し訳ありません。一瞬ズキっとした痛みは有りましたが今は大丈夫です。それにここは病院ですものね。ウチのヤツ、いえ主人には絶対に診てもらいたくないですが、信頼できる先生方が揃っていらっしゃるのでまた痛み出したら申します」
しっかりした話しぶりに大丈夫だろうと手を離した祐樹に彼は一瞬だけ「良く動いてくれた」と言うような眼差しを向けてくれた。
「それは良かったです。異常があれば遠慮なく仰って下さいね。循環器内科の医師ではなくて消化器内科の医師を呼ぶことも可能ですので」
最愛の人は山看護師の胃痛には心臓内科医の長岡先生に頼んでいた。しかし、柳田夫人には専門医を紹介しようとしているのは前者のことを好ましく思っていないことも理由の一つだろう。長岡先生も優秀な内科医だし、コトの経緯を良く知っているという理由もあったに違いないが。それはともかく医師が山のようにいるのは事実で、ドラマの「白い巨塔」の被告になった主人公が判決言い渡しの場で倒れるシーンがある。それを見てこんなに医師が揃っている所で倒れたら救命率も上がるだろうと思っていたが、此処の大学病院は設備も揃っているという病人にとってはドラマよりも恵まれている。尤も何事もないのが一番だが。
ミネラルウオーターを一気に半分ほど飲んだ彼女はポケットからハンカチを取り出して口に当てている。唇に付いた水分を吸収しているのだろう。祐樹ならグイっと拭くだろうが、口紅が落ちないようにする工夫のようだった。杉田弁護士はまだ長岡先生が「うっかり」持って来てしまった山看護師のスマホを人に気付かれないように弄っている。その様子は授業中の「内職」に耽る高校生かと突っ込みたくなるシロモノだったが「オブザーバー」として、また新たなクライアント探しに来ているので見なかったことにしよう。
「奥さんのように直視出来る勇気がないのです。口頭でお教えいただけませんか?」
柳田夫人の様子をオロオロした感じで見ていた山氏はおずおずといった口調だった。
「内田教授、発言をしても良いでしょうか?」
呉先生が控え目な口調でお伺いを立てている。旧態依然のヒエラルキー制度がまだまだ蔓延っている大学病院では精神科「助手」と教授では天と地ほどの差がある。尤も内田教授は医療従事者目線での病院改革を目指しているし、過度の教授崇拝は嫌っている。呉先生には話していないものの、悪性新生物科の教授は「私が執刀します」と患者さんに説明して難しい手術は頑固な手術職人の桜木先生に丸投げをしている。そのことを祐樹から聞いた内田教授は烈火のごとく怒っていた過去がある。祐樹最愛の人の病院長就任を全面的にバックアップすると言って貰っていたが、その新体制での内田教授の発言権は今よりも更に強大になるだろう。その時には難易度の高い手術が出来ない教授など不要だと主張するのはほぼ確実だ。それに小児科の浜田教授に倣って教授職にもフランクに話しかけることが出来る病院作りを目指しているとも言っていた。だから呉先生がそこまで畏まる必要はないのだが。
「勿論です」
内田教授は謝罪の場に相応しいしめやかな笑みを浮かべて呉先生に頷いている。
「柳田さんの一時的にせよ胃が痛くなるような画像を山さんが直接見てしまったら確実にフラッシュバックが起こりますし、鬱状態になって食欲不振や不眠などの症状が出ますので、是非言葉で聞いて下さい」
呉先生の春爛漫の風のような声が親身に響いている。
「内田教授、私からも提案があります。離婚問題は専門ではないですが、これまで123組の離婚を手掛けて来ました。その経験則から申し上げたいのですが」
確か三分間に一夫婦が離婚するとかどこかで朧気ながら聞いた覚えがあるような……。まあ、離婚届にお互いが署名捺印して市役所だかに提出すれば離婚成立なので弁護士が介入するケースが全体の何パーセントなのかは当然知らないし、杉田弁護士の123組というのが多いのか少ないのかも全く分からない。
「弁護士にこれから依頼するとなると、今、呉先生が持っていらっしゃる画像と元になった動画、もちろん音声付きです。それらを証拠としてお二人が事務所にお持ちになって画像か動画を元に説明する必要があります」
柳田夫人は「何を今さら」といった表情だったが、山氏の方は幽霊でも見たような感じで皺だらけのハンカチを口に当てている。山看護師は不倫に夢中でアイロンを掛けないのだろうかと勘繰ってしまった。今日は薬品保管室で性行為をしていたのでお化粧とか髪型とか服などは特別な用意は不要だろうが、それなりの身支度、それこそLINEに書いてあった「相手の気に入る下着」とやらを買ったりムダ毛の手入れなどをしたりして忙しいハズだ。
「えっ!弁護士の先生の事務所であっても……とても正視出来るとも思えないのですが……。意気地がなくて申し訳ありません」
杉田弁護士のクライアント候補は柳田夫人かと思っていたが異なるのだろうか?もしくは祐樹の目の前に居る二人とも杉田弁護士が引き受けるのだろうか?
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