勿論、飛行機に乗っている状態でインターネットショッピングが出来るわけもない。
ただ、高校時代のネクタイのノットは今の自分ならごくごく普通のネクタイで再生出来ることを考えると手持ちのポケットチーフでもこの7ミリの長方形は作り出せるような気がした。
幸いなことにレセプション用のネクタイと合わせたポケットチーフの色も白色部分が多い。
偶然というか、祐樹との「披露宴」という幸せな想い出の有る白いネクタイにしか見えないがジャケットで隠れる場所に蒼い薔薇の柄のあるネクタイを選んだのは一種の験担ぎだったが……、それにもう一手間加えられそうだ。
雑誌の一部を脳裏にハッキリと刻んだ、いつも祐樹が褒めてくれる記憶力を総動員して。
レセプション会場用に用意したジャケットとポケットチーフは生憎スーツケースの中だ。
だからポケットに入っている木綿のハンカチとポロシャツの胸ポケットという代用品で試してみよう。
手先は生まれつき器用だし、素材や面積の相違も考慮に入れて試すのは楽しい時間潰しになる。
職業柄集中力は何分割も出来るけれども、他のことは一切シャットアウトして指先と胸元に専念しよう。
その方が建設的だし、余計なことを考えずに済む。
……こんな感じだろうか?と試行錯誤の末に納得出来たのは46分32秒後だ。
何だか妙な達成感と多幸感を感じるのは呉先生が厳選してくれた薬の副作用だけが原因でないと信じたい。
取り敢えず、先程の手順を脳に強くインプットしておこう。そしてシャルルドゴール空港に降りて治安的にもマナー的にも大丈夫そうな所でスーツケースを開けてジャケットとシルクのポケットチーフを取り出してからユーロスターに乗ってもう一度確かめようと密かに決意をした。
飛行機は快適だけれども手持ち無沙汰なのが妙に落ち着かない。
また、普段の自宅に居る時の習慣で祐樹のことを考えると国際公開手術のことが漏れなく脳裏を過ってしまって鬱々としてしまう。
それよりもポケットチーフの白い部分だけを外に出す工夫とか、何ミリの正確な長方形を形作ったらレセプション会場に相応しい装いになるか考えている方が精神衛生上も好ましいだろう。
最近は次期病院長選挙に備える関係上、強いて笑顔で居ることが多いし、他科の医師や看護師に会釈ではなく声を掛けての挨拶を積極的に行うようにしている。
それ以前は凱旋帰国を果たしたとはいえ、一旦大学病院から出た身なので外様扱いだった。
祐樹のように……いや、今の自分にとって祐樹のことを考えるのは止めよう……そう、元同級生の柏木先生のように大学卒で病院に入った生粋の大学病院育ちが「普通」だ。
一度外の病院に出てしまうとか、他大学の病院から教授職になると遠巻きに眺められるというか、見えない空気の壁があるという感じだった。
今は自薦・他薦で教授職のポストを狙う他大学出身の人も居ると聞いているし、他の大学では教授のポストを射止めた人も実在する。
ただ、そういう恩恵に与ることが出来るのは志望する医師が少ない科だ。
実際そういう科では通過率は高いと厚労省の森技官から聞いていた。
少子高齢化が進む昨今では小児科や産科、自分も含め「人を治したい」という思いで医師になる人間が圧倒的なので、人の死亡原因を調べる法医学などは教授職にとにかく就きたいという人間には穴場らしい。
逆に言うと志望する医師が多い外科や内科は狭き門だということなのだろう。
いわゆる穴場でもウチの大学病院はまだまだ閉鎖的で、外様は小児科の浜田教授しか居ない。外様扱いを受けている自分という存在も居るが。
浜田教授も東京大学病院から来た外様教授だけれども、お父様がウチの大学の教授だったせいで完全な余所者扱いは受けていない。
それに自分とは異なって気さくな性格でナースにも気軽に声を掛けているし、逆に彼女達もリラックスした感じで話し掛けていたのは意外だった。
小児科病棟に久方ぶりに赴いたのはハロウィンの催し物で祐樹が……。
いや、それはそうと、狭い京都の街で錦市場や百貨店などで自分を見たと言っている看護師も多いらしい。
「香川教授は常に患者さんのことや手術や医局運営のことを考えていらっしゃると専らの評判です。真剣な表情で歩いていて、声をお掛けすることなど出来ないと皆が言っています」
柏木先生の奥さんで、接する機会の多い手術室勤務の柏木看護師から言われたことがあって心の底から驚いた。もちろん表情に出してはいないが。
食料品売り場や市場を歩いている時は常に祐樹が喜んでくれる献立を考えている。
もちろん病院に居る時には仕事のことを考えているのだけれども、黒木准教授が医局を表から支えてくれているので、よほどのことがない限り自分には事後報告しか上がって来ない。裏から支えてくれるのは言うまでもなく……。
表情筋を余り使っていないからなのかも知れないなと自嘲の笑みを漏らしてしまった。
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2024年02月
……バーキング看護師がサラッとアンダー・クラスと言ったことは聞き流した方が良さそうだ。
随分と見下した表現だけれども大英帝国時代からそれほど意識は変わっていない人も居るのだろう。
アンダー・クラスは労働者階級よりも更に下だ。掘っ立て小屋で暮らすのは良い暮らしで、ホームレスや売春婦などが多かったらしい。
日本では掘っ立て小屋小屋に等しい長屋に住んでいても寺子屋で文字を習うのが江戸時代では当たり前だったので上手下手は問わないならば俳句は80%の人間が詠めたハズだ。
「具体的にはハイクとという短文詩が最も有名ですが、自然の何気ない風景を鮮やかに詠んだモノです。
代表的なモノに『古池や 蛙とび込む 水の音』というのが有りますね」
英訳した物を暗記して来て良かったと思って披露する。
「蛙が古い池に入っただけですか?」
バーキング看護師が何だかバカにした感じの表情を浮かべている。先ほどの差別主義者的な発言も大英帝国の驕りが垣間見えて良い気持ちがしなかった。
しかし、道具出しという役目は一秒でもタイミングがずれると執刀医のパフォーマンスが著しく悪くなる。
最愛の人も凱旋帰国後の医局トラブルの時に買収された道具出しの看護師にワザとタイミングをランダムにされるという妨害を受けていて精神的な消耗が激しかった、彼でさえ、だ。
まさか国際公開手術の手術スタッフに選ばれるほどの腕を持つ人がそんな狡い真似をするとは思えないが、機嫌を損ねるわけにはいかない。
執刀医というのは一応主役だけれども、それは皆に気を遣ってそれぞれの最高の能力を引き出させるという陰の努力も必要となる。
「それは美意識の違いでしょうね。ヨーロッパには人知とは自然に対抗して建物を建てたり庭を造作したりしますよね。
例えば噴水です。重力に逆らって水を使っていますよね。
しかし、日本では自然との一体化を図るのが理想だという美意識です。古めかしい京都などでは未だに有りますが、美しい山や滝を自分の家の庭に取り込で一体化させるという建て方をしていますね」
最愛の人と泊まった御所などはまさにその通りだったのを懐かしく想い出した。
その夜の祐樹は知る由もなかったが、最愛の人は祐樹がロンドンの国際公開手術の術者になることを知っていて、それとなくあれこれと教えてくれたことが活きている。
彼のさり気ない優しさに惚れ直す思いだった。
「人工の物を良しとするのがヨーロッパ風ですか……。それに反して日本では自然に近くするのが理想的なのですね」
スタンリー先生が医師らしく簡潔に纏めてくれた、とても興味深そうに。
日本とヨーロッパの美意識の相違点については大学入試で散々読まされてきた。あの時は単に高得点を取るためとしか認識していなかったけれども、今は出題者の意図が日本の文化を他国の人間に広めるような人間に育って欲しいという期待が込められていたのだとハッキリ分かった。
「そうですね。しかし、現代の東京などではそのような古来の日本の美意識ではなくて、人工のモノを良しとする価値観に変わっています。
ちなみに『古池や』の俳句の主役は昔からずっとそこにあったと思われる池で。その池に蛙が飛び込んで一瞬の躍動的な変化が起きた。
その一瞬をカメラのように切り取ったとされていますね。
カメラマンがベストショットを撮るために何日も掛けるように自然と向き合った結果生まれてきた俳句です。
英語に訳されているので分かりにくいのですが、日本語だと強調のための仕掛けが施されていて、ある一定の教育を受けた人なら分かる仕組みになっています」
具体的には「や・かな・けり・こそ」が仕組みだけれどもそういうことは言わなくて良いだろう。
「そうなのですか!それは実に興味深いです。香川教授もそういうお話しをちらっとされていましたね」
サラッとスタンリー先生が祐樹に爆弾発言をしてきた。
「え?ベルリンでも麻酔医として参加なさったのですか?」
LA時代かも知れないが、教授という呼称を付けて呼んでいる点でベルリンのことの可能性が高い。スタンリー先生は悪戯っぽい笑顔を浮かべている。そして部屋に居るスタッフも半数が同じような好意的な笑みを浮かべている。
スタッフも厳選される国際公開手術だと聞いているので、半数が生え抜きのベテランなのだろう。
「そうです。あの時も素晴らしい手技を拝見出来ましたが……、こういった日本とヨーロッパのことは、さほど話せなくて残念に思っていました……。
ベルリンのレセプション会場で田中先生のことを紹介されていましたので、今度こそはと、実は手ぐすねを引いていたのですよ。
卓越した手技は勿論のこと指導力も眼力もお持ちでいらっしゃる香川教授は素晴らしい人ですね……」
今はかなり改善しているが、彼の場合どこか人を寄せ付けない雰囲気を纏っている。そして本人も人間関係構築能力の低さを自覚していた。
もしかしたら色々と事前に祐樹にレクチャーしてくれたのも、ベルリンでスタッフと必要最低限のことしか話せなかったという悔いが残っていたのかも知れない。
「はい、素晴らしいです。上司としても人間としても」
笑顔で断言してから良いことを思い付いた。
「皆さんの自費というのが心苦しいのですが、この手術の祝賀会を京都で行いませんか?」
一体感を出して士気を上げるのも執刀医の務めだ。
「まあ、素敵!ゲイシャガールのダンスが楽しみだわ」
バーキング看護師の声が弾けるように室内に響いた。そしてスタンリー先生を始めとしたスタッフが満面の笑みや拍手で祐樹に呼応している。
「では、手術の手順を説明致します」
笑顔を消して真剣な表情を浮かべた。スタッフとの心の距離を充分に縮めたと判断して話題を切り替えた。
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このポケットチーフの折り方はどうなっているのだろう?
自分の記憶にある全てのポケットチーフの折り方は遊び心を持たせるというか一つの装飾品として目立っているような物ばかりだ。
それなのに濃紺のジャケットに真っ白いポケットチーフが胸ポケットの上に一センチ、いや七ミリほどの短い長方形を形作っている。
レセプション会場の主役はあくまでも祐樹で自分は脇役だ。
それとも奮闘する部下を上司が労いに来たと思って貰うにはこういう目立たない物の方が良いのではないだろうか。
今は離発着時ではないので機内Wi-Fiを接続すればスマートフォンで検索出来る。
確か接続方法はこのリーフレットに書いてあったはずだと急く指先で探し出した。
鬱々と考え込んでいるよりも他にすべきことが出来てそちらに集中力を全振りする方がよほど建設的だろう……。
スマートフォンで検索したら、幾つもヒットした。
どうやら流行っているようだが、ファッションに微塵も興味のない自分は知らなかった。
ただ、正規の折り方ではなくて専用の小道具が必須らしい。
そういえば、自分の高校時代の制服もネクタイ必須だったが、後ろにスナッフボタンが正式名称だと思うのだけれどもクラスメイトはホックボタンと言っていた。そういうモノで予め結んであるネクタイを首の後ろで留めているという作りだった。
ざっと見た感じ、補助具なしで雑誌のような折り方は出来ないようだった。
そういえば、ネクタイをキチンと結べるようになったのは高校卒業後に大学の入学祝いにと院長先生に頂いた。
婚約をしていたお嬢さんが事故死した後も援助を続けてくれた院長先生に頂いた。その時に「新社会人応援!」と書いてあった量販店に行ってスーツとワイシャツを買った。
二着セットで8千円だったと記憶している。当時の自分は全く知らなかったが今も愛用している老舗ブランドのネクタイだった。
スーツ二着よりもネクタイの方が4.5倍もすると知ったのは日本の大学病院の教授職に相応しい服装というのを色々詳しい長岡先生に聞いた時だった。
「国立大学教授最年少ですわよね。でしたら、このブランドが最も嫌味がなくて宜しいかと存じます」
LAの店舗に案内してくれて、何気なくタグを見たら院長先生に貰った物と同じ意匠だった。その頃は金銭的な余裕も出来ていたのでそういうものかと思って彼女のアドバイスに従ったのも、今となってはセピア色の記憶だ。
ちなみに令嬢の生前も異性に全く興味はなかったので、恋愛感情などは抱きようもなく単なる義務感と打算で婚約を交わしただけだった。
母の心臓の病気のせいで医師になりたいと思っていたが、学費や生活費・予備校代などを考えると現実的には不可能だと諦めていた。
自分の模擬試験の成績と共に送られて来る小冊子に名前と高校名が掲載されているのを令嬢が気付いたのが転機になった。別に隠す必要は一切感じなかったので「名前・学校名は伏せる」という欄にチェックを入れなかったので。
令嬢が母の見舞いに行った自分に話があると呼び出した。
「父が貴方の成績なら生活費と学費全部を援助して良いと言ってるわ。条件は将来結婚して病院の跡を継ぐの。でも、私が欲しいのは病院長夫人の座だけなのよね。結婚後も好きに暮らさせてもらうというのはどうかしら?
香川君は医師という未来を手にして、私は自由気ままに暮らすというギブアンドテイクって関係は」
自分の少数派の性的嗜好は漠然と自覚していた。だから、この母が入院している大きな病院を継いで彼女のことは愛せないまでも大切にしようと決意して婚約したのだが。
今思うと、彼女のことは全く愛してはいなかったが、院長先生には見たこともない実の父のような思いを抱いていた……。
令嬢がボーイフレンドと行ったドライブで危険な運転で事故死した後にも律儀に援助をして下さって医学部に入ることが出来た恩は今でも感じている。
大学生になった後に、キャンパスで祐樹を見かけて初めての恋というか、一目惚れをした。
その祐樹がゲイバーで綺麗な男性を口説いているのを偶然見かけてしまうというアクシデントに見舞われたなと淡く笑みを浮かべた。
ゲイバーのオーナーは祐樹も自分も少数派の性的嗜好の持ち主だと勘で分かったらしくて無料チケットを下さったのが行こうと思った切っ掛けだ。
キャンパス内では祐樹の目に入らないように必死に避けてきたのは異性愛者だと当然のように考えていて……自分のような者が居ると悟られたくなかったからだ。
とにかくオーナーは別々に無料チケットを渡していて、たまたま行く時間が被ったのだけれども、令嬢の死と母の死が次々と起こった自分は「自分と関わる人間は皆不幸になる」と頑なに信じていた。
祐樹の輝くようなオーラがひたすら眩しかったのも、そしてどうしようもなく惹かれていくことも怖くて目に入らないようにするという戦法を取っていた。
それなのに同じ性的嗜好を持っていた場合の方が絶望した。
恋愛対象には入るだろうけれども、絶対に選ばれないというジレンマに耐えきれないと衝動的に思い込んでアメリカ行きの飛行機に乗った、まるで逃げるように、いや正確には逃げた。
その時も院長先生から貰ったネクタイは持っていったのは少しでも繋がりが欲しかったに違いない。
当時の絶望的な気分に比べれば今の自分は幸せだ。そう思えば気分が浮上する、僅かだったけれども。
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この程度の誤解で済んでいることはむしろラッキーだ。
何でもイギリス人は日本を香港の隣だと思っていたり、シャーロック・ホームズが「バリツ」という日本人の誰も知らない謎の日本の武道の名手だとコナン・ドイルが紹介していたりするのだから。
「残念ながら……生憎富士山は京都と言うよりも東京寄りですね。
ですから、京都で最も有名な金閣寺と富士山が描いてある日本のイメージポスターは、フィクションというか、良いとこ取りをしたというか……」
祐樹がワザと髪の毛に手をやって恥ずかしそうに言うと、意外なことに好意的な笑いが起こった。
「そんなものは可愛いものですよ。
シンガポールのマーライオンなど、ガイドブックを見て子供達とワクワクして行ったら余りの小ささに妻と二人で思わず大笑いしてしまいました。
子供達はガッカリした挙句の果てに怒ってしまいましたが……」
スタンリー先生が混じりけのない金髪を可笑しそうに振っている。奥さんがどういう目や髪の毛の色をしているのかは知らないが、もし同じく金髪碧眼だったら、最愛の人と行ったシンガポールのラッフルズホテルの朝食の時に見た光景そのものだ。
顔も服装もお人形のような金髪の子供で、そして何不自由なく育っているのが分かる高貴さと美しさを持っているのだろうなと勝手に想像してしまった。
そういうフランス人形のような子供を見ていたのは一瞬だけで、昨夜の愛の行為の残り香をしなやかな肢体に纏っている最愛の人の花よりも綺麗な姿と立ち居振る舞いに視線は自然と惹かれていったものだった。
日本では裏方に回ることが多い麻酔医だけれども、イギリスでは事情が異なるのかそれともスタンリー先生のキャリアによるモノかまでは分からない。
「シンガポールには休暇で行ったことが有ります。
私も絵葉書を見ていたのですが、あれは最早詐欺的なモノだと思いましたよ。
いや、このマーライオンは爬虫類の子供で、本命の親のマーライオンはもっと奥に居るのかと勘繰ってしまいました」
このチームに加わっている医師や看護師でシンガポールに行ったことがあると思しき人達は笑い声を立てていて、その他の人は参考になったという感じの笑顔を浮かべている。
ちなみに爬虫類は哺乳類と異なって成長を止めることはない。最も有名な肉食恐竜のティラノサウルスだって、大きい化石イコール長く生きた個体だ。
マーライオンは、想像上の生物だが、哺乳類っぽい点はこの際スルーしよう。
「それはそうと、京都にゲイシャは居るのですか?」
スタンリー先生は興味津々といった感じだった。
「はい。居ることは居ます。しかし、私のような吹けば飛ぶようなステイタスの持ち主だと彼女達を呼ぶことは出来ませんが」
全員が驚いたように祐樹を見ている。ああ、年功序列とか医局というしがらみのないイギリスやヨーロッパ・アメリカだったら本人の腕次第でいくらでも稼げると聞いている。
実際最愛の人は金融資産が億単位でしか相手にしてもらえないらしいのPBに資産運用を任せている。
きっと実力と給料が完璧に見合っているのだろう。
「スタンリー先生が京都にいらっしゃる場合はご一報ください。ウチの大学病院長などはれっきとしたステイタスを持っているので、喜んでご案内すると思いますよ」
最愛の人のステイタスだったら芸子や舞妓といった「ゲイシャ」を呼ぶことは可能だろうけれども、そういう席には全く興味がない、実は祐樹もだが。
男性陣はとても嬉しそうな笑みを浮かべているが、女性は何だかご機嫌斜めという感じだ。
「ちなみに、芸者さんをお座敷に呼んでも日本舞踊を踊ったり昔からある楽器を弾いたりしてくれるだけで、他はお酒を注ぐことくらいですね。
伝統的な四季に合わせた綺麗な衣装を着て日本のポエムに合わせた踊りを踊る様子は圧巻だそうで、女性も充分に楽しむことが出来ますよ……」
実際は料亭の女将などに厳選されたお金持ちでステイタスを持った人を旦那と決めてその人からはお金を援助して貰って家を建ててもらったり、色々と便宜を図ったりして貰っているらしいが。そんな裏事情まで話さなくても良いだろう。
「まあ、素敵!
あ、失礼しました。道具出しのメアリー・バーキンスと申します。
田中先生の息に合わせて精一杯務めさせて頂きますね。日本の旅館ではキモノを着ることも出来るのでしょう。
持って帰ってキモノを披露してくれたお友達がいまして。
しかし、写真で見るのとでは全く違ってとても地味でした。それにシルクではなくて木綿の肌触りでしたし……。期待していただけにがっかりでしたわ」
旅館で着物?と笑みを崩すことなく内心で首を捻った。
「ああ!それは浴衣と言って本来はバスローブとかパジャマみたいに使っていました。
イギリスの方もバスローブで外に出ることはないでしょう?それと同じくフォーマルな物ではないです。
今の日本では通勤着は皆様と変わらない物を着るのが当たり前ですので200年前と異なって浴衣で外を歩いても許される時代です。
ただし、花火大会のようなカジュアルなところにしか着ていけません。芸者さんの着物はフォーマルですし、全く異なります」
バーキング看護師が納得したような表情を浮かべている。
「そうなのですね……。でしたら、素晴らしい着物を見てジャパニーズダンスとポエムを楽しみながら金や銀細工のように繊細な日本料理が楽しめるのですか……。
てっきり紳士だけしか入れない場所かと思っていました。
日本人はアンダー・クラスの人間もポエムを詠んでしかも字が書けるらしいですわね」
……返答に困る単語が薄くルージュを塗った唇から発せられた。
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無影灯の下で術衣姿の祐樹が呆然としたような表情と悄然と肩を落として佇んでいる。
そして会場から起こる罵ったり馬鹿にしたりする野次に包まれていて、他の手術スタッフが慌ただしく患者さんを運び去っている。
きっと待機しているリカバリーのベテラン外科医に引き継がれるのだろう。
その弱気そうな顔はいつものような輝きはなくて……。
「ゆ、祐樹……」
自分の声で目が覚めた。一瞬どこに居るのか分からずに辺りを見回す。
そうだった……、自分は祐樹の国際公開手術に駆け付けるべくシャルルドゴール空港行きの飛行機の中に居て、眠っていた。
悪夢だろうか、それとも潜在意識で最も恐れていることが夢に現れたのだろうか?
それとも正夢……、いやそれはないだろうと必死に理性が打ち消している。
無神論者だと自己分析しているけれども、縁起の悪い夢を見た苦い思いはなかなか払底出来なかった。
それに、機内の室温はやや低いが快適な温度なのに、額にも汗をかいている。
時計を見ると7時間47分が経過していてフライトの半分が順調に行われていたようだった。
汗は日常生活ではほとんどかかないので、不快だったし、取り敢えず気分を変えようと就寝モードに入った機内を歩いてトイレに行き顔を洗った。
備え付けの鏡を見ると見慣れた顔に憔悴というか何だか途方に暮れたような表情が映っていて溜め息を零した。
このような冴えない表情のままユーロスターに乗ってロンドンに行き祐樹と顔を合わせるわけにはいかない……。
目敏い祐樹でなくとも今の自分の精神状態が最悪なのは誰だって分かるだろうし……。
微細な飛行機の振動に合わせて溜め息が揺れ動くような気がする。
祐樹とフレンチレストランで内祝いをした時なども自分は平常心ではなくて取り繕うのに必死だった。
普段の祐樹ならば「どうかなさいましたか?」と聞いてくるレベルだったと思う。そこまで気が回らなかったのは、祐樹自身が国際公開手術の術者に選ばれていて気持ちが普段とは異なっていたからに違いない。
7時間も眠っていたのだから気分も気持ちもリフレッシュ出来たはずなのに全くそんなことがないのは覚えていないだけで悪夢に苛まれていて眠りが浅かったからだろうか?
集中出来るかと思って持って来た本を読む気にはなれなくて、目新しい雑誌を数冊マガジンラックから取ってシートに戻った。
といってもCAさんが設えてくてれたベッドのままで毛布がくちゃくちゃになっている。
それを何時もの癖で手早く畳んでから腰を下ろした。
寝心地も座り心地も最高なのに、毛布があんなふうになってしまっていたのは寝返りばかり打っていたからだろうなと自嘲の笑みを漏らしてしまった。
祐樹は今頃、意気揚々とした気分でヒースロー空港行きの飛行機に乗っているだろうに、応援しに行く自分がこんな気分では……。
確かな実力と才能に裏打ちされているとはいえ楽観的な祐樹がとても羨ましい。
いや、自分のことならばきっとこんな悲観的な気分にならないだろう。
観客席でただ応援しているだけというのが歯がゆくてならない。いっそ自分が手術台の前に立った方がよほどましだとつくづく思った。
機械的に雑誌の頁を捲っていた手が止まった。
ちなみに普段は全く読まないファッションから家の選び方まで載っているビジネスパーソンを対象とした雑誌だ。
ファッションなど興味はなった。
職場では教授職に相応しい物を身に着けていれば良いだけだ。
祐樹とのデートの時も行きつけの店舗の親切な担当者に行先を言って選んで貰っている。
スーツもネクタイも豊富な品揃いの店だけれども、店舗にはいかにも自由業といった感じの人もたくさん来るせいだろうか、普段着もふんだんに置いてあったので。
家は祐樹と暮らせるならどこだって天国だ。
今はたまたま長岡先生が見つけてくれた物件に住んでいて全く不自由はしていないけれども、祐樹が学生時代から住んでいた学生向けの単身者用のマンションでもきっと楽しい。
……祐樹が熱く甘く誘ってくれる愛の行為には向かないかも知れない……。祐樹が輝く黒い眼差しと優し気な笑みを浮かべて髪を梳きつつ言っていた。
「聡は愛の交歓の時の声が小さくて良いです。辛そうな感じが艶めいていて素敵です」
その言葉を想い出して頬が紅くなっているのを自覚した。
……声は大丈夫だろうけれども、祐樹の部屋ならベッドの軋む音が隣に漏れてしまうかも……。
いや、そういうことを考えると身体の奥が熱くなるので慌てて思考を切り替えた。
祐樹が過去にどれだけの人とベッドを共にしたのかは知らない。
大切なのは現在と未来だけで過去ではないので。
それに祐樹の魅力は男女問わず惹きつけられるだろうし、特にゲイバー「グレイス」に行ったら媚びた眼差しで見られていただろうことは想像に難くない。
祐樹が自分を選んでくれたことは人生の中で至高の僥倖だと思っている。
左手の薬指に清浄な煌めきを放つダイヤモンドを見て思わず笑みを浮かべてしまう。
それはそうとこの雑誌の頁には「小物で引き立つ大人の着こなし」という大きな文字と共に色々な工夫を凝らしたスーツ姿のモデルさんが写っていて、その中の一枚の写真に目を凝らした。
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