「初めまして。執刀医を務めさせて頂く、田中祐樹と申します。
日本の首都の東京ではなくて、千年もの間天皇一族がずっと住んでいた京都から参りました。
金閣寺を始めとした寺社仏閣で有名ですが……、そして寺社仏閣しかないと考えている人間が日本人の中にも居るのは事実ですけれど……。
実際は神社やお寺が他の都市よりも若干多いだけの都市です。そのような東洋の一都市からはるばる参りました。
今日は皆様と共に仕事が出来て光栄です」
手術スタッフ一同の前で挨拶した。一応冗談の積もりで言ってみたが、日本ではそこそこウケている話でも外国人にはスベるかも知れないなと危惧していた。
冗談を言っても周りの空気が凍り付いたなら居た堪れない気分になるのは日本人の羞恥心なのだろうか……?
年齢がバラバラの男女は笑いではなくて興味深そうな表情を浮かべている。……冗談は不発に終わったようだが、別の意味では「掴み」に成功したと思いたい。
数分の自己紹介でスタッフの気持ちを一丸となるために心を砕くのも執刀医としての責務だ。取り敢えず日本のことを話せば良いだろうと皆の表情を見て判断した。
ちなみに京都にはお寺と神社しかないと思い込んでいたのは東京生まれ東京育ちの長岡先生だ。最愛の人とLAの病院で会って、凱旋帰国の際に内科医としての優秀さから京都でも一緒に働いて欲しいとの誘いを受けた。
確かに内科医としては内田教授がアドバイスを受けに来るレベルだ。しかし一般常識に欠けている部分がある。
そして最愛の人は彼女の有能さを重用していたのも事実だけれども教授職として招聘された身の上でどれだけの我が儘が通るか長岡先生で確かめたのも事実だった。
国立大学病院改め独立行政法人となった大学病院という古めかしい組織では旧態依然がまかり通っている。
心臓外科の医局に内科医が所属するというイレギュラーなことが認められるかどうかを最愛の人が確かめたのも事実だ。すんなりと通ったことにも驚いたと後で聞いた。
そんな事情を祐樹が彼から聞いたのは付き合い始めた後のことで、それまでは婚約者だと思い込んでいた。
研修医と教授職、しかもアメリカで名声と地位と資産を築いた特別な人の順風満帆な人生を送っていると思い込んでいた祐樹は彼我の差に暗澹たる思いを抱いていた。
それに長岡先生という見た目は綺麗で育ちの良さそうな女性を連れ帰ったのも依怙贔屓というか公私混同のような気がしていたのも事実だ。
彼女の実の婚約者は別に居て、その婚約者が断ると厄介な大物政治家の令嬢だかとの縁談があり、結婚の予定が全くない彼が隠れ蓑として婚約者と自称していたのも後で知った。
「こちらこそ初めまして。お会い出来て光栄です、田中先生。私は麻酔医のアルバート・スタンベリーです。
遠い国からイギリスへようこそお越しくださいました。今日は宜しくお願い致します。
エンペラーは同じ一族なのですか?千年もの間ずっと?」
握手を交わしながら驚いたように聞いて来る。
イギリスも王族は存在するけれども、日本のように連綿と続いているわけではないことは知っていた。
「伝説によればさらに古いとされています。
日本人の中には二千百年もの間同じ一族が統治していたと信じている人達も居ますね。
文献といっても西暦700年代に書かれた歴史書なので、想像やでっち上げなど色々とあったと思われます。
その証拠に初代から十代までの天皇は没年齢が異様に高いので水増しをされているか、もしくは二人分の人生が一人に纏められているなど何らかの工夫が施されていると個人的に考えています」
医師やナース・技師たちは「西暦700年!?」「信じられない」などとと目を丸くしている。
そういえば、西暦700年にイギリスという国はなかったハズだ、祐樹の世界史の知識が正しければ。
ただ、大学入試は日本史で突破しようと考えていたため、高校の時の世界史の授業は睡眠学習と決めていたので自信は皆無だったけれども。
「それに後継ぎがいない天皇がいらっしゃって、当時は物凄く田舎の領主に過ぎなかった遠縁の人間を次の天皇に定めた事例もあります。
これは万世一系だとアピールしたいためにフィクションで書かれた可能性もありますね。
実際は血の繋がりなど全くない田舎の領主が現地で力を付けて武力で成り代わったという説もあるようです」
スタンベリー先生が青い目に理知的な光を宿している。
「そんなもの……、王族の墓は残っているのでしょう?古墳とか言う。あのピラミッドよりも大きなカギ穴みたいな形のモノは王族の墓だと何かで知りました。
DNA鑑定をすれば自ずと分かるのではありませんか?」
流石はツタンカーメンのミイラをわざわざ日本まで持って来てまでAiをしたりDNA鑑定をしたりしているお国柄の人だなと感心した。
「残念ながら、古墳などは宮内庁という天皇家にまつわることを取り仕切っている役所が学術調査を拒否しているのです。
江戸時代に天皇から許されて将軍の位に就いた徳川家の墓などは研究者が研究するために墓所を改めることもあるそうですが、天皇家は別格のようでして。
そこまで拒むということは隠蔽したいことがあると私などは思ってしまいますね」
肩を竦めて苦笑を浮かべた。
「なるほど……田中先生!質問が有ります。
私は第一助手を務めるヘンリー・ミラーです。富士山も京都に有るのですか?」
--------------------------------------------------
二個のランキングに参加させて頂いています。
クリック(タップ)して頂けると更新のモチベーションが劇的に上がりますので、どうか宜しくお願い致します!!![]()
にほんブログ村
小説(BL)ランキング
2ポチ有難うございました<m(__)m>
本記事下にはアフィリエイト広告が含まれております。



![]()
![]()
![]()
![]()
![]()
2024年02月
「知っています。こういうふうに衣をつけて色々な食材を揚げる料理ですよね?」
最愛の人は揚げたての物が最も美味しいと言って休日に良く作ってくれたな……と懐かしい想いがする。これが郷愁というモノだろうか……?
「そうです。特に京都は天麩羅も手が込んでいるお店が多いですよ。
このフィッシュのフワリとした食感と異なってシャキシャキとした感じですね。
……それに一品一品が小さいです……」
美味しいのだけれども全部食べると胸やけがしそうな気がするので半分だけ食べてフォークを置いた。
「テンプラ……、京都に行ったら絶対に食べてみます。教えて下って有難う御座います。あの香川教授の手技を見て学ぶのが目的ですが、もう一つ楽しみも増えました」
ルイス君はとても楽しそうにしている。
「ところで、この味は特別なのでしょうか?それとも普通に店で売っていますか?」
今は手術に備えて自重しているだけで、ロンドン滞在中に最愛の人と是非味わって帰りたい。
「特製ではないと思います。店によっても味は若干異なると思いますが」
ルイス君が真面目そうな表情で首を傾げている。日本だって例えばうどん屋一店舗ずつ微妙に味が異なる。
フィッシュアンドチップスもきっと同じような事情だろう。
「ご馳走様でした。とても美味しかったですが、この程度にしておきますね」
ルイス君が嬉しそうに微笑んで時計を見ている。
「そろそろ着替えます」
きっと手術スタッフとの打ち合わせの時間なのだろう。
先ほど話したアッシュベリー先生などはリカバリー要員なので祐樹が失敗しない限りは出て来ないのだろう。
もしかすると、軽食の時間が祐樹に与えられたのはアッシュベリー先生が手術スタッフとの顔合わせでもしているのかも知れない軽食といっても昼ご飯よりもボリュームが多そうな気がすしたが。
最愛の人がクリスマスに贈ってくれたアップルウオッチを確認した。
彼は入場時間になるまでオックスフォードの街並みを散策していると言っていたけれども、堪能出来ているのだろうかと少し心配になった。
祐樹以上に語学は堪能だし、治安も良さそうな街なので大丈夫だろうが。
「田中先生の手技も拝見させて頂きますね、後学のために」
フィッシュアンドチップスを半分残した皿と空になったコーヒーカップなどをトレーに載せてルイスが部屋を出ていった。
手術着ではないが、青いスクラブに白衣を羽織りながら手術のシュミレーションを頭の中で繰り返した。
拡張型心筋症のセイブ術は開発した、つまり最も慣れている明石教授でも5時間は掛かると専門誌で読んだ。
ただ、どこぞのオペラでもあるまいし、そんな長時間の手術を集中力も切らさずに見学出来る医師は少ないだろう。
だとしたら、主催者の目的はきっと「どれだけ時間短縮が出来るか」も入っているハズだ。もちろん手技の完璧さを求められているのは言うまでもない。
最愛の人ならばどのような方法で時間短縮を行うだろうか……。
明石教授の手技の手技は映像化されていないし、最も良く見ている最愛の人の手術から祐樹なりの改良を加える方が良いだろう。
彼の十八番はバイパス術で、国内外から患者さんが来てくれているけれども、専門性に特化した大学病院の使命は、他の病院では対応不可能な患者さんをも治すことにある。
だから、祐樹が覚えている限り5例の拡張型心筋症の患者さんの執刀をしていた。
ちなみに心臓が拡張するのだから、イギリスの貴族の女性が着けていたようなコルセットで心臓を締め付けるという方法も取られていて、そちらは2・3時間で終わる。
しかし、開示された患者さんはバイパス術も必須なのでそれは無理だし、そもそも世界的な手技を披露するという国際公開手術の主旨からは外れている。
患者さんは自分の手術を外科医に公表することで最も高度な手術を見返りに受けることが出来るということで合意を貰っているわけだし。
白衣を身に纏うと何だか気持ちまで更に引き締まるような気がした。
ルイス君が置いていった水を飲みながらどうすれば最愛の人の秀逸過ぎる手技よりも早く、そして洗練されたモノに出来るかと頭を巡らせた。
ふとコーヒーのそこそこ良い香りが漂っている。
「……田中先生、良かったら飲んで行って下さい」
祐樹が脳裏に最良の手技を鮮やかに描き終わって、我に返るとルイス君が何故か緊張した表情を浮かべている。
「有難う御座います。イギリス名物の紅茶も良いですが、利尿作用がコーヒーよりも高いのが難点ですね。
あ、砂糖とミルクを入れて貰って良いですか?」
脳をフル回転したせいか甘い物が欲しくなった。
「お砂糖はどの程度でしょう?」
セイブ術に二時間、バイパス術に一時間程度が祐樹の描いたシナリオだった。
「三個お願いします。ミルクは多めで」
普段なら三個も入れないのだけれども、今はその程度の甘味が欲しい。
そして甘過ぎるコーヒーにはミルクで味を誤魔化すのが最も良い。
「では、行って参ります」
コーヒーを飲み終えて立ち上がった。
「田中先生、健闘をお祈りしながら会場で見学致しますね」
ルイス君が眩しそうな表情で見送ってくれた。といっても、彼は祐樹のカンだと異性愛者で心臓外科医の先輩という点で憧憬の対象なのだろう。
--------------------------------------------------
二個のランキングに参加させて頂いています。
クリック(タップ)して頂けると更新のモチベーションが劇的に上がりますので、どうか宜しくお願い致します!!![]()
にほんブログ村
小説(BL)ランキング
2ポチ有難うございました<m(__)m>
本記事下にはアフィリエイト広告が含まれております。![]()




![]()
![]()
![]()
![]()
![]()
そして、深紅の濡れた薔薇の花びらのような花園の中には祐樹の放った真珠の放埓がごく細いネックレスのように滴っている。
花壁の赤を反射してオパールのように煌めいているのも無垢な蠱惑に満ちていて息を吞むほど綺麗だった。
祐樹の熱い視線に反応したのか、深紅の厚い花びらが風を受けたようにヒクリと動いて白い珠が鈍く赤く染まっているのも、愛の交歓の共同作業の余韻のようで最高の眺めだった。
いつまでもこうして眺めていたい気持ちを理性で辛うじて散らし、シャワーを出して指を挿れて掻き出した。
排水口に白い液体が流れ込んでいくのを名残惜しい思いで見てしまう。
「これで大丈夫だと思いますよ……。不快な箇所は有りませんか?」
最愛の人の極上の花園は祐樹の方が知悉しているが念のために聞いてみると、薄紅色の首が優雅に横に振られる。
「祐樹、お返しと言うか、いつもして貰っているので、今宵は私が身体を洗うな……」
最愛の人の紅の唇が健気な言葉を紡いでいる。
「有難う御座います」
お互いの汗の雫が混じり合った身体を洗いっこするのも良いだろう。
マンションの浴室も充分広いけれども、この豪奢でレトロな雰囲気の白い大理石の浴室は比べ物にならないのだから。
紅色の細く長い指が祐樹の手からシャワーノズルを受け継ぐ際に紅色の唇が祐樹の唇に重なった。
愛の交歓のデザートのようなキスも唇だけでなく心に沁みるような気がした。
「シャンプーは、ああこれか……」
最愛の人の紅い指がプッシュして掌に溜めている。奇しくも白い色のシャンプーだったので、先程洗い流した真珠の放埓が蘇ってきたような錯覚を覚える。異なる点といえば甘い薫りくらいだった。
祐樹の濡れた髪の毛を細くて力強い手がシャンプーを万遍なく塗ってその後頭皮を強めに円を描くようにマッサージしてくれるのも、とても気持ち良い。普段は効率重視で髪を洗っているだけになおさらに。
「不快なところはないか?」
先ほどの祐樹の言葉と同じ言葉で確かめてくれるのも几帳面で真面目な人らしくて愛おしさが募る。
「不快なところはないですが……、出来れば頭頂部を強めに押して貰えれば嬉しいです」
精緻な動きで頭頂部の凹んでいる部分を押されるととても気持ちが良かった。最愛の人も祐樹も西洋医学のパラダイムが常識として脳に染みついているけれども、ツボとか肩凝りなどは中国医学の方が優れているような気がする。
といっても、運動が基本の西洋医学とは異なって身体は動かさない方が長持ちするという説は首肯出来ないのだけれども。
何でも清朝の皇帝はそのパラダイムに従っていて、宮殿のどこに行くにも宦官に輿を引かせていたと読んだ覚えがある。
「とても気持ちが良いです……」
確かストレスとか頭痛・肩凝り、自律神経の乱れに効くツボだったような気がする。さほどストレスは溜まっていないし最愛の人よりも血流の良い祐樹の身体は肩が凝っていないハズだけれども……。
「もっと押すか?」
怜悧で真面目な声が大理石を蒼く染めていくようだった。
「もう充分です。有難うございました」
お湯で丁寧に洗い流された髪にコンディショナーを入念に揉み込むように梳かれるのも絶品だった。
「少し時間を置いた方が効果的だそうで……、身体を洗う、な?」
シャンプーやボディソープが置いてある棚の上部には糸瓜のボディスポンジまでが用意されていて最愛の人が適度な強さで肌を擦ってくれた。
「先ほどの『お湯殿の方』と呼ばれた将軍の側室ですけれども、こういう気持ち良さを与えてくれたのなら……、押し倒す気にもなるでしょうね……」
最愛の人の瑞々しい笑みが祐樹を心のツボを優しく押してくれるような気がした。
交互に身体を洗い合って浴室を出た。
最愛の人の愛の交歓の余韻の残る紅色の素肌や二つのルビーの煌めきが眩しい。そして甘い色香しか纏っていない最愛の人の肢体に視線が全て持って行かれる。
バスローブを着てお互いの髪の毛を乾かし合うのも楽しい作業だ。
「ナイトガウンまで用意されているのですね……。聡にはこちらを着て頂きたいです……」
最愛の人は切れ長の目を瞠って祐樹の差し出したモノを見ている。
愛の交歓の余韻の薫る艶やかな眼差しが紅色を増していて最高に綺麗だ。
「この薄いシルクのナイトウエアか……」
祐樹は英国のお貴族様が着ていたようなごくごく普通のモノを着ている。
「聡は薄手の白いシルクも似合いますからね。紅色の素肌に映えてとても綺麗でしょうね」
紅色の唇が花のような笑みを浮かべている。
「分かった」
衣擦れの音も艶めかしくて最高だった。それにルビーよりも紅く煌めく小さな尖りがツンとシルクを押し上げているのも。
「湯冷めはしていませんか?」
最愛の人が紅色の指でバカラと思しきグラスにレモンの入った水を注ぐ仕草も愛の行為の後の甘やかさに満ちている。
それに紅色の肢体に白く薄いシルクのナイトウエアは良く映えていていて殊更目を楽しませてくれる。
--------------------------------------------------
二個のランキングに参加させて頂いています。
クリック(タップ)して頂けると更新のモチベーションが劇的に上がりますので、どうか宜しくお願い致します!!![]()
にほんブログ村
小説(BL)ランキング
2ポチ有難うございました<m(__)m>
本記事下にはアフィリエイト広告が含まれております。



![]()
![]()
![]()
![]()
![]()
![]()
「あれもこれもっしようとしないのっ!!優先順位を考えなさいっ!!」
毎晩のように聞いている杉田師長の金切り声が救急救命室にキンキンと響いていた。といっても祐樹がその対象になることは99%なかったが。
それでも、救急救命室の天使とも鬼とも呼ばれている杉田師長の言葉は本当に至言だなと感心しつつ手順を頭の中で何度も何度もシュミレートした。
「……田中先生、ここに置いておきますね」
いつの間にか部屋に入って来たルイス君が声を掛けてくれる。
テーブルの上に丁寧な仕草で置く様子は最愛の人には及びもつかないけれども、雰囲気は似ていた。
ホテルの朝食の時に銀のナイフとフォークを優雅に操っていた薄紅色の指の煌めきや白薔薇のような端整な笑みまで思い出してしまう。
祐樹の手術の時間は成功を一心に祈ってくれているだろう。そしてその祈りが祐樹の背中を押してくれるハズだ。
「有難う御座います。ところでこれは一体何と言う料理なのですか?」
ルイス君は先程「軽食」と言っていた。だからそれこそカードゲームをしながらでも手軽に食べられるモノをとサンドイッチを考案したとされる伯爵のように軽い物が出て来ると思っていたが、お皿の上には「デーン」といった感じで置かれた茶色い物が気になった。
「イギリス名物のフィッシュアンドチップスです。田中先生がご覧になっているのは魚のフライです……」
……フライというのはこんなに衣が厚かっただろうか?
そして何の魚か知らないけれども、こんなに大きいのだろうか?
疑問は尽きないが折角ルイス君が運んで来てくれた物だ。
「全部食べきることが出来ないかも知れませんが、頂きます。
完食してしまうと胸やけがして手術に差し障る可能性がありますので、その辺りはご容赦ください」
ルイス君が感心したような笑みを浮かべている。いや、別に外科医として当然のことを言ったに過ぎないのだが。
「いえ、先程から田中先生に何度もお声を掛けたのですが……集中されていたのでしょう。
全然返答がなかったです。
それに目を閉じて指をダイナミックかつ繊細に動かしていらっしゃって……流石は国際公開手術の術者に選ばれるだけの外科医だなと感動していました。
もちろん、全部召し上がらなくても大丈夫です」
ベルリンのリッツカールトンに行った時は、最愛の人が明日の国際公開手術に備えてイメージトレーニングをしていた。
物凄く済まなそうに「祐樹を一人にして申し訳ないのだけれどもベッドルームで待っていて欲しい」と言っていたのを今でも鮮明に覚えている。
きっと同じように祐樹も手技の段取りを指で追っていたに違いない。
「それは失礼しました。ちなみにこの緑色のスパイスめいた物は何ですか?」
レモンとタルタルソースっぽいモノに挟まれて置いてあるのできっと振りかけて食べるのだろう。
「モルトビネガーです。イギリスの人間は食べ慣れていますけれども、他国の人はあまり召し上がらないようです。
ですから、少しだけ付けて試してみるか、タルタルソースかレモンをお勧めします。飲み物はコーヒーで宜しいですか?」
ごくごく庶民的な育ちの祐樹とは異なって、いかにも良家の子息といった感じのルイス君がこれほど甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるのはひとえに国際公開手術の術者に選ばれたからだろう。
最愛の人とイギリスの植民地だったシンガポールや香港に行ったことがあるけれども、東洋人を見下している宗主国といった感じだった。
香港のペニンシュラホテルには部屋に古めかしい望遠鏡が鎮座していて「東洋の人の庶民の暮らしはどんなモノなのだろう」という感じに眺めている英国人が居たのだろうなと思ってしまった。
また、今ではそういう差別はないが、一階の「ザ・ロビー」も植民地時代には入って右側が西洋人、左側が裕福な東洋人と決まっていたらしい。
右側の英国人に招かれでもしない限りそちらに入ることは出来ない不文律があったらしい。
そういう意味ではイギリス人、いや上流階級だけかも知れないが……れっきとした差別主義者だ。
ただ、ルイス君は先輩の面倒を見る習慣の有る中高に通っていたので慣れているのだろう。
「コーヒーと、そして水をお願い出来ますか?」
昨夜イギリスの水を飲んでみたが祐樹の消化器官は特に何ともないようだった。
「フランスの炭酸入りの水と、普通の水どちらになさいますか?」
何だかルイス君はウエイターのような感じだ。
「普通のお水でお願いします」
モルトビネガーなるモノも試したかったけれども、手技の最中に身体に不調が出ても困る。
レモンを振りかけて天麩羅っぽい魚にナイフを入れてフォークで口に運んだ。天麩羅の衣のような感じだろうと予想していたけれど、フワっとした食感だった。
そして何の魚か分からないものの白身も口の中でホロホロと崩れてとても美味しかった。
「流石はイギリスで有名な料理ですね、とても美味しいです」
コーヒーと水を持って来てくれたルイス君に感想を述べた。
「日本にも天麩羅という料理が有りますが……」
ルイス君はどうか知らないけれども外国人が知っている料理は「スシ・テンプラ」だと祐樹は認識している。
--------------------------------------------------
二個のランキングに参加させて頂いています。
クリック(タップ)して頂けると更新のモチベーションが劇的に上がりますので、どうか宜しくお願い致します!!![]()
にほんブログ村
小説(BL)ランキング
2ポチ有難うございました<m(__)m>
本記事下にはアフィリエイト広告が含まれております。



![]()
![]()
![]()
![]()
![]()
ウエルカム・シャンパンを持って来てくれたCAさんに告げた。
「畏まりました。ちなみに風邪薬などはお持ちでいらっしゃいますか?機内備え付けの物も御座いますが……?」
CAさんが眩し気な感じで自分を見ている。きっと、外務省の高橋さんから貸して貰った袋のせいで外交官だかスパイだと思われているのだろう。
スパイも外交官も映画で度々主役になっているし。
普段ならドクターコールに備えているのだけれども今回は特別だ。
呉先生が厳選してくれて清水研修医の実家から持って来て貰った薬を服用して眠ってしまおう。
その方が鬱々と考え込まずに済むだろう。
億が一の可能性を延々と考えていると、一睡も出来ないに違いない。
パリからユーロスターに乗ってロンドンに行き、祐樹と会った時に顔色が悪かったり睡眠不足だったりすれば目敏い祐樹は即座に気付くだろうから。
「はい。お気持ちは有りがたいですが、自分に合った薬を持っています」
祐樹に会った時に普段の自分と異なっていれば、国際公開手術に対して億が一の不安を抱いていることを察知されるかも知れない。
「畏まりました。では、シートではなくてベッドに致します。毛布も持って参りますので、少々お待ちください」
鞄から入眠剤を取り出している間に座席がベッドに変わっている。
「離陸後直ぐにお食事をお持ち致します。
食欲がお有りでしたら、召し上がってからお薬をお飲みになられてはいかがでしょうか?」
祐樹もそうだが、自分も色々な航空会社を試してみようとは思わないタイプだ。
最適な時間帯にその会社の便がなければ他社の飛行機を選択するけれども。経営不振で先行き不透明な日本の航空会社だが、CAさんの教育は行き届いているので気に入っている。
何でもお役所みたいに縦割り社会でCAは飛行機の中でしか一切仕事をせずに空港内ではグランドスタッフに任せるとか、退職した人達の影響が強くて年金の減額に対して頑なに反対していると読んだ。
しかし、乗客としては今回も親身な対応が気持ち良い。
「はい、それでお願い致します」
そう言えば祐樹は煙草も一銘柄しか吸っていない。
先ほど祐樹絡みで思い出していた久米先生は深夜のお遣いで煙草の銘柄を何故か間違うという不思議なクセを持っているので、煙草が必要な時には祐樹が買いに行っているらしい。
そういう一つのモノや会社に拘泥するタイプはパートナーをとっかえひっかえしたがるタイプではなくて、一人の人と長く付き合傾向が強いと呉先生が言っていてとても嬉しかったのを鮮明に覚えている。
祐樹や自分が属している少数派の性的嗜好の持ち主でなくとも、結婚して不倫するとか、何度も離婚するタイプの人は煙草の銘柄を気分次第でコロコロと替えるらしい。
外務省の高橋さんに貰った袋に入れたポットを機能的な収納スペースに入れていると、飛行機が動き出したので慌ててシートベルトを装着した。
祐樹は離陸の時が最も好きだと言っていたなと微笑ましく想い出した。
確かに滑走路を走った後に身体に圧が掛かって空に舞っているという状況は非日常を感じさせてくれる。
薬が効かなかった場合も想定して「積ん読」になっていた本を数冊鞄の中に入れている。その本でも読んでCAさんを待とうと思った。
「お待たせ致しました」
先ほど飲んだ薬のせいで頭に薄紅色の紗が掛かっているような良い気分で活字を追っていると、CAさんがトレーに目も彩な機内食と水を持って来てくれる。
「有難う御座います」
味わって食べるよりも薬で胃を荒らさないために一応は口に入れよう。
そもそも自分は全く食に関してもどうでも良いと思っている。
凝った夕食を作るのは祐樹が美味しそうに食べてくれるからで、自分一人だと残り物を延々と食べても全く平気だった。
美味しそうな機内食だったが、祐樹と一緒に居ない以上さほど興味はない。
機械的に口に入れてから薬を飲んで横たわった。
願わくば、呉先生が厳選してくれた薬で次に目覚めるとフランスに着いていれば良いと思ってしまった。
外科医の本領発揮は手技だけれども、精神科医の場合は薬の処方だ。行きのフライトに備えて半減期の長い薬を一錠だけ貰っている。
ちなみに、精神科御用達の薬なので入院患者向けの薬しか扱えない呉先生は熟考の挙句、精神科に所属している清水研修医の実家の病院から貰ったと言っていた。
祐樹曰く救急救命室で水を得た魚のように働いている清水研修医は「例の地震」で外科医としての天稟を発揮しているらしい。
そして祐樹も患者さんの情報をその場で開示されるという国際公開手術に備えて清水研修医のお父様の病院に行っている。
斎藤病院長と清水病院長は大学時代から親友かつ戦友で、融通は効くので。
そう言えば、フランスの学会で呉先生は無事に発表出来たのだろうか?森技官もきっと恋人の晴れ姿を惚れ惚れと、いや……もしかしたら自分と同様にハラハラとかも知れないけれども見守っていただろう、多分。
祐樹が手術に臨む下準備は手を貸すことが出来たけれどもオックスフォード大学では祈りながら見守るしか出来ないのだから。
ただ、祐樹が普段の実力を遺憾なく発揮して、あわよくば気まぐれな医療の神様が降臨してくれれば良いなと思いながら。
--------------------------------------------------
二個のランキングに参加させて頂いています。
クリック(タップ)して頂けると更新のモチベーションが劇的に上がりますので、どうか宜しくお願い致します!!![]()
にほんブログ村
小説(BL)ランキング
2ポチ有難うございました<m(__)m>
本記事下にはアフィリエイト広告が含まれております。



![]()
![]()
![]()
![]()
![]()
![]()








