「でも!旦那さんが単身赴任している人もいますよね?そういう人は同居義務を果たしていないからって慰謝料を支払うなんて聞いたことはありません!!」
旧態依然のヒエラルキー制度が色濃く残る大学病院で教授職に言い返す看護師はそれほどいない。唯一認められているのは実力に裏打ちされた人だけだし、そんなベテランだって気を遣って話すというのに、真っ向から対決しているのは一時的にのぼせているか破れがぶれなのかもしれない。
「単身赴任は同居義務の例外に当てはまります。だから慰謝料は必要ないのです」
最愛の人が内田教授にも聞いて欲しいことをメモしたことはこの勢いだと全く口に出せなかったに違いない。長岡先生が書類に紛れ込ませたボイスレコーダーで捲土重来を果たそうと密かに決意した。最愛の人は今まで人付き合いが苦手だったらしいし、凱旋帰国してからは教授職として奉られてきたというか遠巻きにされていたのでこんな頭の悪い人間を相手したことはなかったに違いない。教授会も義務として出席しているだけで内田教授とか浜田教授としか話していないらしいし。
「そうなんですか?でも、慰謝料なんて……。結婚した後に真実の愛に巡り合っただけなのに!!そんなの酷いです!!」
……何だか眩暈がしそうだ。そんなに真実の愛とやらを貫く気があるなら慰謝料や財産分与などをきっちり支払って離婚して添い遂げれば良いだけの話ではないか……?結婚制度を軽く見ている祐樹が思うことではないような気がするが配偶者への裏切りの清算はきっちりすべきだろう。最愛の人も涼し気な目を瞠って信じられないモノを見るような光を浮かべている。
「いえ、それが社会のルールですから。少なくとも日本は法治国家です。ですから法律に違反した場合はペナルティを受ける必要があるのです」
何だか幼い子供に言い聞かせるような口調だった。
「え?恋愛は自由ですよね?」
……日本語が通じないというのはこういうコトを言うのだろうか?「恋愛は自由ですよ。ただ、結婚という契約関係を結んでいる場合、違反したら慰謝料を支払うのです」
至極真面目な口調だった。短気だと自覚している祐樹などは文字通り匙を投げてしまいそうな不毛な会話だが。ノックの音がして「長岡です。例のモノをお持ち致しました」隣に立っている祐樹を見上げた最愛の人と視線を交わした後に唇を開いた。
「どうぞお入りください」
重厚なドアを開けた長岡先生は山看護師をあえて無視しているのだろう。つかつかと歩み寄って祐樹の頼み通りの封筒を最愛の人に手渡している。
「すぐにお邪魔致しますのでコーヒーなどは結構ですわ」
彼女は秘書が立ち上がろうとするのを止めている。
「それよりもその封筒を早く開けて下されば幸いです。では、失礼……」
山看護師と並んで立っている長岡先生はハッとしたような表情を浮かべている。内科の内田教授と親しい長岡先生なので内科の知り合いも多いからという理由だけではなさそうだ。最愛の人は書類を即座に読んだらしく「ご苦労様です」と言った後に怪訝な表情で封筒の中に入っているボイスレコーダーを見ている。
「山看護師に見せないようになさってください」
祐樹が耳打ちすると微かに頷いてデスクの死角で祐樹に手渡してくれた。
「では失礼致します。お取込み中のところ申し訳ありませんでした」
長岡先生が非の打ちどころのない一礼して執務室を出て行った。
「さて、仕切り直しと行きますか?教授、僭越ながら私が司会を務めさせて頂いて構わないでしょうか?」
この馬鹿っぷりはきっと最愛の人と相性が悪いだろうし、まだ祐樹の方がマシだろう。
「田中先生、宜しくお願いする」
怜悧で落ち着いたな声だったが僅かに苛立ちも交じっていた、祐樹にしか分からない程度だろうが。
「承りました。ではレポート用紙かノートはありますか?」
最愛の人が怪訝そうに長く細い首を横に振っている。
「宜しければこちらをお使いください」
控えめな声と共に新品の大学ノートが秘書から差し出された。流石は事務処理能力に長けた女性だ。
「有難うございます。では使わせて頂きます。山看護師、良いですか?今から記録しますね。異存があれば仰ってください」
白衣の胸元に挿していた薬品名が書いてあるボールペンを抜きながら了承を求めた。
「はい」
何だか渋々といった感じだったが気にしない。それにしても教授職にこんな態度を取ることが出来る看護師は少ないような気がする。いや、そういう性格だから職場で情事をするのかも知れない。ノートにも実際に書いたが白衣のポケットには電源をオンにしたボイスレコーダーがある。「記録はする」と言わないと後で問題になるらしいので言ったが「どの媒体で」とは言っていないのがミソだ。日付とか出席者、具体的には最愛の人と祐樹だが、それを口にしながらノートに綴っていった。山看護師も当然ながら見えているが肝心のボイスレコーダーには気づいていないだろう、高確率で。
--------------------------------------------------
最後まで読んで頂き有難うございました。
二個のランキングに参加させて頂いています。
クリック(タップ)して頂けると更新のモチベーションが劇的に上がりますので、どうか宜しくお願い致します!!
にほんブログ村
小説(BL)ランキング
2ポチ有難うございました<m(__)m>
本記事下にはアフィリエイト広告が含まれております。
2024年11月
「馬鹿は罪・無知は罪・前後の見境ないのも罪でしょう。予め最悪の事態を考えていないのはもっと罪ですね」
森技官の言った通りだとしみじみ実感した。厚労省イチの切れ者として周りにそれほど馬鹿はいないハズだが……。それはそうと世間の風潮では容認の方向だが旧弊な大学病院では下手するとクビになりかねないのが二人の真実の関係だ。バレた時の身の処し方は二人して話し合っている。祐樹の前を悄然と肩を落として歩いている山看護師はそういう事態を全く考えていないのだろうか?
「先ほどの皆がしているから良いというわけではないですよ。小学生がおもちゃだとかゲーム機を持っている時に親に強請るメンタリティーと同じです。ちなみに香川外科のナースも『皆』に含まれるのでしょうか?」
廊下に人気がないので聞いてみた。看護師といえども香川外科の一員で露見したら、教授会とか倫理委員会までは行かないモノの最愛の人の監督責任は免れない。
「え?いえ。そういう事実は聞いていないです。皆といっても……『不倫ダメ!絶対』というナースが居ます。現にウチの医局の看護師かとうかまでは分からないですが、密会現場に画鋲とかプチプチを置かれていたこともありますし」
それは三好看護師とその同志だろなと。最愛の人の執務室に着いた。長い脚が動くたびに白衣が風に靡いてとても恰好が良い。祐樹よりも身長は低いが平均身長は楽々クリアしているし、何よりも手足のバランスが良いので実際の身長よりも高く見える。
「コーヒーは結構です」
秘書さんは何かを察したようで黙って頷いてパソコンに向かっている。
「田中先生はこちらにいらして下さい」
執務室デスクに座った最愛の人は祐樹を眼差しで呼んでいる。
「承りました。その前にどうしても外せない電話を掛ける必要が有りますので、部屋から出ても良いでしょうか?」
ふとした思いつきだった。いくら最愛の人が卓越した記憶力を持っているとはいえ、記憶では証拠にならない。最愛の人が頷くのを待ってから教授執務室を出た。山看護師は執務室デスクの前で肩を落として立っていた。といっても先ほどの態度から本当に反省しているわけではないだろうが。
「長岡先生お疲れ様です。そして有難うございました。今電話大丈夫ですか?」
2コールで出たということは時間があるだろうなと思いつつ会話を進めた。
『ええ、通話は大丈夫ですわ。で渦中の人たちは何て言っているのですか?……お互い配偶者が居ないことを祈りますけれども……』
最大の懸念はそれらしい。独身同士ならば責任を取って結婚してしまえば丸く収まることから最も簡単なのだが。たとえ体の関係だけだろうと付き合っているのは事実なのだから。
「それが、両方とも配偶者が居るそうです」
スマホ越しに大きな溜息が聞こえてきた。
『そうなのですか……。不倫は魂の殺人だと思います。少なくとも信じあい愛し合った人を裏切るのですから相手の精神的なダメージも大きいかと。それこそ精神疾患を発症してもおかしくないレベルで相手を裏切っていますよね。私の友達でも人も羨むような慰謝料を貰って離婚した人がいますけれども、全然幸せそうではありませんわ。』
魂の殺人とは言い得て妙だなと感心した。
「確かに生涯を共にしようと誓った人間に裏切られた場合物凄くショックだと思います。今は当事者二人が口裏合わせ出来ないように柳田先生は内田教授に尋問だか質問をされています。そして香川教授と私が山看護師担当となったのですが、長岡先生が貸してもらったボイスレコーダーを使わせて頂いても構いませんか?」
魂の殺人……、最愛の人は祐樹が一億分の1でも裏切ったら命を絶ちかねないのは分かっている。祐樹だって最愛の人が他の人に……と考えたら奈落の底に突き落とされるような気持ちになるだろう。そういう「あり得ないコト」と考えるのも精神衛生上悪いので頭から消去した。くだんの二人はこれから公的に内田教授の裁量で二人の左遷先が決まるか、病院を辞めるという選択をするかもしれない。先ほどの激怒具合では「温情」の「お」の字もないだろう。杉田弁護士に入ってもらって離婚か再構築かを考えなければならない。杉田弁護士は「再構築はお勧め出来ない」と言っていたので離婚となると証拠が必要だろう。ボイスレコーダーの録音も十分証拠になる。記憶だと証拠能力が薄いような気がした。
『お安い御用ですわ。教授執務室にお持ち致しましょうか?』
長岡先生の厚意に100%甘えようかとも思ったが引っかかることが有った。
「お気持ちは有難いのですが、ボイスレコーダーだと分からないようにして下さって構いませんか?例えば書類を入れた封筒などを届けに来たというような感じでお願いします」
ざっと学んだ不倫の対応の件ではそうした方が良いと聞いたり見たりしたので。
『承りました。不倫の件とは別件で訪ねるように致しますわ。そうですね。五分ぐらいで参ることが出来そうです』
礼を言って電話を切った。ノックして室内に入ると最愛の人が途方に暮れたような表情を浮かべている。といっても祐樹にしか分からないレベルだが。
「夫婦には貞操義務があります。ついでに言うと同居義務も。貴女は他の男性と性行為をしたのですから貞操義務違反で、違反したら慰謝料を支払う必要があります」
……まだ慰謝料を支払うことに納得していないらしい。本当に無知は罪だ。
--------------------------------------------------
最後まで読んで頂き有難うございました。
二個のランキングに参加させて頂いています。
クリック(タップ)して頂けると更新のモチベーションが劇的に上がりますので、どうか宜しくお願い致します!!
にほんブログ村
小説(BL)ランキング
2ポチ有難うございました<m(__)m>
発熱が続いていますが、マイコプラズマなどてはないようです。
お医者様の許可が出たら小説再開致しますのでお待ち頂ければと思います。
そして、ブログ休止でお見舞いが♡

教授大好き♡様、しょうこ様、ゆき様ありがとうございます。
あと、XのDMで大丈夫?と心配してくださった方々もありがとうございます。
そういえば、以前ジュエリーを載せた時に自宅金庫の中に入っていたのを忘れていました←酷い
普段使いが出来ないのですが、

ちなみにパパラチアサファイヤです。お目汚しでした。
では体調が良くなりましたら小説書きます。すみません。

にほんブログ村

小説(BL)ランキング
「でも!誰とは言えませんけれど、皆不倫なんてしています!それでも慰謝料を取られたり離婚したりしていません!!」
……小学生の言い訳かと思ってしまう。外科医としては気の長いタイプだと自己客観視している祐樹もあまり低俗な戯言を延々と言われると心底ウンザリしてしまう。尤も内科医の内田教授だってこめかみの辺りに血管が浮き出している。
「それは配偶者が気付いていても大袈裟にしたくないと目を瞑っているのか、全く気取られずに上手く隠蔽出来ているかのどちらかでしょうね」
祐樹の知る限り最も気の長い外科医の最愛の人は怜悧で落ち着いた声が凛と響いた。
「お友達とはこの病院内ですか?いえ、固有名詞を聞き出す積もりは有りません。ただ『類は友を呼ぶ』と言いますよね。私はナースと雑談する機会も多いですけれども、潔癖な方とそうでない方に綺麗に二極分化する傾向にあると体感していますよ。不倫しても良いと考える人が集まっている小さなコミュニティの中の『皆』ではないですか?」
最愛の人の言葉に加えて祐樹が畳みかけると弱点を衝かれたような表情に変わった。
「そ……それはそうかも知れないです。しない人はしないですし、寧ろ嫌いだというオーラを出している同僚もいます。そういう人とは恋バナはしないです」
……「恋バナ」と来たかと思ってしまう。何だか自分の歳を考えろと思ってしまう、しかも既婚だし。恋に恋する高校生なら可愛げがあるし、しかも水に濡れた犬のように悄然と立ち尽くしている柳田先生との性行為を最初から最後まで実況中継さながらに観たが、欲望の発散しか頭にないような愛し方だった。
「さて、お忙しい香川教授と田中先生に時間を割いて頂いているのも事実です。二人揃って質問すべきことは他に有りますか?」
内田教授は苛立ちを隠せない苦々しい口調だった。
「いえ、充分です。尤も……」
しなやかに立ち上がった最愛の人は内田教授に耳打ちしている。
「なるほど、それは必要ですね。仰って頂けて助かりました。聴取すべき点をご教示頂ければ幸いです」
デスクのメモ用紙に流麗な筆跡が麗しい。
・いつから二人の仲は始まったか・夫婦の共有口座からの使い込みはないか・配偶者に知られた場合、誠実に向き合って慰謝料や養育費などを支払えるか・二人はこの先結婚する意思は有るか
「この程度だと思います」
内田教授に祐樹最愛の人が耳打ちした内容は聞こえなかったが多分「この先は個別で聞くべきでしょう」とでも言ったに違いない。二人に聞いた場合は口裏合わせをして付き合った期間などは過少申告しそうな気がする。
「山看護師は香川教授にお願い致したいと思うのですが?」
医師は「何でも知っている」と勘違いする世間の人間は多いが、特に専門性に特化した大学病院では所属する科のことにだけ詳しい医師の方が多い。それに祐樹は法律なんて医師法くらいしかキチンと学んでいない。内田教授は臨機応変に強いタイプの人間なので、祐樹最愛の人が三人の中で最も法律に詳しいと今までの会話を聞いて分かったのだろう。柳田先生は最初こそ威勢が良かったものの、今ではすっかり意気消沈しているので医局の責任者である内田教授の尋問だか質問には素直に答えそうだ。
それよりも、でも!でも!とか言っている山看護師にこの場で最も法律に詳しい人に任せようと判断したのだろう。
「承りました。内政不干渉が暗黙のルールでは有りますが?」
最愛の人は細心の注意を払っているような眼差しで内田教授を見ている。最愛の人と内田教授は親しい仲なのは知っている。しかし、教授同士として振舞う場合には暗黙のルールが存在するのも事実だ。
「密会の場所は香川外科の管轄でしたから、その点は問題ないと思います」
気さくで温和な内田教授だし、たまには小児科の浜田教授を交えて呑みに行く仲だが、その辺りの線引きははっきりすべきだと最愛の人は判断したのだろう。柳田先生や山看護師の最終的な上司の内田教授の言質を取った上でコトを運ぶという大学病院の不文律をごくごく自然に身に着けているようだった。以前は生粋の病院育ちの祐樹に相談した後に公的な場面でも動いていた。それが今では院内政治にすっかり馴染んだような感じだった。最愛の人の成長を喜ぶべきなのだろうが、祐樹の助力を必要としないのだと思うと何だか寂しくて複雑な気分だ。
「では20分を目処にこちらに戻って参ります。山看護師、そして田中先生は私の執務室にいらして下さい」
最愛の人が凛と背筋を伸ばして歩いている。その後ろを山看護師が続いていて、祐樹は殿を務めることにした。もはやこの状況になってまで逃亡の惧れはないだろうが、薬品保管室を密会の場所に使って露見しないと考えている頭の悪さだ。そういえば祐樹が知る限り最も乱世に強い厚労省の森技官がいつぞや言っていた言葉が脳裏を過った。
--------------------------------------------------
最後まで読んで頂き有難うございました。
二個のランキングに参加させて頂いています。
クリック(タップ)して頂けると更新のモチベーションが劇的に上がりますので、どうか宜しくお願い致します!!
にほんブログ村
小説(BL)ランキング
2ポチ有難うございました<m(__)m>
本記事下にはアフィリエイト広告が含まれております。
「慰謝料って女が支払う必要はないですよね?男性が支払うモノでしょう、それって」
は?何を言っているのだと呆れてしまった。最愛の人は内田教授の椅子に座っていたが、馬鹿丸出しの山看護師の言葉を聞いて呆気に取られた表情で祐樹を見上げている。
「いえ、二人はお互い配偶者が居ながら不倫をしましたよね?有責配偶者の立場なので」
柳田先生は先ほどの逆上振りが嘘のように殊勝な態度で祐樹の言うことを頷きながら聞いてくれたが、山看護師は理不尽なことを無理強いされて不満そうな表情だ。
「『ゆうせき』って何ですか?難しい言葉を使って誤魔化そうとしてませんか?」
内田教授もがっくりと肩を落としている。
「慰謝料というのは悪いことをした人間が支払わなければならないのです。有責というのは慰謝料を支払う責任が有るという意味です。男女は関係ないのです。山看護師のご主人が妻の不貞を知った場合、慰謝料を請求する権利が有ります。今回のケースではご主人は不貞を働いた奥さんと不倫関係にあった柳田先生の両人に請求出来ますね。柳田先生の奥さんもご主人の不貞を知ったら柳田先生と山看護師にそれぞれ請求すると思われます」
山看護師の顔が真っ赤になっている。
「そんな!そんなこと聞いたこともないですっ!!女が慰謝料を支払うなんてっ!!」
……聞いたことがないとかそんなモノ知るかと。それに不倫をするならリスクを調べるのは当然のような気がする。今時スマホでネットに繋げることが可能なのだから検索すれば即座に分かるのに、それすらもしていない点にまず呆れた。
「え?でも!私は柳田先生に誘惑されて楽しく恋愛していただけなんです!それのどこがいけないのですか?」
何だか日本語が通じない。祐樹の説明能力の問題なのだろうか?それとも山看護師に理解する能力がないのか……。
「良いですか?お二人が独身だった場合は告白されて付き合ってもそれは本人の自由です。ただし、職務時間中に仕事をサボって行為に耽っていた点と、本来性行為に使うべきではない部屋に忍び込んでという二点は病院の服務規程違反になりますが。そして、現実問題としてお二人は結婚されていますよね。結婚は一種の契約なのです。契約違反をしたらペナルティを科されるという説明で分かりますか……?」
最愛の人が祐樹の当惑している顔を見て助け舟を出してくれた。
「契約、ですか?でもっ!例えば生命保険の契約だったら保険の担当者から説明を受けますよね?入院した場合は一日幾らの保険金が出て、死亡時にこれだけのお金が出ますとか。そういう説明が一切ないのに、契約だというのが納得出来ません!」
山看護師は根っからの馬鹿なのか、それとも慰謝料をご主人や柳田先生の奥さんに支払う現実を突きつけられて逃避したいのか分からない。最愛の人の説明にも徹底抗戦の構えを見せている。ヒエラルキー制度が色濃く残る大学病院で教授職に反抗するという無謀なことを平然としてしまえる点も祐樹には理解出来ない。
「保険の場合は色々な保険が有りますよね?ガン保険などはガンと診断されたら一時金が貰えるとか、入院した場合にもガンだったらその他の病気や怪我などよりも多額のお金が支払われるなど説明すべきことがたくさんあるのです。しかし、婚姻の場合は至ってシンプルなモノなので一々説明する必要はないのです。ちなみに婚姻に伴う義務は四つあって、同居義務・協力義務・扶助義務・貞操義務です。山看護師は貞操義務違反をしたので、ペナルティとして慰謝料を支払う必要が出てきたというわけです」
最愛の人が怜悧な口調で言葉を続けた。祐樹にはとても分かりやすい説明だと思うのだが、山看護師は納得出来ないといった不満そうな表情だ。
「でも!同居していない夫婦なんてたくさんいますよねっ!?ご主人が単身赴任で海外に行ってしまって、正月に帰国する程度の夫婦は同居義務違反じゃないですか?」
「でも」とか「しかし」などの逆接の接続詞を使っているのは勝気な性格だからだろうか?外科医にしては気の長い最愛の人はともかく、内田教授も顔を真っ赤にして何か言いたげだし、祐樹も山看護師に対してキレそうだ。
「違います。夫の海外赴任が決まった場合、奥さんが付いて行くかどうか二人で話し合って決めるのです。お子さんの学校のことも有りますし、赴任予定の国の治安の問題なども関係しますよね?充分な話し合いの結果、単身赴任になったとしても同居出来ない正当な理由と見做されます。勿論海外から帰国して日本で働く時には同居義務が復活します」
そうなのかと感心して聞いた。流石は医師国家試験と司法試験の両方に通っただけのことはあるなと。内田教授も初めて聞いたような表情を浮かべている。ちなみに内田教授は家庭円満だと聞いているし、お子さんとマンガやアニメの話をするなどの努力(?)もしているのは知っていた。
「でも!」
またもや「でも」だ……。今度は何を言い出すのだろうかとウンザリした。
--------------------------------------------------
最後まで読んで頂き有難うございました。
二個のランキングに参加させて頂いています。
クリック(タップ)して頂けると更新のモチベーションが劇的に上がりますので、どうか宜しくお願い致します!!
にほんブログ村
小説(BL)ランキング
2ポチ有難うございました<m(__)m>
本記事下にはアフィリエイト広告が含まれております。